第79話:頭ハッピー花畑女
翌日、出立前に各々街を見て回っている。
昔は工房の周囲には人が多かったものだが、今は以前より人の姿は少ない。鍛冶屋の前でバルテルとクッキーが製作をしていて、その横でマリンがNPCの猫を撫でているのを見ながら通り過ぎる。
街の掲示板の前に行って、内容を確かめると『製作手伝います』『レシピ買い取ります』といった連絡がチラホラ貼られている。街を訪れた時と特に内容は変わらないのを確かめて、どこか飲食店で時間を潰そうかと辺りを見ると、カフェのテラスでセーレが紅茶を飲んでいる姿が目に入って、挨拶をして向かいに座る。
「お前がのんびりしてるの珍しいよな」
「どういう意味ですか」
「いやー、だいたい時間潰すってなったら、狩りとか製作してるだろ?」
「そんなことは……あるかもしれないですけど、この辺の敵レベル低いですし」
「ああ、それもそうか」
それから何を話すでもなく二人でのんびりしていると、知らないプレイヤーがこちらに向かって歩いてきて、俺たちのいる机の横で止まる。長い銀髪を縦ロールにしたヴァンピールの女性だ。名前は、ヴィヴィアン姫。フリルたっぷりの黒のドレスに、同じくフリルたっぷりの日傘を手にしている。
名前に姫がついている女性キャラにはあまりいい印象がない。そして、その女性はやはりいい印象の方ではなかった。
「まぁ、セーレ様、こんなところでお会いできるなんて、まさしく運命」
話しかけられたセーレは無表情にヴィヴィアンの顔を見ている。
「知り合い?」
「いえ、存じません」
「ああ、以前お会いしたのは前世の姿でしたから、この姿でお会いするのは初めてでしたね」
「はぁ……」
セーレが気のない返事をする。こいつは面倒くさいことになりそうだなと、二人の様子を眺める。
「そう、私の前世は聖天使ララという名前で……」
そこまで聞くとセーレがそのプレイヤーの言葉を遮る。
「オレ、あなたに興味ないっていいましたよね」
「はい。ですので、エルフから同じヴァンピールに転生して参りました」
やばい、話が通じないやつだ。そして、これはきっと以前アンネリーゼから聞いた、頭ハッピーフラワー女だったかなんかそんな感じのプレイヤーだ。セーレにブロックされてキャラを作り直したのだろう。
セーレがため息をつく。そこへ、モカとシオンが通りかかる。
「あれ、何やってるっすか?」
「お知り合いです?」
「いいえ、微塵も」
「そうですわね。つい今しがた運命の再会を果たしたところですし、これから愛を深めてまいりましょう」
モカがヴィヴィアンの名前を確認してから、「うーん」と唸りながら目を閉じる。
「訂正しますね。興味がないのではなくて、嫌いです。お引き取りください」
セーレがきっぱりと言い放つがヴィヴィアンはきょとんとしている。
「まぁ、そんなに照れなくても」
ヴィヴィアンの言葉にセーレが一瞬、背中の大剣に手を伸ばしかけて引っ込める。そして、小声でブロックのコマンドを呟いていたけれど、効果はないだろう。
「あー。頭ハッピーセットの人」
「ああ……、それっぽい……」
モカの呟きと、シオンの面倒くさそうな声が聞こえてくる。
「迷惑なので消えてください」
セーレが段々と言葉を選ばなくなっていく。
「もう、セーレ様ったら。久々に会ったから恥ずかしいのですね?」
ヴィヴィアンがセーレに近づいて行こうとするのに、さすがに見かねてセーレとヴィヴィアンの間に入る。
「やめてくれないかな。迷惑してるのわからない?」
「どちら様?」
「誰でもいいだろ。セーレ、行こう」
「ちょっと、邪魔しないでくださる? なんなのよ、アナタ」
俺の進行方向にヴィヴィアンが立ちふさがる。
こいつにスタンを入れて置いていこうか。
そんなことを思っていると、モカが俺の横にくる。
「あんた、見苦しいっすよ」
「何よ、このちんちくりん」
「なっ……! カッチーン! 黙るっすよ、この頭ハッピーセット女」
「何をおっしゃっているのかしら? おどきなさい」
「セーレさんの迷惑になっているのわからないんですか?」
シオンもモカの横に立ってヴィヴィアンを睨むと、ヴィヴィアンはじろじろとシオンを見る。
「ふーん、アナタもヴァンピールなのね。でも、セーレ様の横に立つには美しさが足りないのではなくて?」
「えっ、当たり前だよ。そんなのそっちも足りてないよね?」
シオンの言葉にヴィヴィアンが一瞬固まる。
「そ、そんなことはありませんわ。この容姿を作るために一週間調整を行いましたもの」
「作り物の顔で何言ってるの?」
「シ、シオンさん……」
セーレがシオンをはらはらとした様子で見ている。珍しい光景だ。
「で、でも今のこの状況でしたら、こちらが現実のようなもの……」
「顔だけ作って、セーレさんに相応しいとでも思ってるの? 相手しよっか?」
シオンが槍を構える。
穏やかでない雰囲気に、段々と周りに見物客が集まってくる。
「なっ、なんて野蛮な女……!」
「だいたいセーレさんの何知ってるっていうの?」
「セーレ様は、美しくて、強くて、聡明で、紳士的で……」
「私、セーレさんと一緒にご飯食べたり、お買い物行ったり、海行ったり、なんなら一緒に住んでるし、一緒に寝たこともあるけど?」
ヴィヴィアンが完全にフリーズした。
「行こ、セーレさん」
シオンが自分の腕にセーレの腕を絡ませて通りを歩いて行く。
その後を、俺とモカがついていく。
ヴィヴィアンは追いかけてくる気配はない。
街の外れまで行って、ヴィヴィアンの姿が見えなくなったことを確認して立ち止まる。
「……ありがとうございました。皆さん」
セーレがばつの悪そうな顔で言う。
「なんなんっすかあの女! 杖でぶん殴ろうかと思ったっすよ」
「俺もスタン入れようかと思った」
「私も槍でどつこうかと思ったよ~」
「皆さん、あまり街中で物騒なことは……」
「お前も一瞬剣に手伸ばしかけてたろ」
「それは……、まぁ……はい。しかし、つまらないことで迷惑をかけてしまって申し訳ないです」
「昔チンピラから助けてもらったから、これで貸し借りなしっす!」
「そうそう~」
「それにしてもシオンさんすごかったよな」
普段の雰囲気とだいぶ違った。
「え、えへへ……。ちょっと頭にきちゃって……」
「シオンさん。気持ちは有難いのですが、やりすぎると粘着されるかもしれないので……」
「いいよ、PvP上等」
「いえ、PvPならオレがしますので……」
「二人とも、なんでそうなるっすか~! 平和にいくっすよ!」
「う、うん。そうだね。ごめんね」
「はい。……しかし、話の通じない相手というのはどうしたらいいのか、わからないもので」
「それは、皆わからないと思うぞ」
俺がそう言うと、セーレが目をぱちくりさせる。
「そうなのですか?」
「セーレさん、たまに天然っすよねぇ……」
「うーん? たまにかなぁ?」
「ええと……。そろそろ待ち合わせの時間ですね」
話題を逸らすようにセーレが時計を見る。
「そうだな、移動するか」
船着き場に着いてしばらくすると、マリンたちも合流してくる。
「なんか、大通りでさー。派手な縦ロールの女がギャンギャン泣いてたんだけど、なんだったんだろ」
「いい迷惑じゃよね」
「まぁ、世の中色々あるんじゃないかな……」
適当に相槌を打って船に乗り込む。
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