第6話

 いくら最初からルーチンで恋人を作る気がないとはいえ「あわよくば」という気持ちが新田に全くなかったと言えば嘘になる。


 ただ、待てど暮らせどメッセージが来なければいいねもこない。しかも、こちら側が課金していないから、こちらがいいねを送っても返してもらえる確率が低い。


 いくら可愛い子をスワイプ画面で見たとしても、自分のことをメッセージやいいねを駆使してアピールするほど新田にはガッツがなかった。


 その経緯があったため、仮にプロフィールを公開する範囲を広げたとしても、すぐに相手からいいねを送られてくると思わなかった。新田は課金するだけ課金して昼まで寝ることにした。



 レンダリングが終われば、一旦他の人に案件が回ってミスや漏れがないかダブルチェックをする。

 そのため、会社の出入り口にあるホワイトボードに「新田、レンダリング済み」と記入すれば、急ぎでなければ半日から一日休みを取ることができる。

 公休を消費するために休みを取るように進藤に前日言われていた。その日は全休を取ることができた。


 ただ、ワーカーホリック気味だと、休みにすることがない。新田も漏れずに仕事の合間に仕事をするような人間だった。


 そのため、休みを取ることを言い渡されたとしても、仮眠をとったら会社に戻ることは決めていた。

 レンダリングが終わったら、次の作業は何をしようか。そう考えながら新田は布団に潜り込みながら意識を手放す。




 変な夢を見た。どんな夢だったかは覚えていない。とりあえず変な夢だったのは覚えている。

 睡眠には2種類あって、レム睡眠とノンレム睡眠に分けることができる。夢を見ているときは眠りが浅いレム睡眠のときが多いという。


 パソコンで作業することが多い新田は日常的にブルーライトを浴びている。そのせいか、深く眠りにつくことは普段からあまりなかった。日常的に睡眠不足なのは職業病だと割り切っていた。


 だからといって、変な夢を見るのはあまり楽しくない。怖い夢よりはマシだとしても、目が覚めた後、喉の奥に不快感が残ってしまう。水を飲もうと思いたち、台所に立つ。



 水を飲みながら、枕元に置いてるアラーム付きのデジタルウォッチを確認する。午前10時。家に帰ってきたのが、8時を過ぎていたから、多めに見積もっても1時間半程度しか眠っていないことになる。


 日頃から眠りが浅くて睡眠不足に悩まされていると自覚していても、1時間半しか眠れなかったの久しぶりだった。30分おきに眠れば睡眠サイクルは整うと豪語していたのは、たしか高校時代の数学の担当教師だったか。


 惰眠を貪りたくても、思った以上に頭が冴えてしまった新田は、諦めて溜まっている録画を消費しようとする。

 映画、美術番組、アニメ。ドラマを録画してみる習慣はないが、それはレコーダーの容量が足りなくなってしまうからだ。手始めに、残り数回で最終回になるアニメを見て容量を広げることにする。


 リモコンを操作して、アニメを流す。お菓子のパッケージを開ける。ソファー代わりにしてる大きめのクッションに腰を下ろす。ここまではいつもと何も変わらない。

 そのとき、スマートフォンのバイブが鳴った。


 帰ってきてからすぐベッドに放置したバッグを取る。中にはスマートフォンが入っている。充電はほぼ会社でしてきたから、家で充電する必要がない。

 家ではカバンからスマートフォンを出すことが習慣としてない。


 今日も会社で充電するつもりだったからスマートフォンはカバンの中に入っていた。メールや通話の通知などはパソコンに来るようになっているし、そもそもスマートフォンに人から連絡が来ることが少ない。


 ファントムバイブレーションシンドローム。実際に通知が来ていないにもかかわらず、携帯が鳴っていると勘違いすることの名前をそういうらしい。

 そのバイブを新田はファントムバイブレーションだと思った。いつもなら会社へ向かう途中の電車の中で「そういえば」くらいの気持ちで確認する。


 しかし、変な夢を見た後だったから妙な気分がした。

 普段なら確認しない通知を確認する気にもなる。


 ホーム画面を見ると、ルーチンのアイコンの右上に127と数字が出ている。


 いままでいいねもメッセージも来たことがなかったのに、課金するだけでここまで変わるのか、と新田は驚く。

 ほとんどがいいねで終わっていたが、メッセージが15件来ていた。


 一つ一つメッセージを読んで相手のプロフィール確認して返事を書いていく。ほとんどが、趣味に共感したものだった。ただ、その中で同じような感覚で作品を見ている人はいなかった。


 つまり新田が言いたいのは、面白さや流行で作品を消費しているのではなく、作品の背景や作者の特徴、色使いやエフェクトのかけ方、作品をプロとしての目線で見ている人がいない。


 映像鑑賞とひとことで趣味を言っても、新田の鑑賞方法は控えめにって面倒くさい。ただ、それを人に押し付けてあえて嫌われる趣味を新田は持ち合わせていない。ただ、めんどくさいという気持ちが芽生え始める。


 メッセージを返すばかりで結局、せっかくのアニメが見れていない。「これを返したらもう、ルーチンの通知を切ろう」そう考えながら最後のメッセージを開く。



 nittaさん、初めまして。

 映像作品の趣味が合うなって思ってメッセージ送らせてもらいました。

 nittaさんの選んでいる作品はどれもモデリングアーティストに特徴がある作品ばかりだと思ったんですが、違いますか?

 私もモデリングアーティストに興味があります。

 もしこだわりがあるのであれば、仲良くなりたいなって思います。



 このメッセージを送ってきたのが斉木優だった。

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