第88話:夢幻のダンジョン3
ポツポツといる敵を倒しながら大広間の出口に差し掛かると、他のスケルトンより大きなスケルトンがいる。スケルトンは棍棒と盾を持っていて、今のところ動く気配はないが通路を塞いでいるので倒さなければ通れないだろう。
「ボスー?」
シオンが聞くので頷く。
「たぶん。他のより強いはずだから気を付けて。無理に攻撃しなくていいからね」
そう言って、スケルトンにスキルを使って、皆にスケルトンの背後が見えるように移動する。
スケルトンの攻撃は、ヒールがなくともPOTを使えば耐えられそうだ。
「ベ、ベネディクション」
モカのヒールが飛んでくる。
「ありがとう。でも、それ全回復のスキルだから……。少し減ってるくらいならホワイトヒールか、ディヴァインヒールもらえるかな?」
「う、うん」
他の二人と一緒に様子を眺めていたセーレが近づいてきて攻撃に参加してくる。
「アーマーブレイク、ウルフヘジン、ヘルスティング、デッドリーストライク」
セーレは、スキル効果をちゃんと確認していたのか、デバフとバフを使用してから、単体スキルを選んで使用していく。そして、目に見えてスケルトンのHPが減っていく。
「スルーズ!」
シオンが攻撃力アップのスキルを使って、攻撃に参加してくる。
「えーっと、後なんだったかなぁ……」
デバフは名前を忘れてしまったらしい。まぁ、なくてもこの調子なら問題なく終わるだろう。
そう思っていたが、スケルトンから大振りの攻撃がきて、俺は後ろに吹き飛ばされる。
その攻撃だけなら問題なかったのだが、俺が体勢を崩している間に、スケルトンはくるっと向きを変えて後ろの三人を狙いにいく
「げっ。皆、逃げて! ファランクス!」
パーティー全体の防御力を上げるスキルを使いながら、スケルトンに走り寄っていく。
シオンとセーレは俺が言うより先に危険を察知して逃げていたが、モカは足がすくんだのか、ゆっくり後退っているだけだ。
「ソウタさん、走って!」
気づいたセーレが、方向転換してモカの手を引いて走ろうとするが、モカが足をもつれさせて転ぶ。
俺はスキルを使ってスケルトンをこちらに振り向かせようとするが、効いていないのかスケルトンの動きは止まらない。
「ユカリさん、その子移動させて!」
セーレがそう言いながら正面からスケルトンに斬りかかっていく。
スケルトンはセーレをターゲットにすることに決めたのか、セーレに棍棒を振り下ろす。その攻撃がセーレの左腕に当たるが、セーレはそのままスケルトンに攻撃を続ける。
防御アップがかかっているとは言え、当たれば痛いはずなのに、セーレは気にした様子もない。
「セーレ! ……ユウちゃん、退いて! もうすぐスキル切れるから攻撃痛くなる」
「いいえ、さっさと終わらせましょう」
セーレがスケルトンの攻撃を受けながら、攻撃を続ける。
俺もスケルトンに追いついて攻撃を始めるが、ターゲットはセーレから移動しない。
「もうスキル切れる! 逃げて! せめて、避けて!」
「……わかりました」
スケルトンが棍棒を大きく振り下ろすのを見て、セーレが目視で避ける。
このセーレは戦い慣れているわけでもないのに、どうかしている。
結局、スケルトンのターゲットが俺に戻ってくることなく、そのまま討伐される。
皆無事だが、どっと疲れた。
「もう……無茶しないで……」
「無茶はしていません」
大人のセーレにもそういうところはあるが、子どもの状態でやられると気が気でない。
「俺の心臓に悪いから、お願い。他の二人も怖がるかもしれないし……」
「……わかりました」
「あ、あの……」
モカがおずおずとセーレに声をかける。
「さっきは、ありがとう……」
「どういたしまして」
「ボク、どんくさくて……」
モカが泣き出しそうになっているので、俺は元気づけようと声をかける。
「あーっと、皆無事でよかった」
「でも、ボクが足手まといで……何もできなくて……」
「いや、そんなことは……。ヒールもしてくれたし」
このままでは泣いてしまうのでは、と慌ててモカに何か言葉をかけようとするが、子どもの相手に慣れていないので上手い言葉が出てこない。
シオンも口を開きかけたが言葉が出てこなかったのか、困った様子でモカを見つめている。
するとセーレがモカの手を取って微笑む。
「モカさん、皆無事だったのだから気にすることはありません。次から頑張りましょう?」
「あ……うん……ありがとう」
モカの表情が和らいで、そして少し照れたのか俯く。
「では、行きましょう」
モカから手を離して歩き出したセーレの表情は、もう笑ってはいなかった。きっと、モカに泣かれたら面倒だから、そうしただけなのだろう。
この場が収まったのはいいことだが、あまり素直に喜べない光景だった。
スケルトンが守っていたところを通り抜けると、洞窟に繋がっていた。洞窟には、ポツポツと青い炎の蝋燭が並んでいて不気味だ。
俺の後ろを、モカがシオンに手を握られながら進んでいき、その少し後ろをセーレが歩いている。
「お化けでそうだねぇ」
シオンの言葉にモカがびくっとする。
「あっ、大丈夫。お化け出たら私がやっつけてあげるよ」
「う、うん……」
道は緩やかにカーブを描いて、徐々に下り坂になっているようだ。
下に向かっていくということに、出口から遠ざかっているのではと不安を覚える。もしかしたら神殿に別の出口があったのかもしれない。
時折、背後を振り返りながら進む。モカはだんだんと慣れてきたのか怯えの色は去って、退屈そうな表情になっている。手を繋いでいるシオンも欠伸をしている。
結構な時間歩いているが景色に何の変化もない。
「疲れた?」
「うんー。疲れたし、お腹すいたなぁ」
「うん……」
シオンとモカが返事をする。言われてみれば、ケーキを食べてから時間が経っているし、動いて体力を消費したからか俺も何か食べたい気分になる。
「少し休憩しようか」
比較的平らなところに毛布を取り出して敷く。
「何食べる?」
「ハンバーガーほしー」
シオンがそう言うので、人数分のハンバーガーとポテトを製作して渡す。
「できたてだー!」
シオンとモカが美味しそうにハンバーガーを頬張る。二人は口や手が汚れるのも気にせずに、もりもりとハンバーガーを食べていく。
その様子を見ていたセーレが、遠慮がちにハンバーガーに口を付ける。子どもには大きいサイズというのもあるが、明らかに食べ慣れていない様子で時々困惑している。ポテトを手掴みで食べることすら躊躇している様子で、ちらちらと皆の様子を見ている。その可愛らしい様子に頬が緩む。
早々にハンバーガーを食べ終わったモカとシオンが、毛布の上でごろごろし始めたかと思えばそのまま寝てしまう。
「うーん……。緊張感がない。ユウちゃんも寝る?」
「いえ結構です」
ちょうど食べ終わったセーレに聞いてみたものの、予想した通りの答えに苦笑する。
「ごめんね、道わからなくて」
「いいえ……。私は帰れなくても構いません」
以前聞いたセーレの家庭の事情を思い出して、どうしたものかと考える。この先、脱出に協力しないなどと言い出されても大いに困る。
「うーん……。シゲルさんが心配するんじゃないかな」
マリンの本名がわからないので、とりあえずその名前を出してみる。
「シゲル……? 使用人の?」
「うん。一緒に活動しているんだけど、今は犬の姿になってて可愛いよ」
「……犬?」
「あ、えーっと二足歩行のね……」
メモを取り出して絵を描いてみせるが、俺の絵はお世辞にも上手いとは言えない。残念なエジプトの壁画のようになった。
「……言いたいことはわかりました」
「コーギーに似てて……。白と明るい茶色いの毛並みの」
「ああ、あの足の短い……」
「この前は、お菓子作ってくれて美味しかったよ」
「そうですね。シゲルさんのお菓子は美味しいです」
「紅茶もよく淹れてくれるし」
俺は専らコーヒーをもらっているけれど。
「ええ、シゲルさんは他の使用人の方より紅茶を淹れるのが上手ですね」
使用人は一体何人いるのだろうか。と、関係のない疑問が浮かぶ。
知っている人物の話題が出たことで、多少警戒心が薄れたのだろう。セーレの受け答えに棘がなくなってきた。
「ここから出られたら会えるはずだから、一緒に会いに行こう」
セーレは少し考えた後に頷く。
「レオさん、あの……」
「うん?」
「ハンバーガー美味しかったです。ありがとうございました。ケーキも……」
少し恥じらいながら言う仕草に、やっと素の表情が見えてほっとする。
「そっか。よかった」
「あと……、不躾な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」
「気にしないで。わけのわからない状態だろうし仕方ないよ」
他の二人とももう少し柔らかく接してくれると助かるのだが、無理強いしても負担になるだろうから口をつぐんでおく。
セーレと何を話すでもなく、しばらく休憩してからモカたちを起こして、再度道を進んでいく。
相変わらずの風景に、俺も退屈してくる。そして、本当にこの道でいいのかやはり不安だ。
再び歩き始めてから三十分くらい経ったところで、人工的な部屋に行きあたる。部屋と言っても奥に扉があるだけの石造りの白い部屋だが、光源が多く明るい雰囲気だ。
ひとまず進展があったことには、安心はするが油断はできない。
「何があるかわからないから、下がってて」
皆に下がるように言って、扉を押すが……。
「開かないな……」
石の扉はびくともしない。
「仕掛けあるのかなぁ?」
シオンがキョロキョロとする。
「ここ、何か書いてある」
モカが扉の横を指さす。
壁に文字が彫られている。文字の配列を眺めるとキーボードのようで、右端にクリアとエンターが書かれている。
「パスワード入れろってこと……?」
試しに文字に触れると、その文字がふわりと一瞬光る。
「これ入れればいいのかな……」
キーボードの上にカラフルな色で文字が書かれている。
「13111113」
一旦クリアを押してから、数字を入力してエンターを押してみるが何も起こらず、扉を押してみるがやはり変わりはない。
「これは、ひどいパスワードですね」
セーレが壁を見上げて言う。
「わかったの?」
「色をよく見てください」
「えー、紫にオレンジに……灰色?」
「いいえ、そこはシルバーです」
「お、おう」
文字の色は、紫、橙、銀、銀、白、橙、赤、赤となっている。
「それで……?」
「えっ、わからないのですか?」
セーレがびっくりした表情で言う。煽りではなく、たぶん本当に驚いているであろうその表情が、俺の胸にぐさりとクリティカルダメージを与えてくる。
「頭悪くてごめんねー!」
「色を英語にしてください」
「紫はパープル……?」
「パープルの一番目の文字は」
「P。あっ、なるほど。えーとオレンジの三番目はE……?」
「Aです」
「はい、すいません。シルバーはS、S、白はホワイトでW」
そこまで入力して察する。
確かにひどいパスワードだった。
「password……」
エンターを押すと、扉が重い音を立てて開く。
そして、扉の先には場違いな光景が広がっていた。
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