第123話:メンテナンス3

 四人で少し飲んでから、紫を駅まで送ってまた三人になる。

「それじゃ、もう一軒行きましょうか」

「セーレ君。あのねぇ」

「レオさん、ご飯食べてないですよね?」

「まぁ……そうですね」

 正直お腹は空いている。

「じゃあ、あそこ行きましょう。オレ、ピザ食べたいです」

 セーレが、イタリアンっぽい看板が出ている店を指さす。

「セーレ君はご飯食べたよね?」

「一切れだけ食べたいです」

「君ねぇ……」

「あはは、いいですよ。行きましょう」

 看板のメニューも美味しそうだし。と、店の扉を開ける。


 三人で入った店は少々古びた薄暗い作りだが、結構賑わっている。

 セーレが食べたいと言ったピザを一つ注文して、他に気になるメニューを注文していく。

 アキレウスが止めるのも聞かずに、セーレは結局酒を飲んでいる。

「アキレウスさんは飲まないんですか?」

「アキでいいよ。僕まで酔っぱらってしまうと、セーレ君の面倒が見れなくなるからね……」

「保護者みたいですね」

「それは、別にいるのだけれどね……。まぁ、せっかくだし一杯くらいはいただこうかな」

 保護者とはマリンのことだろうか。そういえば、二人の仲がよかったのは同性だからなのかと腑に落ちる。

 料理を口に運ぶと空腹なのもあって、格別に美味しく感じる。

「はい、セーレさんのピザ」

 セーレの前にピザを一切れ置くと、セーレがナイフとフォークを使って上品に食べだす。

「不思議な食べ方しますね」

 手が汚れないのはいいのかもしれないなと思いつつ、俺の方は手掴みでピザを口に運ぶ。

「セーレ君は、そういうところはお上品にできてるからね。そうそう、二人とも。メンテ明けてフレイリッグ行けそうならもう一回行こうよ」

「はい、是非!」

「いいですよ」

「というわけで、明日のためにセーレ君はお酒ほどほどにね」

「んー。それは了承しかねます。討伐するにしても、どうせ夜からでしょう?」

「それはそうだけれどね、飲みすぎるのはよくないよ」

 アキレウスが困り顔でセーレを見る。

「煩いですね。アキさん、また鼻から酒飲まされたいですか?」

「外でそれは、やめてくれたまえ」

「普段、何やってるんですか……」

 全く、いい大人が。とは思うものの、そういうバカ騒ぎできるのは羨ましくもある。そういったバカ騒ぎができるような友人は、もう近くにはいない。少し羨ましく思いながら二人のやりとりを眺める。

「セーレさんとアキさんは付き合い長いんですか?」

「ゲーム結構初期の頃からの付き合いだよ。セーレ君やマリン君は戦争ギルドではなかったから、レイドにも呼びやすくてね。それで、関係が続いているといったところかな。レオ君も、仲良くしてくれると嬉しいな」

 アキレウスがにこりと微笑む。

「はい。もちろん」

 俺も嬉しい言葉に笑顔を返す。


 二人と話していると、携帯に通知が来た。モカからのメッセージだ。

『明日、メンテ明けるらしいっすよ!』

『うん。アキレウスさんがメンテ明けたらフレイリッグやろうって言ってる』

『連絡先知ってたんすか?』

『帰りに偶然会って、今一緒に飯食ってる。セーレさんも一緒』

『どんな偶然っすか。セーレさんイケメン?』

 どう答えるのがいいのだろう。セーレの顔を眺める。

『わりとゲームのままだったよ』

『え、やばい。写真撮って送ってほしい』

「セーレさん。モカがセーレさんの写真撮って送ってほしいって言ってるんですけど」

「うーん、撮影は事務所通してください」

「了解です」

 許可が出たとしても、この状態なので勝手に撮って送ろうとも思わなかったが、事務所とは。まぁ、酔っ払いなので深く考えないことにする。

『写真は断られた』

『えーっ』

『明日ログインしたら直接頼んでみたら?』

『怖いから無理っす……』

 酔っぱらってニコニコしているセーレの姿は、微塵も凄みがない。

『まぁ、また明日』

 そうメッセージを送って、モカとのやり取りを終了する。


 しばらく三人でゲームの話をしていると、セーレがウトウトとし始める。

「いい時間ですし、帰ります?」

「うーん……。この様子だとタクシーで帰すのは微妙そうかな。ちょっと待ってね」

 アキレウスがセーレを見てから携帯を取り出して、誰かに電話をかける。

「夜分に恐れ入ります、月森です。申し訳ないのですが、お宅のお嬢様を迎えに来てもらえませんか。場所は新宿の……三丁目駅の近くで……。……はい、ではまた」

 電話を終えると、アキレウスがため息をつく。

「すまないね。20分か30分くらいで迎えが来るそうだから、終電危なかったら先に帰ってくれて構わないよ」

「それくらいなら大丈夫です」

 アキレウスと話をしながら、机の上に残っていた食べ物や飲み物を片付けて、会計を呼ぶ。

「あ、俺いっぱい食べてるし払いますよ」

「いいよいいよ。経費で落とすから」

 そう言って、アキレウスがカードを取り出して支払いを済ませてしまう。

「さ。セーレ君、起きて」

 壁にもたれかかって、すっかり寝てしまったセーレにアキレウスが話しかけるが、起きる気配はない。

「困ったね。正直ね、セーレ君に触れるのは躊躇うんだよ」

「わかります」

「ああ、ええっと、女性だからというのももちろんあるけれどね、以前に寝ぼけたセーレ君に関節技を決められてね……」

「……なるほど」

「セーレくーん。起きて~」

 しかし、反応はない。

「セーレさーん。えーっと、メンテ明けましたよ」

「う……?」

 俺の言葉にセーレが目を薄っすらと開く。

「お店出るよ」

「……はい」

 セーレが小さく欠伸をしながら立ち上がる。

「レオ君、グッジョブ」

「どういたしまして」

 店を出て少し歩いていくと、通りに黒い高級車が止まっていて、その傍らに品のよさそうな50歳前後のスーツ姿の男性が立っている。その男性にアキレウスが話しかける。

「青木さん、すみません」

「いいえ、こちらこそ。悠様がご迷惑をおかけいたしました」

 青木と呼ばれた男性が後部座席の扉を開けると、セーレがそれに乗り込む。

「それでは失礼いたします」

 そう言って、青木が運転席に座って、高級車は走り去って行く。

「セーレさんって……」

「うん。あれで、いいとこのお嬢さんなのだよ……。迎えに来てくれたのは彼女の家の執事さん」

「まじで……」

 まぁ、言われてみれば、セーレは酔っぱらってはいたものの、気品はあったなと納得する。


 なかなか不思議な体験をしたものだ。と、電車で家に帰って寝た翌日。

 朝、目覚めて携帯を確認するとセーレからメッセージが来ていた。

『昨夜は、大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません』

 からかいたい気はしたものの、普段のセーレを思い出して素直に返事をする。

『お気になさらず。また、飲みに行きましょう』

 などと返しておく。

 それに対しての返事はなかったが、ゲームにログインすれば話すこともあるだろう。



 早めに昼食を済ませて、ゲームを起動して待機しておく。

 久々なので楽しみだ。

 予定通りメンテが明けて、馴染みのログイン画面からキャラクター選択画面に行く。

「あれ……?」

 キャラクターの名前や顔は確かに自分のものだが、レベルも装備の見た目も違っていた。

 レベルは97で、装備は95から装備可能な片手剣のクラウ・ソラスと重装備のエヴァラック、それに赤いマントを身に着けている。これは、確かセーレに見せてもらったフレイリッグのマントだ。

「なんだろ……。不具合かな」

 少し迷いつつもスタートのボタンを押す。

 その瞬間、ぶわっと映像が頭に流れ込んでくる。

 いや、映像ではない。

 これは記憶だ。

 現実では一週間ほど前からの。その世界では一年前からの。

 ゲームの中で、皆と冒険をして、一緒に暮らした記憶だ。そして、最後にフレイリッグを討伐して……。


 そうだ。それで最後にフレイリッグに願いを伝えた。


 あれは――。

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