第80話:お菓子コンテスト1
船でカーリスに戻って、また何事もない日常に戻って、2月14日になる。
朝起きるとギルドハウスは閑散としていて、皆お菓子コンテストに出かけてしまったようだ。午前から試食会があるとかで、モカの姿もなかった。
俺は午後から適当に見物に行こうと思っていたのだが、皆いないとなると少し寂しい。今から行こうかと思っていると、奥の部屋からセーレが出てくる。
「おはよう」
「おはようございます」
「コンテスト行ってなかったの?」
「あまり興味がないので」
「でも、クッキーさん出るよね?」
「応援して順位が変わるものなのですか?」
「売上や投票で変わるって聞いたけど」
「うーん、それなら行こうかな……」
セーレとともにギルドハウスの扉を開けると、なぜか知らないプレイヤーが十数名、ギルドハウスの前にいた。
「セーレ様、レオンハルト様、これ受け取ってください」
ヒューマンの女性がお菓子の包装を差し出してくる。そして、他のプレイヤーも続く。男キャラのプレイヤーもいるが、中身がどちらかは謎である。
「ええっと?」
「バレンタインチョコです!」
お菓子コンテストの日ということで頭がいっぱいで、完全に失念していた。
「あっ。うん。ありがとうございます」
俺が受け取っている横で、セーレが片手を身体の前に持ってきて制止のジェスチャーをして拒否する。
「インベントリいっぱいなんで」
いや、絶対にいっぱいじゃないだろ、お前。だいたいインベントリいっぱいでも、手には持てるだろう。
残念そうな顔をするプレイヤーもいたが、意外にも気にしないプレイヤーの方が多かった。
「塩対応好き」
「ファンサしないの解釈通り」
という理由なようだ。
「えーっと、後で俺からセーレに渡しておこうか?」
「お願いしますー!」
俺の様子を見たセーレはため息をついて、先に行こうとする。
「こら、セーレ。先に行くんじゃない」
チョコレートを受け取ってから、会場になっているカーリスの城に向かう。カーリスの城は可愛らしくデコレーションされていて、ハートや花のオブジェが飾られているが、つい戦争の時の飾りつけを思い出してしまって頭を振る。
「あっ、セレさま、レオさまー」
城門から中庭に入るとメロンが走ってくる。
「ハッピーバレンタインです!」
そう言って、チョコレートを俺たちに渡してくる。
「ありがとうございます」
セーレが微笑んでメロンからチョコレートを受け取る。お前な。と、思いながら俺もメロンに礼を言ってチョコレートを受け取る。
「盛況ですか?」
「はい、お客さんモリモリです。大広間の手前のところが受付になってます~」
メロンはイベントの手伝いがあるからと、俺たちにチョコレートを渡すと、すぐにまたどこかへ走り去っていった。
「ギルドハウスの前にいた人たちのも、受け取ってあげればよかったのに」
出待ちをしていたプレイヤーを思い出して、それをセーレに言うとため息をつかれる。
「この前のなんたら姫いたでしょう。ああいうのがいるから愛想振りまきたくないんです。馴れ合いも疲れますし」
「まともな人のが多いと思うけど……」
「では、オレの分までレオさんが対応しておいてください」
「お前なぁ……」
とは言え、人見知りでコミュニケーションが苦手だというセーレに無理強いするのもどうかと思って、この話は終了させる。
二人で受付に行くとハートの描かれたコインを三枚もらう。
「自分がよかったと思う出展者のブースにコイン渡してください。一枚でも三枚全部でもOKです」
大広間に着くと所狭しと人がいる。歩くのは少々困難だ。
白いテーブルクロスのかかった机がたくさんあって、コンテスト出展者はそこに各々飾りつけをしてお菓子を並べている。出展者の衣装はウェイトレス風な衣装が多い。
買いに来ているプレイヤーも、その場の雰囲気に合わせてか、洒落た街着姿のプレイヤーが多い。イベントらしく明るい雰囲気だ。
周囲の会話がちらりと聞こえてくる。雰囲気的には女性プレイヤーが多そうだ。
「モカたちもどこにいるかわからんな……」
「とりあえずクッキーさん探しましょう」
「クッキーさん、小さいからなぁ……」
少し背伸びをして見渡してみるけれど、ぱっと見ただけではわからなくて、ぐるりと回ることにした。
「せっかくだから、他のとこも試食していこうぜ」
「そうですね、少しくらいなら」
端から机を回っていくと、バレンタインということもあって、やはりチョコレートが多い。
次いで、他の洋菓子、和菓子という風になっている。
バレンタインチョコを自分で買うのは少々気が引けるので、それ以外を試食したり買ったりしていく。
「あ」
セーレが何か気になったのか、近くの机に寄っていく。
「一つください」
ウェイトレスの姿のヒューマンの女性が、セーレにびっくりしつつも品物を渡している。
セーレが買っていたのは海老煎餅だ。
「俺もください」
そう言うと女性は、俺とセーレを交互に見比べて、はわはわとしている。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
礼を言ってスペースを離れる。
「海老煎餅好きなの?」
「それなりに。まぁ、こちらで初めて見たのが大きいです」
「そうだなー。俺もそんな感じ」
適当に見て回っているとクッキーの姿が見えた。
「あっ、いたいた」
スペースにはクッキーとバルテルが並んでいる。二人とも執事衣装を着ていて、机の上には先端にハートのついた楊枝が刺さった生チョコと、犬の形をした食べ物の方のクッキー、缶に入った紅茶の茶葉が置かれている。
「いらっしゃいませ」
クッキーがお辞儀をする。
「せっかくだから一つ貰おうかな」
試食用の生チョコをもらう。とろけるような柔らかな食感に、くどすぎない上品な甘さが口の中に広がる。
「お客さんはどう?」
俺の問いに、クッキーの隣のバルテルが「うーん」と唸る。
「手に取りやすさとか配慮したんじゃが、目立つディスプレイや売り子のところに客を取られてイマイチじゃな。わしらじゃ華がないし。クーさんは可愛いのじゃけど、小さくてあまり目立たないからね……」
確かに、周りのスペースは飾りつけや売り子が結構派手だ。
クッキーのスペースは可もなく不可もなく、ブランド物っぽい上品な飾りつけがされている程度だ。
「わたくしは、十分楽しんでおりますので問題ございませんよ」
「えっ、でもクーさん賞品欲しいって言ってたよね」
「賞品って?」
「お茶会用の食器セットでございます。プレイヤーの方が製作されたものでなかなか素敵なデザインでございますよ」
「クッキーさん、食器好きですからね」
セーレが納得したように頷く。
「レオさん、一緒にこちらに」
「ん? 何?」
セーレに呼ばれてクッキーとバルテルの後ろに行く。
「執事スキンにしてください」
「あー。手伝うのね」
セーレに言われてスキンを変える。セーレも執事衣装に着替えて、チェーンのついたモノクルを付ける。自前でおしゃれアクセサリー持っとったんかい。と、心の中でツッコミを入れる。
「オレ、紅茶淹れますね」
「えっ、セーレお茶淹れられるの?」
「失礼な人ですね」
「ごめん」
クッキーからセーレは料理ができないと聞いていたので、驚いてしまった。
「セーレ様は紅茶であればご自分で淹れられますよ。他の家事は壊滅的ですが」
「一言多いです」
「そうなんだ。俺は何してればいいかな」
「笑顔で立っていればいいと思います」
「それはどうなの……」
「じゃあ、レオくんはクーさんと一緒にお客さんに試食勧めて。会計はわしがするね」
「了解! 店員するのって初めてだなぁ」
接客業をしたことがないので少し楽しみだ。
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