第124話:願い
フレイリッグ討伐後に告げられた事実に、少し話し合いたいとフレイリッグに言うと、フレイリッグは少しの間なら待ってやる。と、目を閉じた。
討伐メンバーに声をかけて集めると、一様に皆暗い表情をしている。
そりゃ、そうだ。自分たちは人間でなく、ただのデータで偽物だと告げられたのだから。
俺も正直、虚しい気持ちが心の中に広がっている。討伐しなければ、この事実を知ることもなく、楽しくやれていたかもしれないのに……。
願いをどうするかということに関して、様々な提案があった。
この世界をリアルのように繁栄させる。または、リアルのようにするという案もあった。
世界も、文明も、娯楽も、家族も、友人も。
しかし、全て紛い物で、それに縋って生きていけるのだろうか?
この世界をリアルと全く同じにするのは、それはそれで嫌だという声もある。
誰かにとってはよいことが、別の誰かにとって嫌なことであることは少なくない。分母が増えれば、それがさらに増えて複雑になっていく。
この場でほぼ一致していた唯一の意見は、今の自分たちが偽物であるという、この情報を忘れたい。という点くらいだろう。
いっそ、これらの情報を忘れて元からこの世界の住人という扱いにしてもらって暮らすという案もあった。
でも、それはやっぱり忘れたくない。
忘れてしまったら、もうそれは完全に別の人間だ。
いつか、その不自然さに気づくかもしれない。
暗い思いとは裏腹に、マリニアンの雨が止んで空が清々しい青さを取り戻していく。
泥だらけだった鎧の汚れもいつの間にか綺麗に消えてなくなっている。まぁ、装備も自分たちも、データなのだ。時間経過で元の容姿に戻ることなど不思議でもなんでもない。
ポツポツと意見を交わして、やがて一つの結論にたどり着く。
そして、願ったのは――。
「フレイリッグ。ここでの記憶を、現実の……元の俺たちに届けることは可能か?」
「ふむ。できなくはないであろうな」
「だったら……俺たちの……願いは……」
俺たちは、元の自分たちにこの世界での記憶を届けることを望んだ。ただし、それは希望する者のみとした。全員がいい思い出を持っているとは思えなかったからだ。
そして、この世界の消滅を願った。
その選択が、正解であるとは思えなかった。
この場にいない人たちまで巻き込んでしまって、その判断をしていいのか。
そんな思いもあったけれど、それ以外にこの場の皆が納得、あるいは許容できる願いは出てこなかった。
しばらくすると、目の前にウィンドウが出現する。
『この世界での記憶を、元の世界に引き継ぎますか?』
そのウィンドウを操作すると視界が真っ暗になって、意識は途切れた。
「ああ……。そうか……」
頬を一筋の涙が伝う。
あれは、データだったかもしれないけれど、あれも間違いなく自分だった。
最後に感じた、やりきれない想いが胸の中にじんわりと広がり、切ない気持ちになる。
記憶の再生が終わると、ゲームの画面がベレリヤの街へと切り替わる。
ゲームのグラフィックもクオリティは高いが、一年間見ていた現実さながらの風景とは異なった作り物の世界だ。
そして、ここには空気も、温度も、匂いも、触れた感触もない。
ギルドメンバーやフレンドがポツポツとログインしてくる。
あの世界で討伐に参加していたメンバーは、全員ベレリヤに移動されたようで、見知った顔がいくつかある。
「こんにちは」
ギルドのチャンネルで挨拶をする。言葉を発した頃には全員ログインしていた。シオンの名前もあった。
「皆、覚えてる?」
俺だけの夢だったら、覚えているのが自分だけだったらどうしようかと恐る恐る聞く。
「ゲームの……世界の話っすか……?」
「そう、一年分の……」
「夢ではなかったのですね」
ああ、皆覚えているのか。
だったら、次にすべきことは決まっていた。
「皆さん、これからフレイリッグを討伐します。参加希望者は、アーディティギッドの彫像前に集まってください」
シオンを含め、前提クエストが終わっていないプレイヤーが多かったため、集合時間に少し余裕を設けて彫像の前に集合する。
集合場所に集まっていたイーリアスなどの他のギルドを連合に誘っていく。休日と言えど、ちょうど昼飯時ということでインしていないプレイヤーも多かったが、それでも参加できる最大人数にはなった。
「入場制限で、全員は入れませんが……」
俺の発言に気にするなという声がそこかしこからする。
既定の人数を編成し終わって、討伐を開始すると、フレイリッグはもう喋ることはなく、決められた攻撃だけをしてくる。
「セーレ、行動パターン覚えてる?」
「もちろん」
セーレのサポートで討伐を進めていく。現実の、一週間前の討伐メンバーから比べると格段に戦力が高くなっていて、危なげがない。
せいぜい硬いから時間がかかると言った程度で、ゲームのフレイリッグはあっさりと討伐された。
しかし、フレイリッグを討伐した後の挙動は以前と異なっていて、最後にフレイリッグが言葉を発した。
「また来たか。次の願いはなんだ?」
「ああ、願いを言おう。お前は、もう二度と誰の願いも叶えるな」
俺の言葉にフレイリッグは、ふっと笑ってから光を纏って消えていった。
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