第70話:酔余の話2
それなりに長い間笑っていたセーレだったが、落ち着いてきて再び喋り始める。
「パラの人って本名から名前もじるってつけるの好きなのでしょうか」
「他に誰かいるの?」
「レオさんが知ってる人だとアキさん」
「へー」
「本名、アキヒロって言うんですよ」
「それ本人の許可なしに言って大丈夫!?」
「へーきへーき、たまにゲーム内でも本名呼ばれてるし、わりと自分から個人情報ほいほい喋りますし、なんなら名刺くれますよ」
軽い調子でセーレが言う。
「そ、そう……。でもリアル知ってるのって楽しそうだよな。俺はモカしか知らないけど」
「モカさんは気になりますね」
「俺からはノーコメントで。聞きたかったら本人に聞いて。……普通に教えてくれると思うけど」
「うーん……。オレがそんなこと聞いたら変な顔されそうですね」
「そりゃあな。お前が普段から今くらいのテンションだったら、もうちょっと話しやすいと思うんだけど」
笑顔で楽しそうに喋っているセーレは、柔らかい雰囲気で見ていて人好きがする。
「ははは。それは、普段のオレとは話しにくいってことですか?」
「俺は普段のお前でも構わないけど、モカは未だにびびってるとこあるよ」
「ああ、そうですね。でも、モカさんのそういうところは小動物じみていて可愛らしいので、そのままでいいかなと」
「……かわいそうに。そういえば、前にシオンさんと話してた時に、リアル戻れたら皆でオフ会してみたいねって話したな」
「初耳です」
「その時は、お前来るかどうかわからないなーって話してて」
「行きますよ。マリンとクッキーさんも連れて」
セーレがニコニコと言う。
「是非。……あれ、そういえばバルテルさんはどういう知り合いなの?」
「バルさんとは別のゲームで同じギルドだったのが、そのままという感じですね。北海道在住ですけど呼べば来ると思いますよ」
「フットワーク軽いね」
「たまに仕事で関東来たりすることもあるので、ついでに会うこともありますね。あの人、リアルでもお酒ばかり飲んでます」
「あはは。よく飲まないかと誘われるよ」
「クッキーさんが飲めないので、レオさんに目をつけているのでしょう」
「だろうなぁ。それにしてもリアルか。戻りたいな」
この状態になってから、とっくに半年以上過ぎている。
未だに皆生きているし、もしかしたらリアルの方がなくなっているのでは。なんて思ってしまうが、さすがにそれはないと思いたい。
「年末年始は毎年実家帰ってたけど、親どうしてるかなぁ。会えなくなるなら、もうちょっと親孝行しておけばよかったとか思ってしまうな」
実家に帰っても、いらぬお節介を煙たがってばかりだった。俺にとっては鬱陶しいことでも、親は将来を心配して言ってくれていた部分は少なからずあったのだろう。
「セーレは家族どうなの?」
「あー……その……」
セーレの表情が一瞬曇ったように見えた。
聞いてはいけない話だったかと思って、話題を変えようと口を開くが、先にセーレが話始める。
「いやーもう。聞いてくださいよ。オレの家って家族仲最悪……というより、崩壊してるんですよ」
へらへらと笑いながらセーレが言う。
「お、おう……」
果たして笑って話せる内容なのだろうか。
「オレ、ハーフなんですけど。両親は祖父に反対されて結婚したみたいで、両親と祖父がしょっちゅう喧嘩してて巻き込まれたりして、ほんといい迷惑でしたよ。ついでに、祖父からは虐待されるわ、兄は自殺しようとするわで。その件で、母親は兄連れて国に帰っちゃって、オレだけこっち残されてさ。家族に微塵も愛着ないし、リアル帰れないかもって思った時は正直嬉しかったですよ」
軽い調子でセーレが言うが、内容が重い。
今まで、あまり考えはしなかったが、何らかの事情でリアルに帰りたくない人間もいくらかいてもおかしくなかったのだ。セーレがそうだとは思いもしなかったが、確かに思い返してみればリアルに執着があるようには見えなかった。
「父親は、オレが優秀だったら祖父のこと見返せるとか思ったのかなぁ……。小さい頃は勉強や習い事ばっかりで、テレビとか見る暇もなかったからアニメやゲームも全然知らなくて、同年代の子とも何話していいかわからなかったし、無理に話すのも正直苦痛だったな……。気にしてたのは家族の顔色ばかり」
セーレの表情から少し元気がなくなっていって、セーレはため息をつくと、グラスを取って酒を口元に運ぶ。
「……オレの見た目あまり日本人っぽくなかったし、家柄もあったからか、好奇心や下心で寄ってくる人はいても、普通に接してくれるような人は稀でさ。オレも人と話すのは得意じゃないから、マリン以外友だちいなかったな。祖父亡くなって……大人になってからは、自由な時間できるようになったけど、今更時間自由に使えるってなってもわからなくて……」
「うん……」
「マリンがゲーム誘ってくれたから、それでゲームやるようになって。で、MMOだとその辺の事情なしで始まるから、居心地よかったんですよね」
「そう……なんだ」
お嬢様というからには、あまり苦労せずに育ったのかと思っていたので、能天気に話を振ってしまったことに、ちょっとした自己嫌悪に陥る。リアルの話にあまり乗ってこなかったのも、納得できる話だ。
「ああ、すみません。なんか暗い話になっちゃって……。今は人と話すのも昔ほど嫌いじゃないですし、皆さんといるのは楽しいです。皆さんがリアルに戻りたいというのならオレも協力したいですよ」
セーレはそう言って、少し前までしていたように明るく微笑む。
「強いな、セーレは」
「えっ。話、聞いてました? オレ弱いですよ」
「聞いてたから思ったんだけど? 俺だったら逃げ出してるか、家族ぶん殴ってると思う」
「あー……。あはは……それに近いことやっちゃったから……今の状態……」
「それは……」
「以前、父から見合いでもどうかとか言われて、こんな家庭環境で育てておいて結婚とかふざけんなって、手上げちゃって。勢いでそのまま家出てこうって思ったらなぜか父の方が、出て行っちゃって。本当は家にいたくもないですけど、オレ出ていったらクッキーさん困っちゃうと思うし……。まぁ、オレも一人で生活できる気はしないですけど」
そう言うものの、セーレならばやる気になれば一人暮らしはできるだろうと思う。生活できない云々はクッキーを困らせないための方便のようにも思える。
「そ……そうか」
「そういえば、以前レオさんとシオンさんが、実家帰った時に親から結婚どうこうのって話してた時、皆そういうのあるんだなーって内心思ってました」
「ああ、そんな話もしたような。話混ざればよかったのに」
「うーん、あの頃は……自分の話あまりしたくなかったというのもありますけど、オレの感性他の人と違うなって思って、下手に喋らないでおこうって……。敵と戦えるの、正直楽しかったですし」
「なるほどな。最初の頃は謎の人だったわ。お前」
「今は、謎はなくなりましたか?」
「いや……。やっぱ、考えてることはよくわからないことが多いとは思う」
「ふふっ。そうですか」
セーレは笑うと手元のグラスを飲み干して、新しく別のグラスを置く。
「まー……でも、あの時点で楽しいって言われたら引いてたかもしれないな。今は、お前らしいなとは思うけど」
「ええまぁ。モカさんの反応が一般的な人の考えに近いのかなって」
「俺は一般的ではないの?」
「レオさんは、意外と冒険する人だなって思います」
「いや、それはだいたいお前のせいだと思うけど?」
「いやいや、オレより先にオークのレイド突っ込んでいったし、モラクスの時だって囮になるとか言い出すし。たぶん、普通の人はやりませんよ。最近だとガトリングの……」
「そう言われると……そんな気がしないでもないけど……。その場の勢いってあるだろ」
「うーん、オレが言うのもなんだと思いますけど、やっぱないと思います」
「ほんと、お前には言われたくないわ」
「ははは」
笑いながらセーレがグラスに口をつける。
「お前、飲みすぎじゃない?」
「まだまだいけますよ」
「酔っ払いのその言葉は信用できないなぁ」
「ふふふ、まぁでも……これくらいにしておこうかな。酔いすぎるとろくなことないし……」
そう言って、セーレが手元のグラスを一気に飲み干す。
「それは飲むんかい」
「もう、一杯や二杯変わらないでしょう。はー……。それにしても……マリン以外にこういう話したの初めてかも……」
「話したいなら、いつでもどうぞ」
「うーん、もう話せるようなことはないかも……ふぁ……」
セーレが小さく欠伸をする。
「眠い?」
「そうですね……。アルコール入ると、どうにも眠く……」
「うん。アルコール入ったとかいうレベルじゃなくて飲みすぎ。疲れもあるだろうし寝ようか」
「はい。お付き合いいただいて、ありがとうございました。おやすみなさい」
セーレは、ややフラフラとした足取りでベッドに上がっていったかと思えば、布団も被らずに寝てしまうので、上に布団を被せてやる。
「おやすみ」
酒の勢いがあったとは言え、普段しない話をしてくれたことを嬉しく思いつつも、果たして本当に聞いてしまってよかったのだろうか。と、しばし考える。
「ま……答えは明日出るか……」
部屋の灯りを消して、俺も布団に入ればほどよい眠気が襲ってきた。
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