第28話:船旅2

 翌朝、軽食を食べながら今日のプランを皆で練る。


「いっそ家でも作ったらどうっすかね」

「まだその段階ではないと思います」

「周りの島、何かないかなぁ」

 ここと同じくらいか、小さい島がポツポツとあるにはある。

「昨日の感じだと水中に敵はいなさそうだけど、島と島の間がどれくらい深くなっているかわからないからなぁ。また流されたら困るな」

「あのタコだかイカ野郎、なんだったんすかね……」

「この辺の海のレイドであれば、シーサーペントだったはずです。見た目違いますし、あれは新しく増えたのですかね」

「そうだな。他にいると言えばマリニアンくらいだけど、あれはフィールドにはいないもんな。そもそも触手もないし」

 フレイリッグの一つ前に実装された竜のことを思い出す。

「マリニアン……」

 セーレがはっとしてインベントリを呼び出す。

「どうかした?」

「ええ。記憶から抹消していたこのクソスキルを使えばいけるのでは……?」

「クソスキルって何」

「マリニアンネックレスについている、水中でも呼吸ができるパッシブスキルです。昨日ずいぶん呼吸が楽だと思ったらこれだったのですね……」

 マリニアンのネックレスといえば、魔法防御が高いことに加えて、攻撃速度及び詠唱速度アップがついている装備として大人気の超高額アクセサリーだ。フレイリッグのマントを除けばゲーム内では最高価格のアイテムだ。そんな効果があったとは初耳だが、その効果はほぼ使い道がないので話題に上らないのだろう。

「というわけで、ヴェルダまでオレが泳いで救援を呼びにいってきます」

「え、えーっと……」

 本当にそれでいいのか? と思ったが、誰かが止めるよりも早くセーレは颯爽と海へと飛び出していってしまう。思いついたら一直線だ。



「大丈夫かなぁ……」

 少し時間がたつ度に、シオンがマップでセーレの位置を確認して、不安そうにしている。

 セーレは乗り物を使っているわけでもないのでスピードは出ていないが、目的地までは徐々に近づいているようなので今のところは大丈夫だろう。

「セーレさんなら、大丈夫だと思うっすけど……」

「で、でも、途中で敵出たりしたら危ないし……一人だし……」

「あーっ、そうだ。テントの杭ちょっと緩んでたから直そうぜ」

「う、うん……」

 何か他にやることがあった方が、気がまぎれるだろうとシオンとテントを直し始める。

「モカ、ここ持ってて。シオンさんはこっち」

「昨日の夜、風で少し捲れてたっすから石とか探して置いたほうがいいっすかねぇ」

「んーでもこの島、大きい石あまりないんだよなぁ」

「木でも切ってくるっすか?」

 それからぼちぼちとテントを補強して、机や椅子に使えそうな台を作り始める。


「ふーっ、こんなもんすかね。セーレさんどこまで……え……?」

 モカが呆然とした様子でマップを開いたままの動作で止まっている。

「どうした?」

 不穏な気配を感じてマップを開くと、少し前までマップに表示されていたはずのセーレの表示がない。

「え、えっと……パーティー抜けた……とかか?」

「いや、このパーティー組んだのセーレさんっすよ……。リーダーが抜けたら解散されるはず……。リーダー移譲はできるっすけど……たぶん近くじゃないとそれできないと思うし……」

 自分たちの表示はマップ上に重なって表示されているので、少なくともパーティーは解散されていない。

「えーっと、でも消えた人とかは……いないはずだし……。ほ、ほら……表示できないエリアに行っちゃったとかじゃないかな……」

 言ってみたものの空気がどんどん重くなっていく。


「ボク探しに行ってみるっすよ。ヒールしながらならいけるかも……」

「待て待て。セーレが無事ですまないなら俺たちでどうにかなるとも思えない」

 ひとまずモカをなだめて、それからしばらくしてイカダでもなんでもいいから海を渡れそうなものを作ろうと作り始める。


 そして、できたイカダを浅瀬に浮かべるが……。

「沈んじゃうね……」

 イカダは一人乗っただけで沈んでいってしまう。

「思い切ってボートの方がいいかな」

 作り始めたものの、作業は難航して海を渡れそうなものはできない。

 必死で作っていたので、気づけば夕方になってしまった。途中でマップを確認してみたが、相変わらずセーレの表示はないままだった。

 今日の作業は諦め、無理やり飯を飲み込んで二人をテントに入れる。

 一人になっても嫌な想像しかできずに、ため息しか出ない。


 あっさりどうにかなるような人物にも思えないが、セーレの身に何かあったら。

 セーレが、このまま帰って来なかったら。

 このまま俺たちは島に居続けることになったら。

 こんな辺鄙なところ、誰も探しに来ないだろう。

 シオンが同行を決めてくれて、すぐにこれで申し訳ないし、モカもこんなところは辛いだろうし、そのうち……。


 しばらく、うなだれて地面の貝殻を眺めていたが、再び顔を上げると海上に何かがあるように見える。

 初めは暗くて輪郭がよくわからなかったが、見ているとだんだんとシルエットがはっきりしてくる。


 商船だ。


 近くにあったランタンを上に掲げて揺らしてみる。灯りが気づかれているかはわからないが、商船はこちらに向かってきているようだ。しばらくして、商船からボートが一隻下りてきてこちらに向かってくる。

 浜辺まで走っていくと、夜でも目立つ銀の髪がボートの上に見える。

「セーレ!」

 俺が叫んだ声に、後ろのテントから二人が勢いよく出てくる。きっと、眠れていなかったのだろう。

「すみません、遅くなりました」

「せ、セーレさあああん!」

 シオンとモカがセーレに抱き着く。

「大げさですね」

「だってぇ、マップの表示が消えちゃってぇ……」

 シオンが泣きそうな顔でセーレを見上げる。

「ああ、一定距離離れるか他のエリアに移動すると消えてしまうようです」

「何はともあれ、無事でよかった」

 微笑みかけると、セーレも頷いて微笑みを返してくる。

「はい。では船に参りましょうか。朝まで停泊してからヴェルダに出発する予定です」

 そう言ったものの、抱き着いて動かない二人の背中を、少し困った表情でセーレがポンポンと叩く。



 翌朝、目が覚めると船はすでに出発しているようだ。全員同じ船室で寝ていたが、今寝ているのはモカだけで他の二人の姿はない。

 まぁ、今日はそっとしておこうとモカは部屋に残したままにして、船の中を歩くと食堂があった。中からシオンの笑い声が聞こえてきて、食堂に入ればセーレとシオンが仲良くお茶を飲んでいる。

「あっ、レオさん。おはよー」

 シオンがこちらに気付いて、機嫌がよさそうに笑顔で手を振る。セーレも微笑を浮かべていて、何やら二人で楽しい話をしていたようだ。

 穏やかな光景に、俺もつられて笑顔になる。

「おはよう」

「おはようございます」

 朝ごはんなのか食後のデザートなのかわからないが、シオンの前にはショートケーキ、セーレの前にはチーズケーキが置かれている。


 セーレの隣に座ってホットドッグとコーヒーを注文する。

「この船ってどうしたの?」

 昨日はろくに話もせずに寝てしまったので、再会してからの会話は実質今朝が初めてだ。

「NPCの船をチャーターしました」

「へぇ~。じゃあ、この船でカーリスの近くまで行けたり……?」

「いえ、それがそちらの方には今は船を出していないようでして、カーリスに行くとしたら……徒歩でヴェルダの北の港まで行ってそこから、大陸の北東のトラソルンに渡るしかないそうです」

「あの触手。クラーケンが出るから行きたがらないんだって~」

 元のゲームの方には存在していなかったその名前は、きっとタコかイカの定番の巨大モンスターだ。

「この船では島の北の方にはいけないの?」

「海流の関係で行けないそうです」

「そうか……」

 ちらりと、紅茶を飲んでいるセーレの横顔を見る。

「なんですか」

「いや、討伐して通ろうとか言わないんだなーって」

「オレをなんだと思っているんですか」

「すまんすまん」

「まぁ、討伐も考えましたが、戦った時の手応えからして人数いないと難しそうです。それに、海上で戦う下準備やリスクを考えると、迂回した方がよいでしょう」

 やっぱり、考えはしたんだな。とは思ったものの口には出さずにおいた。


「そういえばヴェルダバッシ……? ヴェルダってどんなところなんですか?」

「ほとんど狩場だよ。砂漠と遺跡がメインだな。北まで通り抜けるには面倒くさいな……」

「そうですね……」

 セーレがいつの間にか仕入れたらしいシステムのマップとは別の紙の地図を机に置く。

「この辺りは崖や岩が多くて通れないので……」

 指で地図を指しながら説明していく。

「南の港からここのオアシスを通って、それから海岸沿いに北上ですかね」

 地図にはやや縦に長い大きな島が記されていて、ちょうど真ん中くらいにポツンと小さな湖のような表示がされている。

「距離的に一日では行けなさそうだからオアシスで一泊かな。いや、馬使えないだろうし、もっとかかるかもしれないな……」

「砂漠かぁ……。歩くの大変そうだね……」

「そういえば、砂漠の狩場……日中は熱の地形ダメあったよな……」

「歩いてたら死んじゃうの……?」

「いえ、地形ダメージでは死にませんよ。毒などのDoTと同じ扱いでHP1で止まります」

「まぁ、それでそこに一発受けたら死ぬんだけどな」

 砂漠は、その地形ダメージの影響でヒーラーのMPがきつくなるので、ゲーム時間の日中は狩りをしているパーティーはほとんどいない場所だった。

「うわぁ……。ポーション買い込んでおこうかな」

「ああでも、夜は地形ダメないから……そっちのがいいかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る