第115話:最後の日常7
翌日の昼過ぎ、モカがセーレとクッキーに挟まれて、項垂れている場面に遭遇する。
「どうしたの」
「相談乗ってもらったっすけど……。クッキーさんに紹介してもらえそうなとこ、ハイブランドばっかりで無理無理」
「あー……。セーレは高級そうな顔してるもんな」
「どういう意味ですか」
「いや、褒めてるから。えーっと、気品があるというか……」
そもそも綺麗だし。
「普通に、もっと無難なとこ探すっすよ……」
「まぁまぁ、モカ様。話を聞いてくれるところもあるかもしれませんので、戻れたらとりあえず聞いてみましょう」
モカをなぐさめるようにクッキーがぽんぽんとモカの肩を叩く。
「なんなら一緒にブランド立ち上げます?」
「セーレさん、実績なしの未経験でそれは無謀だと思うっすよ!」
「そうなんですか? 適当にプロモ金かけてやっちゃえばいいんじゃなですか?」
「その金はどこからでてくるんすか」
「オレのポケットマネー」
「健全じゃないっす。やめるっす」
少し怒ったようにモカが言う。
「モカさん、そういうところ意外と真面目ですよね」
「セーレさんは、ちょいちょい頭のネジ飛んでるとこあるっすよね。うん。……クッキーさん、リアル戻れたらどこか話できそうなとこあったら、話しだけでもしてみたいっす」
「はい、畏まりました」
「じゃー。二人ともありがとうっす! 部屋戻って製作してくるっす」
「はい。また何かあればご相談くださいませ」
クッキーが立ち上がって丁寧にお辞儀をしていて、セーレは首を傾げている。
「うーん、オレも年齢的にそろそろ別の仕事探してもいいかなって思っていたので、ちょうどいいかなって思ったのですけど……」
「それも、戻ってから考えましょう」
「そうですね。さて……」
モカの姿が消えたのを確認すると、セーレが椅子から立ち上がって、俺の顔を見る。
「どうかした?」
「……狩り付き合ってほしいのですけど」
「それは、つまりあれか」
「はい、あれです」
セーレと二人で、ユーノとカルティエが滞在しているというカーリスの個人ハウスを訪れると、運よく二人とも家にいた。
「先日は、大変ご迷惑をおかけいたしました」
セーレが深々と頭を下げる。
「わわっ、セーレ様。頭上げてください」
「あたしたち楽しかったから全然大丈夫ですー!」
「はい……。それで、狩りの約束をしていたと思いますので、ご都合よろしければこれからいかがでしょうか」
二人は顔を見合わせて、こくこくと頷く。
街を歩いている途中で後ろを歩いている二人がヒソヒソとセーレのことを可愛いと言っているのが聞こえてくる。セーレの顔を見ると、少し恥ずかしそうに俯いていて、それをみて思わずにやける。
「レオさん」
「何?」
「今、オレ見て笑いましたよね?」
セーレに鋭い眼光で見られて、ぶんぶんと首を横に振る。
「あー。そういえばヒーラーなしでも、お二人は大丈夫ですか? ペアでいけるところなので、そんなに危険はないと思うんですけど……」
セーレから逃げるように話題を変える。二人はエンチャンターとサマナーだ。
「レオさんが大丈夫なら、あたしたちは大丈夫です~」
「一応サマナーのショボヒールセットしておきますね」
「うん。じゃあ、それで。アクティブ少ないとこ探す予定だから」
「はーい」
馬で近場の狩場に着くと、ユーノが首を傾げている。
「どうかしましたか?」
「あー、なんでもないです」
狩場の中に行くと、いくつかのパーティーが狩りをしている。
人の少なそうな奥の部屋まで移動していく途中で、また後ろの二人がヒソヒソと話ている。
「ここってやっぱペア狩場じゃないよね……」
「うん、フルパーティー推奨だったと思う」
そういえば、そうだった気もする。
「それじゃ、時計回りでやっていきますねー」
「はーい」
しかし、狩り始めるとどうにもやり辛い。
「きゃー、セーレ様かっこいいー!」
「本当にスキル詠唱なしでいけるんだー!」
「レオ様HP全然減らないですねー!」
「引きのテンホいいし、さすが!」
背後から黄色い声援が飛んできて集中できない。
キャーキャー言いつつも二人の動きは悪くない。俺やセーレの動きも見ているし、無駄なスキルを使うこともない。この世界になる前はきっとガチ勢だったのだろう。
「あ、あの。声援あると、やり辛いんで……」
「やだー照れてるのかわい~」
俺がその言葉にスキルの範囲をミスって、敵が多めに来たのをユーノがリンク処理して、セーレが順番に倒していく。カルティエはセーレとターゲットを合わせて召喚獣で敵を攻撃しつつ、俺にヒールを行う。
「レオさん、集中してください」
「お前、この状況やり辛くない?」
「よく言われるので、慣れてます」
「あーもう、さすが貴公子」
「煩いですね。範囲巻き込みますよ」
「やめて」
そんな感じでワイワイと狩りを続けていく。普段のメンバーであれば、夕飯何するかなどを話しているので、普段関わらない人と会話をするのは新鮮ではある。
「そういえば、昨日のショーで優秀したの、レオさんところの人ですよね」
「うん。うちのモカって子がデザインした服です」
「ディティール凝っててすごくよかったですー」
「皆さん、歩き方がプロって感じでしたがモデルさんとかです?」
プロの指導は入っているが、ここで言うわけにもいかない。
「いや……一般人だけど、結構練習してたからかな……。お二人の衣装も素敵でしたよ」
「ありがとうございます~。あたしたちリアルだとゲームのキャラデザとかやってるんですけど、やっぱ立体ってなると違うな~って」
「それに、動くとまた印象違う服あるなーって」
「おお。イラストレータさんですか? すごいですね」
「えへへ、照れます~」
「でも、こっちだとPCないからすっごくやり辛いですし、早くリアル戻ってお絵かきしたいです」
「はい。討伐頑張りましょうね」
初めこそ二人の声援に戸惑ったものの、慣れれば楽しく狩りをすることができて、その日は存分に狩りをして終わった。
それからたまにイベントに顔を出しつつ、討伐準備を進めていって4月17日。
空は晴れて清々しい青空が広がっている。
「皆さん、討伐の準備にご協力いただいてありがとうございます」
俺は鎧姿でコロシアムに用意されたステージの上で挨拶する。後ろには同じく鎧やローブ姿のセーレ、モカ、マリン、シオンが並んでいる。バックにはコロシアムのスクリーンが一台置かれていて俺の顔がステージの様子がアップで映っている。
コロシアムに元からある観客席と、ステージの下の立ち見席には大勢のプレイヤーが詰めかけていて、拠点からわざわざ移動してきたプレイヤーも多く、軽く千人以上いるのではないだろうかという数だ。
「最終的に、討伐メンバーは100パーティーを超える人数となりました。討伐に参加するカーリス滞在組は明日より拠点へ移動となります。というわけで……、今日はこの世界の最後のカーリスを楽しんでいきましょう!」
俺が合図で手を上げると、下から白い煙が噴き出す。その煙が風に流れて晴れる頃には皆、新しく作った金のラインが入った白と紺のステージ衣装になっていて、バックダンサーが十名ほどステージに現れる。
これまで真面目な表情で俺の言葉に耳を傾けていた観客たちは、一気に笑顔になる。
つまり、ライブだ。
ステージから見る観客席は過去最大規模で、少々緊張するが音楽が流れ始めればなんだかんだで楽しく歌えてしまう。
俺たちが歌い終わった後には、空からウィンダイムが紙吹雪を撒いていき、その後に他のグループが様々な曲を披露していって、コロシアムの外まで音楽と歓声が響き渡る。
「はぁ……。やっぱ人前で歌うのって恥ずかしいよな。そもそも素人なんだし、他に上手い人いっぱいいるし……」
控室で椅子に座りながら、外から聞こえてくる音楽に耳を傾けながら言う。
「わかる。恥ずかしい……」
シオンが俺の言葉に同調して、頷く。
「わたしは楽しいよー」
「ボクも楽しいっすねぇ。それこそ、リアルじゃ無理だし」
マリンとモカはお菓子をつまみながら楽しそうにしている。
「あれ、セーレは?」
いつの間にか姿を消していて首を傾げる。
「あー。なんか、黒猫のバンドのとこ混ざって歌うって。Voが不在らしくってね」
「そんな話、聞いてないんだけど」
「まー。あいつ自分からは言わないっしょ……。シャノさんと恩師の頼みで、まぁ最後くらいいいかなって感じだったから」
「恩師……。ああ、バイオリンの先生か」
「って、のんびり話してる場合じゃないよ~! セーレさん出るなら見に行かなきゃ!」
シオンが椅子から勢いよく立ち上がる。
「そうっすよ!」
モカもシオンの言葉に立ち上がって、シオンと一緒に控室から飛び出していく。
「セーレの出番まだ先なんだけど……」
マリンが発した言葉は二人には届いていない。
セーレの出番近くになって、マリンと一緒に観客席に顔を出す。
席は関係者専用に取ってある場所で、空きがあるので空いている場所に座る。関係者席にはモカとシオンにバルテルとクッキー、現在ステージに上がっていない黒猫オーケストラのメンバーがチラホラいる。
黒猫オーケストラのバンドメンバーとセーレがステージに上がって、セーレがスタンドマイクの前に立つと黄色い声援が飛んでいる。衣装は黒猫側が用意したのか、燕尾服をアレンジした黒い衣装にシルバーアクセサリーの装飾が所々光っている。
メンバーの中にはシャノワールの姿もある。普段はタクトを振っているが、今回はキーボードの前にいて、聞くところによれば本業はピアニストだそうだ。クッキーの時も思ったが、あの小さいモッフルの体型でよくキーボードが弾けるものだなと思う。
シャノワールの挨拶の後に、疾走感溢れるメロディアスなサウンドが流れて、セーレが歌い始める。曲はゲーム内の曲をアレンジして、それに歌詞をつけたようだ。
セーレはステージに上がった以上、役割はしっかり果たすのだろう。熱の入った歌声を響かせて、会場を沸かせている。モカとシオンが拳を振り上げながらジャンピングしていてるので、俺とマリンもそれに混ざる。
セーレは歌い終わると、観客席を見もせずに退場していって、控室に戻ってくる。
「セーレさん、かっこよかったっす!」
「もー、さいこー! スタンドマイクもいいよね~!」
モカとシオンがキャーキャー言っている。
「どうも」
セーレは素っ気なく返して、クッキーが淹れたお茶を飲み始める。
その様子をシオンがじーっと見つめている。
「何か?」
「見納めかぁって思って」
「通常のゲームで見ればいいじゃないですか」
「こうやって間近で存在感じられるようなのはもうなくなるんだーって思うと、ちょっと寂しいなって。それに……戻った後に通常のゲームができる状態かどうかもわからないし」
「リアルのオレでは不満ですか?」
セーレが微笑むと、シオンがわたわたと手を左右に振る。
「そ、それはそれで、めちゃくちゃ見たいですけど~。それとこれとは別で~!」
「そっかー。そうだよねー」
マリンが呟いてクッキーを見る。
「クーちゃん、頭撫でていい?」
「どうぞ」
マリンがクッキーの頭を撫で始める。
「いやー。ずっと触りたいと思ってたんだけど、さすがに失礼かなーって」
「お、俺も触っていいですか?」
俺も、実のところずっと気になってはいた。
「はい、どうぞ」
手の装備を外してから遠慮がちに触れると、質のいい毛皮のような手触りだ。
「あっ! ボクも~!」
「はい」
そんなこんなで、クッキーは皆に揉みくちゃにされた。
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