2-4 グループ「……あんたの思惑通りにはさせないから」

   ◇翼◇


 七渡君のグループに入ることができた。

 七渡君も廣瀬君も私のことを受け入れてくれて、本当にホッとした。

 地葉さんは渋っていたみたいだけど、柚癒ちゃんも一緒にと提案してくれた。

 私にとって柚癒ちゃんがそばにいてくれると心強いので願ってもいない提案だった。もしかしたら、地葉さんって私が考えているような悪い人じゃないのかな……


「……あんたの思惑通りにはさせないから」


 耳元でささやいてきた地葉さん。その声に思わずぞっとしてしまう。


「え?」


「天然装って七渡に近づこうとしても無駄無駄。あたしは騙されないし、七渡にちょっかいは出させない」


 悪魔のような笑みで私をけんせいしてくる地葉さん。向こうの領域に私が踏み込んだからか本性を見せてきた。

 やっぱり、地葉さんは悪い人だ。あれは悪い人にしかできない表情だ。


「……地葉さんの思い通りにはさせない」


 こわいけど、ここで圧力に負けたら七渡君が悲惨な目に遭うことになっちゃう。


「やっぱり色々と思惑があったのね……上等じゃない」


 地葉さんとは目を合わせず、互いの決意をぶつけ合う。


「言っとくけど、あたしは今まで本気出してなかったから。七渡の気持ちを優先して適度な距離保ってたけど、あんたが本気ならこっちも七渡を手に入れるために本気出すから」


「七渡君は物じゃないよ。所有物みたいに扱うのはめて」


「そうやってあたしを悪く捉えてネガキャンでもするつもり? あんたの本性を七渡に伝えたっていいんだよ?」


「そっちだって、ウチのこと悪く捉えてる。地葉さんがその気なら、ウチやって色々と説得するつもりだよ」


「ぐぬぬ……」


 言い争いで屈しては駄目だ。私は七渡君ともう一度やり直すために九州の田舎から東京に来たんだから。


「二人とも、何か欲しいものがあるのか?」


 目線を合わせず商品を見ながら地葉さんと言い争っていたからか、七渡君が欲しいものがあるのかと思って声をかけてきてくれた。


「七渡~これ可愛くない?」


 雪だるまのキャラクターのキーホルダーを手に取って七渡君に見せる地葉さん。

 先ほどとは声や表情を百八十度変えて、七渡君に甘えた声でアピールしている。

 あんなあざといび方はちょっとやそっとじゃ身につかないはず。きっと今までも、ああやって色んな男をたぶらかしてきたのかもしれない……


「いつも世話になってるから、それぐらいなら買ってあげるよ。お昼に麗奈が買ってきたお菓子とかもらってるしな」


 む~七渡君も満更でもない顔しちゃって……でも、それは仕方ない。七渡君は純情で純粋だから地葉さんの思惑とか考えたりしないんだ。


「本当に!? やったー、七渡からプレゼントされるなら百倍うれしいよ!」

「そ、そうか?」


「うん、だって七渡からのプレゼントだよ」


 勝ち誇った顔で私を見てくる地葉さん。もしかしたら、七渡君を財布代わりにして借金まみれに追い込もうとしているのかもしれない。

 この前もテレビ番組で借金をしてまで女性に貢ぎ、人生がちやちやになった男性の特集をしていた。七渡君をそうさせないために私が守らないと。

 でも今は、私も七渡君からプレゼントされたい。一番安い商品でいいからプレゼントしてもらいたいな……


「七渡君、ウチも……」


「七渡、早くレジ行こっ!」


 勇気を出して口を開いたが、それを聞かせないように七渡君の背中を押してレジへと連れていく地葉さん。

 そこまでして私を七渡君に関わらせたくないんだろうか……きっと七渡君を独占して自分だけのものにしたいと考えているのだろう。

 地葉さんにとって邪魔者な私をグループに受け入れたのも、それをあえて私に見せびらかして心を折るためかもしれない。

 でもね、地葉さん……私は七渡君のためなら絶対に諦めたりしないんだよ。



 私達はリズニーストアを出て、その後はゲームセンターのモリファンに向かった。


「せっかく人数が増えたんだし、こういうゲームやってみたいな」


 七渡君がエアホッケーのゲーム台の前に立ち、みんなに提案をしている。


「たまには良いなそういうの」


「えー子供じゃないんだから」


 廣瀬君も七渡君の提案に乗っかっているが、地葉さんはあまり乗り気じゃない。

 正直、私はスポーツとかゲームは苦手なので、その両方の要素を持つエアホッケーは難しそうだ。ここは地葉さんの意見に賛同なので、地葉さんを見つめる。


「麗奈、子供心を忘れないで」


「うーん……まっ、たまにはいいか。やろうよ」


 私の表情を見て意見を百八十度変えてきた地葉さん。もしかして、私が苦手であることを察して、情けない姿を七渡君にさらして笑いものにしようとしてるのかな?


「でも七渡、これ四人制だぞ。俺達は五人だ」


「そうか、一人余っちゃうか」


 七渡君が女性陣の方を見る。ここで名乗り出てゲームを回避しよう。地葉さんの思惑通りにはさせない。


「柚は審判やりたいからみんなでやっていいよ」


「これゲームだから審判とかないぞ」


「見てる方も楽しいし、大丈夫だよ」


 まさかの私より先に柚癒ちゃんが名乗り出てしまう。


「七渡君と遊びたかったっしょ? 柚にはわかってるんだよ」


 私に親指を立ててやってやったぜとドヤ顔する柚癒ちゃん。気持ちは本当に嬉しいけど私の思いは真逆だよ~そんなこと言われちゃったら断れない!


「じゃあチーム分けはどうする?」


「七渡を倒したいから廣瀬と組む」


「上等じゃねーか麗奈」


 まさかの廣瀬君と組むことにした地葉さん。

 ここは七渡君と組んで一緒になりたいはず。それを避けたということは、やはり地葉さんには何か策略があるのだろう。

 私と七渡君を組ませて、私に足を引っ張らせて七渡君をがっかりさせようとする思惑かもしれない。

 七渡君は負けず嫌いなところがあったから、ゲームでも勝ちにはこだわるし負ければ誰よりも悔しがるはず。

 地葉さんは七渡君を倒したいと言っていたけど、本音は私を倒したいということなんだろう。


「……これはあたしの優しさだから。まっ、多少は譲っても余裕ってことなんだけど」


 小声で私に話す地葉さん。その言葉の真意は何なのだろうか……

 もしかしたら、私は何か勘違いをしているのかもしれない。


「七渡君にウチの情けない姿を見せようってことやないの?」


「は? それはよくわからんけど……まぁ七渡は勝負事には真剣だから、ちゃんとやってくれないと怒るよ」


 やはり七渡君が負けず嫌いであることを理解している地葉さん。ちゃんとやらないと怒るというプレッシャーをかけてきている。


「真剣にやるに決まってるよ。ウチやって七渡君が負けず嫌いだってこと知っとるもん。ちゃんと勝つつもりでやるよ」


「そっ、ならいいんだけどさ」


 地葉さんの思惑がどうあれ、私は真剣に挑んで七渡君に情けないところを見せないようにするだけだ。

 とはいえ、ちゃんとできるかな……心配だ。


   ∞麗奈∞


 みんなでエアホッケーをして遊ぶことになった。

 あたしはあんまり乗り気じゃなかったけど、城木があたしの方を見てきたのでエアホッケーをどうしてもやりたいということだったのだろう。

 リズニーストアでは城木も七渡に何かプレゼントしてもらおうとしていたようだ。

 でも、あたしが七渡を無理やりレジに連れていってそれを阻止した。

 その後の城木の悲し気な表情を見て、ちょっと露骨に意地悪してしまったと反省なう。

 認めたくないとはいえ、七渡の大切な人である城木を傷つけるのはよくない。それで七渡に嫌われてしまっては本末転倒だ。

 だからあたしは城木のためにエアホッケーに賛同し、七渡と組ませてあげた。本当は七渡と組みたかったけど、リズニーストアでの件に対するあたしの情けだ。

 甘いなあたしも……恋敵とはいえ、敵に塩を送るなんて。

 でも、互いに意地悪し過ぎてもグループの仲を険悪にするだけ。多少は譲り合わないと互いに居場所を失うことになる。

 それはきっと城木もわかっているはず。その気持ちに応えるように真剣にエアホッケーをすると言っていたので、ここでは楽しく遊ぶことができるだろう。


「おっ、始まった」


 七渡が盤上に出てきたプラスチックの円盤をこっちに向けて打ってくる。

「手加減しないよ」


 あたしが勢いよく打ち返すと、城木の方に円盤が飛んでいった。


「えいっ!」


 城木は勢いよく打ち返そうとしたが、大胆に空振りをしてそのままバランスを崩し、七渡の方に倒れていった。


「おわっ」


 倒れてきた城木を受け止める七渡。身体からだは密着していて、二人とも顔を真っ赤にしている。


「は?」


 ちょっと何あれ、どういうこと?

 あの女、真剣にやるとか言っていたくせに、初手からわざとらしく七渡にくっついてきたんだけど!?

 あんなにも七渡に近づくなんて、あたしでもなかなかしてこなかったというのに……


「ごめん七渡君」


「ドンマイドンマイ。勢いよく返すというより、最後まで円盤を見て向こうに返すことだけ意識すればいいからさ」


「うん、頑張る」


 ゴールに入った円盤を回収して、七渡がゲームを再開させる。

 七渡が打った円盤は廣瀬の元に行き、廣瀬が打ち返した円盤はちょうど七渡と城木の間に向かっていった。


「俺が打ち返す」


「えええっ」


 七渡が声を出して打ち返そうとするが、城木は打ち返す気でいてそのまま七渡とぶつかった。

 七渡の腕は城木の胸辺りに当たり、七渡は慌てふためいている。

 ちょっと待って、まじ? ねーまじなん!? 二回連続でそういうことしちゃうの?

 あんなわざとくさいことまでして七渡に近づくか普通……

「ごめん翼」


「う、うん」


 顔を真っ赤にして照れくさそうに謝る七渡と、胸を押さえてあわあわしている城木。

 七渡は確実に城木を意識しているし、城木の作戦通りといった形になっている。


「足引っ張っちゃってごめんね七渡君」


「今のは仕方ないよ……次から真ん中に来たのは俺が返すことにするから」


 城木は七渡が負けず嫌いであることを知っているとあたしに言ってきた。それにもかかわらず七渡にくっつこうってわけ?

 ありえない……どんな手を使ってでも七渡に接触して、自分を意識させようってわけ?

 とんでもない女ね。あんなやつに少しでも七渡の隣を譲ってあげようと考えたあたしが馬鹿だった。ムカつくムカつく。む~。

 真剣にやるって言ったのに! あたしのことだまして馬鹿にして!


「おいおい、そんなこわい鬼みたいな顔すんなよ。せっかくの可愛かわいい顔が台無しだぞ」


「うっさい、あんなの見せられて怒らない方がおかしいでしょ」


 隣にいる廣瀬に小言を言われたので、がるるとにらみ返す。


「見た目からして城木さんの運動神経は良くないと思っていたが、想像以上だな」


「わざとに決まってるじゃん、ああやって七渡にくっつこうとしてんのよ」


「そうか? わざとならあそこまで露骨にしないだろ……」


「これだから男子は簡単に騙されんのよ」


 あたしが廣瀬にあきれていると、再びゲームは始まる。

 七渡が打ってきた円盤をあたしが打ち返し、七渡がそれを廣瀬に向けて打ち返した。


「ライジングサン!」


 廣瀬が技名を言いながら打ち返した。何か変化が生じるかと期待したが、ただ打ち返しただけだった。何それ、技名を叫ぶ意味ある!?

 城木の元に円盤が向かったので、またわざとらしくミスするのではと警戒する。

 しかし、城木はシンプルに打ち返してきて、油断していたあたしのエリアから円盤がゴールに入ってしまった。


「やった!」


「おっ、ナイス」


 おいおい! やっぱり真面目にやればできんじゃん!


「やればできんじゃん!」


 七渡と思ってることがシンクロした。うれしい。


「いぇーい、ハイタッチ」


「うんっ、いぇい」


 七渡は城木にハイタッチを要求し、城木は嬉しそうに七渡とハイタッチしている。

 ムカつく~七渡も七渡で、何であたし以外の女とそんな仲良くするのよ!

 あたしは円盤を手に取って再び始めようとする。

 次は打ち返せない攻撃をしようと城木を睨むと、あたしの方をドヤ顔で見てきた。

 何なのあの勝ち誇った顔は!? スコアではこっちが勝ってんだけど!

 あれか、勝負では負けてるけど七渡の心は奪いました的な感じかコラ!

 なるほど、あえて最初はできない駄目っ子を演じて、次は本気出して頑張ったねと褒めてもらう作戦か……本当に策士だ、何か男を落とすテクニックの本でも買っているのかもしれない。


「うるぁ!」


 怒りで強化されたあたしのショット。しかし、力任せにしたためコントロールがずれて七渡の元に飛んでいった。

 それを廣瀬の元に打ち返した七渡。廣瀬は反応できずにゴールとなった。


「やる気がないなら帰ってよ」


「厳しい運動部の顧問かよ! それで本当に帰ったら、さらに怒られたんだぞ」


 あー駄目だあたし、イラついて廣瀬に当たってもしょうがない。

 あたしの敵は城木だ。冷静になって勝負には勝つことにしよう──


================

次回:「それってさ……特別だからなんだよ」麗奈と七渡が二人きりに!? そして翼にも変化の時が――。

================

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る