第2話
高校生の頃は都会育ちであることになにも不満を抱いていなかったが、大学に入ってからそれがある意味不利に働くことを知った。
生まれも育ちも東京の新田はいわゆる郷愁の思いだったり自然とのふれあいだったり、そういうものが欠けていた。
田舎育ちは都会への羨望が強い反面、故郷への愛着が増す。
ない袖は振れないというが、そのことに気がつくには大学生になったばかりの青年には難しいものがあった。
一言でいえば新田は焦っていた。
事実、念願の美大生になれた。もちろん苦手な科目もあったが、愚痴を言い合える友達にも出会えた。なにより念願のアニメーションの表現方法を学べた。充実した毎日を送っていた。
けれど、そこに自分の作りたいものはない気がしていた。自分に対して具体性が一切思いつかなかった。
毎日、漠然とした思いで制作をしていた。
どこにインスピレーションが落ちているかわからない。
自分と他人との差を必死に探した。
友達は次々と彼女を作る。デートで美術館に行った、昔のアニメの聖地巡りをした、そういう話を聞くたびに、自分との差を思い知るようでつらかった。
制作もプライベートも順調で、たくさんの良作を生み出している同僚のことがうらやましかった。
気がつけば、インスピレーションのために女の子を取っ替え引っ替えしているような男になってしまっていた。
何を考えているのだろう、と30手前にもなれば冷静になれる。しかし、当時は必死だった。
もちろん、取っ替え引っ替えしているとはいえ、それぞれとはキチンとしたお付き合いをしていた。むしろ大切に扱っていたと思う。制作も順調に進んだこともあった。
しかし、タイミングが悪いことに、大学4年の夏、他大学に通っていた彼女に振られたばかりだった。
合コンで知り合った文学部に通う彼女にとっては卒論は文章を書くものだった。しかし、美大の卒業制作はそれとは違う。
卒制と卒論は似ているようで似ていない。それが文学部に通っていた彼女には理解できなかった。
新田自身、卒論についてはあいまいだったということもあった。
一度衝突してしまえば、若くて日々に追われることで必死な二人が元に戻ることはなかった。
これらのことから、大学4年生の時の新田はかなり荒れていた。それを西尾をリアルタイムで間近で見ていた。
黒歴史とも呼べるようなかつての思い出を暴露されたくない。
「えー、西尾を呼んでも3人じゃなぁ。どうせなら、お互いに大学で仲よかった友達を呼ばない?」
新田は西尾が酒を飲んだ時の癖の悪さは知っている。酔うと悪口を言わない分タチの悪いことを平気で公言する。なんとしても、西尾と3人で飲むのは控えたかった。
「それもそうか。じゃあ、私女の子呼ぶんで、男の人紹介してくださいよ。どうせなら合コンみたいにしましょ。4人呼べばいいですか?」
あぁ、神様。無神論者の新田ですら、思わず口に出して懺悔してしまいそうになった。
ルーチンのリリース当時から新田はユーザーとして登録している。あまり積極的にアプリを利用している方とは言えないが、だいたいメッセージのやりとりを数回して終わってしまう。
その中で話が盛り上がったのは初めてだった。しかも相手の女の子は好みのタイプときている。
大学生の頃とほぼ変わらない恋愛体質の新田は「運命だ」と口に出す直前。次会う時は飲み屋さんで簡単に済ませるのではなくて、きちんとデートできるところに行きたい。
アールヌーボーが好きなら、アールヌーボーのグッズを取り扱っている店を知り合いがやってるからそこにでも行こう。
斉木は無意識だとしても合コンの誘いをしたということで、新田の淡い気持ちをバッサリと切り捨てた形になる。
「うーん、うちらの世代で残ってるのっていったら結構微妙な路線が多いけど、それでもいい?」
「いいひとはもう結婚したりしてますしねぇ。それはわかってるし、友達にも言い含めとくんで大丈夫ですよ。ただ、性格いい方をそろえてくださいね」
料理に手を伸ばしながら、そこのところは踏まえています、と斉木はいい顔をする。そこじゃない、と新田は突っ込みを入れたくなりつつも、ヘラッと笑ってみせる。
「性格いい人ね、探してみるね…」
フリーで性格がよく、何より斉木に手を出さないような相手をピックアップするのは少し骨の折れる作業になりそうだな、と新田は独り言つ。
そのとき、サラダが届く。サラダのドレッシングは注射器のような形にいれられて運ばれてきた。
どうせなら、コンセプト居酒屋じゃなくてきちんと最初からまともなお店に誘えばよかった。そう後悔しながらモヒートを飲み干す。
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