第16話:不逞の輩
長時間馬車に揺られて、今回は道中何事もなくコルドに到着する。
「うわぁ~大きい街ですね」
初めて訪れたというシオンが目をキラキラさせて見上げる。
高い塀に囲まれた正門から中に入ると、広い石畳の大通りがまっすぐ続き、途中に噴水があって突き当りに大聖堂がある。
家々は白い壁に赤茶の三角の屋根で、それがずらりと並んでいて、正門付近は宿屋が多く、その先に商店街が続いている。
街中はプレイヤーやNPCの往来が多く、そこかしこから話し声が聞こえてくる。
「おっ、ヘアアクセ売ってるっす」
モカが店を覗き込む。
「見て行っていいっすか?」
「わ、私も見たいな~」
シオンがちらりと上目遣いで俺を見てくる。少し申し訳なさそうな表情をして見上げてくるので断り辛い。
どうしようか。とセーレに聞けば、「まぁ、いいんじゃないですか」と返される。
「じゃー、息抜きってことで一時間くらい経ったら集合しましょうか。集合場所は……噴水だと人多そうかな。鍛冶屋の前の広場でどうですか?」
「了解っす」
「はーい」
「はい」
「途中で合流したくなったらマップで探してください」
そう言って、自由行動にする。
街の中は敵が出ることはなさそうだから、まとまって行動しなくとも大丈夫だろう。
並んでアクセサリーを眺めているモカとシオンを置いて、俺は日用品探しにでかける。
セーレに声をかけようかとも思ったが、すでにどこかへ消えてしまっていたので、一人で雑貨屋に入る。
「メモ帳とペンは、あると便利かなぁ」
店で気になったものを手に取る。あれもこれも便利そうに見えるが、持ち物には上限があるので、多少は考えなければならない。そんな感じで見て回っていると一時間はあっという間だ。
「そろそろ戻るかな」
マップを見ると、モカとシオンはすでに鍛冶屋の前にいるようだ。セーレの位置も近いので、すぐ合流できそうだ。
近道の細い通りを抜けて、鍛冶屋に向かおうとすると何やら不穏な声が聞こえてくる。
「いいじゃん、ゲームなんだしさ」
「いやっす、だいたいボクは男っすよ!」
知らない男とモカの声だ。通りを抜けると、モカがシオンを庇いながら男三人と言い争いをしている。男たちの装備を見ると、レベル90は超えている。街中でPvPはないとは思うが、付け狙われたりしたら厄介だし一人は短剣をちらつかせている。一目見ただけでわかるたちの悪そうなグループだ。
「でも今女の子でしょ? 試したっていいじゃん」
「はぁー!? 知ったこっちゃないっす! そーゆー店いけっつー話っすよ!」
周囲に人だかりはできているが、他のプレイヤーは遠巻きに見ているだけで誰も止めに入ろうとはしない。
慌てて人の波をかき分けて、諍いに割って入る。
「嫌がってるんだから、やめてもらえないかな」
俺が睨みつけると、男たちは一瞬顔を見合わせたものの、頷いてからへらへらと笑う。
「パラ一人で何できるっての?」
確かにパラディンの攻撃力は低く、同レベル帯のプレイヤー三人相手だと大したことはできないだろう。
「足止めくらいは」
「その隙に女の子逃がすって? 健気だねぇ~」
男のうちの一人が杖を構える。杖は結構強化されているようで禍々しいオーラが出ている。
男たちはモカとシオンに手を出すのはやめて、俺をいたぶる方向にシフトしたらしい。
街中でPvPができるのかはわからないが、俺も盾を構える。
残りの男二人も、俺にそれぞれ弓と短剣を向けてくる。
正直相手にするのは怖い。バフもない状態で、アタッカー三人の攻撃を受ければ長くは持たないだろう。
「モカ、シオンさん連れて逃げて」
「で、でも……」
「俺なら無敵あるし」
どいつから仕掛けてくるか。と、男たちの動きを注視していると、俺の後ろから声がする。
「面白そうなことを、やっているじゃないですか」
俺たちの後ろからセーレが歩いてきて俺の横に立つ。その言葉の割には、少しも面白くなさそうな声のトーンだ。
セーレは、わざわざスキンを外したのか、威圧感が半端ない95装備とフレイリッグのマントを身に纏っている。
力強い助っ人がきたことで、俺の緊張は一気に和らぐ。
「一人増えたところで……」
「ふぅん? 一人増えたところで……って、オレ一人で十分だけど? そっちこそオレ相手に、その人数で足りると思ってるの?」
セーレが男たちを睨みつけながら、低い声で言って大剣を構える。
「は? 何様だこの……」
セーレの言葉に怒りかけた男だったが、セーレの大剣を見て一歩下がる。
「お、おい、やばいって。こいつ、ダーインとハデス!」
「はぁっ!? うわ、名前セーレって……」
男たちは一瞬で顔色を変えて逃げていき、それを見たセーレがため息をつく。
人混みに消えていく男たちの背中を見ている間、セーレは険しい顔をしていたが、その表情をすっと引っ込めて後ろの二人に話しかける。
「二人とも、お怪我はありませんでしたか?」
「うわぁあああん、セーレさん! 怖かったっすよおおお」
それまで気丈に振舞っていたモカがセーレに抱き着いて、その後ろでシオンが地面にへたり込む。
「大丈夫?」
「は、はい。モカさんが庇ってくれたので……。でも、なんか急に腕掴まれたりして……。武器持ってるし怖かったな……」
シオンは少々顔色が悪い。そりゃ、自分より強いプレイヤーに武器で脅されたのなら当たり前だ。
同レベル帯の俺でも関わりたくないくらいだ。
モカも相当怖かったのだろう。セーレの名前を連呼しながら、セーレの胸に顔をうずめて泣いている。
「シオンさん立てますか?」
俺が手を差し出すと、手を取ってシオンが立ち上がる。
「あ、はい……。ごめんなさい」
「ううん、謝らなくていいですよ。怖かったと思うし……」
遠巻きに見ていたプレイヤーたちがひそひそと会話をしているのが耳に入る。
「なぁなぁ、セーレってベルセルクの?」
「うわー本物じゃん。ダーインスレイヴめっちゃオーラ出てる。やばっ」
「えっ、どこ?」
「あそこのー」
「あっ、顔かっこいー」
「なんで女の子泣いてるの?」
だんだんと居心地が悪くなってきたその時、よく通る女性の声が人だかりの中から聞こえてくる。
「あっれー? セーレくん、また女の子泣かしてるの?」
声の方を見ると、褐色の肌に長い金髪の長身美女が立っていた。彼女は露出度の高い黒い衣装を身に纏っていて雰囲気的には魔法職のようだ。
「アンネさん、人聞き悪いこと言わないでください」
「ごめんてごめん。なんか揉めてるって聞いてこっち来たんやけど、セーレくんが原因?」
「セーレさんは悪くないっすぅ!」
モカが顔を上げて抗議をする。
「お、おう。そうかー。お嬢ちゃんごめんねぇ。えーっと、なんか居づらそうやし、とりあえずうちのギルドハウスくる?」
アンネリーゼと名乗ったヒューマンのプレイヤーのギルドハウスに行くと、入ってすぐの大部屋にはギルドメンバーらしきプレイヤーたちが数名ソファに座ってカードゲームをしている。ギルド名は『色即是空』と言って、そこそこ規模の大きいギルドだ。確かイーリアスと友好的なギルドで、フレイリッグ討伐にも何人か参加していたはずだ。
「あ、セーレさんだ。おひさー」
「お久しぶりです」
知り合いなのか、セーレがエルフの男性に軽く手を振って通り過ぎる。アンネリーゼの後をついて、大広間を通り過ぎるといくつか小部屋があって、その一つに通される。
中央には、お菓子の置かれたテーブルがあり、二人掛けのソファ二つと一人掛けのソファが二つ置かれている。
アンネリーゼが一人掛けのソファに座ったので、俺とシオン、セーレとモカがそれぞれ二人掛けのソファに座る。
「ハデス装備ごっついなぁ」
セーレが今着ている鎧は全身黒で、肩や背中、腕のあたりから棘のようなものが出ている。アンネリーゼの言葉で、セーレは装備の見た目を変更する。あまり目立ちたくないのか、単純にハデス装備の見た目が気に入らないのかはわからないが、普段のセーレは全体的にグレードがわからない見た目にしている。
「えっ。もっと見たかったのに~。……それで、何かあったん?」
「こちらの二人が、ゴミに絡まれていたので割って入っただけです」
セーレは、まだ少し怒っているような雰囲気だ。
「あー。もしかしてレベル90くらいの三人組? 今朝も騒ぎ起こしとったなぁ。レベル低そうな女の子狙っとるみたいで腹立つ。去勢したりたいけど、どうせ生えてくるんやろうなぁ」
物騒なことを言いながら、アンネリーゼが机からクッキーを取って、ぱくりと食べる。
「あっ、お菓子食べてええよ~」
しかし、誰も食べる気分ではないのだろう手を付けない。
「アンネさん」
「うん?」
「街中でもPvPは可能なんですか?」
「ああ、できるみたいよ。そういう意思があれば普通にな。まぁ、その辺はリアルと一緒で、殺傷まで発展するのはなかなかなさそうやけど。スキルは相手に敵意ないと基本的に発動しないみたいで、PKのペナルティはあるかどうかはわからんなぁ……」
「うへぇ……」
聞いていたモカがため息をついて、セーレにもたれかかる。
「兄貴ぃ……守って」
「はい」
躊躇いなく答えるセーレの姿に、アンネリーゼが吹き出す。
「もー、セーレくんそんなんやで、すぐ女の子に誤解される」
「モカさんは男性です」
「いやー、うん。そういう話でも……まぁ、いいや」
「あっ。セーレさんが女の子泣かせたって話聞きたいっす」
「あー、それ? いいよぉ」
「ちょっと、アンネさん……!」
「ええやん、セーレくん悪くないし」
止めても無駄だとわかったのか、セーレがそっぽを向く。
「というわけで、その話やけど~。セーレくん見た目それでめっちゃ強いやろ? 口調も丁寧やで、女の子にモテてさぁ」
「ゲーム内の外見なんて、どうでもいいじゃないですか……」
ゲーム内の外見、とセーレはぼやいたがキャラメイクにスキャンを使っているのなら元の容姿も美形で間違いない。
「まぁ、外見抜きでもやっぱ強いとか権力ある人には、面倒な人間も寄ってくるでさぁ。それで、頭ハッピー花畑女に目ぇつけられてさ」
「頭ハッピー花畑……」
「セーレ様は私の王子様ですー好き好き愛してますアピールされまくって、面倒くさくなったセーレくんがキレてさぁ。『あなたには微塵も興味ありません』みたいなこと言って、ブロックしたらその女に一般チャンネルでギャン泣きされて。いやー、あれヤバかったなぁ」
やばいと言いつつ、アンネリーゼはけたけたと笑っている。
「おう……それは、なんというか……ご愁傷さまっす。まぁでも興味ない人からそういう目で見られるのが嫌なのは今日わかったっす……」
「あー。思い出させてごめんねぇ。今日のヤツらは、うちのギルドで対処しよかなーって思っとるんやけど、あんまりメンバーこっちに戻ってきてなくてなぁ……。あ。うちの旦那見んかった?」
「いいえ。見てないですね」
「そっかー。直前までギルドのチャンネルで話しとったし、どっかにおると思うんやけどなぁ。見かけたらこっち戻るように言うといて」
「はい。そういえば、ゲーム内のことで何かご存じでしたら教えていただきたいのですが」
「うーん。ちょっと待ってね」
アンネリーゼは部屋から出ていき、しばらくしてまた戻ってくる。
「はい。知っとるかもしれんけどコマンドリストあげる」
と、文字の書かれた紙を置く。
使っていないコマンドもあったが、あまり用がなさそうなコマンドだった。
「死んでも生き返るのは知っとる?」
「ええ」
「そっか。じゃあー。あっ、そうそうギルドハウスや個人ハウス宛てにならお手紙届くみたいよ。時間はかかるみたいやけどね。試しに、こっからここに郵便だしても到着は翌日やったわ。他所の街に送るならもうちょっとかかるんかなぁ」
「それは、耳寄りな情報ですが、移動しながらだと受け取れませんね……」
「せやなぁ。とりあえず、連絡したい相手おったら出しとくのは悪くないと思うよ。あとはー。新しいクエストがあったりとか、敵の配置や強さが変わってたりとか、色々変更があるみたいやから、外行く時は気を付けた方がええかなぁ。って、外から来たんやったな。まぁ、情報収集はしとるけど、これぞ、みたいなのはないねぇ」
「ありがとうございます」
「あっ。今日はうちのギルドハウス泊まってく? 夜はここソファ片付けてベッドにしとるから好きに使ってええよ~」
「では、使わせていただきます」
「はいよー。ま、話はこんなとこかな」
一旦お開きになり、セーレとシオンは手紙を出しに外に出かけた。
「はー。なんか、外出歩くの怖くなっちゃったっす。シオンさん平気かなぁ。まぁ、セーレさん一緒なら安心っすけど」
モカは怖いと言いつつ、立ち直ったのか元気そうにクッキーをもぐもぐしている。
「もうちょっと早く着いてれば……ごめんな」
「いや、悪いのはあいつらだから、レオさんが謝る必要はないっす。それに、レオさん来てくれた時は、ボクのナイト様きた~! みたいな感じで嬉しかったっすよ」
「お、おう……。でも、モカもシオンさん守ってたのは偉かったな」
「えへへー。褒められたっすー」
モカは素直に嬉しそうな顔をする。
「そーいやセーレさんも、かっこよかったっすねぇ……」
「え、俺は超怖かったけど。絶対怒らせないようにしよって」
「あんま表情変わらない人だなーって思ってたっすけど、ボクたちのために怒ってくれたの嬉しかったっすよ。もう、一瞬、この人になら抱かれてもいい。みたいな気分になったっすけど、まぁさすがに一瞬の気の迷いだったっすね」
「でもまぁ、心強くはあったな。負ける気がしないし」
「そうっすね~。もし相手が攻撃してきてたら……殺っちゃってたのかな……。そう考えると、ちょっと怖いかも……」
「あの雰囲気なら、攻撃されたら確実に反撃はしてただろうな……」
二人で話をしていると部屋の扉がノックされる。
「はーい」
「入るよー」
アンネリーゼだ。
「今日はありがとうございます」
「いやいや。人が多いのは好きやし、大歓迎」
「ボク、アンネさん好きっすー!」
「んもう。モカちゃん可愛いなぁ」
アンネリーゼが嬉しそうにモカの頭をなでなでする。モカもまんざらでもなさそうだ。
「それで、何か用でしたか?」
「あーいや、セーレくんどんな調子なのかなぁって気になって」
「本人に聞かないっす?」
「その辺は聞いても答えてくれなさそうなタイプやでなぁ……」
「そうっすねぇ。マイペースな感じっすかね。何考えてるかはよくわからないっす。でも、心折れなさそう」
「いやー、多少は繊細なところもあると思うぞ、俺は……」
セーレに関しては確かにモカの持っている印象が強いが、たまに普通の人間らしい面も垣間見える。
「うーん、そうっすかね?」
「ふふっ。まぁ、そんな感じだよね。そういえば、二人はフレイリッグ討伐参加してたんだっけ?」
「はい」
「あたし思うんやけどさぁ……。願いを叶えてくれるっていうなら、もう一回フレイリッグを討伐してお願いすれば、元に戻るんやないかな。って」
「フレイリッグを……」
「もう一回……」
「うん。まぁ、今の状態でフレイリッグ討伐とか誰もやりたがらないと思うけど、ね……。あたしも、ごめんやわ」
炎の海の中で、即死級の攻撃を受けながら長時間戦うなど、普通の精神では到底無理だ。
「でも、セーレさんならもしかしたら行くかもしれないっすね」
「あーうん。だからあの子の前では言わなかったんやけどね……。行かせたくないし、もし行くって言って誘われても……行けないって返す自分が嫌でさ……」
アンネリーゼは寂しそうな顔でそう言った。
アンネリーゼが話している内容が部屋の外まで届く。扉に手をかけようとしていたセーレが動きを止め、その様子をシオンが見上げる。
「セーレさん……」
「……ええ、聞かなかったことにしますよ」
「うん……」
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