第100話:フレイリッグ討伐参加者募集2

 俺がコーヒーを注文すると、ティナもお茶を注文する。

「ティナさん。ひとまず話は聞きますが……」

「はい。お時間を取らせてしまって申し訳ありません」

 ティナは緊張した様子で頭を下げる。

「あの……。好きって言ったのは……。その……」

 まぁ、何かしら言い間違えたのだとしても俺は気にしない。

「私、この世界になった時……。えっと、ゲームは友だちとプレイしていたんですけど、友だちこっちいなくて……他に親しい人もいなくって、何もやることないし全然楽しくなくって……毎日毎日辛かったです。でも、どこにも行けなかったから惰性で生きているしかないって時期があったんです。そんな時にハルメリアでコンテストあって……。リアルだとライブ好きだったから、なんとなくチケット買ったんです」

 ティナは、話すことをあまり整理できていないようだが、想いは伝わってくる。

 誰も頼れる人がいない状態でこの世界に来てしまったら、辛く感じるというのは何もおかしな話ではない。周囲の人にほいほい話しかけて仲良くなれる人ばかりではない。

「うん」

「正直、楽しめないかなって思って行ったけど、行ってみたら楽しくて。特に皆さんのステージがすごくよくて、レオンハルトさんがかっこよくて……。ライブ終わったら好きになってました」

 ティナは俯いて、少しだけ照れくさそうに微笑んで言う。

「それからは、あの人が同じ世界にいるなら、もうちょっと頑張ってみよう。楽しいこと他にも探してみようって思えるようになって、ハロウィンも見に行ったりして、新しい友だちもできました」

 知らずに誰かの心に支えになっていたというのは、不思議な気分だ。

「でも、そのちょっと後でカーリスで戦争あるって聞いて、レオンハルトさんのギルドも参加するってなってて……それを見て、私も一般で参加したんです」

「そうだったんですね。すみません、戦争協力してもらったのに覚えていなくて」

「いえ、全然違う配置でしたし、仕方ないです。……戦争で見るレオンハルトさんの表情は、当たり前だけどステージで見た顔と全然違って……。それで、明け方の城門のところの光景は私の配置場所から見えてて、見ていたら泣きそうになりました。でも、それで戦争に勝てて……なんか雲の上にいるようなすごい人だったんだなって思って、もっと好きになったし、それに、すごい尊敬できるっていうか……」

「いやいや、俺普通の人間です。リアルただの会社員だし。本当に死んだら終わりの世界だったら絶対に無理だし」

「それでも、すごかったです。すぐ治るって言われても、銃弾の前に飛び出すなんて私は無理です」

「あの時は正直怖かったですよ。でも、だいぶ感覚がマヒしてたから……」

 俺の言い訳にティナがクスリと笑う。

「やっぱり素敵な人ですね。好きになってよかったです。これからも応援させてください。あっ、それで……。レオンハルトさんの力になりたいっていうのもありますけど、私も元の世界に戻りたいので、フレイリッグも参加させていただきますね」

「……はい。元の世界に戻れるようお互い頑張りましょう」

 それから少しだけ話をして、丁寧にお辞儀をして手を振るティナと別れる。


 モカの家の呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉が開く。

「ただいまー」

「レオさん、どうだったっすか!?」

 モカが期待に満ちた目で俺を見上げてくる。

「どうって?」

「あの青い髪のお姉さん」

「ああ、フレイリッグ参加してくれるって」

「え」

「いい人だったよ」

「それだけ?」

 モカが怪訝そうな表情をする。

「それだけだよ?」

「付き合ったりとか……」

「いやいや、付き合ってくれとか言われてないし、これから討伐って時にそういうのないだろ?」

「そういう時こそ愛のパワーで勝ったりするじゃないっすか?」

 モカが、信じられないというような表情で言ってくる。

「うーんでも、俺からしたらやっぱ知らない人だし……?」

「かーっ! この朴念仁!」

「ええっ……」

 俺たちの様子を見ていたセーレが吹き出す。

「あははっ、だから言ったじゃないですか、モカさん」

「いやー。美人だったし、なくはないでしょー!? 服装もレオさん好みだと思ったのに、もー!」

 そう言いながら、モカがセーレに何か渡している。

「二人とも何してるの……?」

「レオさんが、あの女性と付き合う付き合わないに1兵法書」

「君たち……」

「お試しでもいいから付き合えばよかったのに……!」

 モカが口を尖らせて怒っている。

「お試ししてる時期じゃないだろ……」

 これから討伐に向けて慌ただしい時期だというのに、何を言い出すのか。まぁ、確かに雰囲気はいい人だったので、時期が違えばそういう話もいいかと思ったかもしれない。

「つまらない男っすね~!」

「ひどい言われようだな!?」

「えーん、怒られた。セーレさん、バイオリン弾いてほしいっす~」

「今日はたくさん弾いたので閉店しました」

「えーっ、可愛い女の子の頼み断るっすか?」

「可愛い女の子ってどちらですか? ソウタさん」

「ぎゃーっ!」

 モカが頭を抱えて座り込む。

「リアルネーム、嫌いなのですか?」

「そうじゃないっす。可愛い着ぐるみの中からリアルな人間出てきて、急に現実に引き戻されるあれに似た感じっす」

「そうですか? 着ぐるみも現実なので引き戻される要素がないと思いますが……」

「はーっ……。セーレさんの感性はやっぱボクとは違うっすねぇ」

 モカがため息をついて立ち上がる。

「飯にするか?」

「はいっす」

「はい」

「そうえいば、シオンさんたちどうしてるかな」

 頭がお花畑なヴァンピールがいる可能性があるので、グバルに行かせるならシオンではない方がよかったかもしれない。と、思わないでもないが、セーレを行かせるのは論外だし、モカも遭遇したら上手く切り抜けられないだろう。

 シオンを受付にして、マリンとバルテルに行ってもらうということも考えもしたが、シオンもあれで知らない人と話すのは、それほど好きではないらしく、受付よりはチラシ配りをしたいということだった。


◇◇◇


 ハルメリアのコンサートより少し前のグバルにて。

「付き合ってもらっちゃってすみません~」

「いいよいいよ。バル爺と二人きりなんて寂しいでしょ。船も楽しかったし」

 シオンに向かってエリシアが笑いかける。

「わしと二人っきりだと寂しいのか」

「まぁ、我々おじさんですからね」

 バルテルの言葉の後に、リコリスが微笑みながら言う。おじさんとは言うが、リコリスの見た目はエルフの女性だ。

「それじゃ、掲示板に貼って……と。リコさん上の方おねがーい」

「はい」

 一枚に収まりきらなかった募集のチラシを掲示板に貼り終えて、次は配布用のチラシを手に取る。

「二手に分かれて配るかの」

「はーい」

 シオンとエリシア、バルテルとリコリスで別々の通りに行ってチラシ配りを始める。

 お昼なのか、お茶の時間なのか、外食にでかけているプレイヤーがちらほらいて通りには人の姿がある。

「フレイリッグ討伐参加者募集してまーす」

「詳しくは掲示板で!」

 そう言いながら、チラシを配っていく。

 討伐に参加する気はないかもしれないが、興味を惹かれたプレイヤーがチラシを手に取っていく。

「シオンちゃんはフレイリッグ初めてなんだっけ?」

「うん。私は、この世界になった時は、始めたばっかりだったから、名前もよく知らなかったんです~」

「それが立派な廃人になって……」

「や、やだー。だいたいセーレさんに手伝ってもらったおかげですよぅ」

 シオンが恥ずかしそうに笑う。

「いや、廃人についていける人ってやっぱ同類だよ。ライトな人はそもそも毎日狩りしたりとか何時間もぶっ続けで狩りしないもん」

「そう言われると、何も言い返せない……」

「レオくんたちもあのギルド入った時はそんなにレベル高くなかったのに、一瞬でレベル上がっていったから素質あると思うわ」

「あー。そういえば、レオさんたちは最初別のギルドだったんですねぇ」

「そそ。前ギルドが解散しちゃったらしくって。あっ、フレイリッグ討伐参加者募集してまーす」

 チラシを配りつつ、合間に二人で雑談をする。

「よろしくお願いしまーす。……そういえば、エリさんは、セーレさんやマリンちゃんとはどういう知り合いなんですか?」

「昔、マリンちゃんと野良で何回か一緒になってフレ登録して、お互い人数いないギルドだったから、よく一緒に狩りしてて仲良くなった感じかな」

「野良かぁ。何度も一緒になることってあるんですねぇ」

「高レベルの狩場に行ける人って、最初のうちは限られてるからよく被るのと、マリンちゃんとこヒーラーいなかったからね。それで、だんだん野良行かずに身内になって。って、感じ」

「へぇ~。私も普通のゲームの状態で、皆と狩りしてみたかったな~」

「そうだね。元に戻れたら一緒にやろ」

「はい! ……でも、元に戻ったらゲームの状態どうなってるんだろう……」

「うーん……。戻ってみないことにはわからないよね」


 しばらく二人でチラシを配っていると、見覚えのある銀髪縦ロールのヴァンピールの女性が見えてくる。

「げぇっ、姫」

「知り合い?」

「知り合いたくない他人です」

 二人で話してくると、ヴィヴィアンがシオンの目の前で立ち止まる。

「あなたに決闘を申し込みますわ」

 ヴィヴィアンがシオンに向かって杖を突きつける。

「はぁ……、いいけど街中で?」

「ふん、一瞬で終わらせて差し上げますわ。そこのエルフ、決闘のカウントダウンをなさい」

「ええ……。何こいつ」

 エリシアが困った表情を浮かべて、シオンの顔を見る。

「セーレさんに付きまとってる頭おかしい人。申し訳ないですけど、エリさんカウントお願いします~」

「うーん……わかった。じゃー、5、4、3、2、1、スタート」

 ヴィヴィアンの言った通り、勝負は一瞬でついた。

 シオンが槍の石突でヴィヴィアンの腹を突くとヴィヴィアンは地面に派手に倒れる。

「ま、参りました……」

「よわ……」

 ヴィヴィアンは自らにヒールをして立ち上がると、シオンに深々と頭を下げる。

「セーレ様の横に立つには強さも必要だと、実感いたしましたわ」

「いや、セーレさんその辺は気にしないと思うけど……」

「ええ、そうですわね……。思い返せば初めてお会いした時もレベルの低い私に親切にしてくださいましたわ。それで舞い上がってしまって、押しつけがましいことを……」

「そっかー。あっ、こんにちはー。フレイリッグ討伐参加者募集してまーす」

 シオンがヴィヴィアンの話を適当に聞き流しながらチラシを配る。

「それで、シオンさん。いえ、お姉様。こちらセーレ様への謝罪の言葉を綴った手紙になります。セーレ様に渡していただけないでしょうか」

 ヴィヴィアンが紙の束を差し出す。

「うーん、それだとセーレさん読まないと思うから、三行でまとめて?」

 シオンの言葉に、ヴィヴィアンは雷に打たれたかのような衝撃を受けた表情で、その場に固まる。

「そ、そうですわね。このような長文……わ、わかりましたわ」

 ヴィヴィアンが近くの喫茶店に入って行き、しばらくしてから手紙を持って帰ってくる。

「お願いします」

 深々と頭を下げてヴィヴィアンがシオンに手紙を差し出す。

「まぁ、一応渡しておくけど、読んでくれるかはわからないよ」

「はい……。それでは、ごきげんよう」

 ヴィヴィアンが去って行くのをちらっと見てからチラシ配りに戻る。

「変なことに巻き込んじゃってすみません~」

「いいよいいよ。っていうか、あれたぶん聖天使なんとかやね……」

「ブロックされてキャラ作り直した人っぽい」

「まー。これで、多少マシになったのか……?」

「かなぁ……」


◇◇◇

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