第87話:夢幻のダンジョン2
迷路のような神殿を進んでいると、これまでと様子の違う部屋に差し掛かる。
といっても、ただの小部屋の一つで、埃だらけの机と椅子があるだけの個室だ。
「少し休憩する?」
三人に話しかけると、モカとシオンが頷く。
「じゃあ、休憩で。って埃っぽいな……」
インベントリから製作用の布を取り出して机と椅子を拭いていく。
「おなかすいたー。お菓子ほしー」
「ボ……ボクも……」
綺麗になった椅子に座りながらシオンとモカが言うので、製作でお菓子を作る。
「ショートケーキとチーズケーキどっちがいい?」
「ショートケーキ!」
「ボクもー」
「ユウちゃんは?」
「どちらでも構いません」
「じゃあ、チーズケーキね」
普段セーレが好んで食べている方を出して、それから皆の好みに合わせてジュースやお茶を置いていく。
「お兄ちゃん、手品すごーい」
「あはは……」
俺もチーズケーキを自分の前に出して食べる。疲れた頭と身体に糖分は効く。
セーレがケーキを食べながら、俺に質問してくる。
「レオンハルトさんは、この場所に心当たりがあるのでしょうか?」
「レオでいいよ。俺は、トラップに引っかかっちゃって、気づいたらここ。で、今は出口探してるだけだから詳しくはわからないんだ。ごめんね」
「……ユカリさんを違う名前で呼んでいましたが、それは? 頭上の表示と関係があるのでしょうか」
よく見ているな、こいつ。
「うん。実は、ここはゲームの世界みたいな場所なんだけど……。皆の頭の上にある名前はゲームのキャラクター名」
「まぁ、ゲームの世界というのは、納得はできます」
「それで、ユウちゃんたちは本当は大人なんだけど、トラップに引っかかって、君たちだけ子どもになってしまって、大人の時の記憶がなくなってしまったんだ。俺は大人の君たちと友だち」
「はぁ……」
俺の説明にセーレは気のない返事をする。
「信じられないよね、ごめんね」
「まぁ、夢にとやかく言っても仕方がありません。それより、先ほどのインベントリ? の使い方を教えていただけませんか」
「え……。いや、危ないし」
「剣のようなものがありましたが、私に使われると不都合でも?」
セーレの声のトーンが一段下がる。大人を脅すのはやめてもらいたい。
「いや……。そうだな。敵出たら自分で身を守れた方がいいだろうから、教えるよ」
何かしら怖い行動をとられたらどうしようかという不安もあったが、メモ帳を取り出して、セーレに言葉と図で説明していく。
「わかりました。ありがとうございます」
セーレはチーズケーキを食べ終わると、立ち上がって宙を操作している。ほどなくして、セーレの背中に大剣レーヴァテインが出現する。剣は子どもの身長に合ったサイズになっているが、それなりに大きい。セーレは剣を手に持って、無言で剣の角度を変えて眺め始める。
「人に当たったら危ないから気を付けてね」
「はい」
少し素振りをして満足したのか、セーレは大剣を背に戻す。
「レオさん」
「はい」
セーレに名前を呼ばれて畏まってしまう。
「今のところ、私には皆さんを害する理由がありませんので、そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ」
「……うん……」
今のところという発言が怖い。何かやらかしたら敵とみなされる可能性があるわけだ。
こうして接してみると、大人のセーレはだいぶ柔らかくなったのでは、と思ってしまう。
「ねーねー。私も武器ほしー」
「え、ええっ」
シオンは、セーレとは別の意味で危ない気がする。
「ボクも……」
「う、うーん……」
絶対に人に当てないように、教えた操作以外はしないように、変な操作をしてしまったらすぐに報告するように、と言い聞かせながら二人に説明をしていく。
心配したものの二人ともゲームをしていただけあって、操作に関しては大して問題はなかった。
「魔法とかあるのー?」
「ええぇ……。そ、そうだね……」
当たり障りのないバフとデバフをシオンに教え、モカにはヒールを教える。他のクラスのスキルはあやふやだが、とりあえずよく使うスキルくらいなら思い出せる。
「セイクリッドヒール!」
モカの言葉に、皆に光が降り注ぐ。
「わぁぁっ」
モカの顔が嬉しそうにパッと明るくなる。
「レオさん、私にも教えてください」
「えーっと……」
セーレのクラスは、ほとんどが攻撃スキルなので危ないし、セーレがほぼスキル名を言わないため名称が思い出せないものもあって困る。しかし、教えないというわけにもいかないだろう。
他の二人には見えないように、スキルウィンドウを呼び出すコマンドを紙に書いてセーレに見せる。
「少し通路に行ってきます」
「うん、気を付けてね」
セーレを見送ると通路から派手な音が聞こえてくる。
さらに少し休憩をしてから出発をする。小部屋から出た後は一本道なので、正解のルートなのかもしれない。大きなフロアに差し掛かると、カランと音がする。
「少し下がって」
しばらく観察していると、柱の影からスケルトンが出てくる。まだ距離はあるが、剣と盾を持ったスケルトンはじりじりとこちらに近づいてくる。
「俺が倒すから、無理に戦わないでね」
敵の強さがわからないので慎重に歩いて行く。ある程度距離が詰まると、スケルトンが勢いよく走りだしてきて、剣を振り下ろしてくる。盾で受け止めて、反撃で何度か攻撃すればスケルトンは倒れた。
あまり強くはなさそうだが、複数来たら面倒そうだ。
「じゃあ、行こうか」
後ろを振り返るとモカが泣きそうな顔で杖を握りしめている。
「あー……。骨怖いかな?」
「う、うん……」
「だいじょうぶだよー。一緒にいこー」
シオンがモカの手を取って歩き出す。
二人は同じ年頃に見えるのに、シオンは相変わらずお姉ちゃんだ。
セーレは、予想通り気にした様子はない。
大広間を歩いていくと、またスケルトンが現れる。今度は三体。
まぁ、回復はなくとも倒せるだろう。
しかし、引き寄せスキルを使って、いざ。と、構えたら三体とも俺を無視して後方に走っていく。
「逃げて!」
慌てて振り返って、後方の一体にスタンを入れる。
シオンがモカの手を引いて走っていき、セーレは逃げずに大剣を引き抜いて向かってきたスケルトンを二体まとめて横に薙ぎ払う。その一撃でスケルトンはあっけなく倒れる。
どうやらセーレの強さは元のままのようだ。
そして、セーレは俺の近くにいたスケルトンに大剣を振り下ろして頭骨を叩き潰す。
微塵も躊躇いがない力強い攻撃だ。
「あ、ありがとう。ユウちゃん」
「また動き出しはしないのですか?」
セーレが、崩れた骨をじっと見ている。
「うん、大丈夫」
そのまま骨を眺めていると消滅していったので、セーレは納得したようだ。
「ユウちゃん、度胸あるね……」
「夢でしょう?」
「いや……うーん」
話していると、シオンとモカが戻ってくる。
「ユウちゃんすごーい! 次は私もやりたいなぁ」
シオンもなかなか行動力がありそうだが、モカはおどおどした様子でシオンやセーレを見ている。
「ユカリちゃんは、ソウタくんを守ってくれないかな?」
シオンはモカを見ると頷く。
「うん、わかった」
「ソウタくんは、もし他の人のHP……。えっと、頭の上にでているバーが減ったらヒール使ってね」
「う、うん……」
危険なので、子どもの状態の皆にはできれば戦ってほしくはないが、数が多ければ一人では対処できない可能性が高い。
せめて、誰かもう一人くらい大人の状態であってくれたらよかったのだが……。と、再度思ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます