第69話:酔余の話1
宿に着いて食事を済ませて打ち上げと称して少し飲んだ後は、皆疲れていて早々に寝室へと行ってしまう。
今日の部屋割りはセーレと一緒だ。
部屋に入れば、セーレが机の上に酒を置いて飲み始める。
「まだ飲むなら一杯付き合おうか?」
向かいの椅子に座るとセーレからトレードでモスコミュールとスクリュードライバー送られてくる。好きな方を飲めというわけだろうか。ひとまずスクリュードライバーに口をつけると、その辺の居酒屋で飲むのと違って、なかなか度数は高そうなのが一口飲んだだけでわかる。
「無事討伐終わってよかったな。指揮お疲れ」
「うーん……。指揮、粗だらけでした」
「いや、そんな風には……?」
初めて戦う相手に、よく迷いなく指示を出せるものだと思っていたものだが、セーレからすると違うらしい。
「編成も甘かったなぁ……って」
「まぁ初めてだったしその辺は仕方ないんじゃないかなぁ……」
「初めてだからこそ、もっと外部に声かけて余裕のある編成にすればよかったと思います。サブタンクもいなかったし、ヒーラー不足気味でしたし。レオさん負担かけてすみません」
セーレが俺に深々と頭を下げる。
セーレは普段とどことなく様子が違う。思い返してみれば、セーレは食事の時から結構飲んでいた気がするし、頬が少し赤いので酔っているのだろう。
「俺は気にしてないけど……。むしろ、ほとんどタゲ固定できなかったし、近接だとあまり役に立たなかったなぁって」
「近接……ですか」
「ああ、近接が役に立たなかったとかいうわけではなくだな……」
「いいえ、クラーケンはたぶん大砲以外の遠距離耐性高い様子だったので、近接がしっかり殴れるか、もしくは大砲で攻撃できる状況をもっと作ることができればよかったなと。まぁ……甲板にいる状態でも殴りに行けとは言い辛くて……」
「そりゃな……」
「ああ、オレとタケさんが十人くらいいれば楽勝だったのに……」
深々とため息をついてセーレが項垂れる。
「セーレ、酔ってる?」
「そうですね、酔ってます。シオンさんじゃないですけど、酒が飲みたい気分でした。……ゲームだからとか言っていたのに、マリンが落ちてからは、めちゃくちゃ焦ったし……」
マリンが海に落ちた一瞬以外はあまり焦っているようにも見えなかったが……。
「ああ、そういえばメロンさんの前では慌ててたね」
「はい、その節はご迷惑を……。もし、マリン見つからなかったらどうしよう。私のせいだってって思って……それで頭いっぱいで、どう返すのが最適なのか全然言葉思い浮かばなくて……。メロンさん泣きそうになってたし……」
セーレの一人称に驚いて顔を見るが、俺の視線に気づいた様子もない。セーレは手元の酒を飲み干して、追加の酒を机に置く。
「セ、セーレ。ちょっと、酔った勢いで喋りすぎて後悔したりしない?」
俺の言葉にセーレはきょとんとした顔をしてから、笑う。
「ははは、私……ああ、そっか……オレ……か。いやまぁどっちでもいいですけど……、オレは酒でもないとあまり感情的な話できないから……。迷惑だったらやめておきますよ」
「……ううん、セーレが話したいなら聞くよ」
「では……いや、うーん。やっぱり恥ずかしいですね……。マリンやモカさんみたいに自然と自分の感情出せるのって少し羨ましいです」
目を細めてふにゃっと笑うセーレは、普段と全然印象が違う。
「それは、俺も思うな。まー、モカはちょっと正直すぎたり、デリカシーなかったりするところが多いから良し悪しだと思うけど」
「ああ。モカさんは……。そうですね、最初の頃は絶対この人とは合わない。って思いました」
「うん、そうだろうな。見ててヒヤヒヤすることあった」
「シオンさんからも仲良くしなさいって言われましたね」
「あはは……。モカは、最初からお前の性別わかってたら、もうちょっとマシだったと思うんだけどな……」
「どうでしょう。それはそれで何かしらあったかもしれません」
「……そうかもな」
モカならわかっていても、口を滑らせて失礼なことを言いそうな気はしないでもない。そうでなくとも、初期の二人は性格や考え方が違いすぎて相性はあまりよくなかった。
「そういえば……。性別といえば、ずっと気になってたことがあるんだけど」
「はい」
「前にクッキーさんが、お前のことお嬢様って言ってたの、何?」
今なら答えてくれそうな気がして、ついつい聞いてしまう。
「ふ……ふふ。モカさんでも遠慮して聞いてこなかったのに、聞きますか?」
「あ、ごめん。嫌ならいい」
「いえ。大したことではないですよ。家がちょっと金持ちなだけで、クッキーさんはうちの執事です」
「執事」
「もうお嬢様って歳でもないし、柄でもないし、やめてくれ。って、言ってるんですけど油断すると出るようで」
「うん、お嬢様感ないよな。お前」
「ひどいですね」
そうは言ったものの、セーレは気分を害した様子もなく笑ったままグラスを傾けている。
「そういえば、アキさんと初めてリアルで会った時に、セーレ君が女性のはずない。って頭抱えてたのは面白かったです」
「俺はアキさんに同情するよ……」
頭を抱えるアキレウスの様子が目に浮かぶようだ。
「一言も男だとは言ってなかったんですけどね」
「一人称、俺とか僕とかでも女性かなって人はいなくもないけど、ゲーム内の情報だけじゃお前はわからなかったわ……」
「そうですか? メロンさんには納得されましたけど」
「うーむ……。女の勘ってやつ?」
「いえ、普段の言動からの積み重ねのようですよ」
「ええーっ……」
少し考えてみるが、女性に優しいわりに下心がまるでなさそうなあたり……とかだろうか。まぁ、後から考えれば納得できる部分は多々あったが、やはりゲーム内の情報だけでは俺にはわからなかった気はする。そもそもゲーム内での交流期間は浅かった。
「そうだ。せっかくですし、レオさんのことも何か教えてくださいよ」
「リアル?」
「はい」
「いや、俺は取り立てて話すようなことも……」
いたって平凡で平和な一般家庭で育った。特別な何かなどない。
「ではお名前を」
「名前……」
「オレだけ知られてるの不公平でしょ」
「セーレの本名は、ユウ……だっけ?」
マリンが口走っていた名前を思い出す。
「はい。しっかり覚えられていますね」
「はは……。じゃあ……。俺の名前はハルト……です」
なぜか少し改まって言ってしまう。
「ああ、レオンハルトって……」
「うん……」
気づかれると、恥ずかしくなって酒のせいだけでなく顔が熱くなってくる。
「ハルトさん」
「うわー! 恥ずかしい! やめて!!」
名前を呼ばれて思わず顔を覆ってしまう。
「あははははっ、なんですかその反応。可愛らしいですね、ハルトさん?」
セーレが声を立てて笑い始めるので、俺は顔を両手で覆ったまま俯く。
「お前、完全に酔っ払いだな!? もう名前呼ばなくていいから!」
「いいじゃないですか、減るもんじゃなし。ね? ハルトさん、顔が赤いですよー」
「……おやめになってください。ユ……ユウお嬢様」
「あっはははは。そんな、恥ずかしそうに言われても、ははっ」
だめだ、反撃しても無駄だ。
もう、何も言うまい。
俺は手元の酒を飲み干し、もう一杯の酒を新たに机に置いて、黙り込んだままセーレを眺める。度数が高すぎて一気に飲んだことをちょっと後悔したが、セーレが口を開けて笑う姿は珍しくて、見ているとつられて俺の口元にも笑みが浮かぶ。
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