第78話:威土帝アダマンティア

 周囲の風景がふっと変わって、辺り一面が鉱石になっている部屋にたどり着く。

 部屋の中央には透き通るような白い鱗で覆われた竜が座っている。鱗はまるでダイヤモンドのようで、少し角度が変わる度にキラキラと輝いて綺麗だ。

「私はアダマンティア。貴殿らがネズミを退治してくれたのか。礼を言おう」

 低く、落ち着いた男の声が響く。

「緑のネズミ多すぎなんですけど」

 マリンがアダマンティアに文句を言う。

「ふむ……。何分なにぶん、人が来ないのでな。その間に増えたのであろう」

「そういう問題なのー!?」

「はて……。違うのであろうか?」

 アダマンティアは独特な雰囲気だ。とぼけているのか天然なのかわからない。

「まーいいや。アダマンティアさんは、この世界を元のように戻せたりしない?」

「できぬ相談だ」

 それは、マリニアンの件があったので予想通りだが、やはり少々残念に思う。

「じゃー、フレイリッグ討伐に力を貸してもらえたりしないかな?」

「フレイリッグか」

 アダマンティアは少し上を向いて思案するような仕草をする。

「ここにいると暇であってな」

「うん」

「なんぞ、楽しめるものを見せてくれるのであれば考えてやってもよいぞ」


 アダマンティアの言葉に俺たちは顔を見合わせる。

「アダマンティアさんは何が好きっすか?」

「そうだな……。久しく音楽を聴いておらぬから、それがよい」

「セーレ、バイオリン持ってきてる?」

 俺が聞くと、セーレがバイオリンを取り出す。

「わたくしも合わせましょう」

 クッキーがグランドピアノをドンと出現させる。

「アダマンティア様はどのような曲がお好みでしょう?」

「さて……聞いてみないことにはわからぬな」

 クッキーの問いにアダマンティアは首を軽く振る。

 セーレがクッキーの横に行って相談を始める。

「クッキーさん、どうします?」

「ふーむ。ひとまず癒しとなりそうな曲などいかがでしょうか。そうですね……カノンなど」

「ではそれで」

 二人がゆったりとした曲を奏で始める。聞き覚えのある曲だ。

 美しい旋律に聞き入っていると、アダマンティアが目を閉じて床の上で丸くなる。

 旋律に合わせて尻尾の先端が軽く上下している。

 これは効果があるのでは。

 そう思ってアダマンティアを眺めていると、曲が終わってもアダマンティアはそのまま動かない。

「アダマンティアさーん?」

 シオンが呼びかけると、アダマンティアは欠伸をしてから目を開く。

「ふむ……。よい曲であった」

「じゃあ……?」

「次はもっと賑やかな曲を聴きたいものだ」

 セーレが文句を言いたそうな表情になる。

「賑やかっていうと、歌って踊るっすか?」

「それがいいかもしれんのう」

「じゃー。クーちゃんそのままピアノで、セーレこれ持って。バル爺ドラム」

 セーレがベースを手にして、マリンがバルテルの前にドラムを出す。

「いや、わしは無理。やったことない」

「ずっとこうやって叩いてるだけでいいから」

 マリンが一定のリズムでドラムを叩く。

「で、最後だけこう」

「いやいや、無理じゃよ? っていうか、なんでこれ持ち歩いてるの?」

「世界が救えるかもしれないんだから、つべこべ言わずにやんなさいよ」

「……はい」

 バルテルが、マリンからスティックを渡されてドラムを叩き始める。

「こう?」

「違う」

 バルテルの手の上からマリンがスティックを握って、リズムを覚えさせる。

「衣装は黒猫の時に使ったやつでいいっすかね?」

 モカが衣装を変更するので、皆も合わせて変更する。

 それぞれ配置について、アダマンティアの前に並ぶ。

「バル爺が叩き始めたら演奏始めるね。というわけでゴーゴー」

 バルテルがドラムを叩き始めると、マリンとセーレとクッキーが合わせて演奏を始め、曲が始まる。

 アダマンティアは俺たちの様子を座ったまま、じーっと眺めていて尻尾だけリズムに合わせて動かしている。

 反応の薄い観客を前に歌って踊っていると若干不安になってくるが、今度は寝てしまうことはなさそうだ。振り付けも踊りだせば意外と覚えていて、最後まで踊ることができた。


 曲が終わると、アダマンティアは思案するように目を閉じて上を向く。

「面白い出し物であった」

「じゃ、じゃあ……」

「他の曲も聴いてみたい。軽快な曲がよい」

「ええ……」

 皆が、まじかよ。という顔をする。

「では、子犬のワルツ」

 クッキーが軽やかな曲をピアノで奏で始める。

「ふむ、見た目と相まってよきものであった」

「じゃー……」

「次は、ゆったりとした歌がよい」

「ええ…………」

 マリンが昔流行った邦楽を歌い始める。

「うむ。なかなか耳に残る歌だ。次は面白い歌がよい」

 面白いってなんだ。

 モカがアニメの曲なのか電波ソングを歌う。

「ふむ……滑舌が素晴らしい。次は男の声も聞きたい」

 俺が、昔好きだったアニソンを歌う。

「よい声だ。次は、異国の言葉が聞きたい。これまでと違うタイプの曲で」

「要求難易度上がってないっすか!?」

「セーレ、GO!」

 マリンがギターをセーレに渡すと、セーレが英語でロックとオペラとミュージカルが混じったような不思議な歌を歌う。

「ほう……言葉はわからぬが、よいものであった。では、次で最後にしようか」

 アダマンティアが、考え込むように目を閉じる。


「演劇が見たい」


「え、演劇ぃ!?」

 マリンが素っ頓狂な声を上げる。

「えーと、誰か詳しい人……」

 俺の呼びかけに皆が首を横に振る。

「演劇つったら、ロミジュリっすかね……?」

 皆が詳しい内容は知らないと首を横に振る。

「えーっと、じゃあ……白雪姫とか、シンデレラとか……?」

 シオンが童話のタイトルを上げる。

「やべー。話わからない」

 マリンが呟く。

 俺も、どんなキャラが出てくるかがうろ覚えでわかる程度だ。

「白雪姫は登場人物が多いかのぅ」

「じゃー、ストーリーはなんかまぁ、適当に頑張ってシンデレラにするっすかね……」

「シンデレラってキャラ何いたっけ? シンデレラでしょ、王子でしょ」

「継母とお姉さんいたよね。あと魔女」

「うーん、それじゃー……」


 シンデレラがモカ、王子が俺、姉がマリンとシオン、継母がセーレ、魔女がクッキー、カボチャの馬車がバルテルになった。


「オレ、継母なの?」

「レオくんとかバル爺よりは向いてるでしょ。クーちゃんは継母感ないし……」

「まぁ、そうかも」

 セーレが俺の顔を見て頷く。

「各自なんか、それっぽい衣装着て」

 マリンの言葉に皆が着替える。

「南瓜はこれかな。ていうか、馬車役いる?」

 バルテルが、ハロウィンの時の南瓜の被り物をする。

「ボク最初は初期装備でいいっすかね。ださいからあまり着たくないっすけど……」

 初期装備は地味な色合いで芋っぽい。マリンとシオンとセーレは、いつぞやモカが作っていたドレスを着ている。クッキーはハロウィンの魔女の衣装だ。

 マリンが紙に、皆のうろ覚えの話を参考にしながら各キャラのセリフを書いていく。変なところもあるが、面倒なのか誰もツッコミを入れない。そして、とりあえず皆でセリフを覚える。

 そんな感じで、所々様子のおかしいシンデレラが開始される。


『昔々、あるところに心優しく可愛らしい娘がいました。名前はシンデレラ』

 マリンがナレーションで喋る。

『シンデレラは、継母とその連れ子である娘二人にいじめられて、召使のように扱われていました』

「シンデレラ、お掃除は終わったのかしら?」

「うん、ねーちゃん」

 マリンの言葉にモカが返事をする。

「……まぁ、こちらの桟のところに埃が残っていましてよ」

 シオンが恥ずかしそうに言う。

「全く、使えない子ですね」

 セーレが棒読みで言う。

『ある時、お城で舞踏会が開かれることになりました。舞踏会で優勝すると王子様と結婚できるようです』

 そんな話だったかなぁ。と思うけれど、まぁいい。

『姉たちは着飾って出かけていきましたが、シンデレラは連れて行ってもらえず、家の掃除を命じられて泣いていました』

「えーんえーん」

『そんなところに魔女が現れました』

「かわいそうなシンデレラ様、これをお召しになって舞踏会に参りましょう」

 クッキーがモカにドレスとオリハルコンの靴を差し出す。

「で、でも、今からじゃ間に合わないっす」

「問題ございません、ここに馬車がございます」

「カボカボ~」

 バルテルが南瓜のお化けの姿でモカの前に現れる。

「魔女さん、ありがとうっす!」

「しかし、0時になると魔法が解けてドレスと馬車は消えてしまいますので、お気をつけくださいませ」


『シンデレラは美しいドレスとオリハルコンの靴を履いて、南瓜の馬車で舞踏会に向かうことになりました。シンデレラが城に着くと、その愛らしさに誰もが振り向きました。もちろん王子様の目にも留まりました』

「これはこれは可憐な姫君。私と一曲どうですか?」

 セリフを言うのが死ぬほど恥ずかしい。

「はい、王子様」

 モカが微笑んで俺の手を取る。

 踊りは雰囲気でそれっぽいものを踊る。

『二人の踊りに、お城にいた皆からは拍手喝采が起こりました。それから、二人は何曲も一緒に踊りました。シンデレラは楽しくて、時間が経つのも忘れていましたが、ふと魔女との約束の0時が迫っていることに気付きます』

「王子様、申し訳ないっす。時間なんで帰るっす」

「おお、愛らしき姫よ、名前だけでも……」

『しかし、シンデレラは急いでいたので名前を告げずに大急ぎで走り出しました。シンデレラは途中で躓いてオリハルコンの靴を片方落としてきてしまいましたが、靴に構っている暇はありませんでした。その場に残された王子様は、このオリハルコンの靴を履いていた女性こそ優勝者だとして、オリハルコンの靴がぴったり合う女性を町中から探し始めました。そして、王子様の家臣がオリハルコンの靴を持ってシンデレラの家にも現れました』

「この靴に相応しいものはおるかのぅ」

 被り物を脱いだバルテルが家臣役でオリハルコンの靴を差し出している。

「ふふん、王子様と結婚するのはこのわたしよ」

「いいえ、私よ」

『シンデレラの姉たちが靴を履こうとするものの、入りません』

「ボ、ボクにも試させてほしいっす」

「ふん、お前のような小汚い娘に合うはずがありません」

『継母はそう言いましたが、シンデレラが足を差し出すと靴はシンデレラの足にぴったりでした』

「ドヤッ」

『シンデレラは持っていたもう片方のオリハルコンの靴も取り出して履きます。それを見た王子様の家臣は、間違いない。とシンデレラを城へと連れて行きました。そしてシンデレラは王子様と結婚して末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし』

 皆がパチパチと拍手をする。


 アダマンティアは長い沈黙の後、口を開く。

「……なぜオリハルコンの靴は消えなかったのだ?」

「オリハルコンだからっす」

「そういうものか」

 違うと思うけれど、アダマンティアは納得したようだ。

「よき暇つぶしになった」

 皆の前にふわりと光が浮かんで消える。

「また来るとよい。ではな」

 アダマンティアの言葉の後に視界が白に覆われて目を閉じる。目を開くと洞窟の外にいた。

「えーと」

 インベントリを開くと、見たことのない『エリクシル』という回復アイテムが5個と『アダマンティアの鱗』というアイテムが入っていた。エリクシルはHPMPを全回復されるアイテムで、鱗の方は『この世界で一番硬い物体。故に加工はできない』と書かれていた。

「加工できないアイテムって使い道あるのかの……」

 目の前に出現させて触ってみるが、両手に収まらない大きな鱗はひんやりとした硬い感触があるだけだ。雨が降ったりとかいうこともない。せいぜい綺麗なだけだ。

「あのクソドラゴン~!」

 マリンが暴言を吐く。

「マリンちゃーん言葉が汚いよ~」

「いやーでも、あれはクソっすよ……」

「ゴブリンもひどかったしな……」

 皆でため息をつきながらグバルのバルテルの家へと帰る。


 バルテルの家に着くと、皆ふて寝して畳の上に転がっている。セーレとクッキーだけは座敷机の上にアダマンティアの鱗を置いて眺めている。

「何か思いつきそう?」

 起き上がって、セーレに聞く。

「アダマンティアの鱗同士であれば、削ることはできるのではないかと思います」

「ダイヤモンドの加工にダイヤモンドを使うこともございますしね」

「へー。で、何に加工するの?」

 俺の問いに対して、セーレは首を傾げながら両手を広げて「さぁ?」というポーズを取る。

「現状はただの綺麗な置物ってとこか……」

「さてさて、皆さん。夕飯にいたしますよ」

 クッキーがパンパンと手を叩くと、皆のろのろと起き上がって夕食の時間となった。


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