第3話

 大学時代、同じ大学に通う学生がストーカー容疑で逮捕された。青天の霹靂とも言える事件だった。逮捕された学生は新田の親友で、特に恋愛感において価値観が似ているといつも話していたからだ。

 それ以来、恋愛体質の抜けきれない新田には第三者が必要だった。常に他者から自分のことを評価してもらう相手を求めていた。歯に着せぬ言葉を求めていた。



 今は大学時代に友達と立ち上げた会社が軌道に乗ってるが、食べられない時代が長かった。副業として新田が選んだのは、結婚式場での撮影でのアルバイトだった。そこで嬉野という珍獣に知り合った。


 嬉野は当時、式場のスタッフとして働いていた。

 嬉野は美人でスタイルがいい。そのツラの良さのおかげで爽やかさと笑顔が6割増しに見える人間だった。その分、毒を吐き散らかしていた。

 西尾が悪気なく毒を吐くならば、嬉野は悪気の塊で毒を吐いていた。それがキラキラした職場で嫌という程、目に付いた。


 結婚式場で働くには腹芸が必須スキル。常に爽やかで笑顔を撒き散らせる人間じゃないと働けない。

 最初は「忍法、性格悪いをごまかす術」を嬉野も使っていると新田は思っていた。倦厭していた。なぜ、周りは誤魔化されるのかと最初は疑問に思った。


 結婚式の現場はとにかく長い。一件の拘束時間が8時間を回る時もある。ある日、新田と嬉野は二人っきりで作業をしなければならなかった時があった。

 最初は胃もたれする思いで嬉野の毒を聞いていたが、ちゃんと聞いてみると、筋が通っていて面白い。気がつけば、二人は仲良くなって個人的に連絡を取るようになった。きちんと筋の通ってる話ならば、毒だとしても受け入れてしまうのだ。


 新田が嬉野のことを評価者として頼るようになったのは、自然の流れだった。

 そしていま。

 

『え、で、先輩バカなんですか?なんで合コンに至ったんですか?』

 嬉野には相変わらず恋愛の雑多なことを報告する日々は続いていた。

 嬉野は数年前に体調を崩して仕事を辞めた。いまはニートの合間にデイトレーダーの真似事をして稼いでいるという。


「お前にバカとは言われたくねぇ」

『は?バカとは言われたくねぇじゃなくて、なんで合コンに至ったのかを聞いてるんですけど』

 スピーカーにした携帯から罵声が飛ぶ。完全なひきこもりになったいま、その口の悪さは悪化していた。


「…大学が一緒ってのは話したよな?それで、共通の知り合いがいることがわかったんだよ。そいつを含めて飲もうって話になって、そいつが黒歴史喋りそうだったから、そいつと3人で話すよりは合コンの流れのほうがましかなって」

『あー、わかりました、いまなにしてんのかなとか言っちゃったわけですね。あほちんですね』

 間髪入れずに言葉が返ってくる。


「あほちんてお前…じゃあどうすればよかったんだよ」

『そんなの『ボク黒歴史しゃべられたくなぁい』とか言えばよかったんですよ。人間には一つや二つ、黒歴史なんてあるものだし。知らなくていいことに踏み込みそうな相手だったらさっさと切っておしまい。それでいいじゃないですか』

「それでいいって…タイプの子だったんだけど」


 嬉野は恋人を作らない主義と昔から公言していた。「恋人に割く時間がもったいない」という嬉野の主張を「自分かっこいい病にかかってるとしか思えない」と新田は悪態をついていた。しかし、長い付き合いの中、未だに恋人がいたところを見たことはない。


『あー、はいはい、確かに先輩は昔思い余って出会い頭に告白したとかありましたもんね。それ考えたら、今日告白しないだけで少しは成長したんじゃないですか』

「だから、そういうことをペラペラいいそうなやつを回避したかったんだっつの」

『自分、その合コン行きましょうか?自分が行ったとしても実りはないし、先輩からすればいいコマになると思いますよ』


 嬉野は悪意がこもってる分、本人が「冗談だよ」と付け足せば笑いにギリギリ転化できる。だが、西尾はそこの機転がきかない。同じことを仮に西尾が言うと空気を凍らせる。

 二人は足して割ったら確かにちょうどいいかもしれない。だが、

「実りはなかったとしても、お前、食い散らかすだろ」

 男も女も平等に愛す、が信条のこの珍獣にせっかくの合コンを荒らされたくない。

『やだなぁ、人聞きの悪い。絶対手を出しませんって、なんでしたっけ、その斉藤さんのこと」

「斉木だっつの』

『はは、とりあえず、合コンで一番かっこよく見える服ネットで注文しとけばいいんじゃないですか?先輩、ツラ悪いんだから』


 嬉野が言った通り、新田は顔が整っているとは言い難い。だからその分、女の子の前では常に余裕があるふりをしている。顔の悪い男よりも余裕のない男ほどダサいものはないと新田は信じていた。



 学生の頃に付き合っていた彼女に「付き合ってからなんか変わったね」と言われることが多かった。つまり、猫の皮がはがれて、余裕がない部分が浮き彫りになってくるからだ。

 それは、自分のパーソナリースペースに招いたからこそ見せる一面ではあるが、その一面を見て女の子が引いていく姿は新田には辛いものがあった。


 それ以来、余裕があるふりは外面にかけるようになった。いい靴、いい時計、いい服。もちろん似合っているのを考慮して身につけている。金銭的に余裕が出来てからは自分を誇示するいい道具になる。

 それは、自分の周りの人間関係にも言えるものだった。嫌いな人種だとしても、腹芸ができるキラキラした奴らとの人脈を大事にするようになった。


 合コンする、と一言言えば指輪をほっぽり出して遊びに出てくる知り合いは沢山いる。そして、そういう男を借り出した方が合コンは盛り上がるし、自分もおこぼれにあずかる機会が増える。

 ただ、性格がいい人を呼んでこいと言われた合コンにそんなのを連れて行ったら、斉木に嫌われるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る