第86話:夢幻のダンジョン1

 セーレの家で一夜を明かして、リステルに関連クエストがないことを確認して、ウィンダイムのいるところへ向かう。

 ウィンダイムのいるところはリステルの北にある山の向こう側。山の中にある洞窟を抜けた先にある草原だ。洞窟は一本道で、すぐ終わるはずだったが……。

「あれ? なんか道分かれてるねぇ」

 洞窟を途中まで進んでいったところで、マリンが首を傾げる。進むべき道は三つに分かれている。

「どしよ、手分けして見にいこっか」

「この辺ならそんなに敵強くないはずだし、それでいいかな」


 アタッカーを三つに分散させて、俺はシオンと中央の道を歩いて行く。

「前と地形違うの?」

「うん、以前は一本道だったから、おかしいなーって」

 最初の分岐からは一本道で、ひとまず進んでいく。洞窟内には光源がなく段々と暗くなっていく。

「灯り出すから、ちょっと待ってね」

 インベントリの中から手提げのランタンを探し出して出現させる。

「うーん、本当ならそんなに距離もなかったはずだけど……。まぁ、そこは縮尺違うからかな」

「なんか、ちょっと不気味だねぇ……」

「そうだなぁ」

 敵も出現せずに、自分たちの歩く音だけが聞こえてくる。暗がりの中、ランタンの作る影が長く伸びていて、不気味な雰囲気が一層増す。


 しばらく歩いて行くと、前方が微かに明るくなっている。出口かとも思ったが、円形の大きな部屋に出た。床は人工的に整えられた石になっていて中央に石板の置かれた台座がある。

「これも、見たことないな。どうしようか」

「クエストとかあるかなぁ?」

 シオンの言葉に近づこうとすると、物音が聞こえてきて身構えるが、見えたのはセーレとモカだった。

「繋がっていましたか」

「そうみたい」

 改めて周囲を見渡す。道は俺とセーレたちが通ってきたもののみで、この部屋で行き止まりだ。

「これ、調べてから戻る?」

「そうですね」

 俺が石板に手を触れると、黒いもやっとしたオーラが出てくる。少々嫌な予感がする。足元に大きな黒い魔法陣が広がって、それが部屋全体に及ぶ。

「皆さん、退いてくださ……」

 セーレが言い終わる前に魔法陣から黒いオーラが立ち昇る。

「イージス!」

 咄嗟にスキルを叫ぶ。


 視界が真っ暗になったかと思えば、直後に薄暗い神殿のようなところに立っていた。

「皆……」

 振り返るが皆の顔はない。と、思ったのは一瞬で、少し下の方にピンク色の頭が見えた。

「あ、モカ……。あれ?」

 モカの身長は低いが、普段よりさらに低いところに頭がある。そこには、モカをそのまま小さくしたかのような少女が立っていて、俺を不安そうに見上げている。歳は十歳前後だろうか、衣装は直前まで着ていた物と同じだが、子どもサイズになっていて武器は手にしていない。そして、モカらしき人物が口を開く。


「おじさん誰?」


「おじ……」

 頭を鈍器で殴られたような感覚に陥りつつ、周囲を見渡すとセーレとシオンをそのまま子どもにしたかのような人物がいた。二人ともモカと同じくらいの歳頃だ。

 セーレは落ち着いた様子で周囲を見渡していて、シオンは興味津々という風にキョロキョロとしている。

「えーっと、俺はレオンハルトだけど……。君たち、名前は?」

「ボク、そーた……」

 モカはまだ不安そうに答える。

「私、ユカリ!」

 シオンは元気よく笑顔で手を上げて答える。

「……ユウです。ここは、どちらでしょうか?」

 セーレは、少し俺を警戒している様子だが、一応答えてはくれた。セーレの本名が合致していることから、三人は本人たちだろう。しかし、この様子だと大人の記憶はないようだ。

 これは、新手の状態異常だろうか。俺だけ無敵スキルで回避できた可能性はあるが、さすがにこの状況には困惑する。とりあえず、情報が足りない。

「皆、怪我とかしてない? 痛いところとかないかな?」

「んー? 元気だよ?」

「怪我はないよ」

「私もありません」

 俺から見える範囲でも皆に外傷などはなさそうだし、HPも満タンだ。

「じゃあ、ここに来るまで、何してたかは覚えてる?」

 俺の問いに三人とも首を傾げる。

「自分の歳わかる?」

「うーん?」

 それにも皆、首を傾げている。


 これは、どうしたらいいんだ。

 子守りは専門外だ。

 せめて、誰かもう一人くらい大人の姿でいてくれたら……。


 とは言え、何もしないわけにもいかない。

 部屋を見渡すと、この部屋は行き止まりらしく通路が見えるので、ひとまずそちらに向かうことにした。

「えーっと、とりあえず俺についてきてくれないかな? ちょっと、危ないかもしれないから、後ろから距離開けて」

「はーい」

 シオンがニコニコと返事をする。モカは戸惑いつつも頷く。

「変な夢……」

 セーレがポツリと呟く。

「もしかしたら夢なのかもしれないけど、ここで怪我すると痛いから気を付けてね?」

 いつもより後ろに気を配りつつ、先頭に立って慎重に歩いて行く。通路は、薄暗いが灯りがなくとも歩ける程度だ。

 円柱の柱は所々ヒビが入っていて、古びた様子で埃っぽい。


「あーっ!」

 シオンが、何かを見つけたのか一直線に走って行く。

「ちょっと待ってシオンさん!」

 しかし、俺の言葉は伝わっていない。

「あ、えーっと、ユカリさ……ユカリちゃん、待って!」

 意外と速く走るシオンを追いかけていくと、前方に大きなネズミがいる。ネズミは、カピバラくらいの大きさだ。

「それ、危ないから近づいちゃダメー!」

 シオンの肩を掴んで引き止める。

 幸いネズミはアクティブモンスターではないのか、俺たちを見ても気にせずにウロウロしているだけだ。

「えーっ、触ってみたいな~」

「ダメ、触らないで」

 さすがに触れたら反撃してくるはずだ。

「そうですよ。どんな病気を持っているかもわかりません。触らない方がよいですよ」

 セーレが、シオンに言う。その年頃の子どもらしくない物言いだ。

「ネズミって病気あるの?」

「野生の動物は大抵持っていますよ。それでなくとも、あれだけ大きいのですから襲われたら危険でしょう」

「そっかー。歯やばそうだもんねぇ。齧られたら痛そう。えーっと、あなた名前なんだっけ?」

 二人の会話を聞いてネズミが怖いと思ったのか、モカが俺の後ろにぴったりとくっついてくる。

「ユウです」

「ユウくん? ユウちゃん? ありがとー」

 子どものセーレの外見は男女どちらでも通じそうな見た目だ。

「そっちの子は……」

「そーたです」

「じゃあ、そーちゃん?」

「えっ、うん……」

 モカがおどおどとした様子で答える。

「髪の色可愛いねぇ。私はユカリだよ。よろしくね」

「髪……?」

 モカが不思議そうに自分の髪を手で触って見ている。

「何この色……」

 やはりと言うべきか、今の自分の姿にも見覚えがないらしい。


 皆に再度、危険があるかもしれないからと言い聞かせて歩き出す。

 モカは人見知りなのか大人しい。シオンはだいぶ活発だ。セーレは一見同じような雰囲気だが、大人のセーレより近寄りがたい印象を受ける。

 しばらく歩いていくと道が二つに分かれているので、ひとまず正面を進んでいく。そうすると、さらに道が三つに分かれている。システムからマップを開くが、表示できないエリアのようだ。

「参ったな……」

 まぁ、進むしかあるまい。とりあえず、ひたすら真っすぐ真っすぐ進んでいくと行き止まりにぶち当たる。

「お兄ちゃん、迷子?」

 シオンが言う。シオンの判断では、俺はまだお兄ちゃんのようだ。ありがとう。

「う、うん。ごめんね。他の道行ってみようか」

 通らなかった道を歩いて行くと、道は途中で曲がったり、また他の分岐に出たりして段々と頭がぐるぐるしてくる。まるで迷路だ。


「えーっと、次こっち……」

「そちらは、先ほど通りました」

 セーレの言葉に足を止める。

「え。道覚えてるの?」

「いえ、全ては覚えていませんが、この場所は見覚えがあります」

「そ、そっかー……」

「何か目印をつけていった方がよろしいのでは?」

「そうだね……」

 おそらくニ十ほど離れているであろう子どものセーレに冷静に指摘されて悲しくなる。

「ユウちゃん、ありがとうね」

 礼を言ったがセーレは無反応だ。

 製作用に持っていた空のガラス瓶をインベントリから取り出して通路のところに置く。

 何度かそれを繰り返していると、セーレが俺の真似をしてインベントリを呼び出すコマンドを呟く。驚いて振り返ると宙を眺めているので、恐らく呼び出せたのだろう。

「あの、危ない物もあるから気を付けてね。あと、絶対に破棄とかしないでね」

「はぁ……」

 俺がセーレの様子を恐る恐る眺めていると、セーレは特に何もせずに閉じるボタンを押したようだ。

「ゲームの夢なのかな……」

「ユウちゃんもゲームするの?」

 モカが興味を持った様子でセーレに話しかける。

「あなたには関わりのないことです。先に進みましょう」

「あ……うん……」

 ダメだ、この二人はこの歳でも相性が悪そうだ。

「そーちゃんはゲームやる?」

 歩きながら、今度はシオンがモカに話しかけている。

「うん」

「私もー。RPG好き」

「あっ、ボクも好き」

 二人が十年以上前に流行っていたタイトルを口にしているが、元の年齢が違うからか話がちょっと噛み合っていない。

「えー、それ出てるの2までじゃない?」

「え、今度5出るよ」

「おかしいよー」

 二人が喧嘩を始めそうな気配を察知して止めに入る。

「ソウタくん、ユカリちゃん、実は二人のいた時間がちょっと違うんだ。違う時代から来た……みたいな?」

 伝わるだろうか。

 頼むから、伝われ。

「あー。違う世界に飛ばされる話?」

「異世界?」

「うんうん、そんな感じ」

「そっかー」

 雑な説明だが二人は納得したらしい。ゲームやアニメ好きだと変な事象であっても、理解が早くて助かる。

 それにしても、敵も出ないエリアなのに、やたら疲れる移動だ。

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