第17話:コルドでの団欒
夜になると、色即是空ギルドの人が部屋の配置を変えていき、四人分のベッドが配置される。
「別の部屋にお風呂もありまーす。入る時は扉に使用中かけておいてください」
「はーい。ありがとうございます」
「すぐに配置変えれるなんて便利ですねぇ。うちも模様替えしたいなぁ」
シオンがベッドに腰掛けて言う。
「ねーっ。便利っすよねー。あっ、そういえば」
モカが宙を操作し始める。
「じゃーん」
ベッドの上にぱらぱらとアクセサリーがオブジェクト化されて落ちてくる。
「クソ野郎のせいで忘れてたっすけど、今日買ってきたやつっすー」
ヘアピンにケモミミカチューシャ、帽子、眼鏡など、何やら色々。
「いっぱい買ったなぁ」
「安かったからつい。レオさんとセーレさんもつけてみないっすか?」
「オレは結構です」
「俺もヘアピンとかつけてもな……」
「えーっ。この猫耳レオさんに似合うと思って買ったのに!」
確かに俺の髪の色に似た色の耳がある。
「仕方ないなぁ。つけてあげよう」
ノリが悪すぎるのもな。と思って、猫耳を付ける。
「あっ、可愛いです」
シオンがほっこりとした笑顔で褒めてくれるが、可愛いのは果たして誉め言葉なのか。
「セーレさんも、セーレさんもー。この眼鏡とかどうっすか?」
眼鏡を薦めるモカを祈るように両手の指を絡めてシオンが見つめていて、ああ、これはシオンのチョイスなんだな。と、気づく。
「オレ、視力には困っていませんよ」
「おしゃれ用だって。一つくらいつけてあげたら?」
助け舟を出すと、少し間があってからセーレが頷く。
「どうぞっ」
モカから眼鏡を手渡されて、着用すればシオンが目をキラキラさせて見ている。
「ついでに何か眼鏡に合う服持ってないっすか?」
「眼鏡に合う……? スキンはとりあえず買ってますけど……何を持っていたか……」
とりあえず買っているのに覚えていないのは、スキンについてくる課金アイテム目当てなのだろうか。セーレは、ちょいちょいと指をスクロールさせながら首を傾げている。
「こういうのですか?」
セーレが少しファンタジー要素の入ったタイトなグレーのストライプ柄のスーツに着替える。
「あ、ありがとうございます」
シオンがベッドの上で土下座をしている。
「シ、シオンさん?」
「これで明日からも生きていけます」
「へー。メンズだとスーツスキンいいっすねぇ。女子のはなんか微妙だったから買わなかったっすけど……。レオさんも持ってるっす?」
「ああ、うん。スーツは買ったな」
スキンは性別以外に、種族によってデザインが異なる。ヒューマンだとブラウンに金のラインが入ったスーツだ。
「ほい」
バサッと見た目が変わる。猫耳をつけたままなので変な格好かもしれない。
「あの!」
シオンが声を上げるので、シオンの方を見る。
「どうかしました?」
「お二人で、ちょっと並んで……くださいませんか?」
「ん? セーレさんと?」
「はい」
「えーっと」
ひとまずベッドから降りて壁際に立つ。
「セーレさんこっち」
手招きすると、セーレも壁際にやってくる。
「これでよろしいですか?」
「はい。ありがとうございます。スクリーンショットがないのが残念です……」
「では、これで……」
「待つっす」
立ち去ろうとするセーレを、なぜかモカが止めに入る。
「シオンさん、並べて立ってもらうだけでよかったんすか?」
「えっ、ええっ?」
「ちょっと失礼するっす」
モカが俺とセーレを向い合せで立たせて、ポーズを取らせようとしてくる。
「うーん、レオさん顎クイ」
「は?」
「セーレさんの顎を、こう」
「ええ……っ」
「あわわ、待ってモカさん。私別に腐ってはないです……けど、ううん。ちょっと見たい」
「顎クイ……? ってのやってもいいですか?」
一応許可を取ってから、セーレの顎を手で軽く上げる。
「きゃーっ!」
「ぎゃぁあああっ!!」
最初がモカの声で後のがシオンの声で、シオンはそのままベッドに突っ伏す。
「心のスクリーンショット頑張ります!」
「いや、シオンさんこっち見てないじゃないですか……ふ、ふふっ」
セーレが珍しく笑い声を上げる。
「ちょっとー。騒がしいけど何かあったの?」
アンネリーゼが、部屋の扉をガバっと開ける。シオンとモカを見て、それから俺とセーレを見る。
「……あー、なんとなく察し。うん、あたしもいいと思うよ。ほれ、壁ドンしちゃいな」
「壁ドンってなんですか?」
セーレが首を傾げる。さすがに俺も壁ドンは知っている。
「こうしてこう」
アンネリーゼが、俺を壁に押し当てて、セーレの手を壁につけさせる。
「アンネさん、そっちっすか!」
「不満? 大きい方が右」
「ボクは綺麗な方が右がいいと思うっす」
「私は、どちらでも大変よろしいかと思います」
シオンが目を瞑って、天を仰いでいる。
「でも、アンネさん、シオンさんは腐ってないって言ってたから夢の方かもしれないっすよ」
「ほう」
「いや、その、夢かと言われると夢でもないんですけどー! 絵になるイケメンが好きなだけでぇって何言わせるんですかー!!」
「自爆乙っす」
「セーレくんちょっと」
アンネリーゼがセーレに何事か囁くと、セーレがシオンのところに歩いて行く。
「え、セーレさんなんですか……?」
セーレは床に片膝をついて、ベッドの上で後退るシオンを見上げて、恭しく礼をして微笑む。
「シオンさん。オレにできることがありましたら、なんなりとお申しつけくださいね」
「も、もう。もーーーー! 軍服あったらきてくださーい!!」
「いやー楽しかったっす」
アンネリーゼが帰ったあと、少し落ち着いてからモカが笑う。
「ずびばぜん、なんかテンション上がっちゃって……」
「大丈夫です。酔っぱらっていた時よりはマシですよ」
「セーレさん。それ、フォローになってないんですけど……」
「でも、セーレさんが悪ノリするとは思わなかったな」
「まぁ……シオンさんが面白かったので」
黒い軍服を着たままのセーレが、軍帽を片手でくるくるさせながら微笑む。
「セーレさん、もうその服……大丈夫です」
「うーん。どうしましょうかね……」
「ううぅ、私お風呂行ってきますうぅ」
逃げ出すようにシオンは部屋から出ていく。
「はーっ、シオンさん面白かったっすね」
「うん。男ばっかのとこで大丈夫かなって思ってたけど、楽しそうでよかったな」
「ねーっ。って、ボクは男にカウントでいいんっすかね」
「じゃー0.5で」
翌朝、モカを叩き起こしてギルドハウスの大広間に行くと、色即是空ギルドの皆が朝食を用意していた。
「何か食べたいものあります? 私、料理だいたいできますよ~。あ、でも材料は店で手に入りそうなやつでお願いしますね」
と、エルフの男性が製作スキルでポンポンと料理を出している。
「ラーメンあるっすか?」
「はーい。ラーメンは……醤油と味噌と塩がありますけど、どれにします?」
「朝だし、塩っすかね」
モカがそう言うと、机に塩ラーメンが出てくる。
「朝からラーメンかぁ……。あ、私パンケーキ欲しいです」
「はいはい。蜂蜜も出しておくからお好みでどうぞ」
「俺は、味噌汁と白米がいいな。あとは……生姜焼きで」
「どうぞー」
「オレは……カツサンドとミネストローネ。スッチーさん材料費払いますよ」
スッチーさんと呼ばれたエルフの頭上にはスチュアートという名前が記されている。
「いいって、いいって。大した金額じゃないし、セーレさんにはお世話になってるし。飲み物は適当に出しておくから、各自好きなのどうぞ。一時間たつと消えちゃうから気を付けてね」
「そういえば、アンネさんは?」
「ああ、姐さんだいたい昼まで起きてこないから」
「確かに午前中いたためしがありませんね」
「まー仕事とか学校とかないし、昼まで寝ててもいいっしょ。それじゃ、いただきまーす」
朝食を食べ終わって部屋でくつろぐ。
「そっかー料理スキル上げておけば自分で好きなの作れたんすねぇ……。皆さんスキル上げてるっすか?」
「私、始めたばかりだったから製作スキルは全然……」
「前にも言いましたが、オレは錬金以外上げてませんよ」
「そっかー。そういえば作れるんだな。俺はソロで使ってたからA。もうちょっと上げたかったけど、なかなか」
「えっ。レオさん、めっちゃ上がってるじゃないですか。今度からご飯お願いするっす!」
実装されているランクはEからSSまでだが、一般的な料理ならCやBで十分だ。
「あいよ。でも、ラーメンばっか食べてると健康診断ひっかかるぞ」
「レオさん、ひっかかったんすか?」
「まぁ……な」
以前、ラーメン好きの同僚と、週三くらいでラーメン屋に行っていたことがあったのだが、あれはダメだ。
「皆さんはリアルでもお料理されます?」
シオンが雑談がてら話題を振ってくる。
「んー。俺はしないこともないけど、一人暮らしだからあまり作りませんね。野菜余らせちゃいそうだし、帰宅してから料理する気力もないかな……」
「ボクは料理はあまりしないっすけど、お菓子はよく作るっすよ」
「オレはできません。料理はだいたいクッキーさんが作ってくれますし」
「はい?」
「あ……」
まずったという表情で、セーレが黙る。
「クッキーさんご家族っすか? はっ、もしや恋人!?」
「ノーコメントでお願いします」
「ええっ、気になるっすぅ」
「やめような、モカ」
もちろん気にはなるが。
「はーい。そういえば、気になってたんっすけど」
「うん?」
「皆さん敬語やめたらどうっすかね。仲良くなってるのに、ちょっと他人行儀かなーって。見てて思うっす」
時々、素の言葉が出ることはあるが、確かにモカ以外には基本的に敬語だ。
「俺はいいけど……」
「……ええと、私も、が、がんばるね」
「オレは、今の方が話しやすいのでこのままにしておきます」
「でも、マリンさんと話してるとき普通じゃないっす?」
「マリンは……うーん。マリンですし」
「まぁ、無理強いはしないっすけど……」
「あっ、じゃあ、えっと、モカ……ちゃん」
「はい!」
シオンに呼ばれてモカが元気よく返事する。
「俺は呼び捨てでいいです……いいよ」
「レオさんは、レオくん……レオちゃん……。うーんやっぱりレオさんかなぁ。セーレさんは……セーレさま……」
「なんでグレードアップしたっすか?」
「えへへ。せ、セーレくん……? な、なんか違うなぁ、セーレちゃ……やっぱりセーレさんかなぁ。あっ、私のことは好きに呼んでね」
「いや、シオンさんはシオンさんっすね」
「そうだなぁ。シオンさんかなぁ……」
「そうですね。シオンさんはシオンさんですね」
「ええっ、なんでぇ~」
なんとかく、そう呼びたくなる雰囲気の人だから仕方ない。
「ああ、オレも好きに呼んでいただいて構いませんよ」
「それも無理っす。変えるとしたらセーレの兄貴……? うーん、顔見てるとあんま兄貴って感じじゃないんすよねぇ……。レオさんの方が兄貴っぽいし、セーレさんは、お兄様……? みたいな」
「……好きに呼んでください」
「うーん。セーレさんのままにしとくっす」
「せ、セーレ……」
セーレの名前を呼んでみる。
「はい」
「あ、うーん。やっぱ、セーレさんかな……」
呼んでみたものの、相手のスペックと雰囲気を考えると、どうしても「さん」を付けたくなってしまう。
「呼び捨てで構いませんよ」
「俺が構うんですけど」
「なぜですか?」
「え、それは……うーん……。じゃあ……セーレ」
なんとなく呼び捨ての方が好まれそうな気配を感じて呼んではみたものの、やはり慣れない。
慣れない雰囲気でわたわたしつつも談笑していると、アンネリーゼが部屋に入ってくる。
「おはよー。皆元気?」
「おはようございます」
アンネリーゼは、まだ眠そうな顔で欠伸をしている。
「今日どうするの?」
「近隣の情報を集めてから、明日か明後日に出発しようかと話していました」
「えーっ、もっといてくれていいのに~。と言いたいとこやけど、まぁマリンちゃんたちのこと心配やろし、向こうも心配しとるやろなぁ」
「ああ、直前でログアウトしていたかもしれないので、そもそもいるかはわからないんですけどね」
「そっかぁ。会えるのがええのか、悪いのか……微妙なとこやけど、なんか手伝えることあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
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