第82話:西へ1

 バレンタインから数日経った2月18日。

 マリンがセーレにプレゼントを渡している。

「はい。誕生日プレゼント!」

「……ああ。ありがとう」

「あんたに何渡せばいいか思いつかなくてさー。なんか欲しいのある? してほしいことでも」

「いや、別に。欲しいものはもうだいたい持ってるし」

「はぁ~。こっちでも相変わらずかぁ」

「セーレ、あまり釣れないのもマリンさん張り合いないと思うよ。狩りでもいいし、どっか行きたいところとかないの?」

「では、ウィンダイム」

「遠いわ」

 セーレが言ったのは風の竜の名前だ。

「うーん、でもやることないっちゃないから、それもありかもね~。まぁ、今日じゃないと思うけど」

「だったら……焼肉。前にタケさんが言ってたとこ」

「オッケー。じゃ、皆集めてくるね」


 夕方にぞろぞろと焼肉屋に向かう。

 皆、現代風の衣装に見た目を変更していて、マリンが声をかけたらしくアキレウスとメロンもいる。

 席は二つに分かれて、なんとなく女性陣と男性陣のように分かれる。とは言え、机は隣接しているので距離があるわけでもない。俺は中間にいて、セーレとアキレウスに挟まれている。

 焼肉屋は、プレイヤーの経営している店らしく、肉や飲み物は店員のプレイヤーに頼む形式だ。

 ゲームでまで労働しなくても。とは思うものの、こういう店の存在はありがたい。まぁ、掃除や食器洗いなどは必要なさそうなので、現実よりはいくらか楽なのだろうけれど。


 皆で乾杯をして肉を注文し始めると、隣のアキレウスが話しかけてくる。

「レオ君、何頼む?」

「ハラミとロースで」

「いいね。僕は、あとタン塩と玉ねぎが欲しいな」

「はい! ボクはカルビと豚トロ欲しいっす!」

 モカが手を上げる。

「若いねぇ……」

「若いなぁ……」

 同じ机の男性陣から、口々に呟きが漏れる。

「え、カルビ美味しいじゃないっすか」

「油がな……」

「えーっ」

「あれ、レオくんは歳いくつなのかな?」

「な、夏に30になりました……」

「そうなんだ。僕は34だから結構近いね」

 アキレウスがニコリと笑う。

 ずっと先輩だと思っていたのもあって、アキレウスが年上だったのがなんとなく嬉しくなる。

「僕の誕生日は、4月末だからこの世界になってすぐの状態でバタバタしていて祝うどころではなかったなぁ……」

「あー。あの頃は、日付もよくわからなかったですよね。NPCに聞けばわかりましたけど」

「そうそう。今は色々と整ってきたよね」

「でも……もうすぐ一年かぁ」

「竜討伐はどうするんだい?」

「ああ、特に進展なしで……。アダマンティアも使い道のないアイテムくれただけです。ウィンダイムはそのうち見に行こうって話はしています」

 ちらりとセーレを見る。

「セーレさん、タン焼けたよ~」

「こっちのハラミもどぞ」

「野菜も食べてね」

 他の女性陣が肉を焼いて、それをセーレの皿に乗せている。

「ありがとうございます」

「あっ、セレさまお飲み物、何か追加で頼みます?」

「トウモロコシハイで」

 なんというか、世話をされるのに慣れているな。と思うし、世話をしたくなってしまう気持ちもわからんでもない。

「ふふふっ。セーレ君、昔はオフ会で焼肉初めてとか言っていたのに、なかなか馴染んだものだねぇ。あの時は、硬い肉に困っててナイフはないのかとか言い出して」

 今のセーレの様子を見ながらアキレウスが笑う。

「へー。そういえば、コタツ入った時も初めてって言ってて、皆だらけてるのに一人だけめちゃくちゃ背筋ピーンってしてたの面白かったですよ」

「そこの二人、そういう話やめてください」

 聞こえていたのか、セーレに怒られる。

「いいじゃないか。減るもんじゃなし」

「アキさん、HP減らして差し上げましょうか?」

「おお怖い。レオ君守ってくれたまえよ」

「自前でイージス使ってください」

「リザならするっすよ」

「味方はいないのかな?」

「セーレさんは敵に回せないっす」

 モカの隣でクッキーがこくこくと頷いていて、バルテルはのんびりとビールを飲んでいる。

「アキさまを討伐するならお手伝いしますっ」

「わたしも~」

「えっ、ええと、じゃぁ私も応援するね」

「ひどいなぁ」

 皆の言葉に、アキレウスが大げさに首をすくめる。


「まぁでも……馴染んだよな」

 セーレは旅を始めた頃より、表情も豊かになったし、雰囲気も柔らかくなったなと思う。



 セーレの誕生日の翌日、ウィンダイムのいる地域へ向かう相談をする。

「陸路か海路か」

 マップを眺める。カーリスは大陸の東の方で、ウィンダイムがいる場所は大陸の一番西。この世界になって最初にいたリステルの村の北あたりにいる。

 リステルからカーリスまで途中回り道をしてしまったことを差し引いても、陸路だと片道一週間くらいはかかりそうだ。海路なら陸路より早いのではないかとは思うものの、大陸の外側をぐるっと回らなければならない。

「海路だとクラーケンが再度出るかはわかりませんが……。トラブルがあった場合に対処し辛いので、オレは情報の多い陸路の方がいいと思います」

「そうっすねぇ。無人島に漂着はもう嫌っす」

「んじゃ、陸路で準備できたら出発する?」

「そだねー。準備って言ってもそんなにすることないけど。クーちゃん食料頼んでいい?」

「はい。食材は常に持っておりますので、すぐにでも出られますよ」

 そんなわけで、倉庫に行って久々に寝袋などを取り出して馬車で出発をする。

 最初の目的地はハルメリアだ。


「シャノさんに挨拶したいねー」

「そうだなぁ。元気してるかな」

 馬車には全員乗ることは可能なものの、全員乗ると窮屈ということで二手に分かれて乗り込んでいる。

 チャリオットは、移動速度は速いが屋根がないし、片方だけ移動速度が速くても仕方ないということで、今はセーレが別途購入していたらしい貴族風の馬車に揺られている。

 こちらは俺とセーレとマリン。残りはモカの馬車だ。

 違う馬車に乗っていてもパーティーは一緒なのでマップで確認すればすぐ近くにいることがわかる。

 マリンが衣装をドレスに変更する。

「二人も貴族っぽいのにしよー?」

「えーっと」

 昔、スキンを購入したはずだと、目的のものを探しだして見た目を変更する。伯爵スタイルという名前がついている。

「うーん、これネクタイみたいで窮屈だなぁ」

 首元のレースのついた白い飾りを触る。

「えー、シャボいいじゃん。わたし好きだよそれ。セーレも着替えてよ」

「んー」

 若干面倒くさそうにしつつもセーレも貴族風の衣装に着替える。

「やっぱ、それマント付けたら吸血鬼だよねぇ」

 マリンがセーレの衣装を見ながら言う。白黒赤で構成された衣装は、確かにそれっぽい。

「セーレは、なんでヴァンピール選んだの?」

「ステが一番物理攻撃寄りだったからです」

「そっか……」

「こいつ火力厨だからねー。仕方ないよ」

 種族差のステータスは、普通にプレイする分にはそこまで影響はしないが、突き詰めた時に多少の攻撃力の差であったり、HPの差は気になるらしい。

 ヴァンピールは攻撃性能が高くHPは低めだが、セーレの場合は装備がチートすぎるので耐久力が低いとは微塵も思えない。

「俺は見た目で選んだなー」

「わたしもー。それにしてもさー」

「うん?」

「この世界にいても、なんかゲームしたいなーって思う」

「ああ、それは思う」

 俺にとってのゲームは、単純な楽しさはもちろんあったけれど、気分転換であったり、現実を忘れて没頭できるものであったりしたので、ゲームが現実になってしまえば、やはりそれは少し違った。

「あと、アニメ見たいし、映画行きたいし、カラオケ行きたいなー」

「そうだなー」



 しばらく馬車に揺られていると、何かが馬車に当たる音がして馬車が少し揺れる。

「何?」

 マリンが馬車の窓から外を見ようとするのを、セーレが引き寄せて止める。

「マリン、不用心だよ」

「うっわー、あんたに言われるとなんか腹立つ~」

 と、言いつつもマリンはセーレの言うことに従って、窓の外を見ることはやめたようだ。

「俺が見てみるね」

 盾を構えつつ、外を見れば頭に角が二本生えた黒い馬が走ってくるのが見える。

「うーん、敵みたい。大きいしレイドかネームドかな。足早そう」

「やっちゃいましょう」

「はいはい。そう言うと思った」

 聞こえるかどうかわからないけれど、隣の馬車に呼びかける。 

「おーい! 敵出た!」

 隣の馬車からは返事はなかったが、距離ができればそのうち誰かが気づいてくれるだろう。

「とりあえずバフスク使ってください」

 セーレの指示に従ってバフスクロールを使用すると、セーレが馬車を止めたので外に出る。

 外に出れば馬のモンスターが一直線に俺に向かってくる。名前はバイコーンと書かれている。

「こんな敵いた?」

「オレは知りませんね」

「わたしも知らなーい」

「とりあえず、ジャスティスショット」

 俺の言葉の後に、二人が攻撃を始める。敵のHPがみるみる減っていくので、それほど強くはなさそうだ。

「ちょっとー! 揃ってないのに戦闘始めないでほしいっすー!」

 馬車から降りてきたらしい、モカの文句が後ろから聞こえてくる。

「雑魚っぽいし大丈夫だよ」

 攻撃もそれほど痛くはないから、適当にスキルを回しつつPOTを使えば十分だ。

「レオさん、どこかの誰かさんみたいなこと言わないの~」

 シオンも文句をいいつつ合流すれば、バイコーンのHPの減りは一層加速していって、そのまま何事もなくバイコーンは討伐される。

「ドロップなしか~」

「レベル低かったのかの」

「んじゃ、戻ろうか」

 以前は、敵が出ればもう少々緊張感があったものだが、狩りでだいぶ耐性がついて、焦ることは少なくなった。


 その後は順調に馬車で進んで行って、二日後にはハルメリアに到着した。

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