第111話:最後の日常3

 サッカーのイベントで優勝したチームメンバーでそのまま打ち上げの焼き肉屋に行く。

 セーレが嬉しそうに焼肉を食べているのを皆が眺めている。特にミストラルはガン見している。

「いやー。セーレ君がご機嫌なのって珍しいね」

「え、オレ笑っちゃダメなんですか?」

 セーレがすっと表情をいつものものに戻す。

「いやいやいや、いいよ。素敵な笑顔だと思うよ」

「気色悪いですね」

 爽やかに微笑むアキレウスの言葉にセーレが眉をしかめる。

「はー、アキくん、それわざとやっとるん?」

「ひどいなぁ。素敵だと思ったのは、もちろん本心だよ」

「いやー。なんか胡散臭いわ」

「悲しいなぁ……」

 口では悲しいといいつつもアキレウスは笑顔でアンネリーゼと話している。

「はい、セーレさん。お肉です」

 セーレの隣のスチュアートがセーレの皿に肉を置くと、またセーレが笑顔になる。

「ありがとうございます」

「兄ちゃんも食えや」

 右隣にいたタケミカヅチが、皿にどんと肉を盛ってくる。

「あ、ありがとうございます」

「レオの兄ちゃんも、なかなかいい動きしてたぜ」

「一応、経験ありますし」

「それだけじゃねぇ。敵味方よく見てるしよぉ。決める時は決めててよかったぜ」

「ありがとうございます。タケさんも、スーパーセーブやばかったです。パンチング上手いですね」

「がはは、褒めてもなんもでねぇぞ」

 タケミカヅチにバンバンと背中を叩かれる。

 痛い。

 食べた物が口から出そうだ。

「なぁなぁレオン」

 左隣のミズキがこそこそと話しかけてくる。

「どうかした?」

「いやー。俺、ここにいるのめちゃくちゃ場違いだと思うんだけど」

「今更な気がするけど、なんで?」

「ここって、やばい廃……天上人ばっかじゃん?」

「そんなことないって。俺も一般人だし」

「今や、それはないと思うんだけどなぁ~」

「うーん……まぁ、ふつーだってふつー」

「そうです、普通ですよ。ぼくも廃人と一緒にされては困ります」

 ミズキの隣にいたリコリスがビールを飲みながら言う。

「いやー、リコさんも相当……。サブ全部91って言ってましたよね?」

「記憶違いでは」

 ギルドで顔を合わせていたからか、リコリスとミズキは仲良さそうに話している。

 少し離れた距離にいるイーリアスのミストラルと犬まっしぐらとビタミンは、今日の試合の話で盛り上がっている。

「やっぱ、この世界もなんだかんだ楽しいよなぁ」

「なんでい、帰りたくねぇってか?」

「いやいや。帰りたいですよ。中身は皆一緒なんだし、オンでもオフでも一緒に遊べたら楽しいと思います」

「だよな!」

 また、タケミカヅチに背中を叩かれる。

「タケさん痛いです」

「おお、わりぃわりぃ。よっしゃ、今日は飲むぜぃ」

 タケミカヅチの言葉通り、皆アルコールをガンガン飲み始める。しかし、最初に反応がなくなったのは意外なことにタケミカヅチだった。酔いつぶれて、寝息を立てて眠っている。

「あはは、タケはそんなに酒つよないでなぁ~」

 アンネリーゼがビール片手に笑っている。

「アキくん、手止まっとるで~」

 アンネリーゼがアキレウスの前にグラスを追加で置く。

「飲みすぎはよくないからね」

「この世界、飲みすぎても問題ないやろ~」

「いや、それなりに問題はあると思うよ?」

「何かやらかしたらオレが介錯して差し上げますよ」

 セーレがアキレウスの前にグラスを追加で置く。

「ちょっと、レオ君。この人たち止めてくれないかな?」

「ああ、そういえばグバルで買ったこの酒、美味かったですよ」

 俺もアキレウスの前に酒を置く。

「えーっと、イーリアスの皆。助けてくれないかな?」

 話しかけられたイーリアスの三人は全員アキレウスを無視して、ホルモンを焼き始める。

「あははは、人望ないなぁ~」

「全く、困ったものだね……」

 アキレウスがため息をつく。

「じゃあ、アキさん。オレと飲み比べで勝負して勝ったら、何か一つ言うこと聞いてあげますよ」

 セーレがニコリと笑う。

「へぇ~。セーレ君がね……。では、僕が負けたら君の言うことを聞くよ」

 その会話に、皆が二人の様子を眺め始める。

「細工できないように、店の酒にしましょうか」

 そう言って、セーレがアルコールを注文して、勝負が始まる。


 しばらく二人を見守っていたが、結果はまぁ、予想通りだった。

「ギブギブ。もう無理」

 グラスを三杯空にしたところでアキレウスが、真っ赤な顔を両手で覆って俯いている。

「早すぎません?」

「度数高すぎ」

「まだ、喋る元気あるならいけるでしょう?」

 セーレがアキレウスの頭を掴んで上を向けさせて、グラスの酒をアキレウスの口に注ぎ込む。

「むごい……」

「げほっ……ごほっ、せ、セーレ君、も、言うこと聞くから……聞きますから、やめてください」

「うーん、別に聞いて欲しい頼みなんてないですけど……。どうしようかな。ちなみに、アキさんはオレに何させようとしてたの?」

 アキレウスがしばし沈黙した後に口を開く。

「……女装」

「ふぅん……」

 セーレがアンネリーゼを手招きして何事か相談したかと思えば、アンネリーゼが一旦店から出て行く。

「レオさんもオレと勝負します?」

「いやー。俺は分をわきまえているので」

「えー、オレもう結構酔ってるから、あと一押しですよ?」

 確かにだいぶ酔っている雰囲気だ。セーレの顔は赤いし、笑顔がふにゃふにゃしている。

「そう言われたらなぁ」

 そんなわけで、セーレと酒を飲み始める。

 アキレウスが言っていた意味がよくわかる。すでに飲んでいたのもあるが、一杯目からなかなかキツイ。以前セーレからもらったカクテルがこれくらいだったのを思い出す。

 一杯飲み終わると、すぐに次のグラスが前に置かれる。

 セーレの顔を見ると、にこっと笑顔を返される。

 いつもこれくらい愛想がよければ、と思いながら二杯目に口をつける。

「……水も飲んでいい?」

「ダメです」

「はい」


 三杯目を飲んでいる途中でアンネリーゼが帰ってくる。

「持ってきたよ~」

「ありがとうございます。レオさんとの勝負終わったらで」

「おう、負かしたれ~」

「やっちゃえー」

 アンネリーゼとスチュアートがセーレに声援を送る。

「俺の味方は?」

 ちらりと隣のミズキを見ると、首を横に振る。

「いや、セーレさんは敵に回せないでしょ」

「どちらも頑張ってください」

 ミズキの向こう側にいるリコリスは上手く逃げて笑みを浮かべる。

「じゃー、俺応援するよー。レオさん、アキさんの仇取って~」

 犬まっしぐらがへらへらと笑いながら言う。

「ああ、彼の負けるところは見てみたいですね。頑張ってください」

 犬まっしぐらの隣にいたビタミンが涼しい顔で言う。

「確かに……。見てみたい気も……。レオンハルトさん頑張ってください」

 ミストラルも微笑みながら頷く。

「よーっし」

 それから飲み始めて、五杯目に差し掛かったところ。

「む、むりれす……ぎぶ」

 頭がぽわぽわして視界がぐるぐる回って、俺は机に突っ伏す。

 頭の上で、セーレとアンネリーゼとスチュアートが、イエーイとたぶんハイタッチか何かをしている音が聞こえてくる。

「じゃー、まずアキくんからな~。これ着て」

「うう……何……ええ、いやこれ……」

 頭を動かしてアキレウスを見ると、視界がぼやけて細部がよくわからないが、なんだか白い華やかな衣装を着せられている。頭に花冠が飾られたところで、ああ、あれはウェディングドレスだと気付く。

「あはははっ、似合わないですね!」

「当たり前だろう……!」

「というわけで、それ着てお城まで帰ってくださいね」

「セーレ君のドS……。もうお嫁に行けない」

 アキレウスが片手で顔を覆って項垂れている。

「レオくんのも持ってきたでな~」

 アンネリーゼがニコニコと俺にトレードを要求してくる。表示されたのは、アキレウスに渡したものと同じ衣装だろう。

「なんで、俺のまでぇ……」

「あたしがセーレくんに、レオくんも負かしてってお願いしたから~」

 余計な発言をしてくれたものである。

 負けた以上は従わなければならない。覚束ない動きで、インベントリを操作してドレスに着替えて、アクセサリーを付ける。

「あはははっ!」

 セーレが俺を指さして椅子から転げ落ちそうな勢いで笑うのを、アンネリーゼが後ろから支える。

 鏡など見るまでもなく似合わないのはわかる。

「あたしは好きやで~」

 なんのフォローにもなっていない言葉をアンネリーゼが発する。


「セ、セーレさん。僕とも勝負しませんか?」

「ふふふ。い~ですよ~」

 ミストラルの言葉に、セーレがだいぶ出来上がった声で答えている。

 しかし、ミストラルは一杯飲んで力尽きた。PvPは強くとも酒はそこまでではないらしい。

「あはは、グラゼロ使うまでもなかったですね~」

「ミストラルくんには何着せようねぇ」

「はいはーい、セーラー服」

 スチュアートが手を上げて言うので、ミストラルはセーラー服姿にされた。

 俺とアキレウスよりは線が細いルックスなのでマシだろう。

 セーラー服を着せられたミストラルの髪をスチュアートがツインテールにしている。

「くっそー、みっさんの仇は俺がとるからな! 女装とか怖くないし!」

 そう言って、犬まっしぐらもセーレに負けた。

「うーん、犬ちゃんは見た目女子やからなぁ……」

 負けたのに余裕の表情をしている犬まっしぐらに、アンネリーゼがトレードでアイテムを渡す。

「え……まじ?」

「はよ着替えな」

 そう言われて着替えた犬まっしぐらは、バニーガール姿になる。

「は、はず……。ビーさん俺の仇取って」

「私は下戸だから無理だよ」

「いや、さっきまで一緒に飲んでたでしょ、裏切者―!」

 犬まっしぐらの言葉に、ビタミンが舌打ちをする。

「わかりました。やりますよ」

 もしかしたら、この人なら勝てるのでは。と思ったけれど、結局無理だった。

 黒髪黒目の中年の容貌のビタミンは巫女衣装にされた。今のところ、この衣装が一番マシな気がする。

「ミズキさんとリコさんは、どーしますか?」

 セーレが二人に微笑みかける。

「い、いや俺は無理ですよ~」

「おいおい、ミズキぃ。俺たち友だちだろ? 一緒に罰ゲーム受けようぜぇ~」

「レオン、なんで負ける前提なんだよ!?」

「あ。じゃー、ぼくやりますね」

 手を上げたリコリスだが、半分くらい飲んだところでギブアップする。別に酔っている雰囲気でもなかったので、わざと負けたのかもしれない。

「うーん、リコちゃんは難しいなぁ……」

「これにしよー」

 スチュアートが何かをリコリスに渡した。

「おお……これは……」

 恐竜の色と形をあしらったフードのついたルームウェアのようなゆるい服だ。頭部分は気の抜けた恐竜の顔になっていて、背中にはトゲトゲと尻尾がついている。

「落ち着きますね」

 気に入ったのか、リコリスは微笑んで頷く。

「ミズキさんだけ勝負しないとか、ないですよね?」

 セーレに笑いかけられればミズキは項垂れてから小さく返事をして勝負を受けた。

 結果はもうわかりきっていたことだ。

「ミズキ~。似合ってるぜ~」

 猫耳メイド服姿のミズキに笑いかける。

「レオンほどじゃねーよ、ばかー!」

「あー。たのしー。でも、セーレくんにもなんか着てほしかったな~」

「さすがに、アンネさんとは勝負できませんよ」

「わはは」

「姐さんザルだしねー。あ、私も勝負しないからね」

「セーレくん、これくらいなら着てくれる~?」

「はい」

 セーレの衣装が変わる。派手な貴族風の衣装に豪華な毛皮の裏地のついたマント、頭には王冠。つまりキングだ。この惨状を作り上げた暴君には相応しいのかもしれない。

「王様ゲームとかでもよかったな~」

 とアンネリーゼが言うが、この場の半数はもう力尽きている。

「では、そろそろお開きにしますか。皆さん、ちゃんと家まで着て帰ってくださいね。約束を違えたらPKしますので」

 セーレが満面の笑みを浮かべながら言うと、意識のない者もいたがそれ以外は皆頷いた。

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