第95話:決意

 途中休憩をはさみつつ、グバルの街から少し離れたところで下ろしてもらって、街に向かおうとするとウィンダイムが呼び止めてくる。

「赤い人間。ちょっとお話して」

 俺の鎧の一部か髪の色を指しての発言だろう。

「……俺?」

「そう」

「うーん……。わかった。皆、先行ってて」

 皆の姿が見えなくなったところで、ウィンダイムが口を開く。

「あのおっかない人間と仲良くするにはどうしたらいい?」

 きっとセーレのことだろう。

「仲良くしたいの?」

「音楽聴きたいから」

「竜って音楽好きなの?」

 そういえば、マリニアンの神殿でも人魚が歌っていたし、アダマンティアも要求してきた。

「他の竜がどうかは知らないけど、綺麗な音は好きだよ」

「うーん、セーレと仲良くなるのは諦めて他の人に頼んだ方がいいと思うけど」

「なんで、僕嫌われてるの?」

 それがわからないとは、さすがにびっくりだ。

「それは……色々あるだろう。クエストの件とか、殺し合えって言ったこととか」

「えーっ。クエストは僕が作ったんじゃないもーん。作ったのは、開発者だもーん」

「メタいな……。っていうか、お前らなんなの?」

「僕は竜だけど?」

「いや、他のNPCと明らかに違うだろう」

「それは、えーっと、えーあい? が違うから」

 他のNPCは決められた会話と簡単な応答をするAIで、こいつはもう少し高度なAIなのだろうか。この会話で、ここはゲームの世界なのだと再認識したし、やはりこの世界はまがい物だ。

 いつか唐突に、何事か認識する間もなく、この世界は終わってしまうかもしれないし、歓迎できないアップデートも行われるかもしれない。それは、こちらがどう足掻こうと、どうしようもないものになる可能性もある。

「開発者とは、連絡取れるの?」

「僕からは取れないよ」

「最後に話し……とかしたのは?」

「うーん? 話はしたことないよ。そういう情報を知ってるだけだよ」

 つまり、中からはコンタクトは取れないということか。

「リアル……現実世界について何か知ってる?」

「人間たちが話してた情報しか知らないよ」

「ログアウト方法は?」

「ログアウトって何?」

 ウィンダイムはきょとんとしている。

「現実世界に戻る方法」

「知らないけど、フレイリッグ倒せばいいんじゃないの?」

「ま、そんなもんだよな」

「で、あのおっかない人間と仲良くなるにはどうしたらいいの?」

「諦めろって言っただろ……。けど、まぁ、とりあえず名前くらいは覚えたら」

「うーん。わかった」

「じゃ、俺は街行くから」

「うん。僕もアダマンティアのとこ行ってくる~」

 そう言うと、ウィンダイムはばさりと翼を広げて飛び立って行った。

 だいぶ子どもっぽいなぁと思いながらウィンダイムの背中を見送って、街に足を向ける。


 買い物をしつつバルテルの家に行くと、座敷机で皆が夕飯の用意を始めている。

「おかえりー。ウィンちゃんなんだって?」

 マリンが聞いてくる。

「セーレと仲良くしたいって相談された。バイオリン聞きたいんだって」

 そう言うとセーレが眉間に皺を寄せる。

「オレはあのトカゲ嫌いです」

「まぁまぁ、クエストはあいつが作ったわけじゃないらしいし……」

「いえ、性格がそもそも合いません」

「ああ、うん。それはまぁ……そうかもしれないけど、色々手伝ってくれそうだし多少は仲良く……ね?」

「……善処します」

「おっ。今日は中華か。久しぶりだなー」

 机に、餃子や小籠包、炒飯、青椒肉絲、麻婆豆腐、スープなどが豪勢に並んでいる。

 人数が多いから品数を増やしても美味しくいただけるのは有難い。

「麻婆豆腐、こっち辛口で、こっち甘口ね」

 マリンが辛口をシオンの前に置いて、甘口をモカの前辺りに置く。もう、皆の食事の好みはわかりきっている。辛口は、だいたいシオンとバルテルしか食べず、俺やマリンがたまにもらう程度だ。これの味付けはなかなか両極端に振れているので、辛口というよりは激辛だ。

 食事を始める前に、以前グバルに来た時に飲んで気に入ったウィスキーを取り出して机に置く。

「料理はこれで全てでございます」

 クッキーの言葉のあとに皆で「いただきます」と口にして食事を始める。


「マリンさん、今日読んでた小説どうだったっすか?」

「うん、面白かったし読みやすかったよー」

「へぇ~。じゃ、次貸してほしいっす。あ、そういば画集の人は商業の人だったっすねぇ」

「めちゃくちゃ上手かったもんねー」

 モカとマリンの会話にシオンがため息をつく。

「推し作家の新作が読みたい……」

「げ、元気出すっすよ」

「そうそう。なんなら自分で書こう」

「話思い浮かばないから無理だよぉ。人の創り出した萌えが欲しい……」

「そうっすねぇ……。やっぱリアル……」

 そこで言葉を区切ってモカが俺の方を見る。

「フレイリッグ、やるんすか?」

「俺は突破口見えてきたから、やりたいけど……。皆は正直どうなの?」

「オレは行きます」

「私も、やりたいかなぁ……」

 セーレは相変わらず迷いがなく、その後におずおずとシオンが申し出る。

「わたくしは合わせます」

 クッキーは、セーレが行くと言ったらどこでも行きそうな雰囲気だ。

「わしも、よほど無茶な条件じゃなければ付き合うよ」

 バルテルがビールを片手に、買い物に付き合うくらいのテンションで言う。

「……わたしも行くよ。でも、火が消えるだけじゃ、正直怖いって気持ちはあるかな。そもそも他に付き合ってくれる人がいるかって話だし」

「そうっすねぇ。ボクも行きたい気持ちはあるっすけど……。怖いもんは怖いっすね」

 マリンとモカは、一般のプレイヤーに近い感覚だろう。まぁ、予想していた通りではある。

「人かぁ。まぁ、アキさんとこに相談してから考えるのがいいかな。あと、怖いのはわかるから、そういう人には無理強いするつもりはないから……」

「そう言われると、行きたくなるっすね」

「うん。怖くない。わたしも行く」

 モカとマリンがきりっとした表情で言ってくる。

「いや、流されて行くのも違うと思うけど……」

「ううん。皆が行くのに留守番って、勝敗関係なく辛いから……」

「うん、ボクも……。皆と一緒なら死んでもいいっすよ」

「……ありがとう。でも、まぁ……さすがに目途立たなければ諦めるよ。中途半端にやって失敗するのが一番ダメだと思うし」



 前回バルテルの家に来た時は、大部屋で雑魚寝してしまっていたが、今日は小部屋にも寝床を作って使いたい人はそちらに。となった。

 セーレが小部屋に向かって行くところを呼び止める。

「ちょっと話いい?」

「はい」

 二人で小部屋に入って、扉を閉める。部屋にはテーブルとソファもあったのでそちらに座る。

「討伐の相談ですか?」

「それもあるけど……。セーレは、本当にリアル戻りたい?」

「……今更ですね。昨日のこと気にしてます?」

「そりゃ、気にするわ」

「まぁ……。正直に言うと、まだ精神的にきてますけど……。あれは過去のことなので大丈夫ですよ」

 言葉のわりにセーレの表情は変わらない。

「ならいいけど……」

「レオさん。もうちょっと楽しい話してくださいよ」

 そう言うとセーレは、酒を出して口を付ける。

「楽しい話……」

「討伐の話もしにきたのでは?」

「それ楽しい?」

「レオさんは、楽しくないのですか?」

「まぁ……考えるのは楽しいっちゃ楽しいかもしれないな」

「でしょう?」

 セーレが微笑む。


「でも、どこから手を付けたらいいかな」

「何はともあれ人数ですかね。以前行った雰囲気であればレベル制限や入場制限はないと思いますので、できるだけ集めた方がいいとは思います。長期戦はプレイヤーの精神的に難しいでしょう。とは言え、レベルは低くても90からですかね。それより下はレベル補正で諸々きついです」

「人数かぁ……。前どれくらいかかってたっけ」

「200名程で2時間くらい……だったかな。状況が違うので、同じ人数でも立て直しなど挟むと、もっと時間がかかるのではないかと思います。できたら人数は倍以上欲しいですね」

 なかなか大きな数字だ。

「そうだな……。とりあえず、戦争に参加してたギルドやハルメリアのギルドは当たってみるか……。主催はアキさんにしてもらった方がいいかな……」

「いえ、主催はうちのギルドでやるべきかと思います」

「え。大手ギルドの人の方がよくない?」

「大きいギルドは、それなりに確執もあるので、人を集めたいならイーリアスには協力してもらう一ギルドというところに留めた方がいいと思います。なんなら旧ブラックナイツも取り込みたいですし。……何より討伐にかける熱量が違うと思います。アキさんは、主催してまでって感じだと思いますよ」

「なるほど……。それに人任せにするのも違うか。でも、うちってセーレ以外の知名度イマイチだけど、大丈夫かな。歌って踊るお祭りギルドとか思われてたら、参加躊躇しそうだなって」

「下準備して真面目に告知すれば大丈夫じゃないですか」

「真面目……か。それで、ギルドで主催ってなると、ギルマスはマリンさんだけど、主催の代表は……」

「マリンは主催向いてないと思いますよ」

 マリンは、お祭り騒ぎは向いていそうだが、フレイリッグ討伐となると向いていないだろう。そもそも、討伐に関しても皆が行くから行くというスタンスなので、そこをギルドマスターだからとやってもらうのは違うだろう。

「うん。向いてなさそう。というわけで、言い出しっぺだし俺がやろうかな」

「へぇ」

 セーレが意外、と言った表情で俺を見てくる。

「何? やりたかった?」

「いえ。オレは参謀の方が向いてるかなって」

「そうだな~。お前が主催だと参加のハードル上がりそうだもんな」

「なぜ」

「怖そうだし、何言われるかわからない~。みたいなとこあるだろ」

「そんな厳しいこと言いませんよ、オレ」

 確かに、セーレは求められない限り、他者にそれほど厳しいことは言わない。ただ、自分自身に対しては厳しいというか理想が高い傾向があるなとは思う。

「そりゃ、付き合いがある人間ならわかるけどね。そもそも愛想よくないから、向いてないだろ。横に置いておく広告としては申し分ないけど」

「それは……そうですね。まぁ、レオさんだったらパラってのもポイント高いので、よいと思いますよ」

「そう?」

「メインタンクというポジションなら、一番身体張ることになりますから」

「そっか……。メインタンクか……」

 さすがに主催するとなれば、他のパラディンにメインタンクを頼むのは違うだろう。

「主催はいいとして、指揮はどうしよう……。一応俺なのかな」

 攻撃を受けながら指揮をするのは不安だ。

「無理そうなら、さすがにその時はオレが指揮変わりますし、他にも何名か緊急時にサポートできる人用意しましょう」

「うん、そうして……。で、他に決めなければならないのは……。作戦は皆と相談しながらのほうがアイディアでそうだし……。ひとまず、日程の目安は必要かな」

「そうですね。準備期間はある程度欲しいですけど、先にしすぎてもそれほど成果もでないと思いますね」

「それはそうだな。こっちに慣れすぎると、段々リアルに戻るの怖くなったり、討伐する気がなくなっていきそうかなって」

 少し前にシオンと話したことを思い出す。

「確かに、もうその片鱗はありますね」

「うん。それで……今が2月末だから……。討伐予定は4月22日なんてどう?」

「いいですね」

 セーレが目を細めて笑う。


 4月22日は、ゲーム内のフレイリッグ初討伐の日でもあり、世界が変わった日でもある。

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