0と1の行動論

豊晴

第1話

 気がつけばアニメばかり観ててさ?

 当時流行っていた特撮には一切興味が持てなくて、女児向けのアニメから外国のアニメーション作品まで、一日かけて観てたんよね。

 なにがきっかけだったというわけではなくて、友達と遊ぶ時は男の子らしくヒーローごっこに付き合っていたし、女の子とアニメの話ばかりしていたわけでもない。

 ただ、家に帰ると一人、テレビの前に座ってずっとアニメばかり観てた。


 だいぶおとなしい子どもだったと思うよ。30歳手前になると、男の子を持つ父親の友達は増えてきたし。そんなんと飲み会を開くたびに「最近手がかかって仕方がない」という話ばかり耳にしてさ。


 今とは違ってオタク文化には偏見の目が向けられてて、女の子がアニメにはまっていても許されるけれど、男はアニメが好きと言える環境になかったってのがなー

 小学校では漫画みたいな絵を描くクラスの女子をからかったりして遊んだりもした。そのくせ、家では当時女子の間で流行っていたイケメンがたくさん出てくるアニメを録画していた。

 くそやろうみたいな毎日だったなぁ。

 でも、本当は辛かったし悲しかったし寂しかった。


 転機が訪れたのは、高校に上がって美術部に入部した時だったと思う。

 中学の美術部は全員女子で、一人男子が入っていける雰囲気ではなかったのが、進学した先では3分の1が男子部員でさ。

 自宅から少し離れたところを進学先に選んだこともあって、中学までの友達がいなくて。ここなら、自分の趣味を隠さなくてもいいかもしれない、そう思って、美術部に入部したんだ。



「そんな感じで、俺は絵を勉強し始めたってわけ。難易度を下げてAO入試使って小論と面接に持って行けたから、俺の画力でもまあなんとかなったけどさー、一般受けたらまずデッサンで落ちてただろうな」


 全ての席がカップル席になっている、新宿のコンセプト居酒屋。お酒はビーカーに注がれていて、料理は病院にあるようなそら豆型をしたトレイに並んでいる。

 実験用品や衛生用品を使って食事を提供するのがこの居酒屋の特徴。ビーカーに注がれたモヒートを飲みながら昔話をしていた男、新田は続ける。


「斉木さんデザインが仕事って言ってたけど、もとは油絵が専攻なんだよね?どうして、油絵からデザインに鞍替えしたの?」

 斉木と呼ばれた20代半ばの女性は小型のメスシリンダーに入った氷をマドラーでくるくる回しながら答える。

「小さい頃は学芸員になりたかったんです。美術館の近くに住んでいたってことがあったから、そこの学芸員さんにいろいろ絵のこと教えてもらって。

 小学校に入った時にはその美術館の常設展の模写とかしてました。美大に入ってから、いろいろ美術館回ったり授業受けたりしているうちにミュシャのことを知って。それから広告とかイラストの勉強始めた感じです」


 ほら、これ見てください、とスマートフォンの待ち受けを見せる。

「これが初めて見たミュシャの絵なんでけど、こういう装丁いつかしたいんですよね」

 斉木は出版社に努める装丁家。デザイン事務所とは違って、出版社だと必ず定期で仕事が入ってくるため、デザイナーとしては安定している。

 特に紙の本は不況で部数が落ちている。そのなかで、出版社に勤めているというところを見るとかなり優秀なデザイナーだ。


「新田さんは何か目標にしている作家さんとかいるんですか?」斉木が尋ねる。

「最近作品出してないけど、M.O.かな。ちっちゃい頃からアニメ見てたし、劇場版になれば迫力ますしね。と言っても俺の作風とは全然合わないけど」

 新田はCGをメインに映像を作るクリエイターで、美大時代はアニメーションを専門に勉強していた。そこで知り合った友達に誘われてCGの勉強をスタート、今となってはアニメよりもCGの仕事がメインになっている。



 斉木は大学の後輩にあたる。だが、久しぶりに先輩後輩同士、旧交を温めている、というわけではない。

「でも、ルーチンで知り合う人にこんなに環境が近い人がいるなんて思いませんでした」

「そうだね、最初SNSを通じて知り合うなんて、変なこと考える人もいるなと思ったけど、同じ大学通ってた後輩とマッチするなんで思わなかったね」



 二人は数年前リリースされたマッチングアプリ、ルーチンで知り合った。

 日々アプリ業界も進化しているため、マッチングアプリのパイオニア的存在のルーチンを使っている人は最近では少ない。

 過疎化が進んでいたということもあったのかもしれないが、偶然にも同じ大学の先輩後輩同士がアプリを通して知り合い、今日飲む流れに至った。


「5つ歳の差離れているわけでしょ?俺が4年の時、受験生だったってことだ。同じ大学って言っても共通の知り合いはいないかもしれんね」

「SNSで共通の友達はチェックしてみたんですけど、西尾さんって私のサークルの先輩ですよ。西尾さんアカウント作ったら放りっぱなしにするって最初から言ってたから友達申請してないですけど」

「え、西尾?ってことは斉木さん漫研だったの?」


 西尾は新田のゼミ時代の後輩になる。先輩に対抗できず、力作業や買い出しを常に指示されていた。かと思えば、自分の後輩の分の買い物もかって出ていた気のいいやつだ。

 しかし、それは大学までの頃の話になる。新田は卒業してから西尾との交流は続けていない。


「西尾はたしか院まででたけど、結局何してるか知ってる?」

 深く考える間もなく新田が口を開く。

「そういえば、知らないですね。今度飲み会に誘ってみましょうか?3人で会いましょうよ」

 二つ返事で新田が了承する。やった、今回で終わりじゃなくて次も斉木さんに会える。

 長いこと彼女がいなかった新田としては新しい出会いに感謝!と言いたいところだ。

 が、しかし。新田は二人で会うことに対して、斉木に牽制を打たれたことに直後気がつく。


 即答で返事した上に、この後飲み直すにも次の約束を取り付けられてしまったため、次の店にも誘いにくい。

 この時ばかりは、斉木のすました顔が計算高く見えた。

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