第6話  雪玉

「とりあえず、そのようなお話、即答は致しかねます。嫁入りは、この子にとって一生に一度の一大事。家に戻り、ゆっくり家内とも相談してから、ご返答をさせていただきたいと思います」

 不穏な空気を鎮めるかのように、伍平が頭を下げた。

「……それもそうだな。さすがに、この場では無理であろう」

 田沢があごをなでながら、頷く。

 私は無言で頭を下げた。

 本音を言えば、考えたところであり得ない話であるけれど、それを今この場で言っては、伍平の気遣いが無駄になってしまう。

 田沢もいったん保留すれば、冷静になって、気の迷いだと気づくかもしれない。

 そもそも、男を投げ飛ばした姿を気にいられたと言われてもなあって思うし。

 外見については、よくわからない。天界でも褒められはしたけれど、第六天魔王の姪をあしざまに言うには勇気が必要だろう。一応は悪くはない方だと思うけど。

 私は伍平とともに、腰を上げ、椀をそばにいた女性に返して礼を述べる。

 ぺこりと頭を下げて受け取った彼女の白い腕に、青い痣がみえた。

 あれ? と思い、彼女の顔を見る。細面の白い顔。綺麗だけど、表情は暗い感じだ。服装からして使用人だろう。寒そうな首もとに傷跡が見える。

 他の使用人も痩せていて、傷があり、労働条件は、それなりに過酷なようだ。私兵と思われる男衆だけ、体格も肌ツヤも良い。田沢の考え方がよく分かる気がした。それが悪いとは言えないけれど、妻になって大切にされると思えない。

「どうした?」

「なんでもない」

 伍平に声を掛けられ、私は考えを打ち切った。

「お気をつけてお帰りを」

 田沢の口元に浮かんだ笑みが気になったけれど、私は伍平の背を追って、家を後にした。



 伍平とともに市場に戻り、店を覗いた。

「夕方までに戻らないといけないから、時間があまりなくてごめんね」

「大丈夫です」

 店の数もそれほど多いわけではない。それに、山を登って帰ることを考えたら、たくさん買うわけにはいかない。

「やっぱり、タミさんが喜びそうなものを買っていきましょう」

 私の着物をと、伍平は言ってくれたけれど、あいにく、反ものも、古着もそれほど出ていない。それに着物はとても高いのだ。

「あ、これにしよう」

 伍平が指さしたのは、干した果実。見た目はちょっと地味かな。なんだろう。茶色っぽくて、少し固そうだ。

「干し柿だよ。食べたことない? とっても甘いんだ」

「うちのは格別だよ」

 ふくよかな女性が、笑顔を浮かべる。

「三つ、買って帰ろう。タミさんは、これが大好きなんだ」

 伍平が、女性に銅貨を渡した。

「おや、よく見たら、さっき林蔵りんぞうを投げ飛ばしたお嬢さんじゃないか」

 女性は私の手を握る。

「本当にスカッとしたよ。あいつは、田沢さまの親戚でねえ。田沢さまの手前、みんな何も言えないけれど、困っていたんだ」

「そうなんですか?」

 そういえば、あのゴロツキ、それなりに良い着物を着ていたなあって思う。

「田沢さまは、普段、何もおっしゃらないんですか?」

 女性は辺りを確かめて、首をすくめた。

「大きい声では言えないけれど、やっぱり血族は可愛いもんなのだろうね。柄が悪くても腕っぷし優先ってところはあるし」

「……そうなんだ」

 先ほどは、大人物のような振る舞いで、私と伍平を歓待したけれど、どうやらそれは気分の問題だったのかもしれない。

 先ほどのやりとりを考えても、それなりに曲者みたいだったし。使用人の扱いも優しくはなさそうだし。

「このあたりは、獣やあやかしが多くてね。あたいらは、田沢さまの私兵の加護を受けて生活しているんだ。多少、問題があっても、我慢しなくちゃってところがあるんだよ」

 より深刻な脅威から守られている以上、ちょっとしたことは耐えなきゃいけないってことなのかもしれない。無能ってことは無いのかな。尊敬はできないけど。

「伍平さん、明るいうちに帰りましょう」

「そうだね」

 縁談を断ったことくらいで闇討ちするほど悪党とは思わない。でも、なんか厄介ゴトが降ってくるような気がする。

 私達は、早々に町を出ることにした。

 行きと同じ道を逆にたどりはじめる。道には、往きの私達の足跡が残っている。踏み固めた雪を歩くと、ちょっと滑るけど、新雪より歩きやすい。

 町を見下ろした峠まで、あと少しというあたりで、私は後方に気配を感じた。数人の人だ。

「伍平さん、少し休みませんか?」

 肩で息をするふりをして、私は足を止めた。

「ん? かなり登りがきつかったのに早かったかな。じゃあ、少し休憩しようか」

 気の良い伍平は、疑いもなく、腰を下ろす。

 後方の足音が止まる。つけられているようだ。先ほどの足音の感じなら、当然、追いつかれそうな感じなのに、振り向いても誰もいない。

 日は傾き始めていて、明るいとはいえ、影は長くなってきている。

 後をつけてきているとしたら、たぶん、田沢の命令だろう。伍平の家をつきとめようとしているのだろうか。それだけにしては人数が多い。家を知られるだけでなく面倒な予感がする。

 空に目をやると、ちょうど昨日よりもやや太い月が昇り始めていた。

 手のひらを開くと、少しだけ力が戻っている。

 私は座り込んで、雪の小さな玉を作った。


 転がれ


 私は、大きな雪玉を頭に描きながら、命じた。雪玉はころころと坂道を大きくなりながら転がっていく。

 やがて、遠くで何かぶつかった音がした。

「大丈夫かい?」

「はい。もう平気です」

 伍平に笑みを返して、私は立ち上がり、歩き始める。

 後をつける足音は、聞こえなくなっていた。


 

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