第4話
翌日、仕事の合間に西尾に連絡を取る。
本当はメールか何かで済ませようとしたのだが、さすがに連絡取らなくなってから5年以上が経過するとなると、アドレスも変更されていた。
「ええええ、新田さんじゃないですかあああ。お元気でしたかあああ」
文節ごとに、母音を4音伸ばすのが西尾の特徴だ。初対面の頃からこの喋りの癖は変わっていない。このいちいち発音を伸ばすのが諸先輩がたの気に障ったことは、多分まだ本人は気がついていないのだろう。
「おう、お前、漫研の後輩だった斉木優って覚えてるか?」
「ああああ、優ちゃんねですか、覚えてますよおおお。というか、昨日連絡来ましたあああ」
「昨日?昨日の夜ってこと?」
「そうですよおおお。優ちゃんと新田さんが知り合いってのは驚きましたよおおお。
今度飲み会開くそうですねえええ。メンバー誰か誘っといてって言われたんですけど、誰がいいと思いますかあああ?」
話に少し矛盾があることに新田は気がついた。斉木とは昨日初めて会ったはずだし、飲み会じゃなくて合コンと言っていた。
でも、何か事情があるのかもしれない、と思い敢えて訂正することはしない。
よく分からない話だとしてもなんとなく話を合わせて、話が終わるまでに必要な情報だけを引き出すのは新田の得意技だ。
「うーん、漫研の奴らばかりになってしまったら同窓会みたいなのに俺がお邪魔する形になってしまうしなぁ。どういう人を呼べばいいって西尾は斉木さんに言われたんだ?」
それとなく電話の内容や確認してみる。
「僕ですかあああ?えぇっと、デザインとか作家業してる人たちを集めろって言われましたねええええ。新田さんは作家業関係で呼ばれた形ですかあああ?」
美術系のそれぞれの仕事は、同業種に見えて細かいところで線引きしようとしたらいくらでも線引きができる業種だ。そのため、頻繁に勉強会は開いてる。
事実、新田がオーナーになって何度も開いたことがあるくらいだ。
「つぅか、お前勉強会に呼べるような友達いんのかよ」
西尾の『デザインとか作家業をしている人たちを集める』というひとことで、斉木が開こうとしているのは勉強会ということにあたりをつけて会話をつづける。
「僕、一応工務店勤務ですしねえええ。建築関係ならなんとか呼べますよおおお」
「あれ、結局実家継いだのか」
「そうですううう、アニメとか夢が叶いそうにないことより実家の手伝いをしろって言われて、今色々勉強中ですよおおお」
西尾は大学に行くなら建築学部に入ることを親に半分強要されていたという。最初は美大を受験したいという本人の意思に渋い反応をしていたらしい。
『建築デザインの勉強だったら受験してもいいでしょ!』といって、無理やり親や説得し、美大を受けたという。
しかし、実際に受験したのは建築ではなく、映像学科。それは入学してからばらくは親にひたすら隠し続けたという。
「じゃあさ、プロジェクトマッピングに詳しい建築系のやつとかいる?今個人的に勉強したい分野なんだよね」
「プロジェクトマッピングですかああああ?もう流行りじゃないじゃないですかあああ」
「いいだろ、別に。流行ってるときは俺に受注が着たわけでもなければ、多分これからもやることもないし。単純に勉強したいだけだっつの」
「はあああ、相変わらず映像のことだけになると真面目ですねえええ。それを他のところに生かすことができたらきっともっとまともな人になるだろうにいいい」
「うっせ、相変わらずうっせ、お前そんなんだったらいつか必ず客に嫌われるぞ」
あまり親しかったとも言えないが、数年ぶりに大学の後輩と喋ると積もる話もあったようで、結局昼休みいっぱいを使ってしゃべってしまった。
「にっちゃん、西尾って”あの”西尾?」
隣で電話を聞いていた、新田と同じ大学の友人、ともいい、今の会社のボスである、進藤に声をかけられた。ちなみに、にっちゃんとは、大学時代から呼ばれている新田のあだ名だ。
進藤は学年でもトップクラスの成績を残した秀才。フリーでやっていた時に、先方から無理な注文を受けてしまったが故に進藤は一度つぶれかけた時がある。
進藤を潰さない為に友達同士でフォローしあってたら、気がつけば会社になっていた。
進藤の経営面はからっきしだ。そのため経営者は別にいる。ただ、進藤が一番の技術者で、進藤がOKを出さないと会社としては制作を受け付けないことになっている。そのため、経営者より偉い人という意味で『ボス』と呼ばれている。
「そうだよ、”あの”西尾。昨日の飲み会でにいた子が、うちの油絵科にいたらしくて、おまけに”あの”西尾と同じ漫研なんだって。勉強会開くけど、枠に余裕があったら、ボス来る?」
「へえ、油絵科ね。優秀じゃん。日程は?」
「昨日勉強会開けたらいいね、って言ってた段階だからまだ全然決まってないや、詳細決まったらとりあえず教える?」
「うん、興味あるし、お呼ばれしたいかも」
昨日は合コンだという話だったのに、西尾には違う風に話が通っていた。
進藤は妻子持ちだ。かわいい奥さんとは大学から付き合ってるし、進藤自身も浮気するタイプじゃない。仮に合コンになっても問題はないと思うが、一応斉木に確認が必要だと思う。
『勉強会と合コン、どっちがメインになりそうかな?』
メールの画面で作成した文面を、ルーチンのメッセージ機能に一瞬でコピペして送信した。さすがに、ルーチンをしている相手との勉強会と知られるのは気恥ずかしいものがある。
「西尾はまぁ、いいとして、油絵ちゃんはどんな仕事してるの?」
「出版社で装丁デザインしているらしいよ」
「出版社!?デザイン会社じゃなくて?」
進藤が驚く。最初から独立願望があって、就職活動より個人の制作活動の方を優先していた進藤からすれば考えられないのだろう。
そしてこれは天才ゆえの癖なのか、自分の価値観とずれたことをしている人を軽蔑しているところが進藤にはある。
進藤も悪気がないだけあって、軽蔑していることは気がつかず
「珍しいよね、でも、装丁って考えたらデザイン会社に入るよりも、出版社の方が食いっぱぐれ少ないからね」
食いっぱぐれという言葉で進藤の顔が曇る。
進藤が独立したことでつらかったことを言ってそこに対する利点を述べる。そこをフォローをするのが従業員の役目だ。
これも、進藤と長く付き合いを続けていく上では大事なスキルだ。
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