第99話:フレイリッグ討伐参加者募集1

 カーリスで宣伝した後に、フレイリッグに乗って、そのままハルメリアへと向かう。

 到着は夕方過ぎてしまったので、宣伝は明日行うことにしようと、黒猫オーケストラのギルドに挨拶をしに行く。

「おや、久しぶり……というほどでもありませんにゃ」

 出迎えてくれたシャノワールが笑う。

「はい。夜分にすみません。唐突ですが、フレイリッグ討伐を予定していて、宣伝を手伝ってもらえないかと……。一応手紙でも送ってはいるのですが、まだ届いていないかもしれません」

「手紙ですか」

 俺の言葉に、シャノワールが背伸びしてギルドの前の郵便受けを開ける。

「ないですにゃ」

「では、これを」

 カーリスの掲示板に掲載したものと同じものをシャノワールに渡す。

「……ふむふむ、にゃるほど」

 順番に目を通してからシャノワールが頷く。

「討伐の参加については、私どものギルドはあまり高レベルがいないもので難しいかもしれませんが、製作支援は可能な限りさせていただきますにゃ」

 なかなかの決断の速さだ。まぁ、製作支援なら敷居が低いというのもあるからだろう。

「ありがとうございます」

「宣伝は、いくらでもお任せくださいですにゃ。明日もコンサートがありますので、そちらで宣伝させていただきましょう。フライヤーなどはございますかにゃ?」

「はい、これです。空から撒こうと思っていたけど、コンサートと時間かぶっちゃうならやめておいた方がいいかな……というか、明日コンサートあるのにお邪魔してしまってすみません」

「いえいえ。なんなら、コンサートで一緒に宣伝していかれますかにゃ?」

「えーっと、どうしようかな」

 同行していた二人を見る。

「まー。他人任せになっちゃうのも申し訳ないっすよね」

「そうですね。コルドは明後日にしましょうか」

「というわけでシャノワールさん、よろしくお願いします」

「はいですにゃ。ところで、セーレさん」

「オレですか?」

「いい宣伝方法を思いついたのですが、一夜漬けで曲覚えられますかにゃ?」

 シャノワールがにっこりと微笑む。

「……はい?」



 翌日、黒猫オーケストラ主催のコンサートに行く。俺とモカは貴賓席に案内されて、そこからステージを眺める。客席は満員御礼だ。カーリスではこういった催し物はないので、宣伝に来たとは言えコンサートに招かれたのは嬉しい。

「うわー。この席って貴族っぽいっすね」

 モカが楽しそうにドレスに着替える。確かに、椅子は他の観客席の物と比べて作りがいいし、椅子の周囲のスペースも広々としている。

「はいはい。姫、はしゃがない」

「レオさん、王子様衣装着てほしいっす」

「いやー……。こっちで勘弁して」

「うーん、まぁ。それも護衛っぽくていいっすね」

 軍服の衣装に変更するとモカは満足したようで、それ以上煩くは言われなかった。


 しばらくすると照明が暗くなって、黒猫オーケストラのメンバーが舞台袖から姿を現す。男性は黒いタキシード、女性は黒いドレス衣装を身に纏っている。その中にバイオリンを持ったセーレの姿もあった。

 セーレの姿に気付いてか一部の観客が多少ざわついたものの、すぐに静かになった。

「皆、マナーいいっすね」

 モカがポツリと呟く。このコンサートは、ライブのように賑やかではなく、上品な雰囲気だ。

 やがて一曲目が始まる。激しく重厚な音から始まる有名なクラシック音楽だ。

 クラシックには興味のない俺でも、そのスケールに圧倒されて心を揺さぶられる。音が直に振動で伝わってきて、全身で聴いているような心地だ。

 モカもじっくりステージを見つめて聴き入っている。

 目で見るのも楽しく、ついセーレを目で追ってしまう。セーレは、他の奏者としっかり揃った動きでバイオリンを弾いている。

 一曲目の演奏が終わると、シャノワールが客席に向かってお辞儀をする。

「交響曲第5番、第1楽章でしたにゃ。さて、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、本日はスペシャルゲストをお招きしておりますにゃ」

 シャノワールの言葉にセーレが立ち上がって、軽くバイオリンを奏でた後に、優雅にお辞儀をすると客席から拍手が巻き起こる。

「うわ、かっこいい……」

 モカが両手で口元を抑えて言う。

 一体、どっちが女子で男子なんだ。

「剣の腕だけでなくバイオリンの腕も超一流。麗しき貴公子、ご存じサウザンド・カラーズのセーレさんですにゃ」

 シャノワールの麗しき貴公子という言葉に、俺は思わず吹き出す。

「それでは、引き続きお楽しみくださいですにゃ」

 その後、コンサートはクラシック中心で、時折アニメソングやゲームの曲のオーケストラアレンジが挟まって、大盛況に終わる。無料で聴くにはもったいないクオリティだ。


 全ての曲が終わった後で、シャノワールがセーレに目配せして、セーレがシャノワールの隣にやってくる。

「今日は、セーレさんから告知がございますにゃ。どうぞ」

 シャノワールがセーレにマイクを渡す。

「こんにちは、セーレと申します。今日は黒猫オーケストラの皆さんと演奏ができ光栄です」

 セーレが微笑むと観客席が微かにざわめく。自分の顔の使いどころをよく知っているらしい。

 そして、セーレは笑みを引っ込めて真面目な表情になる。

「さて、オレからの告知は……。この華やかな場所にはあまり相応しくなくて申し訳ないのですが、オレの所属ギルドであるサウザンド・カラーズにてフレイリッグ討伐を予定しており、現在協力者を募集しております。討伐だけでなく製作支援なども募集しております。詳しくは街の掲示板に掲載しておりますので、ご協力検討いただける方は是非ご一読ください」


 セーレの宣伝が終わって、控室の前でセーレと合流する。

「よっ、貴公子。お疲れ様」

「おつかれっすー。麗しの貴公子」

「それ、やめてください。恥ずかしい」

「しかし、よく弾けたな。二時間分くらいあったよな……」

「ああ、だいたい知っている曲にしてもらったので、残り少し覚えただけです」

 それでもなんだか十分おかしい気がするけれど、マリンが天才だと言っていたことを思い出して納得する。

「あー。オレは、ステルスで行きますね」

「うん?」

 セーレの言葉に首を傾げたが、しばらくして理由を察する。コンサートが終わったというのに劇場の入口にはプレイヤーが沢山いる。

「セーレさん出てこないかな……」

「バイオリン弾けるなんて、最高すぎでしょ~」

「もっと近くで見たかったなぁ」

 というような話が聞こえてくる。

「人気だなぁ」

「大人気コンテンツっすね」

「オレのことはいいから掲示板見に行って欲しい……」

 姿は見えないが、セーレの声が隣からする。

「そうだな……」

 入口から出ようとすると、声が上がる。

「あっ、セーレさんと同じギルドの人!」

「レオンさんとモカちゃんだ!」

 そして、周囲を囲まれる。

「えーと……」

 俺が困っていると、モカがにっこり笑う。

「皆さん、討伐協力よろしくお願いするっす!」

「うん、するする~。モカちゃん口座教えて~」

「ええーっ。そういうのは所属ギルド通してもらわないと困るっすね~」

「近くで見るとかわいー」

「ありがとうっす! おねーさんも可愛いっす!」

「えーっと、では俺たちは討伐の打ち合わせがあるのでこれで。よかったら掲示板見てくださいね」

 笑顔で手を振って劇場を後にする。

 幸い他のプレイヤーは追いかけてくるようなことはなかった。


「いやー、困った……」

「ボクはチヤホヤされるの好きだから、少しくらいなら楽しいっすね」

「その精神は羨ましい。掲示板の方ちらっと見て行こうか」

「そうっすね」

 劇場から距離ができたところでセーレが姿を現す。

「おつかれ。俺もステルスほしいなー。いくつのスキルだっけ?」

「80です」

「よし、諦めよう」

 掲示板の付近に行くと結構な人だかりがあった。今日以外にもシャノワールが宣伝してくれると言っていたから、それなりに話は広まりそうだ。

「じゃ、モカの家行こうか」

 踵を返した時に、背後から声がかかる。

「あの、レオンハルトさん」

 振り返ると見知らぬヒューマンの女性が立っている。

「はい」

 掲示板の近くにいたということは、討伐に関することだろうかと思って相手の顔を見るが、相手の口から出たのは思いもよらない言葉だった。

「レオンハルトさん、好きです」

「…………ええっ?」

 唐突な衝撃発言に、俺はポカンと口を開いて間抜けな顔を晒す。

「あ、突然……すみません。でも、どうしても伝えておきたくて。驚かれますよね、ごめんなさい」

「う、うん。驚きました」

 艶やかな青い長い髪の女性の名前はティナと言う名前だ。民族衣装風のスキンを付けているので職やレベルはわからない。

 しかし、俺にはこの女性について、まるで記憶にない。パーティーで一緒になった記憶もないし、以前のギルドで一緒だったということもない。

「お茶でもしてきたらどうですか」

「そうっすね、ごゆっくり」

 俺が戸惑っている間に、セーレとモカが俺を置いて歩いて行ってしまう。

「ちょ、二人とも」

 しかし、今は追いかけるタイミングでもない。

「あの、失礼ですがどこかでお会いしたことが……?」

「いえ……。私が一方的に知ってるだけで……」

 俺の名前に気付いてか、他のプレイヤーがたまにこちらを見ているので、このままここに留まって話をするのは憚られる。

「えーっと、ちょっと移動しませんか?」

「は、はい……」

 一つ奥の細い通りに行くと、喫茶店があったので結局セーレが提案した通りそこに入ることにした。

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