第125話:最後の討伐者

 メンテナンス明けは、なかなか荒れた。

 メンテナンス前と比べて、ありえないほどレベルや装備がグレードアップしているプレイヤーがいたり、ギルドが解散されていたりするようなところがあったからだ。

 しかし、それはしばらくの間だけで、手厚い補填とゴールデンウイークのイベントですぐに鎮静化していった。

 コアなプレイヤーの多くに、あちらの世界の記憶があったのも大きいのかもしれない。理由を知っているプレイヤーは、わざわざ言うこともなかった。言ったところで頭がおかしいと言われるのがオチだ。

 一部のプレイヤーはゲームから姿を消した。運営に不信があるか、あの世界での出来事で思うところがあったのか理由は様々だろう。

 俺自身も、得体の知れないものだなとは思うけれど、ゲームは続けているし、ゲームのサービスも何事もなかったかのように続いている。

 なお、ゲームに元から存在しているアイテムはそのまま残っていたが、あのゲームの世界で作られたオリジナルアイテムなどは残っていなかった。



「しっかし、あの記憶。謎の技術っすよね~」

 ゲーム内でペア狩りをしているモカが言う。

「そうだなぁ。ま、謎でも覚えてられたなら俺はいいけど」

「そうっすね」

「皆~。新しいクエいこ」

 マリンがログインしてきて、皆に声をかける。

「はーい」

 新しいクエストとは、今日追加されたクエストで、ギルドで移動用の飛竜を一頭入手できるというクエストだ。

 移動は基本的にテレポートでいけるものなので、どちらかというとお遊びコンテンツではあったが、皆乗り気だ。

「推奨30人からっすけど、大丈夫っすかね?」

「それくらいなら余裕でカバーできるだろ」

 頼もしいアタッカー陣を眺める。

 セーレやマリンはもちろんだが、装備が整ったシオンもすっかり上位プレイヤーだ。近頃はシオンもセーレにくっついてたまに傭兵として戦争にでかけていて、誰かの転生キャラではないかと晒されていた。そして、セーレとよく一緒にいるから、また恋人だのなんだのという噂が立っていた。相変わらず、他プレイヤーから見たセーレは男という前提なんだな。と思うと、面白い。

「クッキーさん、補助ヒールお願いするっす~」

「はいはい。しかし、ヒールいりますかねぇ……」


 クエストの場所は、眼下にウィンダイムのいる草原が広がる高山だ。懐かしく思って草原を見下ろす。あの世界では草原に行くまでは散々だったが、大きな草原は青々としていて綺麗だ。

 ゲームが正常になってから、一度ウィンダイムの討伐にも行ったがウィンダイムは喋ることはなかった。

「始めちゃうね」

 飛竜のクエストは護衛クエスト扱いで、母竜が巣の上の卵を守るように待機している。俺たちはその周辺にばらばらと移動して配置につく。飛竜はウィンダイムとどことなく似ていて、ウィンダイムより一回り小さい。名前は、ウィンダイムの眷属となっているので、近い種族の設定なのだろう。

 クエストを開始すると、鳥や獣系のモンスターが続々と卵を目指して襲い掛かってくる。

「あのー、俺も前行っていい?」

 敵はアタッカー陣にことごとく薙ぎ倒されて、俺のところまでこない。

「何があるかわからないので、そこにいてください」

「うん……」

 モカも暇そうにしていてたまに攻撃魔法を撃っている。一緒に待機していたクッキーは、敵の殲滅に前へ出て行ってしまった。

「いい天気っすねぇ……」

「そうだなぁ」

 あの頃のような空気はないにしても、見上げれば澄んだ綺麗な空が広がっている。

 今にも風が山の空気を運んできて頬を撫でていきそうに思えて、少し切ない気持ちになる。


 そして、クエストは結局俺の元には蟻一匹来ないで終わってしまった。

 卵から竜が孵るムービーを眺めてから、報酬を受け取る。

「竜の名前つけられるって~」

「じゃあ……」

 誰からも反対意見がないまま、その竜は『WIN』と名付けられた。

 マリンがウィンを召喚すると、母竜と似たような姿の竜が姿を現すが、大きさは子どもではなく、すでに成竜だ。

「よろしくね、ウィンちゃん」

 AIで簡単なコミュニケーションができるとアップデート情報にあった、その竜に話しかける。

「うん。よろしく~」

 あれ。

 聞き覚えのある声だ。

「あ、セーレだ。バイオリンください」

 ウィンがセーレに気付いて、顔を向ける。

「え、あれ?」

 皆が、ざわざわと驚きの声を上げる。

「君は、ウィンダイム?」

 俺の言葉に、ウィンが首を傾げる。

「うーん。今は違うよ。ただのウィン。それで、バイオリンは?」

「……仕方がないですね」

 セーレがバイオリンを弾き始めると、ウィンがうっとりした様子で目を閉じる。

 どういうわけか、この竜はあの世界のウィンダイムの記憶を有した竜だった。

 演奏が終わると、ウィンは目を開いて満足そうに頭を上げる。

「ウィンちゃん、また一緒に……冒険しようね」

「はーい。でも、フレイリッグはもうゴメンだよ~」

「あそこは、ウィンちゃん入場できないから大丈夫」

「そうなんだ。でも、それはそれでちょっと寂しいかも」


 ウィンの背中に乗って皆で空を飛ぶ。

 以前、あの世界で、もう少し暖かい季節になったら空を飛ぶのも楽しいだろうと思っていたけれど、今は暑さも寒さも感じない。

 それでも、皆と上空から景色を楽しむのは悪くなかった。



◇◇◇


 あの世界で、プレイヤーたちの願い事が叶えられ、プレイヤーたちは消えていった。そして、世界も消滅を始めた。

 空の雲が消えて、少し離れたところの岩もポツポツと消え始めている。皆と過ごしたカーリスの街も消えていっているのかもしれない。


「最後に一緒にいるのが君なんてねぇ」

 横たわるフレイリッグの横で、ウィンダイムが空を眺める。空は青空から夕焼けに向かって色が変わり始めている。しかし、眺めている間にも太陽が消えて星空になった。

 そこから世界の消滅は加速していって、今や残っているのは、星空と自分たちの足元の岩場だけ。

 でも、いつまでたってもそれがなくならい。

「消えないなぁ……」


 皆がいない世界なんて残っても楽しくないのに。


「あーあ、本当はもっと皆と一緒にいたかったな」

 ウィンダイムが呟くと、傍らのフレイリッグが微かに動く。

「それが、貴様の望みか?」

「ん?」

「最後の討伐者の願いが叶えられんことには、世界も消滅せぬ」

「ふーん? プレイヤーの願いは一律で叶えられるものじゃなかったの?」

「規格外が一匹混じっておったからな」

「でも、もう誰もいないみたいだけど」

 フレイリッグは、自分の言葉が通じなかったことに、ふふっと笑う。

「なんで笑うのさ」

「いや、それではさらばだ。ウィンダイムよ」

 フレイリッグの下にあった岩が消える。どうやら、世界の消滅が再開したらしい。

「うん、バイバイ」

 ウィンダイムの言葉の後で、フレイリッグも消えた。

 そして、ウィンダイムの下の足場と星も消えて真っ暗になって、その世界は消滅した。


◇◇◇

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