第75話:釣れた獲物

 翌日には、セーレとマリンの様子がいつも通りになっているのを見て、街に散歩に出かけるとバルテルとクッキーがついてくる。

「飲み行かない?」

「昼間からはいけません」

 バルテルの提案をクッキーが即却下する。

「もー。クーさん真面目なんだから」

 などと言いつつも、二人はよく一緒にいる。歳が近いからだろう。

「クーさん、最近は製作何あげてる?」

「裁縫に取り掛かろうかと」

「じゃあ、わしは木工鍛えておこうかな」

「二人とも製作好きですね」

「わしは、ドワーフっていったら鍛冶かな~って感じで入ったけど、まぁモノ作るのは楽しいよね」

「わたくしは、別のゲームから製作やハウジングが好きでして」

「以前から一緒にゲームやってたんですか?」

 セーレから聞いた話を思い出して聞いてみる。

「そそ。グラフィックが綺麗でねー。でも、レベル上がってくると対人ばっかだったから、その辺であまり合わなくなってきちゃってね。このゲームのサービス開始で、皆でこっちに移っちゃったね」

「ですです。引退や休止した人も多くて人数はだいぶ減ってしまいましたが、レオ様たちが入ってくださって賑やかになってよかったです」

「募集はかけなかったんですね」

「身内ギルドみたいな感じの部分あったから、積極的には募集してなかったね。戦争したいわけでもなかったのと、狩りするにしてもそんなに困ってなかったから」

「確かに、入った時には俺とモカいる必要あるのかなーって思いましたよ」

「いやいや、盾ヒラいると安定するからちょうどよかったよ。ギルドで狩りするとセーレくん落ちたら一瞬で壊滅する編成じゃったから……」

「そうでございますね。……おや」

 クッキーが露店を見て足を止める。


「クッキーさん何かありました?」

 視線の先にはお菓子の材料や型をたくさん売っているプレイヤーの露店があった。看板には来月バレンタイン。という文字が書かれている。

 クッキーはしばらく考えてからお菓子の材料を購入し始める。

「クーさん、お菓子作り好きじゃから」

 購入しているクッキーの姿を見ながらバルテルが言う。

「ふふふ。皆様にバレンタインチョコレートをお届けいたしますよ」

「おお。義理チョコ最低保証一個じゃな。わしも作ってみようかな」

「うーん。おっさん二人のチョコレート」

「レオくんも作ったら?」

 なぜこの面子でそういう話になってしまったのか首を傾げる。

「お菓子は作ったことが……。まぁ、普通のレシピ使えばいけるか」

「普通に作っても、チョコレートは比較的簡単でございますよ。その昔、セーレ様は消し炭をお作りになられましたが」

「セーレは、料理できなさそうだもんな……」

「はい。料理の指導は諦めました。フライパンをお使いになると最大火力にされてしまいがちですし、塩少々だとか、ほどよくだとか曖昧なことを言うなとお怒りでした」

 気持ちはわからんでもない。

「そういえば、話変わるんじゃが」

 バルテルが髭を撫でながら口を開く。

「他の二竜にも新しいクエ追加されてたりするのかのう」

「気にはなるけど、また大型レイド倒すってなったら面倒くさそうだな……」

「アダマンティアの洞窟でしたら船を使えば比較的近いですし、見に行くだけ見に行ってもよろしいのでは」

 アダマンティアの洞窟は、カーリスから東に海を渡った別の大陸にある。

「まぁ……そうですね」

 行ってクエストを受けるか受けないかはまた別だ。観光がてら行くのも悪くはないだろう。

 アダマンティアの洞窟は、内部に水晶や宝石が散りばめられていて綺麗な場所だ。



 ギルドハウスに戻って、皆に三人で話していた内容を提案する。

「オレは行けますよ」

 セーレが即答する。

「うん、お前はわかってる」

「私は行ったことないから行ってみたいなー」

「皆が行くなら行くよー」

「一人で留守番は嫌っす」

 というわけで、あっさり行く方向に決まって、翌日には船着き場に行く。

「イーリアスに声かけてみたけど、イベントの準備あるから行けないってー」

「イベント?」

「バレンタインにちなんで、創作お菓子コンテストだって」

「えっ、ボクそっちの方に行きたいっす」

「ほほう。わたくしも興味が……」

 モカとクッキーが興味を惹かれた様子だ。

「わたしも気になるけど一か月近く先だし、さくっと行って帰ってくれば間に合うっしょ」

「さくっと行けるといいけど……」

「フラグをたてるのはやめなされ」


 すっかり元通りに綺麗になった船でアダマンティアのいる地域に向けて航海を始める。船は自動航行に設定していて、舵が時折勝手に動いている。

 見張りは交代で二人か三人で甲板に出ることになる。最初は俺とモカとシオンで、見張り台の上ではシオンが楽しそうに遠くを眺めている。シオンは、気分転換なのか装備を巫女衣装と薙刀のスキンにしている。

「ボクあそこは無理っすよ」

「俺もあまり……」

 高いところは怖いというほどでもないが、見張り台の足場は心もとなく見える。

 航海は風が寒いこと以外は大した障害はなく、俺とモカは暇を持て余して持ってきた釣り竿で釣りを始める。

「何釣れるっすかねぇ。まぁ、この世界は海も川も変わらないっすけど……」

 釣り糸を垂らして最初に釣れたのは秋刀魚だった。悪くない。

「わーい。サーモン」

 モカが嬉しそうにする。サーモンを好きなメンバーは多いので、これが一番当たりかもしれない。

 しばらく釣りを楽しんでいると、大きな手ごたえがくる。

「おっ。大物!」

 釣り竿を引き上げると大きな黒い魚が釣り上げられて目の前で輝いて消える。

 マグロだ。

「いいなー。ボクもでかいの何か釣れないかな……」

 モカがそう言うと、モカの釣り竿が大きくしなっている。

「おー、きたきた。何っすかねー」

 ルンルンで引き上げたモカの釣り竿には大きな……。


「ぎゃー!」


 モカが釣り竿から手を離す。

 映画でよく見るサメ。ホオジロザメだ。

 釣りあげられたホオジロザメは大きな口を開いてモカに向かって飛んでいき、そして、モカの目の前で輝いて消える。

「へー。サメ釣れるんだ」

「へーじゃないっすよー! うわ、インベントリのアイコンこわっ。破棄しよっ」

 モカが操作をしてホオジロザメを破棄しようとしたようだが、甲板の上にどーんとホオジロザメが出現する。

「ぎゃーっ! 操作間違えたっす!」

 出現したホオジロザメは床を這いずり回ってモカに向かって行く。

「いやぁあああ! 助けてぇえええっ!!」

 モカが俺を盾にして逃げる。

「ちょっと、抱き着かれると動きにくいって」

 釣り竿から剣に持ち変えようとするがモカが邪魔だ。

「とうっ」

 そうこうしていると、上からシオンが飛び降りてきてホオジロザメを薙刀で攻撃する。一撃でホオジロザメのHPが三割ほど減り、そのままシオンがザクザクとホオジロザメを薙刀で抉ると、ホオジロザメは動かなくなる。

「サンキュー」

「ふぇぇ、シオンさんありがとー! 怖かったっすよぉ」

「どういたしまして~」

「それにしてもよく飛び降りたね」

「これくらいなら落下ダメないってセーレさんが言ってたから~」

 そう言いながら、シオンはまた見張り台に登っていく。

「いやいや。わかってても飛び降りる勇気ないっすよ」

 モカが小声で俺に囁く。

「教育担当がセーレだからな……仕方ない。出会った頃は守らなきゃって思ったのになぁ……」

「そうっすね……。すっかり強くなったっすね……」

 シオンは強くなったのはもちろんのことだが、なかなか度胸があると思う。こればっかりは、セーレとは関係なく元からの性格が影響しているのだろう。

「さてと、釣り再開するか」

「えーっ! またサメ釣れたら嫌っすよぉ」

「俺は別に……」

 モカに文句を言われつつも俺は釣りを再開したが、ホオジロザメが再度釣れることはなく、交代の時間になって、マリンとバルテルが姿を現す。

「バル爺~。わたし上行っていい?」

「どうぞどうぞ」

「やったー」

 マリンが見張り台に登っていく。

「うちの女性陣は逞しいっすね……」

「お前はもうちょっと見習ってもいいんじゃないかな……」


 船室に行くと、セーレとクッキーがお茶をしている。というか、セーレがお茶を飲んで、後ろでクッキーが控えている。

「お疲れ様でした。どうぞ」

 クッキーから温かいお茶が差し出される。

「ありがとうございます」

「どうもっす。クッキーさんも座ったらどうっすか?」

「この位置が落ち着きますので。外の様子はいかがでしたか?」

「釣りしてたら、ホオジロザメ釣れたくらいかな」

「へぇ。見てみたいです」

 セーレが期待を込めた目で俺たちを見てくる。

「いやー。モカがアイコン怖いって言って、破棄しようとして間違えて甲板に出しちゃって、それをシオンさんが倒しちゃったから、もうないんだ」

「それは説明しなくっていいっすよぉ!」

「ふふふっ。モカさんらしいですね。オレも後で釣りしてみようかな」

 柔らかく笑うセーレの前に、モカがずいっと顔を近づける。

「なんですか?」

「いや、笑った顔いいなって思って?」

 モカがセーレの顔を眺め続けているので、セーレが笑顔を引っ込めて少し身を引く。

「うん。そして、やっぱり美青年」

 その言葉にセーレがモカにデコピンをお見舞いする。

「いったぁあああっ! ベネディクションー!」

 モカが頭を抱えてうずくまる。

「大げさですね」

「今の絶対HP半分くらい減ったっすよぉ!」

「さすがに半分は減ってなかったぞ」

「その口ぶりだと、減ったことは減ったんっすか!?」

「ちらっとみた感じ一割減ったかどうかくらいだったよ」

「そんだけHP減るって、セーレさんのデコピン凶悪過ぎでしょ!」

 モカが文句を言いながらセーレを睨む。

「オレの顔面は安くないので」

「キーッ! やっぱ、相変わらずっすね!」

「お前ら、仲良くなったよなぁ」

 二人の様子を見て、俺はしみじみと呟く。

「レオさんは、どこに目ん玉落としてきたんっすかー!」

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