第29話:苦難の砂漠越え1
相談した結果、砂漠越えは夜に行うことになり南の港町についてから夕方まで寝て、出発の準備を始める。砂漠耐性つきという見たことのない効果のついたスキンが売られていたので皆で購入してみると、白いだぼっとした服とターバンの装いになる。
「まだ少し暑いっすねぇ……」
外にいると皆のHPがゆっくりと減っていく。スキン効果で多少は軽減されているようだが、暑いものは暑い。
「セーレさんはHP減ってないっすね」
「……ああ、フレイリッグのマントの効果ですね。砂漠の地形効果も無効になるみたいです」
「竜装備大活躍じゃないですか。竜装備は全部持ってるっす?」
「ええ」
「ブルジョワすぎでしょ」
しばらくすると、砂丘に夕日が沈んでいって急激に冷えてくる。
「今度は少し寒いねぇ……」
「砂漠は寒暖差が激しいと聞きます」
地形ダメージがなくなったことを確認してから歩き始める。
夜は寒いものの、スキンのおかげなのか歩いていればそれほど気にならない程度の寒さだった。
それにしても砂丘は歩きづらくて、場合によっては手をついて登らないと難しいようなルートもあった。モカは何度も転んだり滑り落ちたりして、シオンもたまにあたふたとしていたし、俺も一度砂丘から滑り落ちた。セーレだけは普通の地面を歩いているような雰囲気で危なげがなく、こいつは一体どうなってるんだ。と首を傾げる。
時折砂も飛んできて顔にかかるので、皆自然と無口になっていく。マップと後続を確認しながらセーレの後ろを黙々と歩く。一応歩きやすいルートを探してくれてはいるようだが、慣れない移動に体力が削られていく。
人生で一度くらいは砂漠に行ってみたいななどと思ったことはあったけれど、観光でもなんでもない状況で砂漠となると楽しさの欠片もない。
数時間かけて歩いたものの、足場が悪くて思ったより進まずにオアシスまでは、ようやっと半分を過ぎたといったところだ。
敵がまだいないことだけが有難いという程度で、気が滅入ってくる。
「皆さん、あちら」
セーレが指をさす。
「うん?」
その方向を見れば、ダンジョンである遺跡の入口がある。
「えーっ、セーレさん狩りするつもりっすか?」
「……いえ、入り口に敵はいないはずなので休憩でもどうかと」
「お、おう。ごめんなさいっす。休憩したいっす」
「休憩賛成~」
シオンがやや疲れた声で言う。
「安全そうなら、ここで一泊がよさそうだな。まだまだ距離あるし……。やっぱ一日じゃ、オアシスつかないな」
オアシス付近には敵もいたはずなので、余裕を持っていきたい。
遺跡は、円柱の柱で支えられた神殿と言った外観で、ところどころ崩れている。
中に入れば、外よりひんやりとした空気で肌寒い。
セーレの言った通り、入り口には敵の姿はない。記憶が確かなら一階にあたる部分には敵はおらず、地下にしか敵はいないはずだ。
敵がいないことを確認すると、モカが壁にもたれかかりながら床に座り込む。
「もー、砂の上歩くのきついっすー」
「歩きづらいよねぇ……」
シオンも、モカの横に座る。
「オレ、念のため少し奥見てきますね」
「一人で行かないの」
俺もセーレについて遺跡の中を歩いて行く。
内部は、しんと静まり返っていて物音ひとつない。
一階を歩いてみるが、脅威となりそうなものは見当たらなかった。
「じゃあ、戻ろうか」
呼びかけてセーレの方に顔を向けると、階段を降りようとしている姿が目に入る。
「なぜ下に行こうと?」
「敵がいるかどうかの確認を」
「そこまでしなくていいから。下手につついて変なのでてきたら困るでしょ」
「うーん……。まぁ、そうですね」
セーレを連れて、二人のところに戻れば毛布を出してくつろいでいた。
「どうだったっすか?」
「一階は何もいなさそうだったよ。でも、念のため見張りは交代でしようか」
食事をすませて休憩をした後に、入り口から一つ奥の部屋に寝床を整えて寝る準備を始める。
寝たら起きれないとモカが言うので、一番最初の見張りはモカだった。
一人で怖かったら起こしてとは言っておいたものの、結局モカは交代の時間まで一人で見張りをこなしていたようだ。
「レオさん、交代っす」
「うー……おっけー」
まだ少ない睡眠時間で起こされたので、起きるのが少々億劫だ。入り口の方には朝の光が差し込んでいるのが見える。
「一人で見張りできたんだな。お疲れ」
「お絵かきしながら適当に見てたっす」
「そっか」
「それじゃ、おやすみっすー」
「うん、おやすみ」
モカは少しもぞもぞしてから、すぐに寝息を立て始める。
一人でいるとやることもなく、一分一秒が長く感じる。
リアルのことは考えるだけ無駄だし、これからの進路を考えると気が重い。
手持ちにあった素材をいくつか加工して時間を潰していたが、それもすぐになくなってしまった。モカの言っていたことを思い出して、俺も真似してメモ帳に絵でも描いてみるが、お世辞にも上手いとは言えない出来だ。それでも、何もやることがないよりはマシだったので、しばらく絵を描いて時間を潰していると、セーレの呻き声が聞こえてくる。
悪い夢でも見ているのか、表情が少し険しい。
少しは落ち着くだろうかと、傍らに行ってそっと頭を撫でてみる。
「ん……?」
しかし、起こしてしまったようで、セーレがぼんやりと目を開く。
「ご、ごめん。うなされてたみたいだったから……」
「ああ……。お気になさらず」
そう言いながら、セーレは身体を起こして、水を取り出して口に含む。
「ついでなんで、見張り交代しますよ」
「いや、あと一時間あるから寝た方が……」
「……すぐに寝つけそうもないので」
「嫌な夢でも見た?」
「まぁ……そんなところです」
これ以上は話したがらなさそうだな。と思って、空いていたスペースに横になる。
「じゃあ、申し訳ないけど交代お願い」
「はい」
セーレが見る悪夢とはどんなものなのだろうか。
そんなことを考えつつも横になれば、すぐに眠気が来て眠りに落ちた。
シオンが皆を呼ぶ声で、目が覚める。
モカは案の定起きる気配はなく、セーレは見張りの後は再び寝たのか、俺と一緒に起き上がる。
時間を確認すれば16時過ぎだ。
「この時間に起きるって変な感じ……」
「慣れないよねぇ……」
モカを起こして食事を済ませて、日が暮れるまで待って再度出発する。
歩き始めると相変わらず砂ばかりで気が滅入る。空は満天の星空で綺麗ではあったが、それで心が安らぐこともなかった。
もう少し行けば岩場が増えて平らなところが多くなるはずなので、少しは歩きやすくなるかもしれない。とはいえ、あくまでゲーム内の地形ではそうだったというだけで、過度な期待は禁物だ。
「そろそろ敵がいる地域になります」
「了解」
セーレの発言に少し頭を上げて、周囲を見渡す。まだ、何も見当たらなかったが砂丘を一つ越えると大きな黒いサソリが何体か動いているところに出くわす。
「あれ……。あの敵もっと北にいたような……違う敵でしょうか?」
セーレが首を捻っている。夜だと少し離れてたところにいる敵の名前は判別がつかない。
「まぁ、とにかく慎重にいこう」
隊列が伸びすぎないように注意しながら、サソリが少ないところ歩いていく。さすがに全ては避けきれないので、近場に寄ってきたサソリを引き寄せる。
セーレの言葉に警戒していたものの、サソリはたぶんゲーム内と同じ強さで特殊な動きは見られない。しかし、元の狩場通りならレベル80台後半なので、モカとシオンが狙われたら危険なことには変わりはない。
「あの集団避けられそうにないな。準備いい?」
サソリが複数並んでいる方向を指すと、皆頷く。
「グレイプニル!」
一体をホールドしておいてから、他のサソリを処理し始める。全部で五体。大きなハサミと尻尾のどちらで攻撃してくるのかを読むのが複数体だとなかなか難しい。
最初は素直に無敵で受けて、セーレが数を減らしてくれるのを待つ。無敵が解けるころには三体目の処理が終わっていて、俺も攻撃に参加しながらサソリを倒していき、残すところ残り一体だけとなった。
「よっし、終わ……」
「モカさん、後ろ!」
セーレが叫びながら走って行く。
「え」
セーレの言葉にモカのいる方を見ると、モカの後ろには別の巨大なサソリが音もなく出現していた。他のサソリと色が違い、周囲の砂に溶け込むような色のサソリだ。ゲーム内では遭遇したことがない。尻尾が振り下ろされた瞬間にセーレがモカを抱き抱えて、砂丘を転がっていく。
「セイクリッドチェーン!」
サソリを引き寄せて二人から引き離す。
「二人とも大丈夫!?」
シオンが二人に声をかける。
「ディヴァインヒール!」
ヒールを受けたセーレが砂丘の影から飛び出してきて、巨大サソリの尻尾を斬り落とす。サソリは尻尾を斬り落とされても気にした様子もなく、俺にハサミをガンガンと打ち付けてくる。
他のサソリよりHPが多く、攻撃も重い。
モカがシオンに連れられて砂丘を上ってくるのが見える。無事な姿にひとまず安心してサソリの相手に集中するが、違和感があってセーレの方を見る。
どうにも攻撃の頻度が低く、動きにキレがない。足場が悪いせいかと思ったが、先ほどまでの動きを見ていたら足場の悪さなどあまり影響していなかったはずだ。
「セーレ、どうした?」
セーレから返事はないが攻撃自体は続けていて、サソリのHPは減っていく。しかし、あと一発というところでセーレの手から大剣が滑り落ちて、セーレがその場にふらふらと膝をつく。
「セーレ!?」
慌ててサソリ止めを刺してセーレに駆け寄る。
「……なんか……きもちわる……くて……」
喋るのもやっとというような、か細い声でセーレが言う。
倒れかけたセーレを支えるように抱き寄せて確認するが、外傷は見当たらないのにセーレのHPがどんどん減っていく。顔は苦痛に歪んでいて息は荒く不規則だ。普段なら、多少のダメージを受けた程度では、澄ました顔をしているだけに、その表情に焦る。これは、よほどの事態だ。
「ど、どうしたっすか!?」
モカとシオンも駆け寄ってくる。
「あ、さっき攻撃受けて……毒……? キュアポイズン!」
しかし、セーレのHPの減少は止まらない。
「えっ、えっと、ディヴァインヒール! ディア! ……あ、あれ……うそ……なんで……」
モカがヒールを挟みつつ解除系の呪文をいくつか試すが効果はない。
「……っ、すみませ、めまい……ひど……て、立てませ……」
「いい、喋らないで」
「セーレさん、すごい汗」
減少が止まらないセーレのHPにモカが何度もヒールをかける。
「……ボクのスキルじゃ治らないっす……。ど、どうしよ……」
モカが震える声で杖を握りしめる。
「えっと……ひとまずここ危ないから、安全なとこいこ?」
「ああ……」
「私、先の方見てくるね」
シオンが前方の確認に走って行く。その後を、俺がセーレを抱きかかえて進む。
「は……っ、……う」
呼吸がまともにできないのか、セーレは苦しそうに呻く。焦点が定まらない様子で細められた目元には、微かに涙が浮かんでいる。至近距離でセーレの不規則で苦しそうな呼吸を聞いていると、どんどん焦りが強くなってくる。
「セーレ、ごめん。安全なとこつくまで……頑張って」
「こっち」
シオンの誘導にしたがって歩くが、人を抱えたまま砂の上を歩くのは難儀で速度が出ない。
「ど、どうしよう。MPもうない……。あ、そうだマナポーション……」
「モカさ……。も、いいです。毒なら……死なな……」
セーレが掠れた声を振り絞って言う。
「で、でも」
「……モカ。セーレの言う通りにして、先に進むの優先しよう」
この状況で敵に遭遇などすれば下手すれば全滅だ。
幸い敵に遭遇することもなく、なんとかオアシスにたどり着いて、見つけた空き家のベッドにセーレを寝かせる。毒は時間経過で解けないかとも思ったが、どうやら解除されないようだ。
セーレはぐったりとしていて、もう意識はないようだが辛うじて息はしている。
「くっそ、俺が……後ろもっと見てれば」
「ううん、ボクが周りみてなくて……」
「ふ、二人ともやめよう? それより、解決策ないか探そう。私、クエストとか薬とかないか見てくるね」
震えて上ずった声でシオンが言って、飛び出して行く。
「俺も近場見てくる。モカはセーレの傍にいて」
「わかったっす……」
時間はまだ夜だがNPCの姿はあって、シオンと手分けして聞き込みをする。しかし、有益な情報は見つからない。
「シオンさん、何か情報あった?」
「ううん……」
「そうか、こっちも……」
「こういう場合ってさ……」
「何?」
「同じ敵が解毒剤とか持ってたりしないかな?」
「……その可能性はあるけど……」
ゲーム内でも毒を持つ敵は解毒剤をドロップすることはよくある。
「わかった。行こう」
「モカちゃんはどうする?」
「あの状態では連れて行かない方がいいと思う。セーレ一人にしておくのも何かあったら困るし。シオンさんも危ないと思ったら逃げて」
「う、うん」
◇◇◇
「二人とも遅いっすね……」
モカがセーレの顔に浮かんだ汗をハンカチで拭きとる。
「ボク……何もできてないな……。やっぱ、戦うのこわいっす……。攻撃するのも好きじゃないし……。皆に嫌なとこ押し付けてる……それなのに、ヒーラーでよかったとか思っちゃうっす……。ずるいっすよね……」
モカが呟くと、セーレが薄っすらと目を開ける。
「いいですよ、モカさんはそれ……で」
「ご、ごめん、起こしちゃったっすか?」
セーレは首を微かに横に振ってから口を開く。
「オレ……たぶんちょっと他の人と……ずれてますよね。だから、モカさんみたいな……見てると……なんだろ……指標になるというか……。このラインはダメかな……とか……。えと……あれ……何、話の話だっけ……。ごめん頭……働かなくて、ええと、だから……モカさんは、そのままで……」
「セーレさん……」
モカはしばらく俯いて考え込む。
「あのさ、セーレさん」
「ん……」
「スキルとか……アイテムとかなくても、治せるかもしれない方法あるっすよね」
モカが青ざめて震える手で、セーレの手を握る。
「そ……ですね」
「もし……、一回死んだ方が楽だって思ったら……ボクが……セーレさんを……」
その言葉に、セーレは首を横に振って、力なくモカの手を握り返す。
「いいです……、このままで。他のリスクが……あるかもしれな……ですし……どうなるかわからな……のと、永続の……可能性も……ある、し……っ」
そこまで言って、セーレは顔を歪めて口から乱れた息を吐く。
「ご、ごめん。おしゃべりさせちゃって。苦しいっすよね」
モカは、セーレが少しでも楽にならないかと、枕の位置などを確かめて直して、濡らしたハンカチでセーレの汗を拭く。そうしている間にセーレは再び意識を失ったのか、苦しそうな呼吸の音だけが部屋に響く。
「病人に気使わせちゃって……何やってんだろ……」
◇◇◇
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