第116話:決戦前夜

 翌日4月18日。

 皆でギルドハウスの外観を眺める。

 もう、すっかり住み慣れた我が家だ。

 この世界の、この家にはもう戻ることはないだろう。


「行こうか」

 ウィンダイムを呼び寄せて、カーリスの西に向けて飛んでいく。

 下を見れば、プレイヤーたちが馬で移動している姿がちらほら見える。

 俺たちは拠点でなく、ベレリヤの宿を利用させてもらうことにしていたので、そのままベレリヤまで向かう。

「ここ来ると、なんかいよいよって感じっすね」

 モカが険しい山を見上げながら言う。

 山頂には雲がかかっていて上は見えない。


 日中は、移動の確認や討伐の流れや編成の最終確認で慌ただしく過ぎていく。

 宿は大きい部屋を一つ貸し切りにしていて、いつもなら合宿か旅行かという気分だが、皆そういう気分でもないようだ。

 俺も責任重大な立場だから、モカではないが今から胃が痛い。

 夜になって、少し外の空気を吸おうと歩いていると、アキレウスと遭遇する。

「おや、レオ君。夜に一人で出歩くのは危ないのではないかね」

「アキさんこそ、何やってるんですか」

「ああ、甘味処にデザートをね。一緒にどうだい?」

「行きましょう」

 NPCの店はだいたい二十四時間営業していて、甘味処もその例にもれずに営業中だったので暖簾をくぐる。

 他に客の姿は見えずに、がらりとしていて照明も暗いので少々寂しい。

「僕は白玉クリームぜんざいで」

「がっつりいきますね。俺は……水羊羹にしようかな」

 本当に甘味処目当てだったらしく、アキレウスは嬉しそうに甘味を口に運んでいる。

 しばらく無言で食べていると、アキレウスが口を開く。

「浮かない顔だね」

「あー。すみません。考え事してるとつい……」

「君は笑っていた方が周りは安心すると思うよ」

「そうですね」

 無理やり笑顔を口元に浮かべる。

「とはいえ、僕の前では構わないから、無理せず好きにしたまえよ」

 アキレウスが柔らかく微笑む。

「はい……。アキさんは、戦争の時とか……不安でしたか?」

「もちろん。僕の言葉、指示一つで状況は変わってしまうのだからね」

「あまりそういう風に見えませんでしたけど」

 俺から見たアキレウスは、堂々としていて余裕があるように見えた。

「そりゃ、そういう風にしているだけさ」

「セーレにもどーんと構えてろって言われたけど……。常にそういう風にはいかないな……」

「僕は、君のそういう人間味あるところは好きだよ」

「アキさんって……やっぱりいい人ですよね」

 俺の言葉にアキレウスが目を丸くする。

「その言い草だと、大方セーレ君かマリン君から何か吹き込まれたのかな?」

「えーっと……」

 当たっているのだが、それは言い辛い。

「ふふふ。まぁ、あながち間違いじゃないよ。僕は自己中心的な人間だからね」

「そうですか?」

「ああ。以前は何が自分の益になるか、誰を取り込んでおくのがいいか。そんなことばかり考えていたよ。ゲーム内で言えば効率厨と言ったところかな」

 そこで言葉を区切ってアキレウスがお茶を口に運ぶ。

「でも、レオ君に今の僕の姿がそういう風に映るのなら、ここでの生活で少し変わったかもしれないね。今のこの世界では、まぁ、あるに越したことはないにせよ、ステータスや資産がそれほど重要ではないだろう? だからその辺に執着する必要もないし、何より皆とバカやってるのは、なかなか楽しいと久々に思ったものでね」

「俺にとっては……アキさんは、最初から憧れの先輩だったから、本当のところがどうであれ好きですよ」

「ははは、照れるからやめたまえ」

 本当に照れたのかアキレウスが少し俯いて視線を逸らす。

「俺、まだ何のクラスにするか決めてなかった時に、うっかり上位狩場迷い込んで敵ひっかけちゃったことがあったんです。で、それ助けてくれたのがアキさんで、それが恰好よかったから、パラディン選んだんですよね」

「おや、そんな昔のことを覚えていたいのかい」

「はい。アキさんの装備が、あの当時の最強装備だったから、よく覚えてて……」

「実は、僕も覚えていてね。まぁ……あの頃はまだ純粋にゲームを楽しんでいた頃で、損得勘定なしに人助けをしたものさ。その時の君は、なかなか礼儀正しい挨拶を返してくれたから印象に残っていてね。数日後に君が、ナイトの装備になっていたのを街で見かけて嬉しく思ったよ」

「そ、そうですか……」

 まさかアキレウスの方も覚えていたとは、思いもしなかった。

「セーレ君が、君をギルドのメンバーとして討伐に連れてきた時は驚いたものさ」

「俺も驚きました。同じパーティーで、ちょっと緊張したなぁ……」

「僕もいいとこ見せたいな、とか……思って……。ははっ、この話は恥ずかしいね」

 アキレウスが少し困り顔で笑う。

「そうですね。でも、覚えていてくれたのは嬉しいです」

「ああ。君が立派に成長してくれて、僕も嬉しいよ。っと、今では、君は僕より上の人になっちゃったかな」

「ええっ、そんなことないです」

「今回の討伐は、僕だったら、こんなに人集められなかったと思うよ」

「いや、それは皆の協力もあったから……。俺はただの代表で……」

「うんうん。そういうところかな。この人になら協力してもいいなって思える魅力はあるよ、君」

「そ、そう……かなぁ……」

 アキレウスの言葉に、顔が火照ってくる。

「ふふふっ。この世界も残り少しだけれど、悩みや愚痴があればいつでも相談してくれたまえ。もちろん、リアルに戻ってからでも聞くよ」

「は、はい。その時は……。今日はありがとうございました」

 その後、アキレウスと別れて、ルンルンで宿に帰るとモカに気持ち悪がられた。



 討伐前日の4月21日。

 辺りは張りつめた空気になっている。

 今日は、山の麓の拠点まで降りて最終確認を行っている。

 討伐部隊への説明はセーレが、陣地構築に関連した話はバルテルが行っていて、俺はセーレの隣で偉そうに腕を組んで立っているだけだ。

 討伐部隊の説明に関しては俺がやってもよかったのだが、セーレの方が頭の回転もよく質問にも即回答を出すので不安がない。まぁ、冷淡に見えるセーレの表情や話し方が緊張感を煽っているところが玉に瑕だが。

「では、オレからは以上です」

「はい。説明ありがとう。作戦は決まってはいるものの、実際は臨機応変になる部分も出てくると思います。指示は都度出すので、焦らずに行きましょう。では、今日はゆっくり休養して明日に備えましょう!」

 俺の言葉に、皆が「おー!」と拳を振り上げる。



「いよいよ明日かー」

 夕方になって、皆で浴衣を着て宿の縁側から外を見上げると、空は夕焼けで赤く染まっている。明日は、もっと赤く染まるかもしれない。

 部屋の前の露天風呂に、ウィンダイムが頭を突っ込んで遊んでいる姿は緊張感がなく、明日相手にする竜と同じ種族とは思えない。

「皆、協力してくれてありがとう」

「自分のためでもあるし、当たり前っすよ」

「うんうん。でも、リアル戻ったらレオくんの奢りで打ち上げしよっか」

 マリンがニコニコと俺の顔を見てくる。

「ええ……。まぁ、構わないけど」

「ウソウソ」

「リアル……か。どうなってるのかな。帰れるって思うと嬉しいけど、少し不安だな……」

「それ言ったら、このままここに居続けるの? って話になっちゃうから、なるようにしかならないよ~」

 シオンがのほほんと湯呑を持って言う。

「そうだな」

「まーでも、やっぱ少し寂しいっすね」

 モカが俺の後ろから抱き着いてきて、ぎゅっとしてくる。

「うん、なんだかんだ楽しかったもんなぁ」

「ちょっと、レオさん。可愛い女の子が抱き着いたのにスルーっすか?」

「えーっ」

「最終決戦を前に、普通ならフラグになるっすよ!」

「いやー。モカだし……」

 俺たちの様子を見たマリンとシオンが笑って、マリンがシオンに抱き着く。

「わたしも、ぎゅーっ」

「も、もーっ、恥ずかしいよ~!」

「じゃあ、オレも」

 セーレがマリンとシオンをまとめて抱きしめる。

「ぎゃーっ! セーレさんはだめぇえええっ」

 シオンの反応にセーレが笑う。

「ふふふっ、リアルに戻ったらこういう反応も見れなくなるのですかね」

「うーん、どうだろう」

 マリンがセーレの顔を眺めながら首を傾げる。

「クーさんも、ぎゅってする?」

「いいえ、結構です」

 バルテルの誘いを断って、クッキーがお茶を飲む。


 様々な不安はあれど、前日は皆早々に眠りに着いた。


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