第113話:最後の日常5

 女性たちと飲み終わった頃には俺の酔いはだいぶマシになっていたので、セーレに肩を貸して帰路につく。セーレは相変わらずへらへらと笑っていて鼻歌を歌ってご機嫌だ。

「ただいまー」

「ただいま帰りました」

「遅かったっすねー。ってか、セーレさんどうしたんっすか」

 ギルドハウスに帰ると、入ってすぐの大部屋ではモカとマリンとシオンが明日のファッションショーの準備か、皆で衣装を着て何事かしている。

「いやー、セーレ酔っぱらって歩けなくなっちゃって……」

「はい、酔っ払いです~」

 セーレが俺にもたれかかったまま、へらへら笑いながら言う。

「うわ、レオくんセーレ潰したの? いくらセーレとは言え、女の子潰しちゃダメでしょー」

「むしろ俺が被害者だよ!」

「えーっ。……ああ、そういえばセーレ酒癖やばいか」

「ほんとそれ。笑い上戸なだけかと思って油断したわ」

「そーなの。人見知りコミュ障どこいったってくらいめちゃくちゃ人に絡むよね~。よくわかんない行動もするし。昔、酔っぱらって家帰る途中に、なぜか鳩捕まえて連れ帰ってしまったらしくて、翌日にこれって鳥獣保護法違反? とか慌てて電話してきたの、めちゃくちゃ笑ったわ」

 そういえば、だいぶ前に鳩を連れ込んだ話は聞いたきがする。

「へー……」

 シオンが近づいてきてセーレを見上げる。

「あ、シオンさん。今日も可愛いですね。どうです? これから一杯飲みますか?」

 セーレがニコニコとシオンに話しかける。

「え、えーっ!」

「セーレ、もう飲んだらダメ」

「いやー、むしろこれは一杯くらい付き合って眺めてみたいっすね」

「うん。いいですよ。飲みましょう。そういえば、モカさん衣装直したんですね。シルエットすごく綺麗になってます」

「お、おう……。ありがとうっす」

「はいはい。セーレ。あんた、すぐに女子たらしこむのやめないよね」

 マリンは、頭が痛いといった表情でセーレに言う。

「え、だって可愛い女の子いたら声かけるでしょ」

「あのねー! その気もないのにやめなさい! 本気にする子いたら困るでしょ。はい、こっちきて座りなさい。あんたはソフドリね」

 マリンが机に飲み物を出して、椅子に腰かける。

「えー、マリン。寂しいこと言わないでよ。オレとマリンの仲でしょ? 一緒に飲も?」

 セーレが俺から離れて、ふらふらと歩いて行って、座っているマリンの後ろから抱き着く。

「うっわ、酒くさ! 離れろ馬鹿セーレ」

「何? 恥ずかしいの? 可愛いねマリン」

 そう言いながら、セーレがマリンの顔に頬を寄せる。

「もー!」

 マリンがセーレの顔を手でぎゅうぎゅうと押し返している。

「なるほど。思ったよりやばそうだねぇ……」

 シオンがセーレの様子を眺めながら言う。

「いや、他人事みたいに言ってるけど、シオンさんもやばいからね?」

「えへへ……申し訳ない」

 離れないセーレに、マリンが水をぶっかけている。

「頭冷やしなさいよ。バカ」

「水、冷たくて気持ちいね」

 セーレの言葉にマリンが深いため息をつく。

「もー、レオくん、なんでこんななるまで飲ませたの~!?」

「いやー、なんか今日最初からセーレの機嫌よくて……。それからアキさんとサシで飲みの勝負始めて……。なんかそのままずるずると」

「アキさん、セーレの酒の強さ知ってるのに、なんでそんな無謀なこと……」

「あはは……。まぁ色々と」

「ああ、あれ。アキさんとレオさんの女装死ぬほど似合ってなくて面白かったです」

 セーレが手を叩いて笑う。

「うわー! 言うなって、ばか!」

「えっ、女装って何?」

「女装したっすか?」

「女装したの?」

 異様な食いつきで三人が俺のことを見てくる。

「ノーコメント!」

「罰ゲームで、二人にはウェディングドレスを着せました」

「おいこらセーレ!」

「えー、見たい~!」

「似合わないから着ません!」

「ケチケチするなっすよ~」

「そうそう、着ちゃいなよ」

「きーまーせーんー」

 断固拒否の姿勢を取っていると、セーレが再び俺の元にきて、俺の手を両手で握って胸の高さくらいまで上げて、背景に薔薇を背負っていそうな笑みで見つめてくる。

「着てくれたら、オレなんでも言うこと聞きますよ」

「じゃあ、寝ろ」

「え、ひどい」

「ひどくない」

「まぁ、でも眠いからそれでいいかな……」

 セーレがソファに歩いていて、そのままそこに横になる。

「そこで寝るんじゃない」

「オレが寝るまでに着替えてくださいよ。着替えないとスキルコンボ決めますよ」

「さらっと脅迫すんなよ。まー……わかった。ちょっとだけな……」

 そう言ってウェディングドレスを着ると、セーレは満足したのか目を閉じて寝る姿勢になり、他の三人は笑いを堪える表情になっている。

「……笑うがいい」

「いやー。私の友だち……。わかちゃんが好きそうな絵面してる。スクショ撮って送りたい~」

「ド、ドレスのデザインはめっちゃいいっすね。誰がしたんだろ……」

「せっかくだからウィッグつけてよー」

 マリンがウィッグを手渡してくるので、どうにでもなれと装着する。

 赤髪のロングヘア―のウィッグだ。

「うーん、髪伸ばしたところで似合わないね」

「似合っても困るよ!」

 三人がジロジロと眺めてくるのが恥ずかしい。

「も、もう終わり」

 そう言って、衣装を変更する。

「あーっ!」

「モカ、このドレスあげるから」

 ウェディングドレスをモカに押し付ければ、モカがドレスに着替え、俺が着ていたドレスと本当に同一なのかと思う可憐な装いになる。

「おおー」

 モカが上半身を左右に動かし、ドレスを見下ろす。そして、俺に向けた視線とはまるで違う温かな視線をマリンとシオンがモカに向けている。

「ベールはないんすか?」

「花の冠しかなかったよ」

「そうっすか~」

 モカが頭に銀のティアラを乗せる。

「レオさん、白いタキシードないっすか?」

「ない」

「使えないっすね~」

 モカがため息をつく。

「なんで!?」

「いやー。それにしても、リアルだと絶対着れなさそうなやつだから、ちょっと楽しいっす」

「私もなさそうだなー」

「えーっ、シオンさんは機会あるかもしれないじゃないっすか」

「私は……別に結婚とかいいかなぁ」

「ええっ。マリンさんは?」

「わたしは相手がいればねー。いれば……。いやー、三十路近くなると焦るわ」

 マリンが真顔になって言う。

「私の前でそれ言わないでー!?」

「俺の前でもやめて」

「あはは」

「さて、そろそろ寝ないとだねー。明日ショーだし」

「モカちゃん、ちゃんと起きてね~」

「イ、イベントの時は起きるっすよ! ……たぶん」

「皆頑張ってね」

 寝てしまったセーレを部屋に運んで俺も眠りにつく。

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