第112話:最後の日常4
酒は少しは抜けたかと思ったが、立ち上がると視界がぐらぐらする。
「無理……歩けない」
「ああ、オレが運びますよ」
セーレにお姫様抱っこをされる。
「この抱き方やめて」
「敗者は黙っていてください」
「くそぅ」
「僕たち、本当にこれを着て城に帰るのかい?」
巫女服のビタミンを抱きかかえたウェディングドレス姿のアキレウスが言う。
「アキさん、俺のバニーと衣装チェンジします?」
「ノーサンキュー。さ、皆帰ろうか」
「あー、待ってください。足元が……」
「ああ、みっさん、肩かすよー」
イーリアスのメンバーがぞろぞろと店を出て行く。
「ミズキさん、送りましょうか?」
「いやー。一応歩ける……けど、一人で帰るの恥ずかしいからリコさん一緒に来てもらえますか……」
「はい」
リコリスとミズキも店から出て行って、何も知らずに幸せそうに寝ているタケミカヅチはアンネリーゼに担がれ、その後をスチュアートがついていく。
「いやー。ギルド帰るのやだなぁ」
皆に何を言われるか、わかったものではない。それ以前に道を歩くのも嫌だ。
しかし、時間は遅いので人通りは少ないかもしれないと淡い期待を抱く。ついでに、ギルドの皆は寝ていてくれ。そう思って店を出る。
俺の願いはむなしく、飲食店が集中しているエリアだからか案外外を歩いているプレイヤーが多い。
さすがに目に付く衣装なので、皆がちらほら見てきて、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「はっず……!」
顔を覆って隠しても、頭上にプレイヤー名が出ているのでどうしようもない。
「セーレ、もっと早く歩いて」
「ん? よく聞こえませんでした」
「お前なー!」
「てか、ごめんレオさん」
「今更謝らないで!?」
「そっちじゃなくて」
セーレが俺を地面に下ろす。
「ごめん、オレも歩けないみたい」
そう言って、セーレが地面にへたりこむ。
「ばかやろー飲みすぎだ」
「ははは」
セーレは悪びれもせずに、へらへらと笑っている。
先ほどまで飲んでいたメンバーの誰かがいないかと周りを見るが、もう見当たらない。
「どうっすっかな……、ウィンちゃんでも呼ぶか……?」
俺が迷っているとエルフの女性とヴァンピールの女性がおずおずと声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「き、気にしないで」
「あはは、酔っぱらって歩けなくなってしまって」
セーレが二人を見上げて笑うと、エルフの女性は胸を抑えて、ヴァンピールの女性は口元を抑えて何か尊いものを見るように目を閉じる。
「よければ肩おかししましょうか?」
「ええっと……」
「はい、お願いします」
セーレがふわふわと笑う。
女性たちの手を借りて、歩いて行く。
「……その恰好、どうされたんですか?」
「ははっ……罰ゲームで……」
それにしてもこのドレスは裾のボリュームがあって歩きづらい。
「セーレ、もう着替えていい?」
「だーめ」
もう完全に酔っ払いだ。ダメだ、こいつは。
「お姉さんたち、その服素敵ですね」
セーレがニコニコと女性二人と話を始める。女性二人は、ファンタジーと現代の衣装の中間のような装いで、モノトーンにプラス一色のようなデザインだ。
「きゃーっ。ありがとうございます~。オリジナルデザインで~」
「二人で一緒に作ったんです」
「そうなんですね。色数はシンプルなのにデザイン個性的で、おしゃれでいいと思います」
おいおいおい。嘘だろセーレ、何普通に会話してるんだ。普段の人見知りどこ行った。
「わーっ! 嬉しい~!」
「せっかくですし、一杯どうですか?」
「待て待てセーレ」
ナチュラルにナンパするんじゃない。
「すいません、こいつ酔っ払いで。気にしなくていいですから」
「行きたいですー」
「私もー」
「じゃー、いきましょー」
「いや、あの」
しかも、ナンパを成功させるんじゃない。
三人を止めることはできずに、そのまま近くにあったバーに俺も一緒に連れていかれた。テーブル席がいくつかあったのでそちらに女性二人と向かい合って座る。他にプレイヤーはいないようなので、この姿を見られないことだけは幸いだ。
「それじゃ、オレはマティーニ」
「こら、お前はもう飲むんじゃない」
「飲みに誘ったのに飲まないのは、おかしいじゃないですか。はい、レオさんもこれ」
「俺は、もー飲めないから」
「えーっ、飲んだらその服着替えてもいいですよ」
「……飲む」
「それじゃ、かんぱーい」
一気に飲み干したらさすがにダメだなと思い、ゆっくり飲む。隣のセーレはグラスを一瞬で空にして、追加で酒を頼んでいる。以前、セーレが酔っぱらっている様子を見たはずだが、まだあの時は序の口だったのだな。と思う。
酒を飲み終えて、普段ギルドハウスで着ている部屋着に着替える。
「はーっ、解放された」
「レオさん、その恰好ラフすぎでしょう」
「うるせー」
「お姉さん……、えーっとユーノさんとカルティエさんは、レオさんに着て欲しい服ありますか?」
「えー、そうですねぇ」
二人がこそこそと話を始める。
「ハルメリアのライブの時に着てた服あったらお願いします」
期待を込めた眼差しでそう言われると、断れずにその服に着替える。
「きゃーっ、レオ様かっこいー」
酒のせいだけでなく顔が熱くなる。
「あ、あの、様つけられると恥ずかしいんですけど……」
「レオ様、照れてる~!」
「もー、やめてください」
「あははっ、レオさん顔真っ赤。かわいー」
セーレまで茶化してくる。
「お前なぁ!」
「セ、セーレ様もよければ……お揃いの服を……。あ、その服も素敵ですけれど」
「いいですよ」
セーレがニコニコと俺と同じ衣装に変更する。
「わーっ素敵です」
「うわー! かっこいい、お美しい……!」
「ふふっ、よく言われます」
「おいおい、セーレ。あの、すみません、こいつ本当に酔っ払いで。普段こんなこと言わないんで」
「セーレ様なら許されます」
「普段のセーレ様も、今のセーレ様も素敵です」
「ありがとうございます」
セーレが微笑みかければ、また二人がキャーキャーしている。なんだこの女たらし。
「そうだ。レオさん、討伐頑張ってくださいね。私たちも微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ああ、ありがとうございます」
そこは素直に礼を言って頭を下げる。
「今レベル上げ頑張ってるんですけど、なかなか上がり辛くて」
「おいくつですか?」
「今92で、もうすぐ93です」
意外とレベルが高い。
「では、今度オレと狩り行きましょう。一瞬で上がりますよ」
「はい! 喜んで……!」
セーレは明日、このことを覚えているだろうか。
一応二人の名前は記憶しておこう。と、思いつつ水を飲み始める。
「そういえば、セーレ様はメロンさんとお付き合いされているんですか?」
それ聞くのかよ。と思いつつ、ツッコミはいれない。
「いえ、リアルで会ったことはありますけど、ないですよー。だいたいオレ女ですし」
セーレの発言に俺はむせる。酔っ払いとは言え、今の言葉はさすがに失言だろう。
「ちょちょちょっとセーレ! あの、夢壊してすみません。今の聞かなかったことに……」
「きゃーっ! そうなんですね」
「わーっ! 素敵! 好きです!」
「ふふっ、秘密にしておいてくださいね」
セーレが人差し指を口の前に当ててポーズを作る。
「はい、セーレ様!」
もー。女子はよくわからん。
三人がきゃっきゃしているのを適当に相槌をうちながら、俺は水を飲みながら過ごした。
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