第94話:マリニアンの恩寵2

 出発準備を整えて、ウィンダイムのところに行く。

「これ持って飛べばいいの?」

「うん」

「はーい」

 皆が籠に乗り込むと、ウィンダイムは籠を持って飛び立つ。

 風がダイレクトに来ないので、背中に乗っている時よりは多少温かい。もう少し暖かい季節になってから飛べば気持ちよさそうだ。

 たまに揺れるのが心臓に悪いが、船よりずっと移動速度は早いのでそこは目を瞑ろう。

 籠から頭がでないクッキーが背伸びをしているのを、セーレが見つけてクッキーを後ろから持ち上げる。

「おおお恐れ多い」

「帰りはこのまま西に抜けてカーリスに帰った方が早そうですね」

 セーレがクッキーを抱えたまま前方を見ながら言う。

「カーリスにこれで行ったら騒ぎになりそうだなぁ……」

「インパクトあっていーんじゃない?」

 マリンがくつろいでチョコレートを食べながら言う。

「大砲飛んでくるかもしれないよ~」

「シオンさん、なんですぐそういうこと言うっすか」

「平時はなら警戒はしてないでしょうし、飛んでこないと思いますよ。弓や魔法は飛んでくるかもしれませんが」

「もー。二人とも物騒っすー」

 シオンとセーレの言葉に、モカが頬を膨らませる。

「攻撃されたら、反撃していいのー?」

 ウィンダイムの言葉に一斉に皆が答える。

「ダメ」

「はーい」

 ウィンダイムはアダマンティアの鱗を渡してから機嫌がいい。今日もウィンダイムのところを訪れた時には鱗を眺めていた。役に立たないと思っていたアイテムだったが、一応は役にたったようだ。


「この辺でいいー?」

 火炎の谷から少し離れた草原の上空でウィンダイムが滞空しながら聞いてくる。

「うん」

 その言葉にウィンダイムはゆっくりと地上に降りて籠を下ろす。

 火炎の谷からは少し離れているが、ガス臭さと熱気が漂ってくる。

 谷は、土と岩だけでできていて、所々炎が噴き出して周囲を赤く照らしている。谷の入口の方に行くと、全身に炎を纏った精霊系のモンスターがうろうろしているのが見える。

 地上を歩いて行くと、地形ダメージでセーレ以外のHPがじりじりと減っていく。

「使うよー」

 マリンが雨雲を呼び寄せて雨を降らせ始めると、谷にあった炎が消えていき、火を纏っていた精霊の炎は消えてしまって白く小さな人型に姿を変える。

 地形ダメージもなくなって、辺りが少し涼しくなる。

「へぇ~。地形ダメまでなくなった。これは効果ありそうだね」

 マリンが感心して呟く。

 精霊をスキルで引き寄せると、魔法攻撃のモーションはあったがそれだけで魔法は飛んでこない。

「うん、敵も魔法使ってこないし期待できそうだな」

「奥にレイドいたはずです。行きましょう」

 セーレが、無力な精霊を叩き斬りながら言う。

 谷を進んでいく途中で雨の効果が切れて、再び周囲に火が発生する。

「つかいまーす」

 今度はシオンが雨を発生させる。マリニアンの恩寵は一度使っても消えることはないが、使えるのは一日一回のようだ。ただ、使用者を変えればすぐに使うことができるので、人数がいれば一日中雨にすることは可能だ。


 火がまた消えて、谷の奥へと到着するとケルベロスという頭が三つある黒い犬のレイドがいる。

 このレイドは口から炎を吐いてくるはずだ。

 ケルベロスは俺たちに気付くと、唸り声を上げて襲い掛かってくる。

 あまり強くないレイドなので適当にあしらいつつ、攻撃の様子を見る。

 ケルベロスが後ろに飛んで、頭を上にあげたかと思えば大きく口を開いてブレスを吐くような仕草をする。

「今のブレスっすかね……?」

「たぶん……」

 火が出なかったので、わかり辛いが恐らくそうだろう。

 HPを削っている間に何度か同じモーションを見た。

「もう少しで雨の効果切れます。倒さずに様子見ますか?」

 セーレが言うので、皆攻撃の手を止める。雨の効果は三十分だ。

 しばらく待つと雨が止んで、周囲に火が発生し始める。ケルベロスの口の中にも赤い炎が見え始める。

 ヒールをもらいながら、さらに様子を見ているとケルベロスはあのモーションをして、炎を吐いてきた。

「うん、雨効果あったんだねー」

 確認が終わると皆一斉に攻撃を始める。

 残りわずかだったケルベロスのHPはさくさくと削れて倒れる。

 レイドにも効果があるとなると、雨の効果は大いに期待できそうだ。


「さて、さすがにカーリスまでは今日中に帰れないから、どこかに泊まらないとな」

「そだねー。行けそうなとこだと、グバルかヴェルダかなぁ」

「うーん……バルテルさんの家あるし、グバルかな」

 ヴェルダバッシにはあまりいい思い出がない。グバルも頭お花畑さんがいるので、どっちもどっちだが……。

「アダマンティアの棲家はどう?」

 会話にウィンダイムが参加してくる。確かに通り道ではあるが、人間の寝床はどう考えてもない。

「却下」

「なんでー?」

「行きたかったら、俺たちが寝てる間にでも会いにいってきてくれ」

「うん、そうする」


 ウィンダイムに運ばれて、空を移動していく。空の旅は最初こそ楽しかったもののすぐに暇になって、皆は黙々と本を読んでいる。

「セーレも何か読む?」

 一人だけぼんやり座っているセーレに聞くと首を傾げる。心ここにあらずといった雰囲気で、返事が返ってくるのに間が空く。

「ああ……。本は、あまり読まないもので」

「セーレさんこれどうっすか!」

 モカが年齢制限のありそうなBL本を差し出すので、そっと止める。

「もっと健全な本にしなさい」

「じゃー、こっちはどうっす? 年齢制限はないっすよ」

 今度はモカが百合本を差し出す。

「なんで、お前のオススメ本はそういうのばっかなの」

「新しい扉開けないかなって。えーとじゃあ、ノーマルの……」

「いやー。セーレは、そういう話は興味ないと思うよ……。映画も派手に爆発するやつしか見ないし」

 マリンが口を挟む。

「なるほどっす……」

「セーレ。バイオリン持ってたら、BGMでも弾いててよ」

「この距離だとうるさくない?」

 皆が構わないと言うので、セーレが立ち上がってバイオリンを弾き始める。

「わー。音楽だ」

 ウィンダイムが嬉しそうな声色で言う。

「やっぱやめておこうかな」

 ウィンダイムの反応を見て、セーレが演奏を止める。

「ええっ、なんでー?」

「貴様が嫌いだからです。マリン、何か本ちょうだい」

「ほい」

「えーん、人間ひどーい」

 ウィンダイムが籠を揺らして、皆から悲鳴が上がり、モカが俺に抱き着いてくる。

「おい、トカゲ」

 セーレが低い声で言うと、ウィンダイムは籠を揺らすのをピタリとやめる。

「ごめんなさい」

「うーん、籠揺らすのはNGだけど、その対応はちょっとかわいそうじゃない?」

 詳しい経緯を知らないマリンがウィンダイムを見上げているが、セーレは答えずに本を読み始めた。

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