第14話 神社
神社の境内はしんとしていた。
拝殿は小さいものだが、それなりに立派だ。
雪をかぶった木々。一番スギの大きな木に、しめ縄がしめられている。ご神木だろうか。
参道脇に、たくさんの冬枯れの木々。たぶん、桜の木なのだろうと思う。当然ながら、花は一輪も咲いていない。
「うーん。どうしたもんだろう」
月齢的に、魔力はかなり余裕があるから、ここの花を全部咲かせるくらいは、簡単だ。花を咲かせれば、とりあえず、弥彦の気持ちは満足できるかもしれないし、雪女も喜ぶかもしれない。
でも、それは、決定的な解決ではない。
「それより、やっぱり好きな人と一緒にいたいよね……」
ふっとため息をつく。
「お前、そんな男いたのかよ?」
頭上から怒ったような声が降ってきた。しめ縄のある、ご神木の上だ。
「か、晦冥?」
いくら周りに人がいないからって、木のてっぺんに浮いている従兄に、呆然となる。
「なんでそんなとこにいるの?」
「質問しているのは、俺の方だ」
驚く私の前に、ふわりと舞い降りる。このふわり、ってあたりがね。さりげなく、魔力の強大さが出ていると思う。気を抜くと、落っこちるものだし。
天界の衣をまとった従兄は、不機嫌に私を睨み付けた。襟首をつかまれかねない勢いである。
「えっと。私のことじゃないんだけど」
あまりの迫力に、ちょっと気遅れしてしまう。
「は?」
晦冥はピタリと動きを止める。
「……だから、私じゃなくって。助けた人と雪女の話」
「なんだ。脅かすな」
脅してきたのは、そっちでしょう、と思う。
「それで、なんで、こんなところにいるの?」
「なんでって。お前がどうしているか、見に来ただけだ」
晦冥は、当たり前というように言い放つ。
「……そんな、数日で、どうこうなったりはしないわよ」
「ならない保証はない。兄貴たちも、探し始めているみたいだからな」
言いながら、辺りを見回す晦冥。
「いや、それならなおのこと、会いになんて来られたら見つかる可能性が高くなるんですけど」
少なくとも、ご神木の上からとか、派手な登場はやめてほしい。従兄弟たち以前に、村の人たちに見つかったら、大問題である。
「好きな女に会いに来て、何が悪い?」
声が甘い。黒い大きな瞳に見つめられて、不覚にも胸がどきりとしてしまう。
「だから! 今までそんな素振りは、ぜんぜんなかったよね?」
「今まではともかく、この前、話した」
「……それは、そうだけど!」
晦冥は態度はデカいし、不真面目に見えるけど、非常に整った顔立ちをしていて、ぐいぐい迫られると、胸がドキドキして、調子がくるってしまう。困る。
「で、雪女がどうかしたのか?」
そうだ。しょっちゅう、地上に来ている晦冥なら、良い方法を知っているかもしれない。
「あ、えっとね」
私は、雪女と弥彦の話をした。
「ふーん。それで?」
「結局、ここの桜の花を咲かせるくらいはわけないんだけど、それで解決するもんじゃないよなあって」
「なるほどね」
晦冥が頷く。
「方法はないわけじゃない。その男と女の気持ちが本物ならな」
「本当?」
「まあ、絶対とはいえねえけど」
「すごいっ! さすが!」
私は思わず、晦冥の手を握り締める。すると晦冥の顔が真っ赤になった。
「う、うまくいく保証はないぞ?」
「いいよ! 教えて! どうすればいいの?」
「えっと」
晦冥は私の手をほどいて、軽く咳払いをした。大きく息を吸って、真顔に戻る。
「ただでは教えない」
「何?」
またこの前みたいに、接吻を要求するつもりだろうか。うーん。二人のために、私、身を切らないといけないのかなあ。ちょっと複雑な気分になる。
「そんな嫌そうな顔するな。この前はさすがに強引すぎた」
晦冥は肩をすくめた。
一応、反省はしてくれているらしい。
「全部終わってから、お前が、地上に来て一番驚いたことを教えろ」
「驚いたこと?」
「ああ」
「いいわ」
私は頷いた。
翌日。
私は、弥彦を連れて再び神社にやってきた。
昨日の夜、雪が降ったこともあり、神社は真っ白な新雪が積もっている。
青空だけど、空気は冷ややかで、雪の解ける様子はない。
「そ、それで私はどうすれば?」
戸惑う弥彦を私は桜の木のそばに連れて行った。
「この木に触って、大切な人の笑顔を思い浮かべてみて。あなたの思いが強ければ、花は咲くって、御神託があったの」
私はもっともらしく話す。
「さわって、思い浮かべればいいんですね?」
弥彦はおそるおそる桜の木に触れる。
目を閉じて、真摯に祈り始めた。
弥彦の想いが力となって、桜の木に流れている。思った以上に、強い力。
ーーできる。
私は確信した。
晦冥の話によれば。雪女というのは、その年に降った雪を依り代にした、あやかしなんだそうだ。雪が消えれば、依り代を失い、消えてしまう。もちろん、あやかしの本体ともいうべき『魂』が無くなってしまうわけじゃないから、翌年、雪が降ればまた再生する。だけど、記憶は依り代を変わるたびに、消えてしまうのだそうだ。
そういえば、雪女も『ワレであって、ワレでない』って、言っていた。
ならば、雪女の依り代を、消える前に『移して』しまえばいい。もちろん、簡単じゃない。
何よりも、あやかし本人の意志でそれができるのなら、とうにそうしている。大事なのは、深いかかわりのあった人間の思念。
人間の思念は強い。だから、弥彦が心底、『雪』という女を愛していれば、依り代を変えるだけの魔力に耐えられるように魂を守ってくれるらしい。
桜の木を依り代にすれば、木の寿命が尽きるまではともにいられるはずだ、と晦冥は言う。
樹木は、冬でも枯れてはいない。多少、季節によって体調に変化をきたすことはあるだろうが、それは人間であっても同じこと。依り代が生きてさえいれば、雪女でいたころと同じように生活できるだろう。
もっとも、『雪』を操ることはできなくなるけど。
目を閉じた弥彦の向こうで、ふわっと舞い降りた晦冥が私に合図を送った。
雪女は、あらかじめ呼び寄せてくれていたのである。約束したとはいえ、さすが、出来る男。ちょっと、カッコいい。
私は晦冥に感謝しながら、弥彦の思念を使い、雪女の魂を桜の木になぞらせた。
雪よ 花となれ
私の命にこたえ、桜の木に満開の花が咲いた。
「あなた……」
「雪?」
弥彦の腕に、桜色の着物をまとった女性が現れる。
二人を包むのは雪ではなく、桜吹雪。雪景色の中に現れる桜を見上げて、熱い抱擁をかわす。
「よかったね」
私に雪女はそっと会釈する。その瞳に涙がにじむ。
「弥彦さん、先に戻るね。後で二人でおいでよ」
「はい」
頷く二人を置いて、私は神社を後にした。
「うまくやったな」
参道の石段を降りた私に晦冥が声をかけてきた。
「ありがとう。晦冥のおかげだわ」
本当にそう思う。
「これ、お礼」
私は懐から、竹の皮で包んだものを取り出した。
「なんだ?」
「私が、地上で一番驚いたものよ」
昨日、タミと伍平に神さまへのお供えものにって、作ってもらったのだ。
「なんだ、これ」
「五平餅。衝撃的な美味しさなの!」
怪訝な顔をしながら、晦冥は包みを開き、五平餅を口にした。
「うわ、マジで美味いな」
晦冥は夢中で食べ始めた。
私は、それを見て、なんとなく幸せな気分になったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます