第31話:雪の街トラソルン1
船は順調に進んで、無事にトラソルンに着く。港から街を見れば、煙突のついた赤レンガの家が並んでいる。
洋服屋を見ると、毛皮のコートが売っている。防寒+20と書かれているが、それがいかほどなのかわからない。
「あっ、これ可愛い~。買お」
モカがコートを購入して、短めの丈の白いダッフルコートとニット帽に着替えている。
「スキル効果どうですか?」
「セーレさん、見た目の感想はないっすか!?」
「はい。可愛らしいですよ」
「へっ!? あっ。そ、そっすか? えへへ……。そ、それで、えっと、いつもの服よりはあったかい感じっす」
セーレに真面目な表情で言われて、モカがあたふたしている。
「暖かいなら、俺も買おうかな」
手近なところにあったファーのついたブラウンのコートを購入する。着用してみれば、確かに寒さが和らいだ。
「私も~」
シオンもモカよりは丈の長めなベージュのダッフルコートに着替えて、セーレも黒いファーつきのコートと帽子に着替えている。
「じゃー、レオさんのお家にゴーゴー!」
ゲーム内とは言え人を招くのはなんだか少し恥ずかしい。変な物は置いていなかったはずだが、それほど凝った家具や配置などでもない。
「おじゃまするっす」
「おじゃましまーす」
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
玄関の前の階段を上り、扉を開けて皆を招き入れる。ゲーム内では気にしたこともなかったが、玄関の前に階段がないと雪で玄関が埋まってしまうからこの作りなのだろう。
入ってすぐの部屋の中は、壁には適当に飾られた絵画が数点。テーブルと、毛皮のかけられたソファや銀食器の入った食器棚が置かれている。それらを照らすシャンデリアと、薪のくべられた暖炉がパチパチと音を立てながら燃えている。
「雪国っぽくていいっすね。奥みてこよー」
モカがさっそく人の家の中を見て回り始める。
「なんか、はずいなぁ……。まぁ、変な物置いてなくてよか……」
「うわー!!」
奥の部屋からモカが大声を上げる。
「何かあったっけ……?」
皆で、なんだなんだと部屋に行くと、コタツに入ったモカがいた。
「コタツとか最っ高じゃないっすか!」
「わー。おこただ。私もお邪魔しまーす」
「ああ、コタツか……。いいよな。コタツ」
そう言いながら俺もコタツに入るが、セーレは部屋の入り口で一人突っ立っている。
「セーレさんも入ろ~。あったかいよ」
「ええと、コタツ初めてで……」
セーレが、おずおずとコタツに入ってくる。
「ミカンもーらい」
「私もいただきまーす」
机の上に置かれていたミカンをモカとシオンが取っていく。
「クリスマスパーティーもいいっすけど、鍋パもいいっすねぇ」
「鍋……レシピにあったかな」
探してみるが鍋のレシピは見当たらない。
「鍋料理はないみたいだな」
「えーっ」
「だったら、自分たちで作ろ~? 鍋買ってきて入れればいいだけだし」
「そうするっすー! 今日クリスマスパーティーで明日鍋パっす」
「おいおい、移動する気はないのか」
「冬休みっすー。移動ばっかしてても疲れるっすよー」
「まぁ……俺はいいけど、セーレもいい?」
「ええ、問題ありません。このコタツ気に入りました」
皆がだらだらとくつろいだ様子でコタツに入っている中、背筋をピンと伸ばしたままセーレが答える。
家の中にツリーを置いて、机を白いテーブルクロスとキャンドルが乗ったものにチェンジをして夕食を始める。衣装はクリスマス衣装にしようかと思ったが、シオンが持っていなかったので、何か別の服を着ようということで、モカとシオンはモカが作ったメイド服、俺とセーレは執事服になっていた。
「ふっふっふー。みなのもの、今日のメインディッシュはシャトーブリアンだ」
肉屋で買った最高級の肉をステーキにして並べる。
「しゃとーぶりりあん? ってなんすか?」
「テンダーロインの中でもよい部位のことですよ」
セーレがナイフでステーキを切って、上品に口元に運んでいく。セーレは、戦闘では野性味があるが、普段の仕草は上品で、フォーマルな服をきていると所作がより美しく見える。言動から察するに、育ちがいいのかもしれない。
「てんだー? まぁ、なんかいい肉なんすね。いただきまーす。うわ、うっま!」
セーレとは対照的に、モカは口元にソースを付けながら肉を頬張っているが、美味しそうに食べる姿はむしろ好ましい。
「わっ、ほんとだ美味しい~」
シオンはそれなりに上品に食べるものの、いかんせん近頃は酒飲みのイメージが強く、ギャップが激しい。
自分も肉を一切れ口に入れると、噛まなくても溶けていってしまいそうな甘みのある肉の味が口の中に広がる。ソースなどなくとも、肉だけで十分美味そうだ。
料理を食べ終えると、モカがケーキケーキと騒ぎだす。
「うーん、クリスマスケーキっぽいもの……」
あるレシピに目が留まってタップする。
「好きなだけお食べ」
出したのは三段のウェディングケーキだ。
「やったー! ねーちゃんの結婚式で見て、一段全部食べたいと思ってたっすよ~」
「若いねぇ……」
と言いつつも、シオンもケーキサーバーとお皿を持ってウキウキしている。
二人が机にケーキを切り分けて置くと、セーレが立ち上がって窓際に行き、バイオリンを取り出す。
「僭越ながら一曲」
馴染みのあるバースデー曲が流れ始める。モカの誕生日発言を受けてだろう。バイオリンを弾くセーレは衣装の影響もあって、なかなかサマになっている。
セーレのバイオリンに合わせて俺とシオンでモカを祝う歌を歌う。
「ありがとうっす! う、歌でお祝いしてもらうのって、なんかすごく久しぶりで嬉しいっす」
「大人になっちゃうと、なかなかないよねぇ」
「俺も、歌ったの久しぶりだな」
話していると、セーレが今度はクリスマス曲を奏で始める。少し軽快な弾き方でセーレの腕の動きも大きく、見ていても聞いていても楽しくなる。
わいわいと皆で騒いで、時計を見ると天辺を回っている。
「ふぁぁ、お先に~」
シオンが寝室へ消えていく。
「うー。くるし……さすがに一段はちょっと無理だったっす」
モカが机に突っ伏して唸っている。
「むしろなんでいけると思ったの?」
ケーキは時間経過で消えてしまったので、もう跡形もない。
「オレも失礼します」
「あっ、セーレさん」
「はい」
「前から聞きたいことあったんすけど」
「なんでしょう」
「シオンさんのことどう思ってるっすか?」
「……どうって」
「だって、シオンさんはセーレさんのことめちゃ好きそうじゃないっすか? なんかないのかなーって」
「おい、モカ」
また喧嘩になりやしないかと仲裁に入ろうと席を立つ。
「シオンさんのことは友人として好きですよ。シオンさんもその気はないでしょう」
「そーっすかね?」
「そうです。では、これにて」
セーレは若干呆れた顔をしていたが、怒りはせずに去っていった。
「モカ~。お前なぁ……」
「えーっ、だって気になるじゃないっすかー」
「やめなさい」
「はーい。ちなみにレオさんは、どんなタイプが好きっすか?」
「その辺は好きになってみないとだけど、見た目なら踏んでくれそうなきつめの美人が好きかな……」
「そういう趣味あったんすか。でもまぁ、盾の人ってMな人多いイメージはあるっす」
「いや、別に本当に踏まれたいわけではないけど」
たぶん。
「モカはどういう子が好きなの?」
「うーん、小柄で可愛い子が好きっすかねぇ。できればボクより小さい……。でも、綺麗なお姉さんもそれはそれで好きっすし……かっこいい人も好きっすねぇ……」
モカがぶつぶつと終わりそうにない話を始める。
「そっかー。じゃあ、おやすみ~」
「あっ、話聞いてなかったっすね!?」
騒がしいモカを適当にあしらいながらベッドに入り、眠りに落ちる。
翌日の昼過ぎ。寝室の家具配置を変えてからコタツのある部屋に行くと、シオンが一人でくつろいでいる。
「あれ、モカとセーレは?」
「外行くって~」
「二人で……?」
「うん~」
不安だ。
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