第5話

 映像系の仕事とは一つ、待機時間が長い。

 パソコンで作業をよくする人たちの間ではお馴染みの言葉ではあるが、IT用語でレンダリングという言葉がある。


 細い説明は省くが、映像編集とはたくさんある写真を1秒間に24枚にまとめる作業のことを言う。例えば5分間の映像に使われる写真だと24×60×5=7200。

 この7200枚の写真をなめらかにパラパラ漫画にすることで映像が完成する。


 しかし、パラパラ漫画だけではクオリティに欠ける。だからその上に音やエフェクトなどの演出効果を足していく。

 そして、できあがった幾つもある素材を一本の動画にまとめる。


 この作業をレンダリングという。ちなみにレンダリングはパソコンが自動で行う作業になる。パソコンに負荷がかかっているため、レンダリングをしているパソコンで作業することはご法度になる。



 このレンダリングの作業にたどり着くまでが仮に24時間あったとすれば、新田の作る映像のレンダリングはその4分の1の6時間ほどを要する。

 ただのカメラで抑えた素材だけだとここまで時間はかからないが、細い効果を載せていけば載せていくほど、比例してレンダリングの時間は延びていく。つまり、それだけ新田は細い制作をしているということになる。



 新田は性格上、一度仕事に入ると中途半端なところで作業を止めることができない。

 その日も切りのいいところで終わらせようとしたら、気がつけば時刻は午前の7時を迎えようとしていた頃だった。


 会社の雰囲気は大学のサークルの延長上のようなところがあった。締めるところをきちんと締めてさえいれば、ルールはほぼない。

 そのため、案件をきちんとこなすことさえできれば、業務時間や出勤に関しては細かく言われることはない。


 ただ「会社にこもりきりでいることは不健康だから明日はからなず家に帰ること」と進藤に厳命されていた。

 特に、進藤に子供が生まれてから帰宅に関してうるさく言われることが増えた。

 レンダリングの残り時間はあと6時間52分。一度帰ってシャワーを浴びて仮眠を取って会社に戻ってもまだ時間に余裕はある。

 もう直ぐ出社してくる口うるさい社長に見つかる前に、会社から抜け出すことにする。



 天気は晴れ。雲ひとつなくて風が気持ちいい。

 気分は曇り。寝不足で頭がクラクラする。


 夜型にいつなったのかは新田自身思い出すことはできない。深夜アニメにハマってた大学時代か、もしくは毎日課題に追われてた受験時代か。


 俺が生活リズムを変えることは、文字通り天地がひっくり返るしかない。きっと、南米あたりに引っ越しをすればかなりの早起き生活ができるはずだ。


 そういう仕方がないことを考えるくらい、新田は疲れていた。昼夜逆転していても、徹夜明けの高揚感にはなれない。しばらくまともに睡眠時間も取れていなかった。いちど気分が上がってしまっていれば、まともな思考回路ができるわけがない。新田は客観的に自分の行動を評価できなかった。

 寝不足で仕事が長く続いて疲れ果てている新田はまともとは言えなかった。ランナーズハイに近かった。


 そういうときに金銭が絡む行動をしてはいけない。「どうしてこんなものを買ってしまったんだろう?」「どうしてこれに課金してしまったんだろう?」多くの人が体験したことがあるだろうが、疲れていると気の迷いで散財してしまうときがある。


 それがそのときの新田にとってはルーチンのポイント購入だった。



 ルーチンでは月額料金ではなく、ポイントをその都度購入するシステムになっている。

 他のアプリにあるような、ポイントを使用してメッセージを送ったり、いいねを送ったりするのではない。

 ルーチンのポイントは自身のアピールに使うことに限られてくる。


 プロフィール画面を例にしてあげるなら、仕事や趣味、興味がある分野など様々なアピールポイントを設定することができる。細かく設定して30項目設定したとする。

 しかし、仮に無課金であれば、そのうちの趣味が3項目しか一般に公開されない。


 すなわち、いくら多趣味だとしても、その趣味が公開さていないのであれば、記入してないのと同じになる。

 ポイントを購入すれば相手のスワイプ画面に自分のプロフィールが現れる確率が高くなるというシステムになっている。そして、これは男女で差がない。


 設定するだけ設定しても相手に公開されないのであれば、幽霊会員やサクラ、勧誘の対策になる。さらにそれが女性にも適応されるということで、ルーチンを使って悪どいことをするユーザーが減る。


 このシステムは男女で課金する値段の差に不満がある男性と、騙されることを危惧した女性にウケた。


 ただ、初めてすぐにマッチングできずに続けようとするユーザーには利が少ない。2ヶ月おきに課金したポイントが白紙になってしまうように組まれていたからだ。


 いくら恋人が欲しいとはいえ、新田はルーチンで彼女を作るつもりはなかった。流行ってるからネタとしていれとくか、くらいの気持ちで始めた。熱心なユーザーではないし課金もほとんどしてなかった。


 久しぶりに開いたルーチンの新田のプロフィールには趣味のアニメのこと、勉強する上で知った絵画のこと、仕事で興味を持つようになった映画のこと等が細かく書かれていた。


 新田にとって自分の趣味はアイデンティティに近いものがあった。これだけは自信持って好きだと言えるし、詳しいと言えるし、専門的知識があると胸を張って言えるものだった。


 寝ぼけ眼で自分の趣味を並べて見てみると、自己陶酔感に浸ることができた。

 これを全部2ヶ月公開するにはどれくらい金額がかかるんだろう、最初に思ったことがこれ。

 10000円で済むのか、合コン1回するより金額は安いんだな、次に思ったことがこれ。 

 ポイント購入ボタンを押すまでに時間はかからなかった。

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