第10話 吹雪
その日は朝から雪だった。
家の中にいても、冷たい風が吹き込んでくる。火のそばにいても、寒い。
「こんな日は、手仕事をするしかないなあ」
「そうですね」
幸い、薪はたくさん家の中に用意されている。無理をして、外に出ることはない。
「私は何をすれば?」
「そうねえ」
タミは顎に手を当てて、思案する。
「もみじちゃんは、何が得意なのかしら?」
「えっと」
私は首をひねった。
魔術や武道、そして学問も、それなりに学んだ。天人として、学ぶべき知識は学んでいると自負できる。ただし、あくまでも天人としてだ。地上界の人間の持つべき、技術や知識を持っているとは限らない。
「それじゃあ、いっしょに五平餅をつくろうか」
伍平がにこりと笑った。
「本当ですか?」
「うちの子になってもらうお祝いをかねて」
「そうね。五平餅は作るのに時間がかかるから、今日みたいな日に、ちょうどいいかも」
タミは米びつから、お米を取り出した。
「それじゃあ、お米を精米するところからはじめましょうか」
「はい!」
タミに手伝ってもらいながら、臼で杵つきをする。
これは、かなりの重労働。なかなかに大変だ。五平餅への道のりは、遠く険しい。
もちろん、こんなのちょいちょいっと魔術を使えば、やれなくもないんだけど。でも、しんどさも、タミや伍平といっしょなら、楽しいと感じられた。
ようやくに精米が終わると、今度は、米を水でとぐ段階に入る。
「私、雪をくんできます」
「井戸に行かないでね。外出てすぐの雪でいいから。遠くに行っちゃだめよ」
「はい」
臼を片付けているタミに言われて、私は手桶を持って外に出た。
外はかなりの荒れ模様になっていて、猛吹雪だった。
風がヒューヒューとなっていて、辺りは真っ白だ。
言われた通り、井戸までいかなくても、周りは雪だらけ。桶にいれれば水になる。降りたてで、しかもたくさん降り積もっているから、土が混じることもない。もっとも、この状態で井戸に行けと言われても、井戸がどこにあるかわからないかもしれない。
私はせっせと雪を手桶に入れていく。ふんわり、では大した量にならないので、すこし押し込むような形で詰め込んでいく。
「たす……けて……」
聞き間違えだろうか。
人の声が聞こえた気がした。
ヒューヒューと唸りをあげる風の音。降り続ける雪のせいで、視界は全くない。すぐそばに生えていた木々でさえ、はっきりわからないほどだ。
「誰かいるの?」
私は声を上げた。
昼間とは思えない暗さで、世界は色を無くしている。軒先にいるのに、目に雪が容赦なく飛び込んできて、よく見えない。
「た…………たす……」
荒れ狂う風の中に、間違いなく人の声が聞こえる。
「もみじちゃん、どうかしたの?」
家の中から、伍平の声がした。
「伍平さん、誰かいます!」
「え?」
驚きの声とともに、伍平が飛び出してきた。
「たぶん、あっち」
「むやみに飛び出しちゃだめだ、もみじちゃん」
私が走り出そうとすると、伍平があわてて止めた。
「タミさん、縄を」
「はい」
伍平が縄を握り締め、もう一方の端をタミに握らせる。
「こんな吹雪の時は、雪のあやかしに化かされることがある。近くとはいえ、飛び出してはダメだ」
「はい」
伍平と私は、いっしょになって山を下りてくる道の方角へと歩き出した。
風がごうごうと鳴る。家から出て、数歩しか歩いていないのに、視界が真っ白だ。
「たす……け」
吹きすさぶ風雪の中。私は耳を澄ます。
声は弱いけど、間違いない。そして、渦巻く風の向こうだ。
「伍平さん、あそこ!」
「なんだ? ひとか?」
雪の上に、人が倒れている。もっと不思議なのは、その人を見下ろしている人物がいる。
白くて長い髪。女性のようだ。
ただ、風が渦巻いているのに、髪は少しも乱れず、着物の袖もひらりとも揺れていない。
降りしきる雪がつもることもない。
逆に、倒れているほうは男だろうか。助けを乞いながら、動くこともかなわず、雪に埋もれていく。
「そこで、何をしているの?」
私は女に話しかけた。
「邪魔をするな」
女がギラリとにらみつける。
強い妖気をやどした魔力を感じた。間違いない。あやかしだ。
「伍平さんっ!」
私は雪の上に倒れた伍平に駆け寄った。傷はなく、意識はないものの息はあった。
咄嗟に、女の目を見てしまったのだろう。あやかしの目は、強力な魔力を持っている。それに妖気は普通の人間にとってそれだけで害だ。今のところは命に別状はなさそうだが、こんな吹雪の中にいては体温が下がってしまう。危険な状態だ。早く暖かい場所に運ばなければ。
「何故、お前は平気なのだ?」
女は不満そうに呟き、髪を逆立てた。目がギラギラと光る。
風が吹きあがり、雪が荒れ狂う。
「あなた、自分より強い存在に会ったことないのね?」
私は、大きくため息をついた。
「逃げるなら今のうちよ。私、伍平さんを早く家に連れて帰りたいの」
女は私の声が届かないのか。渦巻く風が私と伍平をぐるぐると囲む。
どうやら一戦、交えないといけない感じだ。
「寒いの好きじゃないから、手加減、しないわよ」
私は、女を睨みながら、指を鳴らした。
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