第11話 雪女

「くらえっ!」

 女は手を広げる。氷の塊が彼女から私に向かって放たれた。

 私は瞬時にそれを粉砕する。氷の粒があたりに弾け飛んだ。

「無駄よ。私には勝てないわ」

 ことさらに自信たっぷりに笑い、手を握り締める。言うほど余裕はないけれど、強気な姿勢を崩してはダメだ。こういうのは、ハッタリが大事。相手を気持ちで圧倒しなければいけない。

「日輪よ!」

 私は天に腕を振り上げる。

 唐突に、私の頭上に青空が広がった。急に視界が明るくなる。

 術の効果範囲は狭い。私を中心に、ぽっかりと雲の切れ間が出来た状態だ。女と私のまわりだけ、柔らかな太陽の光に包まれる。

 もちろん冬の太陽だから、刺すような日差しではない。だが、雪と氷をあやつるにとって、これは大きな打撃になったようだ。

「ああ」

 女は膝をつき、肩で息をはじめた。気温はそれほど高くないが、日の光は彼女にとって、相当にきついようだ。

「……畜生め」

 女は、苦しげに呟く。憎しみのこもった目でにらみながらも、それ以上攻撃してこない。

 私は雪に埋もれていた男性に駆け寄った。まだ、息はある。

「この人、あなたに何かしたの?」

 見れば、傷はない。吹雪で道を失い、凍え死にするところだったのだろう。

「あなたほど力があれば、こんな手間をかけず、簡単に殺せるでしょう?」

 私にぶつけようとした氷の欠片で一息に攻撃すれば、一瞬で終わることだ。それをこんなふうにじわじわと殺すというのは、よほど恨みがあるか、それとも、この女がそういう趣味なのか。後者だった場合は、聞いても無駄ではあるけれど。

「お前には関係ない」

 女の目に哀し気ないろが見える。殺戮を楽しんでいた、というわけではなさそうだ。

「そうね。でも、まだ生きている以上、私はこのひとを助けようと思うんだけど」

「……好きにすればいい」

 女は呟いた。閉じた目から、ほろりと氷の欠片が、こぼれおちる。それでいて、口元に笑みがうかんでいる。殺さずにすんだことに、ほっとしているかのようだ。

「ワレはじきに消える」

 彼女の白い長い髪に水が滴り始めている。伸ばした手が陽光を浴びて、透明に透けている。おそらく、彼女は、溶けだしているのだ。

「待って」

 私はパチンと手を鳴らす。雪はやんだままだが、日は隠れて、曇天に戻る。

「なぜ?」

 女は驚いた顔をみせた。

「なぜかしら。私にもよくわからない」

 私は苦笑した。

「甘いとは思うわ。でも、ひょっとしたら、あなたを倒したら、このひと、悲しむんじゃないかと思って」

「そんなことはない。この男は、約定を違え、ワレから逃げ出したのだ」

 女はさびしそうに目を伏せると、よろよろと立ち上がった。

「春まではともにいるとあれほど誓ったのに。あと長くても、ひと月の我慢が出来なかった男よ。悲しむはずがない」

「春まで?」

「お前が止めをささなくても、ワレは間もなく消える。それが雪女として生まれたワレの定めだ」

「雪女……」

 地上は天界と地獄の気が入り混じって、土地や季節に根付いたあやかしが生まれることがあるという。

 女は、冬の一時だけ、姿を現すあやかしなのだろう。

 おそらく。

 男は冬の間だけ、女ともに過ごす約束をしたのだろう。それなのに、女のもとを去った。理由はわからないけれど。

「たとえ、来年、再び姿を現したとしても、それはワレであって、ワレではない。弥彦やひこに伝えよ。二度と会うことは叶わぬが、達者であれとが言っておったと伝えよ」

 殺そうとしていた男に達者でというのも変だ。でも、それも女の正直な気持ちなのかもしれない。

「わかったわ」

 私は頷いた。

 足を引きずるように去る女を見送ると、私は伍平と男を運ぶことにした。



 途中までは魔術を使い、とりあえず伍平を担ぎ上げて歩く。吹雪はおさまってきたから、さすがに宙に浮いた状態で運ぶのは、誰かに見られるかもしれない。そうなったら、説明が面倒だ。とはいえ。さすがに重い。二人まとめて担ごうかと思ったけれど、無理だ。足元は雪だから、無茶はいけない。

「もみじちゃん!」

 家の近くに来ると、タミがかけよってきた。きっと、ずっと戸口に立っていたのだろう。

 担いだのは正解だった。私は内心ほっとする。

「気を失っているだけです。とりあえず、温めないと。あと、もう一人いるんです」

「そ、そうね」

 私はタミの手を借りて、伍平を火のそばに寝かすと、男のところに戻った。

 雪に埋もれていた時間が長い分、伍平より体が冷たい。

 この男と雪女の間に何があったのかわからない。でも、少なくとも雪女は、この男との約束を大切に思っていたのだろう。だからこそ、憎かった。殺してしまいたいと思うほどに。

「達者で、ということは、助けてほしいとも思っているのよね」

 私は男を担ぎ上げた。

 

 



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