2-2 グループ「それを嫉妬って言うんじゃないの~?」

「てーす」


 麗奈と一緒に教室へ入ると、か翼の友人であるしばさんことしばゆーに陽気に挨拶された。


「うーす」


 適当に挨拶を返すと、しばゆーの後ろから翼が顔をのぞかせた。


「ちーす」


 しばゆーのをして陽気に挨拶してくる翼。恥ずかしさをこらえているのか、顔を真っ赤にしている。

 だが、翼のまさかの挨拶は不覚にもめっちゃ可愛かわいいと思った。


「おーっす」


 翼にも陽気に挨拶を返してあげる。謎の時間だが、少し笑ってしまう。


「これが都会の挨拶。わかったかな翼ちゃん」


「うん。都会の挨拶は〝す〟で終わりがちなんやね」


 どうやら翼の挨拶はしばゆーにやらされていたようだ。偏った知識を教えられているみたいで少し心配になるな。


「しばゆー、おはよー」


「てーす、てすてす、すすすす」


 他の女子生徒の挨拶にも適当に挨拶しているしばゆー。どうやら色んな人から挨拶されるほどの人気者みたいだ。

 身長は小さくて小動物みたいな動きをするしばゆー。人懐っこい性格なのか、人との距離感が近くみんなから可愛がられている。


「邪魔なんだけど」


 自分の席に向かおうとする麗奈の前にはしばゆーがいた。そこで麗奈が恐い顔をしながら放った言葉に、周りの生徒は静かになってしまう。

 麗奈は俺には優しいが、他人には氷のように冷たい。言葉にもとげがある。俺が見知らぬギャルに邪魔とか言われたら泣いちゃう。


「ごめーん!」


 しばゆーがどう行動するのか不安だったが、まさかの謝りながら麗奈に抱き着くという奇行に走った。周りの生徒もまじかという目で見ている。


「うざ」


ちゃんめっちゃフローラルな匂いするね」


 しばゆーのれしさにあきれている麗奈。確かにしばゆーの言う通り、麗奈はフローラルな良い匂いがする。きっと香水を軽くつけているのだろう。

 麗奈はしばゆーから解放されると、そのまま席に座った。そして、止まっていた他の生徒の時間も動き出した。



 一時間目の国語の授業が終わり、休み時間になる。

 麗奈はお手洗いに行ってしまったので一樹と話そうとするが、一樹は何故か翼と話していた。


「おい一樹、何の話してんだ?」


「七渡に子供の時の恥ずかしい話がないか、おさなじみに聞き取り調査してた」


「弱み握ろうとすんなよ」


 翼に変なことを聞こうとしていた一樹を小突く。

「何も話してないよな翼?」


「えっ……と、ごめん」


「話しちゃってる!?」


 時すでに遅しだったのか、謝られてしまった。


「小三までたまに一緒にお風呂入ってたの今思うと恥ずかしいという話だったぞ」


「まー兄妹きようだいみたいなもんだったからな。それぐらいの話なら別に聞かれても平気平気」


 安心した……そこまで恥ずかしい話ではなかったな。可愛い思い出の一つだろう。


「一緒に入らなくなったのは七渡がしろさんに何かし始めたのがきっかけらしいが、それは教えてくれないんだ」


「それは言っちゃ駄目なやつ。俺が無邪気だった頃のやつ」


 翼に絶対に話さないでとジェスチャーで伝える。


「それにしても時折出る城木さんのはかべんは可愛いな」


「わかる~」


「確かに可愛いと思う。俺の場合は可愛いにプラスでノスタルジーも加わって、ほっこりするよ」


 俺と一樹の間から顔を覗かせてわかる~と賛同してきたしばゆー。


「か、可愛いなんて恥ずかしか~」


 早速、出てしまった翼の方言を聞いて俺と一樹はハイタッチする。しばゆーもジャンプしながら飛び跳ねてハイタッチしてきた。


「七渡君はいつから方言出なくなったの?」


「俺はほとんど出なくなるまで三年くらいかかったな」


「あぅ~まだまだかかりそう」


 顔を赤くしながら悩ましそうな顔を見せる翼。


「七渡、ちょっと来て」


 いつの間にかお手洗いから戻ってきていた麗奈に腕をつかまれる。何か話したいことがあるみたいなので、みんなの元から離れて廊下で二人話すことに。


「どうしたんだ?」


「……ごめん、特に何もない」


 麗奈は少し気まずそうに俺へ謝ってきた。特に用事はなかったみたいだな。

 きっと、俺達の会話に混ざりづらい感じがして、俺だけを呼んだのかもしれない。


「大丈夫だよ。二人で次の授業まで話そっか」


「うん、ありがとう。七渡のそういうわかってくれるとこ友達として好き」


 麗奈はうれしそうにして一歩距離を詰めてくる。もう少しで肩が触れ合う近さだ。


「見て見て、これ可愛くない?」


 麗奈は俺にネイルが施された指の爪を見せてくる。

 ピンク色に塗られ、キラキラと光る装飾が施されている。

 正直、男子だからかネイルの良さはあまりわからない。でも、ここは肯定しておくのが礼儀というやつだろう。女性の努力は肯定すべしとどこかのイケメンが言っていた。


れいだな」


「でしょでしょ? ユーチューブの動画見ながら自分でやってみたんだ」


 麗奈と廊下の壁にもたれながら会話していると、すれ違う生徒達が麗奈の方をちらっと見たのが確認できる。

 それだけ麗奈が目立つのだろう。ギャルっぽいし派手で可愛いからな。


「高校生活が始まって、誰かから声かけられたりしないか?」


「今のところ特に無いけど……誰か近づいてきてもにらんで追い返すし」


 どうやら俺の心配はゆうに終わったようだ。麗奈はナンパとかされやすそうな見た目だからな。


「何でそんなこと心配するの? 嫉妬とかしちゃう?」


「友達だから心配しているだけだ。麗奈の見た目は派手だから、得体の知れない悪い男が寄ってきちゃうかもしれないからさ」


「ふーん……」


 にんまりとした顔で俺を見てくる麗奈。小悪魔ちゃんみたいな顔をしている。


「それを嫉妬って言うんじゃないの~?」


「いや、そういうんじゃなくてさ、何かほら麗奈が見知らぬ他の男と関わってほしくないというか……いやそれ完全に嫉妬じゃん。じゃなくて色々と危ないからさ、安全面?」


「そっすかそっすか」


 俺の言葉には聞く耳を持たず、俺のあたふたしている姿を見てニヤニヤとしている麗奈。

 麗奈は中学の時も目立つ存在であり他人には冷たい性格なので、無駄に周りから反感を買ってしまっていたし、あらぬうわさも立てられていた。男関係だけでなく、人間関係全てが心配なのだ。


「安心して、あたしは七渡以外の男にはついていかないからさ」


「そこまでは言ってねーよ。勘違いするな」


「じゃあ、SNSで連絡来た同じ高校のサッカー部の先輩と会ってもいい?」


「ダメ。ゼッタイ。たった一度の過ちが、人生を棒に振ることになる」


「……薬物乱用防止のポスターみたいになってるよ七渡」


 必死過ぎて少し麗奈に引かれてしまっている。

 俺は本当にただ心配しているだけなのだが、言葉にすると勘違いを生んでしまう。これではまるで束縛の強い彼氏だ。こんな男は嫌われてしまうだろう。


「悪いな、何かとうるさい友達で……ウザいだろ?」


「ぜんぜん。むしろ大切にされているから嬉しいよ」


 チャイムと共に教室へ戻っていく麗奈。

 麗奈の温かいはっきりとした言葉に不安だった気持ちは解消され、心は救われた──


   ◇翼◇


 お昼休みが始まり、生徒達はぞろぞろと移動を始めた。

 この学園には食堂や購買があるみたいだけど、ほとんどの生徒は弁当を持参している。そのため、教室から出る生徒は一割ほどだ。

 私は七渡君の方を見るが、周りが空いているひろ君の席へと移動している。地葉さんも一緒に食べようとは言わず、黙って二人の隣に自然と座った。

 七渡君は私の方を見てくれていたみたいだけど、私は一緒に食べようと言える勇気が出なかった。

 今朝も一緒に登校したいと言いたかったけど、断られたらどうしようという気持ちが湧き出てきてしまい言えなかった。

 七渡君以外の人にはちゆうちよすることなんてないんだけど、七渡君に拒否されるのは本当に嫌だから、どうしても慎重になってしまう。

 そんな私を見てか、ゆずちゃんが周りからの誘いを断って一緒に食べようと声をかけてくれた。


あまっちと一緒に食べなくていいの?」


「あぅ……なんか、声かけにくくて」


「柚だったら入れて~って二秒で話しかけられるけどな~」


 柚癒ちゃんの行動力というか、素直さにはかれる。早速、七渡君のことを天海っちと呼んでいるし、コミュニケーション能力が高いなと思う。


「というか、みんな優しそうだし歓迎してくれると思うけど」


 柚癒ちゃんの言う通り、七渡君も廣瀬君も優しい。向こうから話しかけてくれるし、きっと声をかけても煙たがられることはない。


「あれか? 地葉ちゃんがこわいの?」


「うーん……恐いというか、警戒されているというか」


 地葉さんから敵視されているのはひしひしと伝わってくる。

 受験勉強がきっかけで七渡君と仲良くなったとは聞いたので、七渡君をだましたり利用しているとかの心配は消えた。

 でも、やっぱりどこか引っかかるところがある。恋人でもないのに異常に七渡君へ執着していたり、振り回しているような感じがある。

 なにより地葉さんは七渡君を私から引き離そうとしてくる。もう一度、七渡君と距離を詰めていきたい私にとって、その行為は受け入れ難いものとなっている。


「あのギャルさ、しよぱなから男子二人囲んで飯食ってんだけど。自分モテますけどって見せびらかしてんかな」


「うわ~露骨だね。廣瀬君カッコイイと思ってたけど、ああいうギャルが趣味なんだ」


「あいつまじで嫌い。絶対に自分のこと可愛かわいいと思ってるよ」


 隣の位置で食事をしていた女子三人組が地葉さんの陰口を言っている。

 地葉さんは七渡君や廣瀬君とただ友達として一緒にいるだけなのに……見た目や素行もあって悪く言われてしまう立場なのかもしれない。


しばさか中の地葉ってクソビッチで有名だよね。中学時から派手なギャルでこっちの中学にも噂とか回ってきてたし。まさかこの進学校に合格するとは思ってなかったけど」


「あーあの噂の人ってあの人のことだったんだ。親が偉い人で校則破ってても、おとがめなしでムカつくって芝坂中の友達が言ってたな」


「あざとくえ袖とかしてんじゃねーよ、制服のサイズも合わせらんねーのかよ」


 どうしても私が気になっている人の話なので盗み聞きをしてしまう。三番目の人だけ直接的な悪口だけど、地葉さんに何かされたのかな?


「……地葉ちゃん早速妬まれてるね」


 柚癒ちゃんが声を小さくして話しかけてくる。


「色々と目立つ立場だから大変そうやね」


「実際に可愛いし、オシャレだから陰で妬むことしかできないんだよ。あの三人もそこそこ可愛いから地葉ちゃんがいなかったらもっと目立ってたんだろうね」


 隣の女子三人組に不審な目を向けている柚癒ちゃん。地葉さんは他クラスからも可愛いと男子生徒が見に来るレベルなので、他の女子生徒が嫉妬するのも無理はない。


「柚は地葉ちゃんのこと尊敬してる。可愛いのは容姿に誰よりも気を使ってる証拠だし、化粧とか高校生なのにめっちゃ上手うまいし、読モとかしてても不思議じゃないレベル。柚も身長とか欲しいよ~」


 自分のスタイルに悩んでいる様子の柚癒ちゃん。私ももっと可愛かったら、七渡君に何度も振り向いてもらえていたのだろうか……


「そういえば柚癒ちゃん、クソビッチって何?」


 私は隣の女子三人が話していた知らない言葉が気になった。都会の若者言葉なら知っておきたいな。


「ビッチの強化バージョンでしょ? ものすごくエッチな女とか、彼氏が十人いる女とか、色んな人の彼氏を寝取った女とかに使われる言葉じゃない?」


 えっ……地葉さんがそんな悪魔のような人だったなんて。

 都会の人は貞操観念が乱れているとは噂では聞いていたけど……純粋な七渡君は地葉さんに都合良く弄ばれているのかもしれない。

 飽きたら使い捨てにされるのかも。そんなことされたら七渡君の心は擦り切れて、自暴自棄になってグレてしまうかもしれない。

 でも、どうして七渡君はそんな人と行動を共にしているのだろう……やっぱり地葉さんが可愛くてエッチだからなのかな?

 地葉さんと七渡君が裏では何をしているのだろうと想像すると、胸が痛くなる。そういう付き合いは絶対に良くないと思う。私が守ってあげないと。

 間違いは誰にでもある。問題はその間違いからどう立ち直るかだって近所の名言おばちゃんが言っていた。


「柚癒ちゃん……ウチ頑張るよ。悪魔には天使で対抗する」


「えええ? 何か勘違いしてない?」


 私は七渡君を見捨てない。私が七渡君を健全な道に戻さなきゃ。


================

次回:「ここは柚が一肌脱ごうじゃないの」翼の決意に応える、頼れる(?)友達。ヒロインレースは加速する!

================

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る