第114話:最後の日常6
ファッションショーの日は、出場者は先に出かけてしまったようで、すでにモカたちの姿はない。
食堂に行くとクッキーがお茶を飲んでいる。
「おはようございます」
「おはようございまーす」
「朝食はいかがいたしますか?」
「えーっと……。サンドイッチにしようかな」
「はい」
机の上にミックスサンドとコーヒーが出てくる。
「ありがとうございます。セーレとバルテルさんはまだ?」
「バルテル様は製作の様子を見に行かれましたよ。それから合流なさると。セーレ様はまだでございます」
「なるほど」
「しかし、早めに行かないと場所がなくなりそうですね」
そう言いながらクッキーがセーレを起こしに部屋から出て行って、しばらくするとセーレを連れて戻ってくる。
「おはようございます……」
「おはよー」
セーレは、しかめっ面で片手を額に当てている。
「二日酔い?」
「いえ……」
セーレは席につくと渋い顔で目を閉じて考え込む。
「オレ……所々、昨日の記憶ないんですけど……、完全にやらかしましたね?」
「うん。野郎どもを女装させて、店出たあとに見知らぬお姉さん二人ナンパして飲んでたよ」
「あー……うん、やっぱそう」
「貴方様は酔うとろくなことをなさいませんね」
「鳩の件は、もう忘れてください」
「それは忘れても構いませんが、メアリーをバリカンでライオンカットにしたのは許していません」
「すぐ生え変わったからいいじゃないですか」
「よくありません」
会話の流れからして、メアリーはペットの名前だろう。
「まぁ、その話は置いておいて、昨日の……。アキさんとかはどうでもいいけど……。あの女性二人……、名前なんでしたっけ……」
「えーっと。確かユーノさんと……カ……カティ……?」
名前を覚えておこうと思ったものの、あやふやだ。
「ああ、ユーノさんとカルティエさん」
「そんな名前だったかも」
「まさか、ご婦人に手を……」
「違います。狩り行く約束しましたよね……」
「うん。してた」
「滞在先わからな……、あ、応募の紙見ればわかるかな……。あーでも、顔合わせ辛い」
頭を抱えるセーレに俺は吹き出す。
「笑わないでください」
「いや、昨日のお前思い出したら面白くて。お前、男じゃなくてほんとによかったと思う。いや、今は男だけどさー」
「もー、次から飲みすぎる前に止めてください……」
「ははは。ま、とりあえず飯食って出かけようぜ」
ファッションショーの会場は昨日に引き続きコロシアムだ。ファッションショーの会場としては華やかさがいささか足りないが、ランウェイ周辺は綺麗に整えられていて、そこが整っていれば周りの風景などそれほど気にはならないだろう。
「こういう位置から見るんだなー」
コロシアム自体に元からある観客席とは別に、地面の上に作られた簡易的な席を眺める。すでにいい席は埋まり始めていて、空いているところに皆で座る。
「あっ、セレさまー」
メロンの声がして振り返ると、イーリアスのメンバーがぞろぞろと歩いてきている。
「お隣いいですか?」
「どうぞ」
席を詰めて、セーレの隣にメロンが座る。
「セレさまは出ないんですか?」
「メロンさんこそ」
「私は人前出るの嫌ですよぅ」
「後ろ失礼するよ」
アキレウスたちが後ろに座る。
「昨日は災難だったね」
「うん、本当に。アキさんはあの後、大丈夫でしたか?」
「まぁね。皆で帰ったから、バカやってるな程度ですんだよ」
「いやー。アキさん、ドMだからむしろそういうプレイご褒美っすよねー」
「こら、犬君やめたまえ」
「へー。そういう人だったんですね」
「レオ君、本気にしないでくれたまえよ」
雑談していると時間になって、ショーが始まる。
ステージの裏から音楽が流れてくる。きっと黒猫オーケストラあたりがいるのだろう。普段と使っている楽器の種類が違っていて、今日はテクノっぽい音楽だ。
華やかな衣装を身に纏ったプレイヤーが順番に歩いてくる。テーマは特に決められていないのか、現代服であったり、ファンタジー風であったり、和服や鎧であったりと、次に出てくるものの予想がつかなくて面白い。
ファッションにそれほど興味があるわけでもないが、見る分には楽しい。
しばらく眺めていると、昨日一緒に飲んだ女性二人がランウェイを歩いてくる。昨日見た衣装と似た系統だが、また違ったデザインで、二人で対になるような白黒のデザインのロングコートを着て、頭には羽飾りをつけている。
ちらりとセーレを見るが、表情に変わりはない。
それからさらにしばらくすると、モカ、シオン、マリンの順番で歩いてくる。三人とも歩く練習を結構していたからか、他の参加者より洗練された身のこなしで、身内だからという贔屓目を抜きにしても、歩く姿が美しい。
白とピンクにフリルたっぷりのフェミニンなドレスを身に纏ったモカは軽やかに可愛らしい雰囲気で歩いてきて、ドレスの裾を摘まんで挨拶をするようなポーズをする。あくまで服が主役といった風に、控えめに笑う程度の表情は清楚なお嬢様のようだ。
シオンはレースの多い青と紫を基調にしたドレスで、まっすぐ前を見据えて無駄のない動きで歩いてくる。モカと同じようにドレスの裾を摘まんで上品に挨拶をする仕草をする。表情は変わらずどこかお人形さんのようだ。
最後のマリンは落ち着いたグリーンに金の刺繍の入った、他の二人よりタイトなシルエットで身体のラインが出るデザインのドレスで、髪をアップにしている。歩く姿は落ち着いた大人の女性らしい雰囲気だ。他の二人と同じように裾を摘まんで優雅に挨拶をする仕草をして、去っていく。
三人とも普段見せる仕草や表情とは結構違っていて、新たな一面を発見できた気持ちだ。
そして、黙っていれば皆可愛らしく綺麗なものだな。と、心の中で思う。
やがて、審査に移って賞が発表されていき、モカたちが最優秀賞に選ばれていた。
賞のコメントとしては、王道ながらコンセプトがしっかりしていて、モデルの歩き方や服の見せ方もよかったと評価をもらっていた。
昨日、飲んだ女性二人も賞をもらっていて、デザインが素晴らしいとコメントをされていて、セーレが褒めていたのは、酔っぱらっていたからだけでなく審美眼も働いていたのだろう。
モカたちと合流して帰るのは難しそうだったので、先にギルドハウスに戻ってくつろいでいると、二時間ほどしてから三人が帰ってくる。
「おかえりー。と、おめでとう」
「ありがとうっす!」
「帰り遅かったね」
「他の参加者の人と話してたっすー! 面白かったっす」
「衣装交換してみたりとかね~」
「結構楽しかったよ~」
言葉の通り、皆満面の笑みだ。
「いやー。めちゃくちゃ刺激になるっすねー。なんか新しいの作りたい気分っす」
「元気だなぁ」
「というわけで、部屋行ってくるっす」
「おう、またなー」
疲れているだろうに、モカの創作意欲は俺からしてみると、少々不思議なものだ。
夜、ベッドに横になったところで扉がノックされる。
「はーい」
「入っていいっすかー?」
「おう」
ベッドから起き上がってモカを出迎える。
「あ、寝るとこだったっすかね?」
部屋の照明を見てだろう。モカが申し訳なさそうに言う。
「気にしなくていいよ。夜はやることなくて早寝なだけだから」
「ボクは絵描いたりとかなんかしてるっすけどねー」
「本読み終わっちゃったから、やることなくてさー。一人で時間潰せる趣味あるといいよな。それで、何?」
「採寸させてほしいっす」
「いいけど……。なくてもできるんじゃ?」
「うん、こっちだとなんとなーくでもできるっすけどねー。セーレさんに指摘されたとことか、今日他の人と話してて、その辺しっかりしてるとやっぱ出来が違うなってー思ったっす」
「なるほどなぁ。優勝できたっていうのに勉強熱心だな」
「んー。正直、デザインだけだったら他の人が優勝だったと思うっすよ。だから、もっとなんとかしたいなーって」
モカがメジャーを持って、俺の身体を測っていく。本来の自分の体形とは少し違うものの、なんだか恥ずかしい。
「逞しいっすねぇ」
「リアル戻ったらもうちょっと貧弱になるよ」
採寸した数字をモカが紙に書き留めていく。
「モカは、服作る……デザイナーとか目指してるの?」
「あーそれ……。一時期目指そうかなって思ってたんすけど、ボクには厳しそうだなーって思って結局諦めて普通の大学行って……。でも、今また目指したいなーとか思ってて、中途半端なところっす」
「俺は、職にしたいほど好きなこともなかったから、そういうのあると羨ましいし、チャレンジせずに諦めるのももったいないなーって思うよ。でも、どれくらい厳しい業界なのかはさっぱりわからないから、安易にやってみればとは言えないけど……」
「そうっすねぇ……。そういう学校行くか、どこかの事務所とかデザイナーに弟子入りするか……みたいな感じっすかね……。でも、基礎ないと、やっぱ弟子入りも難しそうだから、学校行ってないとどうかなぁって感じっす。一応、独学である程度はできてると思うんすけどね……プロからみたらお遊びかも……」
モカが少し寂しそうな表情で言う。
「……専門的な分野だもんな。リアル戻れたら、とりあえずそっちの業界のバイトでも探してみたらどう? 経験あるなら後々、仕事にも繋がるかもしれないし」
「それがいいかもしれないっすね。コスしか作ってなかったっすけど、普通の服もデザインしてポートフォリオ作ってみるっすかねぇ」
「そういえば、セーレ詳しそうな気がするけど……どうなんだろうな」
衣装に口出しをしていたのを思い出して言ってみる。セーレが自分でデザインをしている姿は見たことはないが、服のコーディネートのセンスはいい。
「うーん、あの人リアル何やってるかは謎っすよね……。ゲームの時、昼間はいないこと多かったから、仕事はしてると思うんすけど……、その辺の話全然乗ってこないから聞いても答えてくれなさそうな気も……」
「酒飲ませたら教えてくれそうだけど」
「それは、卑怯っすよ! セーレさんが可哀そうっす。レオさんの人でなしー」
「モカに説教されるとはな……。あと、断っておくけど、昨日は俺が飲ませたわけじゃないからな……!」
「はいはい。そーゆーことにしておくっすよ」
「信じて」
俺が情けない表情で言ったからか、モカが笑う。
「さてとー。遅くにお邪魔しましたっす」
「はいよ。また、相談とかあったら気軽にきて」
「うん。レオさんは、頼りになるおにーちゃんって感じで、いつも助かるっす」
「……いや、大したことできてないと思うけど……」
「ボクは助かってるっすよ! じゃー、おやすみなさ……」
モカが扉を開けたところで立ち止まる。
「あ、セーレさん」
たまたま扉を開けたところにセーレが通りかかったらしい。
「何か?」
「あ、ううん。おやすみなさいっす」
「はい。おやすみなさい」
「待って、セーレ」
「はい?」
「お前、リアルの職業何?」
俺が聞くとセーレが俺とモカを交互に見る。
「聞こうと思った理由は?」
「えーっと」
言っていいのだろうか。困っていると、モカが口を開く。
「あ、あの。ボク……。服飾デザイナーなりたくて……。セーレさん、そういうの……詳しいんじゃないかって思って……」
「そういうことですか。まぁ、付き合いのあるブランドはありますね。ただ……」
「ただ……?」
「その辺は全てクッキーさんに任せてますので、クッキーさんに聞いてください」
「う、うん。ありがとうっす!」
「で、ご職業は?」
はぐらかされてしまったので、再度聞いてみる。
「……笑わないでくださいよ」
俺とモカが頷くとセーレが小声で言う。
「……ファッションモデル」
「めちゃくちゃ腑に落ちた」
「納得」
「……では、おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
「おやすみ」
セーレを見送ってモカが呟く。
「うわ……本業の人前にしてショー出て……はずかし……」
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