2-5 グループ「それってさ……特別だからなんだよ」

   +七渡+


「くそ~」


 試合は終わり、六対三で麗奈と一樹のチームが勝利した。

 やっぱり勝負事に負けるのはめっちゃ悔しいな。


「ごめんね七渡君、足引っ張っちゃって」


「翼はよくやってたよ。一樹のやつあえて俺に挑戦的な攻撃仕掛けてたしな。それを返せていなかった俺が悪い」


 前半は慣れていない翼とぶつかったり触っちゃったりして集中できなかった。

 子供の時は自然と触れ合ったりしていたのに、高校生にもなるとやっぱり何かよこしまな感情が湧き出てしまうな。


「やっぱり廣瀬は運動神経良いね。流石さすがだよ」


「ミスると恐い人が隣にいたから県大会並みに真剣にやってたんだよ」


 一樹をたたえている麗奈。その言葉通り一樹の運動神経は良いし、中学の頃から本気のスポーツでは勝ったことがない。


「まっ、勝利を祝して」


 一樹は手を挙げて麗奈にハイタッチを要求している。


「いぇーい」


 一樹の要求に応えるようにハイタッチをした麗奈。

 ただ麗奈がハイタッチをしただけなのに、か少し心がモヤモヤするな。

 俺が翼とハイタッチをした時に、麗奈も今の俺と似た気持ちになっていたのかも……

 その後はみんなとファーストフード店に入り、一時間ほど話した。

 中学の時は翼が吹奏楽部だったという話や、しばゆーが俺や一樹と同じバスケ部だったという話を聞いて意外な一面を知った。

 まだお互いに知らないことが多いなと思う時間でもあった──



 放課後の遊びの時間は終わりとなり、ショッピングモールから出た。


「それじゃあ、今日はここで解散だな」


 一樹が解散の言葉を口にする。今日は楽しかったので終わりは少し名残惜しいな。


「今日はってことは次もあるの?」


 しばゆーは嬉しそうに一樹に聞いている。


「当たり前だろ。みんなでいる方が楽しいし」


「やったー」


 一樹の言葉を聞いて翼も嬉しそうにしている。だが、麗奈だけはこの場でただ一人、複雑な表情を見せていた。


「俺、ちょっと麗奈と用事あるから」


「え?」


 俺の発言に一瞬驚いた麗奈だが、すぐに嬉しそうな顔を見せた。


「ほーい。俺こっちだけど、こっち方面の人いる?」


「柚も柚も」


 一樹としばゆーは帰り道が一緒だったみたいで、二人で帰ることになっていた。


「みんな今日はありがとね。すごく楽しかったよ」


 俺が麗奈と用事があると言ったため、一言告げて一人で帰り始めた翼。


「じゃあね~」


 しばゆーののんな声が夕方の歩道に響き、俺と麗奈を残して解散となった。


「七渡、用事って何?」


「ごめん、特にない。ただ二人で話したかっただけだ。駄目か?」


「……良いに決まってんじゃん」


 満面の笑みで承諾してくれる麗奈。その可愛い笑顔に思わずドキドキしてしまう。


「じゃあいつもの公園に行こう」


「おっけー」


 麗奈と二人きりで歩き出す。別にそれは最近では多々あることなのに、先ほどまでは大人数でいたからか特別な感じがする。


「悪いな、急に翼としばゆーが加わって大人数のグループになっちゃって」


「まー……別に大丈夫だよ。元々あたしも七渡と廣瀬の仲に入れてもらったんだし、高校生になったら環境も多少は変化すると思ってたから」


 大丈夫と口にする割には不安な表情を見せている麗奈。


「翼としばゆーとは上手うまくやれそうか?」


「正直、わからない。だって、まだ二人のことそんな知らないし」


「それもそーだな。まぁ麗奈が何か嫌だと思うことがあれば、気軽に俺へ相談してくれ。俺に言いづらかったら一樹もいるし」


「うん。そーする」


 夕暮れの公園に辿たどり着き、枯葉を手で落としてベンチに座ることに。


「でも、安心して。環境がどんだけ変わっても、七渡が変わらなければあたしは大丈夫だからさ」


 少しほおを染めた麗奈が隣に座っている。短いスカートからは大胆に露出した太ももが見えてしまう。


「優しいな麗奈は」


「七渡にだけね。受験勉強の時は世話になったから本当に感謝してるし」


 会話が途切れ、気まずい空気が流れてしまったので俺は別の話題を切り出すことに。


「今日エアホッケーでさ、自ら一樹と組んだり一樹のカッコイイとこ見て試合に勝ってハイタッチしてただろ?」


「うんうん」


「それが何かちょっとな」


 自分からしやべりだして、俺は何を言っているんだと後悔する。これは恥ずかしいな。


「なになに~嫉妬でもしてんの?」


 付き合ってもないのにそんなこと言ったら引かれると思っていたのだが、とんでもなく嬉しそうな表情を見せる麗奈。


「ち、ちげーよ。普通に考えれば一樹のこと好きになるだろ。あいつイケメンだし運動神経も良いし勉強もできるし……好きになってないかなと思って」


「……あたしは普通じゃないから安心して」


 確かに麗奈は普通じゃない。学校では目立つ可愛いギャルだし、考え方や行動も予想できないことが多い。口にはしないが、変わっているところは多い。


「それに、あたしは七渡の目立たないけど良いところいっぱい知ってるから」


 麗奈のフォローに不安や焦りは消えていき、俺の心は満たされていく。


「例えば?」


「教えなーい。それはあたしだけがひそかに知っていたいからさ」


 手で口を押さえ、教えないと口にする麗奈。そんな可愛かわいい仕草を見せられると照れるな。


「あたしって七渡のことだけ名前で呼んでるじゃん?」


 ベンチから立ち上がった麗奈は俺に背中を向けて語りだす。


「うん」


「それってさ……特別だからなんだよ」


 麗奈からの嬉しい言葉に胸の鼓動は高鳴っていく。確かに一樹のことは廣瀬とみようで呼んでいて、俺だけは七渡と名前で呼んでいる。

 背中を向けている麗奈の表情は見えない。どうにか振り向いてほしくて、俺は立っている麗奈の手をつかんでいた。


「麗奈」


「ひゃっ」


 驚いた麗奈は高い声をあげて、俺の手を慌てて払いのけた。


「ど、どうしたの?」


「あっ、ごめん……」


 ビックリしたからだと頭では理解しているが、拒絶されたみたいで少し傷ついた。


「いやいや、こっちこそごめん。恥ずかしかったからさ……」


 一樹とは自然にハイタッチとかしていたのにーと複雑な感情が湧き出る。

 でも、先ほどの特別という言葉が脳裏によぎった。

 もしかしたら俺を特別意識しているからこそ、麗奈は俺に対してだけ極端に恥ずかしくなってしまうのかもしれないと。


「麗奈が俺の前でだけ極端に恥ずかしがるのって、友達とかよりももっと特別な……」


「ち、違うから! うぬれんなし!」


 あっ、違ったみたい。恥ずかしー……


「そ、そうだよな」


「恥ずかしいのはね、何というか、えっと、そのー……」


 困っているのか答えを濁している麗奈。俺には言えない理由なのだろうか……

 その後は微妙な空気が流れてしまったので、このまま帰ることにした。


   ◇翼◇


「ふぅー……」


 家に辿り着き、リビングのソファーに深く腰掛ける。

 今日は少し疲れたけど、七渡君やみんなと遊ぶのは楽しかったな~。

 地葉さんとのひともんちやくもあったけど、別にそれも嫌なわけじゃない。

 大好きな七渡君のためだから、私は地葉さんとの争いも受け入れられる。

 最後のエアホッケーでは地葉さんの思惑通りに進み、七渡君に情けない姿を見せて足を引っ張り、勝負に負けさせてしまった。

 でも七渡君と一緒にゲームできて本当に楽しかった。得点を決めた時にはハイタッチもしたし、事故とはいえ七渡君に抱きしめられたりしちゃった。

 結果的には私は満足だった。地葉さんはざまぁみろとか思っているかもしれないけど、私にとっては大切な思い出になった。

 気がかりなのは、最後に七渡君が地葉さんと用事があると言って二人でどこかへ行ってしまったことだ。

 どんな用事かは知らないが、悪い光景しか頭に浮かばない。

 今頃地葉さんは七渡君を誘惑して、キスとか迫っているのかもしれない。そう考えると胸が痛くなる。

 でも、私には七渡君との空白の期間があるため、それを埋めるのに焦ってはいけない。

 今は地葉さんに分がある。だから我慢の時間だ。

 七渡君と地葉さんの間に何があったって全部私と上書きしていけたらいい……って何考えてるの私は! ばかばか!

 頭を抱えてもだえていると、音が鳴ったスマホに驚く。

 画面を確認すると、柚癒ちゃんから着信が来ていたので通話を開始することに。


「もしもし、どーしたの柚癒ちゃん?」


『あのグループに入れてどういう心境かなと思いまして』


 どうやら柚癒ちゃんは今日の感想というか、今の私の心境が気になったようだ。


「……今日はありがとーね。おかげでみんなと一緒にいられるようになったし、楽しかった。本当にありがとう」


『ぜんぜんお安い話だって。柚もみんなと一緒にいられるし、一石二鳥だったよ』


「うん……本当に良かった」


『……なんか楽しかったと言う割には、翼ちゃんの声元気ないね』


 私のさいな変化にも気づいている柚癒ちゃん。やっぱり観察力というか洞察力があるのかな。


「楽しかったんやけど、ショック受けたこともあってね」


『言ってみそ』


「リズニーストアでさ、地葉さんが七渡君に猫耳の帽子姿見せた時にさ可愛いって言いよってて、ウチの時は似合うなって言われちゃって。そのなんか……」


『それは傷つくね……天海っちは素直に答えてるんだろうけど、その素直さが時に人を傷つけるってやつ』


「キーホルダーの時も地葉さん可愛くおねだりしてて、七渡君もうれしそうにしてて良い関係性築けてるなって。すごく羨ましいよ……」


 地葉さんと近い関係になったからこそ、七渡君との特別な関係性を見せつけられた。

 私に七渡君を譲る気が無いことも伝わった。でも、七渡君を好き勝手扱われるわけにはいかないし、私はもう一度七渡君と関係をやり直したい……


「七渡君と地葉さんの関係を間近で見て、そういう差みたいなの肌で感じちゃって。ウチの入る隙がなかったというか、地葉さんが強すぎるというか」


『確かに地葉ちゃんは普段クールで時に甘えてて、男にとっては嬉しい限りかと』


 柚癒ちゃんも地葉さんの性格に太鼓判を押している。


「地葉さんは異性として見られとるけど、ウチは七渡君から兄妹きようだいみたいな感じにしか思われてないというか……うぅ」


 地葉さんは明らかに七渡君へ執着している。七渡君もそれをどこか嬉しく思っているように見える。二人はそれを明確にはしていないみたいだけど。


『そこまで思い詰めなくても。二人は付き合ってもないんだし』


「でも、地葉さんの方が可愛いもん」


『じゃあ諦めるの? 七渡君がまた遠くに行ってもいいの?』


「……諦めたくない。もう七渡君が遠くに行くんは嫌。絶対に」


『なら頑張るしかないじゃん。状況が不利でもさ。それに、中途半端に諦めたら絶対に後悔すると思うよー』


 柚癒ちゃんの言う通り、地葉さんがいるから諦めたなんてことになればこれからずっと後悔し続けると思う。せっかく東京にまで会いに来たんだし。


「どうやったらウチも七渡君に異性として見られるかな?」


『まぁぶっちゃけ、翼ちゃんって地味じゃん?』


ひどい! 自分でもわかっとるけど!」


『自分でもわかってるのに、何で地味にしてるの?』


「今までその……好きな人とかいなかったし。七渡君は遠いところにいて、可愛くしてもウチを見るわけやないし。可愛くする理由とか意義をいだせなかったというか」


『だろうと思った。でも今はもう、天海っちは隣にいるじゃん』


「そうだけど、急に可愛くって言われてもどうしていいかわからなくて。今までそういうのサボってきたこと後悔中だよ」


 普通の人は好きな人がいなくても、可愛く見られたいから容姿とか気遣うのだろうけど私はそういうのには無頓着でずっと地味だった。

 今になって七渡君に可愛く見られたいと思っても、何から手をつけていいのか……


『じゃあさ、今度の休日二人で出かけよ。美容院とか予約して、その長い髪もばっさりしてイメチェンだ』


「都会の美容院とかよくわからんよ~」


『大丈夫、柚が予約とか店員さんにどんな感じがいいか伝えてあげるから』


「……本当に何から何までありがとう柚癒ちゃん」


『別にいいって。面白そうだし』

 自分も楽しめるからという理由もあるようだけど、人のためにここまでしてくれるなんて柚癒ちゃんには頭が上がらないや。


『眼鏡もやめて、カラコンにして瞳を大きく見せよう。地味からの脱却』


「変にならないかな?」


『大丈夫だよ、翼ちゃんオシャレすれば可愛くなりそうだから』

 確証はないが期待はしている様子の柚癒ちゃん。


「変になって嫌われたらどうしよう」


『ネガティブ禁止~可愛くなって、天海っちから好意向けられるかもよ』


「そ、そうなったら……」


 七渡君に好意を向けられる姿を妄想して、顔がにやけてしまう。


『今の美容院はすごいんだから、もっと楽しいこと妄想していいと思う』


 妄想していたのがバレてたのか、柚癒ちゃんに半笑いで言われる。

 私が可愛くなったら七渡君は、どういう反応するだろうか?

 七渡君にもっと好かれたいな──


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次回:「七渡君に、もっとウチのこと見てほしい」翼イメージチェンジで、七渡に大攻勢!

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