第74話:不自然

 カーリスに帰還した翌日も平和で、すっかりいつもの日常に戻ってきた感覚になるが……。

「ねぇねぇ。セーレ。買い物行かない?」

「うん。いいよ」

 マリンとセーレが会話をしている。

「あとねー雑貨屋さんの横のケーキ屋さんも行きたいの」

「わかった」

「服装変えていこー」

「どの服がいい?」

「うーん……。学生服」

 マリンが言うと、セーレがその衣装に着替える。

「いや、やっぱホーリーガウン」

 セーレの衣装が白い衣装に変わる。

「王子様衣装」

 今度はセーレの衣装が名前の通り、白と金と赤の煌びやかな王子様衣装に変わる。

「笑って」

「こう?」

 セーレが爽やかな笑みを浮かべる。

「あのさ、セーレ……」

「何?」

「やっぱ狩りでもいいかなーって……」

「マリンは買い物の方が好きでしょ? 買い物でいいよ」

 その言葉に、マリンは頭を抱えて座り込む。

「マリン……?」

「この流れで一言も文句言わないセーレとか、頭痛いんですけど」

「ええ……」

「大方、わたしが海に落ちたの自分のせいとか思ってるでしょー!?」

「……えっと」

 詰め寄るマリンにセーレが一歩下がる。

「ぜんっぜん気にしてないからね! なんなら、あんたにバンジー付き合わされた時のがよっぽど怖かったわよ! 同意書だかなんか書かされたし!」

「ああ、うん……。ごめん」

「謝らなくていいからー! えーと、うーん。まぁとりあえず買い物は行こう」

 そう言うと、マリンはセーレの腕をひっぱって外に行ってしまう。


 それを眺めていたモカとシオンが口を開く。

「セーレさん、討伐の時は冷静だったし気にしてないのかなーって思ってたっすけど……」

「思ったより重症だったんだねぇ……」

「ちょっとドライ……とは違うっすね。えーっと……感情に起伏が少ない人だなって思ってたんすけど……やっぱ顔にでないだけだったんすかね……」

「そうねぇ。セーレさん、あまり本心言わないけど、見てるとそれなりに気にかけてるところはあるよね」

「えーっ、全然わかんないっすよー……。って思ったけど、そういえば砂漠で毒にやられた時、ボクの方が気遣われたことあったっす……」

「私は最初から結構気にかけてもらってたなぁ……」

「それは、シオンさんが女子だからっすよ~」

「それはあるね。セーレさん女の子好きって言ってたし」

「えっ、それってそっちの?」

「ううん。恋愛感情はわからないって言ってたから、お友だち的なのだと思うよ」

「あー。わからなそうっすね。あの人……」

 聞いていると、なんだかセーレが不憫になってくるところもあるが、そのまま聞き流しておく。

「レオさんは、セーレさんの印象どんなんっすか?」

「え、ええー」

 脆いところを見てしまった後なので反応に困る。

「そうだなぁ……昔飼ってた犬に似てるかな……?」

「え……毛並みとか?」

「いや、狩りの時とかなんか……。待てしてるとソワソワしてて、行けって言ったらびゅーんって行くとことか……。でも、セーレの狩りの動き自体は猫っぽいかな?」

「扱いが動物とか、ひどい話っすね」

「お前もひどいことわりと言ってると思うけど……」

「ええっ。どこがっすか?」

「はいはーい。お茶にでもしよ」

 シオンがティーカップを机に置いたので、この話はここまでとなった。



 夕方になるとセーレとマリンが帰ってくる。

 セーレは出て行った時と同じく王子様衣装で、マリンはパンツスタイルの騎士衣装だ。

 マリンは軽く挨拶をしてから、不機嫌そうにずかずかと奥の部屋に消えていく。

「おかえり」

 入口に取り残されているセーレに声をかけると、セーレは空いていた俺の隣の席に座ってため息をつく。

「今日のオレ、変でした?」

「うん」

「そうだね~」

「変っすよ」

 セーレは俺たちの言葉に首を傾げる。

「どこが?」

「マリンさんに気を使いすぎなところかな……」

「普段ならもーちょっと文句言ってると思うっすよ」

「買い物と狩りを天秤にかけたら、セーレさんなら狩り選ぶよね」

「うーん……。先日マリンには無理させたから、買い物くらい付き合ってもいいと思ったのですが……」

「それなら、普通に謝ってから買い物付き合うよ。くらいでよかったんじゃないかな」

「そう……ですか」

「お茶どーぞ」

 シオンがセーレに紅茶を差し出す。

「ありがとうございます」

 王子様衣装のまま紅茶を口元に運ぶ様は絵になる。

「セーレ王子。ちょっとウィンクしてみてほしいっす」

「嫌ですよ」

「うん。マリンさんにもこの方向性でいいっと思うっす……」

「えーっ……ウィンク見たかったあぁ」

「では、はい」

「わわっ」

 シオンが拝むように両手を口の前で合わせる。

「へー。綺麗にできるもんっすね」

「え、したの? 俺見れなかったんだけど」

 隣の席だったので顔を見ていなかった。

「もうしません」

「けち」

「そういうこと言っていいんですか?」

 セーレが俺の方を向いて薄く笑う。本名バラすぞ。みたいな雰囲気だ。

「お前~! そういうの卑怯だぞ」

「二人とも、なんの話をしてるっすか?」

「いいえ、なんでも」

「なんでもない」



 夕飯の時間になってもマリンは部屋から戻ってこなかったが、だいたい翌日には機嫌は元に戻っているはずだとクッキーが言うので、気にしすぎても徒労に終わるだろう。

 風呂から上がって、寝室に行こうとすると部屋の前でマリンと鉢合わせる。

「おやすみ」

 あまり気を使うのもどうかと思って、当たり障りなさそうな声のトーンで言ってから部屋に引っ込もうとすると、マリンに腕を掴まれる。

「レオくん、一杯付き合って?」

「マリンさんが酒って珍しいね」

 マリンは酒を飲まないこともないが、普段はソフトドリンクが多いイメージだ。

 どうせ明日やることもないので、そのままマリンの部屋に入る。マリンの部屋は物が多く雑然としている。

 扉を閉めるとマリンが盛大にため息をつく。

「セーレのことでさぁ~」

「だと思った」

「いやー。気遣ってくれた気持ちはね。いいんだよ。最初は可愛いねって思ったけど~」

 飲み始めてもいないのに、マリンが愚痴り始める。

「素直になられると、コレジャナイんだなぁ~」

「うん、そうだね」

 これは相槌しか求められていないパターンだな。と、机の上にウィスキーを出す。

「マリンさん、何飲む?」

「えーと、ほうじ茶?」

「……お酒じゃないの?」

「あー。お酒……。じゃー。セーレがよく飲んでるやつ」

「うーん。どれだ」

 カクテルをよく飲んでいるイメージだが、わりと幅が広い。

「えーっとオレンジの、なんとかドライバー。濃くないほうがいいな」

「ああ。あれね」

 料理の製作ウィンドウを開くと、カクテルの場合は度数の調整がついているのでデフォルトよりアルコールを薄めに設定してカクテルを作る。先日、セーレがよこしたカクテルはデフォルトの値だったのだろうか、それともさらに濃くしていたのだろうか。


「ありがと」

 マリンが酒を受け取って一口飲むと、また喋り始める。

「でー、なんだっけ。そうそう、セーレと知り合った時はねぇ……。小学生の時で~。あー、小さい頃のセーレめちゃくちゃ可愛かった。もう見た目完全に天使」

「天使……」

 まぁ、あのビジュアルで小さい頃なら可愛いだろうということは想像に難くない。

「でも、人と話したがらなくて、だいたい一人でいてさー。私も話しかけた時やんわりと遠ざけられて……。それで、絶対仲良くなったろって思って」

「ポジティブだね」

「その翌日から話しかけまくってたら、セーレが観念して口聞いてくれたわけよ。それでそこから一緒に帰ったり、遊んだりしたんだけど、その頃はあいつなんでも私に合わせてくれてさー。今日みたいな態度とられると、その時のこと思い出しちゃって」

「うん。でも、その頃と今とでは、態度同じに見えても思ってることとかは違うと思……」

「そーなの。それはわかってるんだけどねー。あーもう、明日謝ろう」

 マリンはグラスを置くと、ため息をつく。

「そうだね。外から帰って来た時、セーレ困ってたよ」

「だよねーだよねー。皆がセーレと仲良くしてくれて感謝だよ。このゲーム巻き込んじゃったのはごめんだけど、セーレに友だち増えたのは嬉しいなぁ。あいつ、リアルでは一定以上は踏み込ませないからね~」

「こっちでもわりとそんな感じじゃ?」

「んー。あいつ、あれで作り笑いとかすごい得意だからねー。こっちのが自然でマイペースだから、ちょっと印象違うかもね」

 セーレの身の上話を聞いた後だと、腑に落ちる話ではある。

「よく見てるね」

「うん。セーレには幸せになってほしいな~」

「セーレには、マリンさんがいれば十分幸せなんじゃないかな」

「や、やだなぁ~。そんなことないって」

 マリンが照れた様子で少し俯く。

「いや、セーレはマリンさんにすごく救われてると思うよ」

「……レオくん」

「何?」

「セーレから何か聞いた?」

「え……いや?」

 マリンがじーっと俺の顔を見てくるので、目を逸らさずにマリンの瞳を見る。マリンの瞳は曇りのない綺麗な緑色だ。

「セーレってさ。ハーフなんだけど」

「そうなんだ?」

「……レオくん瞬き多いね」

「ええ、いや。顔近いし?」

「セーレの髪、プラチナブロンドですごく綺麗なの」

「えーっと、セーレに断りなくそういうの言って大丈夫?」

「うん、やっぱハーフっての知ってたな?」

「うん……。聞いた」

 マリンの鋭さに観念して答える。

「じゃー。家庭環境聞いた?」

「……それとなく」

「へーへーへー」

「何なの」

「いや、なんかそういうの話せるようになったんだなぁ。お姉ちゃん嬉しい。って気持ち?」

 マリンが柔らかな笑みを浮かべる。

「同い年では?」

「誕生日はわたしの方が早いしー! そういえば、セーレ来月誕生日だな。なんか買うか……。何がいいと思う?」

「それは、マリンさんの方がよく知ってるんじゃ……」

「いやー。あいつ物欲ないから……」

「兵法書欲しいって言ってた」

 兵法書とはスキルの強化に使うアイテムだ。

「あー。こっちだとそういうのでいいのか。でも、なんか味気ないな……花……いや、興味ないか。まぁ、なんか考えとこ」

 マリンはグラスの酒を飲み干すと伸びをする。

「んー。話聞いてくれてありがと。すっきりしたー」

「じゃあ、俺はこれで……」

「うん。おやすみ」

「おやすみ」


 マリンの相手は少々疲れたが、二人の仲がよさそうでなによりだ。

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