第73話:華水帝マリニアン
それなりに早い時間には寝たはずだったが、翌朝目が覚めて時間を確認すれば昼頃だった。
久々にこんな時間まで寝た。討伐で疲れていたのだろう。
隣のベッドのセーレもまだ眠っている。
二度寝も考えたが、あまり遅くなっても今日の予定に響く。
「セーレ」
呼びかけると、セーレの目が薄っすらと開く。
「おはよう」
「ん……おはよ……ございます」
「二日酔いなってない?」
「んー……それはないと思いますけど……」
セーレは上体を起こすと俺の顔を見て、少し困ったような表情を浮かべてから視線を逸らす。
「昨日の……。すみません……」
「何が?」
「いや、なんか……、変な話しちゃって」
「俺は気にしてないよ。それに、お前が喋り始める前に喋って後悔しないか一応確認取ったけど?」
「酔っ払いにそんなこと言っても無駄ですよ……。まぁ……後悔は……してないですけど……ちょっと……。うー……」
そう言いながらセーレは立てた膝の上に腕を組んで顔を埋める。
「うーん、なんか新鮮な光景だな。しっかし、お前酔っぱらうとよく喋るよなー」
「言わないでください。ハルトさん」
「お、おう……。皆の前でそうやって呼ぶのはやめて……ね? 恥ずかしいから」
「んー、どうしようかな」
セーレは顔を上げると、膝の上に片手で頬杖をついて俺を見上げる。
別に本名がバレるのは構いはしないが、呼ばれるとなんだか恥ずかしい。以前モカと会った時は、ゲームの名前を呼ばれることが恥ずかしく感じたものだが、本名を呼ばれ慣れていない人から本名を呼ばれるというのも俺にとっては恥ずかしいことのようだ。
俺が困っていると、セーレがふっと笑い声を漏らす。
「そんな意地悪しませんよ」
「そうしてくれ」
「たぶん」
「付け加えるなよ」
「ふふふっ」
まぁ、セーレが楽しそうなのであれば、そう悪い話でもないが恥ずかしいものは恥ずかしい。
食堂に行くと皆が揃っていた。
「おはよー。遅かったね」
「昨日寝る前に二人で飲んでて……」
「えーっ、飲むなら誘ってくださいよぅ」
「わしもわしも」
「ごめんごめん、今度ね」
シオンとバルテルに謝りながら卓につく。
「もうご飯食べたの?」
「お昼はまだだよー。二人が来たら食べようかって話してた」
「待たせてごめんね」
「ボクはついさっき起きたばっかりっす」
「モカより遅かったのは、ショックだなー」
「どういう意味っすかー」
「そのまんまだよ」
「それでは、皆様昼食にいたしましょう」
クッキーが洋風の料理を卓に並べて行く。
「好き嫌いせずにお召し上がりくださいませ」
栄養が偏るから。と、週の半分くらいはクッキーが食事を管理しているが、正直この世界ではあまり関係はなさそうである。そもそも現実にない食材すらあるので、偏りがあるかどうか謎の部分もある。
「ピーマン滅ぶべし」
モカが渋い顔で野菜を口に運んでいる。
「モカ様、それはパプリカでございます」
「どっちも嫌っすよー」
食事をしてからクラーケンの討伐クエストを受けた場所へと向かうと、変わらずタツノオトシゴのNPCがいた。
「ああ、旅のお方。この度は誠にありがとうございました。マリニアン様もきっとお喜びになられるでしょう。それでは、マリニアン様の元へご案内いたします」
ふわっと眩い光に包まれると、サンゴ礁に彩られた美しい水中神殿の中にいた。
水の中で一瞬息ができないのでは。と思ったが、身体は泡に包まれていて、地上と変わらず呼吸ができた。
水中神殿は竜に合わせてつくられた作りなのか、全てが巨大で通路は広く天井も高い。
見上げると色とりどりの魚が、頭の上を通っていく。
「わー綺麗」
その様子をシオンが足を止めて見上げている。
「ささ、こちらに」
タツノオトシゴに案内されて奥まで進んでいくと、装飾品を纏った美しい青い竜が鎮座していた。名前は確認するまでもない。マリニアンだ。
マリニアンの傍らにはハープで穏やかな旋律を奏でている人魚が一人、その演奏に合わせて歌を歌っている人魚が数名。人魚たちはこちらの様子を気にした様子もなくマリニアンの周囲を泳ぎながら歌っている。
「私は水中神殿の主、華水帝マリニアン。よくぞ参りました」
マリニアンから発せられたのは落ち着いた大人の女性の声だ。敵意は感じられずに大きな瞳で、慈しむように俺たちを見下ろしている。
「此度の活躍、見事なものでありました。海が平穏を取り戻したこと、感謝します」
「うーん、自分で倒しに行った方が早かったんじゃないっすかね……」
モカが呟くとマリニアンが笑う。
「ふふっ。そうできたらよかったのですが、私はこの場から動けぬ定めなのです」
「わっ、わっ。ごめんなさい。会話できるんっすね」
どうやらフレイリッグと同じく、マリニアンも会話ができるようだ。
「マリニアン……さん。質問が」
「聞きましょう。人の子よ」
「マリニアンさんは、この世界について何かご存じですか?」
俺の問いにマリニアンは首を傾げるような仕草をする。
「ずいぶんと抽象的な質問ですね」
「えーっと、この世界はフレイリッグが願いを叶えたからできたものだと……」
「ええ。かの竜は願いを叶えるもの。今の世界は願いの結果のもの」
「マリニアンさんは、この世界を元に戻すことは可能ですか?」
「それは、できかねます」
微かな希望はあっさりと消滅してしまったが、想定の範囲内であるので落胆は少ない。
「では、フレイリッグの討伐に力を貸していただくことは……?」
「残念ながら、私はここから動けぬ定め故、出向くことはできません」
「そうですか……」
「さて、此度の働きに感謝し、褒美を取らせましょう」
人魚たちが、俺たち一人ひとりに宝箱を持ってくる。手に取ると宝箱は弾けて消える。
インベントリを確認すれば、装備やスキルの強化上げに使用するアイテムなどと一緒に、『マリニアンの恩寵』とかかれた水晶玉のようなアイテムが入っている。説明文は水の恵みをもたらすと書かれている。
「それでは、人の子よ。またいつでも話をしにいらっしゃい」
その言葉と共に視界が光に包まれて、俺たちは地上に立っていた。
「やっぱ……どうにかはしてくれなかったな」
「そうじゃのう」
「このアイテムなんだろ?」
モカが水晶玉を取り出してそれを撫でると、ふんわりと微かに輝いたがそれだけだ。
「うーん……?」
皆で首を傾げていると、日差しが陰ってくる。
「うわ、急に曇ってきた……」
見上げると、暗く重い雨雲が頭上に集まってきて一瞬で大雨になる。
「わーっ!?」
皆で、慌てて近くにあった建物の屋根の下へと避難する。
「もしかして……この石って雨乞いの石……? みたいなのかなぁ」
シオンが空を見上げながらポツリと呟く。雨雲は俺たちの周囲だけに集まっていて、少し先は晴れ間がある。雨雲の範囲は数kmと言ったところだろうか。
「うわー。クソアイテムじゃん」
マリンがげんなりした顔で呟く。
「砂漠で遭難したら役にたつかもしれないっすよ……」
「砂漠いかないもーん!」
「まぁまぁ。記念品に取っておきましょう」
クッキーがマリンをなだめる。
三十分ほど屋根の下で時間を潰していると、雨雲は去っていく。
「カーリスかえろっか……」
「せっかくだから、船で帰る?」
「それもいいねー。ボロボロだけど」
「クラーケンまた出たりしないっすかね?」
「大型レイドなら一週間くらいはリポップしないのではないでしょうか」
話し合いの結果船で帰ることになり、ターハイズに再度立ち寄って、世話になったギルドの人に挨拶をしてから船着き場に向かう。イーリアスのメンバーもついでに連れて帰ることになり、停泊中の船の前に集合する。相変わらずメインマストは折れたままだ。
「直せないのかのう」
バルテルが残念そうに船を見上げる。
「あー。お城はNPCに素材渡すと修繕してくれましたよ。船もそういうのあるかも?」
メロンの言葉を聞いて周囲のNPCに話しかけてみるが、それらしいものは見当たらなかったので、そのままボロ船に皆で乗り込む。
「私、操舵やってみたい」
とシオンがクッキーとともに舵のところに行くと船が動き始める。
「ボクもくるくるしたいっす!」
「わたしもー」
モカとマリンも舵の周りに行って順番待ちをしている。
楽しそうでなによりだ。と少し離れたところからその様子を見守る。セーレとバルテルは船内に行ったのか見当たらない。足場も悪いし、手すりもないのだからあまり甲板にいる理由もない。イーリアスのメンバーも全員船内に行ってしまった。
俺は一応見張りで残ると言ってあるので、のんびりと海を眺める。
何事もなく綺麗な海である。
もう少し暖かくなればクルージングを楽しむのもいいかもしれない。
皆の様子を眺めていると、足元でカタンという音がする。
「うん……?」
不思議に思って見ると特に何もない。しかし、気になる点があった。
「あれ、ここ穴空いてなかったかな……」
他のところと見間違えたかと思って周囲を見ると壊れた個所がいくつか元に戻っている。
復旧方法でもわかったのだろうか。それとも自然回復なのだろうか。
船の様子を眺めていると、近くの扉からセーレが顔を出して甲板の様子を眺めている。
「船、少し直ったみたいだけど、直し方わかったの?」
「はい。備蓄庫に資材持っていけば直せるみたいです」
話している間にも、手すりが一部復活する。
「手持ちだと足りなさそうなので、完全に直すとしたらまた資材必要になりますね。では、バルテルさんに報告に戻ります」
そのまま眺めていると、床と手すりがいくらか直っていった。
「レオくんもやるー?」
皆が操舵を堪能したのか、俺に話しかけてくる。
「じゃあ、せっかくだしやろうかな」
「面舵いっぱーい!」
「よーそろー。って、どっち……」
「ブー、そっちは取舵」
シオンの掛け声で回してみたが違ったらしく、マリンにダメ出しをされる。
それからワイワイと航海は順調に進んで、陸路で行くよりは早くカーリス付近の港に到着した。港に到着すると、イーリアスのメンバーが余っている木材を融通してくれて船はすっかり元通りになった。
「また今度乗せてくださいね!」
「今度は釣りにでも」
「はーい」
手を振って去っていくメロンを見送ってから、俺たちもギルドハウスへと戻る。
カーリスの街中は、戦争の面影などなく平穏で、プレイヤーが普通に出歩いている。
リアルの戦争後なら物流や経済への影響やらなんやらがありそうだが、この世界ではそんなこともない。
「ま、そういうところはいいのかもな……」
しかし、この手で人を傷つけたという記憶は残り続けていて、それはやはり嫌なものだ。
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