第81話:お菓子コンテスト2
スペースの前に足を止めたプレイヤーに、試食用のチョコレートを差し出す。
「おひとついかがですか?」
笑顔でそう言うと、プレイヤーは俺の顔をちらっとみて、そして俺の上の名前を見て、さらにクッキーとセーレを見て、再度チョコレートに視線を移してチョコレートを受け取る。
「よろしければこちらもどうぞ」
セーレが紅茶を差し出す。俺には笑顔でと言ったのに、セーレは笑顔を売るつもりはないらしく無表情だ。それでも、プレイヤーは嬉しそうに紅茶を受け取って口を付ける。
「わっ、飲みやすい」
「オリジナルブレンドでございます」
クッキーがそう言うと、プレイヤーはスペースの品物をそれぞれ一個ずつ買っていって、投票用のコインを一枚置いていった。
売り子を始めて最初のうちは客はまばらだったものの、どこからか噂が広がったのか段々と人が並び始める。人が並んでいると、さらになんだなんだと見に来た人が察して並び始める。
「セーレの人気すごいなぁ」
「いや、レオくん目当ての子もいるでしょ」
「いやー。ないと思うけど」
俺には紅茶が大人気に見える。
「チョコレート試食させてくださーい」
「はい、どうぞ」
微笑んで差し出せば、プレイヤーは受け取って美味しそうに食べてくれる。店員をするのも結構楽しい。
「レオンさーん。チョコレート一つください」
「あっ、さっちゃん」
前のギルドで一緒だったノルウェージャンに似た姿のモッフルが列に並んでいた。
「ミズキも一緒?」
「みずっちは、甘い物あんまり好きじゃないから今日はいないよ」
「そっかー」
「美味しいねこれ」
「ありがとー」
「それぞれ一個ずつくださいな」
「まいどありー」
知り合いが来ると嬉しいけれど少し恥ずかしい。試食用のチョコレートが少なくなってくると、クッキーがすかさず補充していく。
「こんにちは」
ミストラルと犬まっしぐらが二人で並んで立っている。
「クッキーさん、クッキーください」
「はいどうぞ」
「形可愛いですね。購入は一限ですか?」
「そうなのです。お気に召しましたら、後日お作りしますよ」
犬まっしぐらがクッキーと嬉しそうに会話している横で、緊張した様子でミストラルがセーレに話しかけている。
「セ、セーレさん、紅茶をいただけますか」
「どうぞ」
セーレが優美な動作でカップに紅茶を注いでミストラルに渡す。
「よい香りですね」
紅茶を飲み終わったミストラルがカップを返却する。
「あ、あの。セーレさん」
「はい」
「こ、これ、受け取っていただけませんか」
ミストラルがチョコレートの包みを差し出す。
「うーん……。まぁ、いいですよ」
「ありがとうございます……!」
セーレの気のない返事にもミストラルは嬉しそうにしている。ミストラルの中身は男だと思っていたのだが違ったのだろうか。セーレの例があるので、世の中わからない。
「ちーっす」
ミストラルたちがいなくなって、しばらくするとアンネリーゼとスチュアートが来て、アンネリーゼが俺にチョコレートをねだる。
「レオくん、食べさせて~!」
「ええっ……えっと」
「可愛い反応するなぁもう」
そう言いながら、アンネリーゼは俺の手からチョコレートを取って口に入れる。
「からかわないでくださいよ……。カーリス来てたんですね」
「お菓子好きやでね」
「タケさんは?」
「あいつは菓子よりプロテインやし。レオくん、その衣装よう似合っとるねぇ」
「ありがとうございます。セーレの方が似合ってると思いますけど」
「うーん、セーレくんは綺麗やけど、ちょっと厚みが足りんかな」
「ああ、だからタケさんと……」
「いや、あそこまで筋肉ダルマじゃなくてええって」
アンネリーゼとタケミカヅチが夫婦なのを納得しかけたが、理由は違ったらしい。
「それじゃ、一個ずつ買ってくね」
「まいどー」
「セーレさん、セーレさん。これあげます」
横ではスチュアートとセーレがやり取りをしている。
「なんですか?」
「すき焼きセットです。お鍋もあります」
「ああ、ありがとうございます」
チョコレートじゃないんかい。と思ったものの、セーレは嬉しそうにしている。
二人が去ってしばらくすると、リコリスがスペースに来る。リコリスは男装のウェイター衣装を着ている。
「こんにちは。一つずつお願いします」
「試食はいいの?」
「はい。エリシアさんもお店出しているので、持って帰ってスペースでいただきます」
「そうなんだ。行けばよかったな」
「お構いなく」
リコリスは微笑んでから丁寧にお辞儀をして去っていく。
「いやー。疲れた」
三時間ほど店員をした後に、集計に入るとアナウンスがあった。コインはざっくざくだ。
「お疲れ様っすー」
モカとマリンとシオンがクッキーの周りに集まってくる。
「途中でクーちゃんとこ戻ろうと思ったんだけど、なんかすごいことになってて近づけなくってさー」
「私もレオさんとセーレさんにもてなしてもらいたかったな……」
「紅茶くらい帰ったら出しますよ」
「やったー」
「ボクもボクもー」
「うーん、モカさんはどうしようかな」
「セーレさんは、贔屓がすごいっすね! いいっす、ボクはレオさんにあーんしてもらうっす」
「え、俺そんなことしないよ」
「キーッ! 野郎どもめ」
話していると結果発表になる。賞はユニーク賞や審査員特別賞など色々あって、順番に呼ばれていくが、クッキーは入賞したものの残念ながら最優秀賞ではなかった。
「残念じゃったのう。まぁ、前半はあまり人来なかったから仕方ないかの」
ギルドハウスでバルテルがクッキーに話しかける。
「食器はどの賞でももらえましたので、わたくしは満足ですよ」
クッキーは犬の顔なのであまり表情はわからないが、嬉しそうだ。
「それでは早速」
クッキーが賞品でもらった植物の柄の描かれたオシャレなティーセットを机に並べ、今日の会場で使っていた紅茶の茶葉を使ってセーレが紅茶を淹れている。
「どうぞ」
セーレが皆の前に紅茶を置いていく。
「あっ、わたくしの分はおかまいな…………きょ、恐縮です」
断ろうとしたクッキーの前にもセーレが紅茶を置き、最後に自分の分を淹れて席に着く。
「バレンタインということで、ガトーショコラを用意いたしました」
クッキーが皆の前にガトーショコラを置く。ハートの形をしていて、上に白い粉砂糖がまぶしてある。
「これ、わしからも」
バルテルがクランチチョコを置く。
「あ、そうだ。俺もあったんだ。ゲーム内のレシピのだけど、どうぞ」
と、俺もチョコレートを皆に差し出す。
「ええっ、男子ぃ逆でしょー!?」
マリンが立ち上がりながら、包みを取り出す。
「はい、わたしからも」
「わ、私も作ったのでどうぞ~」
「ボクも作ったっすよ! オリジナルのトリュフチョコっす!」
マリンとシオンとモカがそれぞれ包みを人数分置く。
「え、オレ何も作ってない」
セーレが皆の様子を見て困惑している。
「いーわよ、あんたは。全員にホワイトデー用意しなよ」
「……うん」
「セーレさんって、リアルでバレンタインチョコ渡したりするんっすか?」
「渡すわけないでしょう」
「そうそう。セーレもらう方だもんねー。高校の時にさー」
「マリンは黙って」
「気になるっすー」
「モカさん」
セーレがモカを睨む。
「はい! だまりまーす! あっ、レオさんは普段どれくらいチョコもらうっすか?」
「お黙り」
「はいっす!」
学校や職場でチョコレートをもらうことはあったけれど、義理の数にどれほど意味があるのだろうか。
しかし、皆でわいわいと過ごすバレンタインというのはなかなか悪くなく、その日は楽しく過ぎていった。
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