第30話:苦難の砂漠越え2

 一方その頃。

「レオさん、右後方注意して!」

「ああ」

 セーレを負傷させたサソリと同種のサソリを見つけて、シオンと二人で討伐を始める。


「あそこの岩のところなら、他の敵来なさそう」

「わかった」

 もうずいぶん前に枯れてしまったのか、石のようになっている木が点在しているところを走り抜けて、垂直に切り立った岩でできている崖の下までサソリを引いていく。岩壁付近に位置を取れば、サソリの動きが少し制限されて攻撃が鈍くなる。

 わかってはいたことだが、二人ではなかなかサソリのHPを減らすことができない。パラディンは火力が低いし、シオンはアタッカーだがレベルが足りない。

「やっぱ、セーレさんの火力すごかったんだね」

「うん……」

 少しだけ会話をして、それからは集中してサソリと戦い続ける。尻尾には絶対に触れないようにして、防御スキルの合間に回復アイテムを使う。自分のHPには余裕があるので、対処を間違えなければこのままいけるはずだ。サソリの後ろから尻尾を攻撃しているシオンも、危険な兆候があればさっと身を引いていく。

 セーレがいれば一分とかからずにかたがつくような相手を十分以上かけて倒す。

「だめ、見当たらない……」

 二人で倒したサソリの周囲を漁るが、解毒剤のようなものは見当たらない。

「もう一匹探してくるから、ここで待ってて」

 減ったHPを回復させてから、再びサソリを探しに向かう。

「うん」


 目当ての個体の数は少なく、砂と同化しているのもあって、なかなか見つけられないまま焦りが募る。そもそも本当に解毒剤を落とすかどうかもわからないのだ。

 最初に倒したサソリから、一匹、二匹と倒すが関係のない素材しか落とさない。

 探すのにも倒すのにも時間がかかって、シオンの表情にも焦りと疲労の色が濃い。

 さらに何匹か倒して空が白み始めてきて、祈るように今戦っているサソリに止めを刺して、サソリの周囲を調べる。

「あっ、これ……!」

 シオンが緑色の液体の入った小瓶を拾いあげ、インベントリを確かめる。

「サンドスコーピオンの解毒剤って書いてある!」

「戻ろう!」

 二人でオアシスまで駆けていく。

 走っている間に日が昇ってきて、だんだんと周囲が暑くなってきて俺たちのHPが減っていく。レベルの低いシオンのHPは減りが早いが、走りながらPOTを使って耐えている。


「ただいま!」

 セーレの傍らに座っていたモカがハッと顔を上げる。

「どうにかなりそうっすか!?」

「うん。薬持ってきた」

「セーレさん、ごめんね。辛いけど起きてくれるかな」

 ぐったりとしているセーレを抱き起こすと、苦しそうな声が漏れる。俺がセーレを支えて、シオンがゆっくりとセーレの口から解毒剤を飲ませていく。しかし、解毒剤を使い切っても、セーレはそのままぐったりしている。

「あ、あれ……。薬足りないのかなぁ……?」

 シオンが泣きそうな顔でセーレの顔を覗き込む。

「ううん。さっきより、呼吸穏やかになってるから……大丈夫だと思うっす」

 モカがセーレにヒールをかける。それにもセーレは特に反応はしなかったが、もうHPは減っていかない。その様子に、皆、安堵のため息を漏らす。

「二人ともありがとうっす。セーレさんはボクが見てるから休んでて」

「ああ……少し休ませてもらおうかな。交代したくなったら起こして」

 焦りと緊張から解き放たれて一気に疲れが押し寄せてくる。

 俺は近くのラグの上にそのまま横になる。シオンもセーレの顔を少し眺めてから部屋の奥へ移動していく。


 眠りに落ちてどれくらい経ったのか、疲れていたから結構長く寝てしまったかもしれない。話し声がして目が覚める。

 モカとシオンが小声で話している。

「モカちゃん、そろそろ交代するよ」

「俺もだいぶ疲れとれたから見てるよ」

 起き上がってセーレの傍に行くと、寝る前に見た時よりは顔色がよくなっている。

「じゃー……、交代お願いするっす」

 会話に反応したのか、セーレが身じろぎをしてからぼんやり目を開ける。

「ん……」

「具合大丈夫っすか!?」

 立ち上がろうとしていたモカが、座り込んでセーレの手を握る。

「はい……。少し怠いけど……よくなった……かな」

 掠れた声でセーレが呟く。

「あっ、セーレさん。喉乾いてる? お水飲む?」

「……はい」

 セーレが起き上がろうとするが自力で起き上がれない様子で、俺がセーレを支えて補助する。俺の反対側からはシオンがゆっくりとセーレに水を飲ませる。


 コップの水を半分ほど飲むとセーレが口を開く。

「すみません。ご迷惑を……」

 セーレが申し訳なさそうに俯く。

「オレ、戦闘しか能がないのにヘマしちゃって……」

「な、何言ってるっすか! そんなことないっすよ!」

 モカが怒って正面からセーレの両肩を掴むと、セーレは驚いたようにモカの顔を見る。

「戦闘じゃなくてもめっちゃ助けられてるっすよ! まぁ、ちょっと言い方がカチーンってくることはあるっすけど、優しいとこあるし、ボクじゃ思いつかないこと言うし、バイオリン弾けるし、美青年だし! ボクはセーレさんのこと好きっすよ!」

「え、あ……はい。ありがとう……ございます」

 セーレがモカの気迫に押されて、しどろもどろに答える。

「だから、えっと。あっ! 助けてくれて、ありがとうっす!」

「はい……」

「ええええっと、まぁ、とにかくよくなってよかったっす! けど、なんか恥ずかしくなっちゃったからボクはこれで……!」

 そう言って、モカは顔を真っ赤にしてパタパタと奥の部屋に走っていく。


「びっくりした……」

 セーレがポカンと、モカの去った方向を眺めている。

「あはは……。モカちゃんとても心配してたんだよ~」

「シオンさんもね。解毒剤見つけられたのはシオンさんのおかげかな」

「……はい。皆さんありがとうございます」

 セーレが少し口の端を上げて、ぎこちなく微笑む。

「まだ顔色悪いねぇ。でも、熱はなさそうだね。よしよし」

 シオンがセーレの額に手を当てて、それからセーレの頭を撫でる。

「それじゃ、今日のところはゆっくり休めよ。近くにはいるから何かあったら呼んで」



 翌日の午後には、セーレの顔色もだいぶよくなって、自力で起き上がって食事をしている。

「おかげさまで動けるようにはなりましたので、今日の夜には出発しましょうか」

「だめ」

「だめっす」

「だめだよ~」

 全員に止められて、セーレが困惑した表情を浮かべる。

「今日は、休養。俺たちも疲れてるし」

「そうですか……?」

 釈然としなさそうな顔をしながらもセーレは一応納得したようだ。


「あっ、そうそう。珍しい食べ物売ってたよ~。食べる?」

 シオンが話題を変えるように、インベントリを操作して手の中にアイテムを取り出す。

「何っすか?」


「トカゲの串焼き」


「ぎゃー!?」

 シオンが取り出したトカゲの串焼きに、モカが未だかつてない俊敏なバックステップで逃げて、セーレも顔をそっと背ける。

「鶏ささみにちょっと似てて結構美味しいよ~? お酒に合いそうだけど……皆は、だめっぽい……かなぁ?」

 シオンが、ちらりと俺の方を見る。

「一本……もらおうかな」

 シオンから受け取ったトカゲの串焼きを恐る恐る食べてみると、意外とジューシーだった。

「へー。見た目はちょっとアレだけど結構いけそう」

「見た目が論外もいいとこっすよ!!」

「二人も食べてみたら?」

「嫌っす! ね? セーレさん」

「え、ええ。そうですね……」

「もう見たくもないから、隣の部屋一緒に行くっすよ!」

「いえ、オレはそこまででは……」


 モカがセーレの腕を引っ張って、立ち上がらせる。大股で歩いて行くモカの後ろをセーレが歩いていくが、セーレは途中で立ち止まったかと思えば壁に片手をついてもたれかかる。

「セーレ?」

 慌てて駆け寄る。モカも気づいて戻ってきて、シオンも心配そうに覗き込む。

「すみません……。立ち眩み……かな」

 セーレはそう言うと、ずるずると床に座り込む。

「ベッドあるところ運ぶから、モカ、そこの扉開けて」

「は、はいっす」


 セーレをベッドに寝かせて、しばらく様子を見ていたが三十分ほどすれば再度起き上がれるようにはなっていた。

「うーん、貧血みたいなかんじじゃないかな? 私、しばらく付き添ってるね」

「ボクも見てるっすよ!」

「いや、モカ。お前はこっちこい」

「なんでっすか?」

「お前いたら、煩くて休めないだろ」

「失礼っすね!」

 文句を言いつつもモカは、一緒に部屋を出てきた。

「セーレさん、大丈夫っすかね……」

「……うーん。今回に限ったことじゃないけど、無理してるところはあるかもしれないな」

「そうっすね……。あんま顔に出ないっすけど……。結構無理しちゃってるっすかね……」

 昨日の口ぶりからすると、セーレは、戦闘以外では役に立っていないと思っている節がある。だから自分が足を引っ張ることを恐れているのかもしれない。


◇◇◇


「落ち着いた?」

 二人きりの部屋でシオンが、セーレの顔を覗き込む。

「はい……。すみません」

「謝らなくていいよー。でも、もう無理しないでね」

「治ったと……思って……。この世界で体調不良ありませんでしたし……」

「そうだねぇ。でも、酔っぱらうこととかはあるから、全くないわけではないのかも」

 会話をしつつもセーレは浮かない表情でため息をつく。

「セーレさんは、自分のこと戦闘しか取り柄がないと思っていたりする?」

 シオンの言葉に、驚いた様子でセーレが顔を上げる。

「そう……ですね。戦えないのであれば、オレの利用価値ないと思います」

「うーん。それじゃあ逆に聞くけど、セーレさんは、なんで皆と一緒にいてくれるの? 戦闘だったら私いてもあまり役にたたないよね。守ってもらってばっかりで。なんなら、レオさんやモカちゃんもいなくても、セーレさんなら一人でもやっていけるかもって思うんだけど、セーレさんが皆と一緒にいてくれてるのはなんでかな?」

「それは……」

 続く言葉はなかったが、雰囲気からして思い当たった様子だ。

「昨日のモカちゃんの言葉、覚えてるよね?」

「……はい」

「だったら、私の言いたいこともわかる?」

「えっと……」

 セーレが困惑した様子でシオンの顔を見る。

「うーん。ちょっと意地悪しちゃったかな。ごめんね~。えーっとね……。私も戦闘なんてなくても、セーレさんと一緒にいるの楽しいし、セーレさんもそう思ってくれてるなら嬉しいよ」

「はい。……あ、ありがとうございます」

 セーレが少し恥ずかしそうに微笑むと、シオンも微笑みを返す。

「えへへ。こういうの少し恥ずかしいね……」


◇◇◇


 念のためさらに一泊してから、その翌日の夜に移動をして、港があるという街に何事もなく到着する。途中から馬が使えたので後半はスムーズだった。

「トラソルンまで定期便出てるって。次は三十分後だからタイミングよかったな」

 船着き場で確認すると、大陸の北東に突き出た場所にある港までの船が日に二本出ているとのことで、停泊中の定期便に乗り込む。

「だいぶ北の方だねぇ。寒そう」

「そうだなぁ。何か対策できればいいんだけど……」

 装備の見た目を変えたところで体感温度が変わるかと言われると、特別なスキルでもついていない限りは効果がない。

「向こう着いたら何か探してみよう」


 定期便は何事もなく北上していく。それに従って外気が冷えてきて、昼でも寒い。

「セーレ、部屋戻ろうぜ」

 甲板から海を眺めていたセーレに声をかける。

「敵が出たら困ります」

「その時はその時だよ。夜移動だったからあまり寝てないだろ。ほらほら早く」

「しかし……」

「寝不足じゃ力でないだろ?」

 俺の言葉に、しばらくしてからセーレが頷く。

「セーレの強さは頼りになるけどさ、あまり無理しないでほしいよ。戦闘とかなくても……大切な仲間なんだから」

 恥ずかしいことを言ったが、きっとしっかり言わないと伝わらないタイプだ。

「……はい」

 言われたセーレの方も恥ずかしかったのか俺から目を逸らして少し俯く。

「あの……」

 セーレが顔を上げて俺を見る。

「皆さん、なんか打ち合わせとかしてました?」

「何が?」

「いえ……。シオンさんにも似たようなこと言われて……」

「ふっ、はははっ」

 なんだ、別に俺が言わなくてもよかったじゃないか。

「な、なんですか」

「いや、考えること一緒だったってだけ。というわけで、部屋戻ろうか」

「はぁ……」



 船内に戻るとモカとシオンは毛布をだして暖を取っている。

「おかえりっす」

「外寒い? 中も冷えてきたなぁ」

「だいぶ寒くなってきてたよ。まぁ、雪国だから仕方ない……。と、そういえば俺の家トラソルンだったなー」

「辺鄙なとこに持ってるっすねぇ」

「なんか、雪いいなーって思って買ってそのまま」

 立地はイマイチなのであまり使いはしないが、外の風景は楽しいし、冬のイベントではよく使われている街だ。

「じゃー、着いたらレオさんちでクリスマスパーティーやるっすー!」

「いや、全然時期違うだろ。今……何月だろ。五月?」

「雪だしいいじゃないっすか! 気分っす気分」

「あはは。クリスマスは置いておいても、パーティーは楽しそう」

「あっ、そういえばボクの誕生日、五月っす!」

「じゃー、ついでにお祝いだねぇ」

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