第83話:西へ2

 久々に訪れたハルメリアは相変わらず美しい街並みだったが、なんだか様子が少し変わっていた。

 街の掲示板に、簡易的な地図が貼られていてその中に『美術館、映画館、本屋、カラオケ』といった文字と印がされている。他にも、イベント情報や様々な規模のライブ情報などが貼られている。

「どういうことなの……」

 試しに皆で近場の美術館に行ってみると、プレイヤーが描いたらしい絵画や漫画チックな絵や立体物が展示されていて、制作したプレイヤーの名前が記されている。

「へぇ~」

 本屋に行くと小説や漫画、画集などが売られている。まぁ、この類はカーリスのフリーマーケットでも見かけるので、それほど驚きはしなかったがカーリスより数が多く、カーリスでは見かけないプレイヤーの物が多い。映画館とはなんぞと出かけてみれば、パラパラ漫画で再現された字幕付きのショートムービーが公開されていた。

「さすが芸術の都……」

 ここを拠点に集まっているプレイヤーは、職人気質の人間が多かったのかもしれない。

 そして、カラオケとは……。若干の期待を込めて皆で訪れる。

 看板には黒猫のマークがついている。

「いらっしゃいませにゃー。……おや?」

 受付にシャノワールがちょこんと座っている。

「あ、お久しぶりです」

「はい。お久しぶりですにゃ」

「カラオケって……?」

 黒猫オーケストラのギルドマスターであるシャノワールがいるということは、まさか生演奏なのだろうか。と、思ったがそれは違った。

「はい。以前皆様にお渡ししたオルゴールを使ってカラオケを再現しております」

「なるほどー」

「他ギルドの皆様にも楽譜を打ち込んでいただいて、曲数が三桁になりましたので、カラオケにしてみましたにゃ。ただ、原曲を再現しきれていないものもあり、歌詞カードがあるものもあれば、何もないものもございますので、その辺はご容赦くださいにゃ」

「わー。歌いたい! 部屋空いてる?」

 マリンが身を乗り出して聞く。

「大部屋はちょうど空いておりますにゃ。せっかくなので時間は無制限にしておきますにゃ」

「もー、こんなのあるならもっと早くに知りたかったー!」

「それは申し訳ないですにゃ。もう少し曲が増えて分館の準備が整ったら、他の街にも案内を出そうと思っておりましたにゃ」

「いえいえー。じゃーいこー!」

 マリンがステップを踏みながら部屋へと向かう。


 案内された部屋にはオルゴールと、楽曲のリストが乗った冊子と、それに対応した番号の書かれた楽譜の束と歌詞カードが置かれている。

「わー!」

 早速マリンが、好きな曲を再生してマイクを片手に歌い始める。

 マリンが机の上に放り出した冊子をモカが手に取る。

「おー。アニソンいっぱいあるっす。さすがっすね。これ歌おー」

「俺にも見せて」

 モカから受け取って、冊子を眺める。確かにアニソンのカテゴリーが異様に多い。邦楽もヒット曲ならそれなりに入っているようだ。時たま特定のアーティストの曲だけずらりと並んでいるのは作った人の趣味だろう。

 自分も一曲チョイスして、横から眺めていたシオンに冊子を渡す。

「私も一曲だけ……。なんかいいのあるかなぁ……」

 しばらく眺めてから決めたのか、冊子をセーレに渡そうとする。

「オレが歌いたいのはないと思うけど……」

 と、言いつつ眺めていたセーレだがあるページに目を止めて、片手を口元に持ってくる。

「え、ある……」

 ちらりと見ると英語のタイトルが並んでいる。

「うわ。今、声帯男だし、これ歌おう」

 珍しくセーレが思っていることをそのまま口に出している。そして、バルテルに冊子を渡す。

「わしもせっかくだから何か歌うかのう……。うーん……あ、これなら歌えそう。クーさんも何か歌う?」

「わたくしは、聞き専でございます」

 突如としてカラオケが始まってしまったが、皆飢えていたのか気づけば五時間くらい籠っていた。曲はたくさんあるように思えたものの、やはり絶対数は少ないので最後の方は同じ曲を再度歌ったりだとか、適当に皆で歌えそうな曲を入れたりしていた。

 店を出る時に、シャノワールから好意で新たにオルゴールと楽譜をいくつか譲ってもらって、皆ご機嫌だ。

 去り際にシャノワールがセーレに声をかけて、何やらひそひそと話したかと思えば、セーレがクッキーだけ残して先に帰っていてくれというので、不思議に思いつつも二人と別れた。



 翌日は、また馬車に乗って、今回は俺とセーレとマリンとクッキーで、マリンがBGMにオルゴールを流している。

 モカたちは買ってきた本を読むとかで、静かに読書したい組はモカの馬車に乗っている。

「そういえば、昨日シャノワールさんに呼び出されてたのなんだったの?」

 疑問に思って聞くとセーレが顔を覆う。

「オレの……バイオリンの先生が黒猫にいて、顔見てもしかしてって思ったらしくて」

「へー。よかった……のか?」

「リアル知り合いがいて素性バレたのって、は、恥ずかしい」

 セーレの様子を見て、マリンが爆笑する。

「ぶわっはははは。あんたがそんな反応するなんて珍しいね」

「でもなんで、昨日? ライブの後とか時間あったよな」

「それは……」


◇◇◇


 シャノワールから懐かしい名前を聞いた。

 クッキーと共に、案内された部屋に訪れると黒髪をショートボブにしたヒューマンの女性がいた。その女性は、見た目の年齢は違うものの昔お世話になった先生の面影があった。

「マユミ先生」

「ユウちゃん?」

「はい。お久しぶりです。……こちらはシゲルさんです」

「ご無沙汰しております」

「まぁ。ずいぶんと可愛らしくなりましたのね」

 先生のゲーム内の名前はオリヴィエとなっていて、こちらが挨拶をするとふわりと優しく微笑む。

「本当に、本人だったのね。今は……セーレちゃん……。うーん、セーレくんって呼んでいいかしら?」

「はい」

「最初に見かけた時も似ているな~って思っていたのだけれど、黒猫の人にセーレくんについて聞いてみたらゲームでもトップクラスに強くて……廃人だったかしら? って聞かされて、色々話聞いてみたらちょっとユウちゃんとは雰囲気違うかなぁって思って。それに、性別も違うし、ゲームするイメージもなかったから、やっぱり人違いかな~って思っていたのよ」

 子どもの頃から長らくお世話になった人の口から廃人という言葉が出て、胸にぐさりと突き刺さる。

「でも、戦争のあとカーリスのお城でバイオリン弾いてて、それがとても上手だったと人づてに聞いたものだから、やっぱり……? って気になっちゃって」

「先生もゲームをなさるようには……」

 オリヴィエの世代的にも、あまりそういうイメージがない。

「お友だちがね、ゲーム内で演奏できて楽しいって言っていたから、プレイしていたのよ。色々な奏者さんがいらっしゃって刺激になるし、家にいながらセッションできるのも楽しかったわね。それに、ゲームも思ったより面白かったし、続けていたの」

「そうですか。しかし、災難でしたね」

「そうねぇ。最初は困ったけれど、こちらだと体力あるし主人やお友だちも一緒だし、それなりに楽しいからそんなには気にしていないわ。でも、戦争はさすがに嫌よねぇ。ユウ……セーレくん大丈夫だった?」

「はい。オレはその辺は……あ、いえ。私はその辺は大丈夫です」

「うふふふっ、こっちではオレって言ってるの?」

「……はい」

 リアルを知っている人に、それを知られるのはとても恥ずかしい。

「でもまぁ、どうしているのか心配していたから、楽しそうにしているようでよかったわ。ギルドの皆さんといらっしゃる時に、ずいぶんと楽しそうにしているなって思ったもの」

「その節は……ろくに挨拶もせずに申し訳ありませんでした」

「そうねぇ。びっくりしけれど色々事情があったのだろうし、今でもバイオリン弾いていてくれるのならそれで十分よ」

「ありがとうございます」

「それにしても……セーレくん」

 オリヴィエがじーっと顔を見てくる。

「昔は、猫被ってたのねぇ」

「は……」

 そうだ。昔は、にこにこと笑顔を作って受け答えをしていた。

「ま、いいんじゃないかしら? 黒猫ではクールでカッコイイって評判よ」

「やめてください」

「うふふ、可愛い。さてと。今日は来てくれて嬉しかったわ。今度、一緒に演奏しましょうね」


◇◇◇


「というわけで、セーレ様がゲーム内であまりに廃人で雰囲気も違ったため、確証を持てなかったというわけです」

「なるほどなー」

「わはは、うける~」

「いやもう、ほんと恥ずかしい」

 セーレは相変わらず顔を両手で覆ったまま、頭を上げない。

「まーでも、わたしもさ。職場の人が一緒のゲームやってるってわかったことあるんだけど」

「うん」

「レベル誤魔化して、そんなにインしてなくて~って、ライトプレイヤーを装ったよね」

「マリンさんも廃人だしね。最初会った時、この人やべぇってモカと一緒に言ってたよ」

「照れる」

「俺は、リアル知り合いいないと思うけど、ライブ見られてたら死にたくなると思う」

「他人の空似でーっす。って、できない?」

「顔ほぼそのままで、声変えてないし」

「そっかー。って、わたしもだ。やべー」

 マリンは、その辺は気にしていないのかと思っていたが、意外と気にするらしい。

「マリン、オルゴール貸して」

「はいよ」

 歌って気分転換することにしたのか、セーレがオルゴールに楽譜をセットして歌いだす。

 英語かつ知らない曲で、さらに普段聞かないジャンルであるが、上手いので聞くのは苦にならない。

「セーレはロック? 好きなの?」

 セーレの歌を聞きながら、マリンに話しかける。

「セーレのはだいたいハードロックかメタル……。シンフォニックメタルが好きなのかな? ちょっと変わった曲調の好きみたい」

「メタルかぁ……。よくわからないな」

「メタルは幅広いからね~」

 セーレが歌い終わると、マリンが曲を入れて歌いだす。

 そして、俺にオルゴールが渡される。二人が上手すぎるので若干気が引けるけれど、歌うのはそれほど嫌いでもないので歌っておく。

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