第11話:港町アルヴァラ2

 結局、この日のアルヴァラでは大した情報は得られずに、中央の広場に向かう。


「まだ来てないっすね」

 広場の隅にある少し低くなっている石垣にモカが座る。

「なんか、疲れたっすー」

「そうだな。ゲーム内で疲れるってのも不思議だけど……。リアルが疲れてるのかな」

 俺もモカの横に腰掛ける。

「寝床がほしいよな」

「宿屋ってあったっけ」

 存在はしているかもしれないが、通常のゲームでは利用することはない施設だ。


 二人で、ぼんやりしているとセーレから声をかけられる。

「お待たせしました」

「おつっすー。……って」


 集合場所に来た二人の手には美味しそうなクレープがあった。


「何買ってるんすかー!」

「ご、ごめんなさい美味しそうだったので……」

「味があるのか気になりましたので。情報収集の一貫です」

 シオンは申し訳なさそうに、セーレは悪びれた様子は全くなく無表情のまま答える。

「それで、味はあったんですか?」

「はい。食べますか?」

 セーレが食べかけのブルーベリーと生クリームの入ったクレープを俺に差し出してくる。

「えーと……」

 甘い香りがしてきて、ごくりと喉が鳴る。

「待つっす。そのクレープ屋の場所を教えてほしいっす」

「そこの階段を上って右手です」

 セーレの言葉にモカがダッシュで走っていく。

「あ、俺も行く」

 見たからには食べたい。


「キャラメルクリームひとつ!」

「俺は……えーっと、チョコバナナお願いします」

「100ゴールドになります」

「支払い……どうするんだ?」

 そう思っていると、ウィンドウがでてきてクレープのアイコンと支払い金額が表示されて『購入する』を押すと、購入が完了してインベントリにクレープが表示される。それをタップすると、オブジェクト化という項目があるので、押すとクレープが手の中に出現する。

「デジタルだな……」


 クレープを口に含むと、現実さながらの味が口の中に広がる。

「じゃ、セーレさんたちのとこ戻るっすか」

「ああ」

 二人がいる場所に近づくと、二人の話し声が聞こえてくる。

「ブルーベリー美味しいですか?」

「食べてみますか?」

「あっ、じゃあ私のもどうぞ」

 と、クレープを交換している会話が耳に入る。

「いやいやいや」

 その様子にモカが何か言いたそうだ。

「距離近くなるの早くないっすか??」

「まぁ、セーレさん基本的には紳士だし、いいんじゃないか?」

 セーレは通常のゲームの時からマリン以外には丁寧な口調だし、そうそう失礼なことは言わないはずだ。

「いや~。その日出会った女の子と食べ物交換とかいうイベント発生させるとか、どうやるっていうー」

「……まぁ、危ないところを助けてくれて、馬にも乗せてくれた美青年なら好感度は上がるよな」

「あーうん、セーレさんの顔はボクも好きっすね……。造形やばいっす」


 こそこそと会話をしてから、二人の元に戻る。

「お待たせー。戻りました」

 皆でクレープを頬張っていると、モカが最初に完食する。頬にはクリームがついている。

「んー! ゲームの中でも美味いっすね!」

 シオンは手や口元を汚さないように残り少しの苺のクレープに気を使いながら食べている。俺はというと終盤のクリームが少し重い。セーレも残り三分の一くらいで、完全に手が止まっている。

「……モカさん、オレのも食べますか?」

「ん。味イマイチだったっすか?」

「いえ……、美味しいのですがクリーム多すぎて……」

「なるほどっす。じゃー、いただきます!」

 嬉しそうにモカがセーレからクレープを受け取る。

「んーっ、ブルーベリーもなかなかいいっすねぇ!」

「モカ、俺のも食べる?」

「えっ、くれるんすか? やったー!」

 モカは、あっという間にセーレのクレープを平らげて、俺のクレープを食べ始める。

 この身体のどこに入っていくのだろうか。


「それじゃ、情報交換といきますか」

 皆が食べ終わると話題を切り出す。まず、自分たちが得た情報を話す。

「死んでも生き返る……。きっとリザも有効なのでしょうね」

「まぁ、死にたくはないけどな……」

「ボクもリザする状況にはなりなくないっす」

「ええでも、無茶はしても平気ということですね」

「セーレさんさぁ……」

 モカが呆れた表情でセーレを見る。

「はい?」

「生き返るっていっても……」

「ああ、まだサンプルが少ないので、信用できない。もしくは、何かしら弊害がある可能性も考えた方がよいと?」

「いや、うーん……。まぁ、いいっす」

 モカの言いたかったことはわかる。死んでも生き返ると聞いても痛覚はあるのだから無茶はしたくない。死を体験したいとも思わない。

「では、その他の情報として。システムコンフィグでプレイヤーやNPCの名前とHPを表示することが可能なようです」

「オープン システムコンフィグとか? あ、出た」


 表示のチェックリストがいくつか並んでいて、デフォルトではすべて外されている。キャラクターの名前、HP、ギルド名、敵の名前、ダメージログ、経験値獲得、アイテム獲得表示。そんなところだ。

「うーん、なんか表示すると違和感ありありだな……」

 リアルな世界で人の上に名前とHPバーが浮いているのは変な感覚だ。

「そのうち慣れると思いますよ」

「う、うーん。ないと困るから名前とHPくらいはつけておくか」

 その他の表示は邪魔になりそうなので、そのままオフにしておく。

「あとは、ここにギルドハウスがあるプレイヤーに聞きましたが、ゲームがおかしくなった瞬間以降にこちらに来た人は、今のところ確認できていないようですね。ログアウト方法は不明。以上です」

「はー……。じゃ、マリンさんたち会えるかどうかわからないっすね……」

 ここにいない三人は、確か離席かログアウトするようなことを言っていたはずだ。

「そうだなぁ……。さて、これからどうしようか」

 外は陽が沈んで暗くなってきて、気温も下がって肌寒さを感じる。

「そうですね。別の街に移動するか、ホテル……? 宿? とかあるのかな」

 セーレの出した選択肢には満場一致の答えだった。

「宿っす」

「宿」

「私も宿がいいです」



 宿屋の看板がある店に入ってNPCに話しかける。

「四人なんですけど、部屋ありますか?」

「はい。四人部屋をご用意いたします。部屋は二階になります」

 NPCから部屋の番号が書かれた鍵を渡される。

「おーっ。ちゃんと宿取れるんっすね」

 フロントで話していると、ヒューマンの男性キャラのプレイヤーがNPCに話しかけている。

 ちらりと聞こえてくる言葉は外国語だ。

 NPCは反応しない。外国人プレイヤーは首を傾げてから、言い直す。

「わたし、いる、room。……ひつよう?」

 しかしNPCは反応しない。


 助けてやりたいものの、英語はわからないのでサポートできない。

 モカとシオンも困った表情を浮かべて、皆で顔を見合わせる。セーレは特に表情が動かないのでどう思っているかはわからない。

「セーレさん、英語わかります?」

 俺が言いたいことを察したのか、セーレが外国人プレイヤーの方を見る。

「皆さんは、先に部屋行っていてください。……Hello」

「Hi」

「A party of one?」

 セーレが男性の方に歩いていく。


 先に行けと言われたものの、様子が気になってそのまま皆で様子を眺める。

 所々聞こえてくる単語や外国人プレイヤーの様子で部屋は取れたようだが、その後に別の話を始めたようだ。たぶんゲームの状況の話だろう。男性の質問にセーレが所々考え込んでから、返事をしている。

 やがて、外国人プレイヤーはセーレの手を取ってぶんぶんふ上下に振ってから、楽しそうに階段を上って行った。

 その外国人プレイヤーは対照的に、セーレは無表情に戻ってくる。

「まだいらっしゃったのですか」

「気になって……。大丈夫かなあの人」

「読み書きや聞き取りはそれなりにできると言っていたので大丈夫ではないでしょうか。しかし、この状況を英語で説明するのは難しいですね」

 セーレが軽くため息をつく。



「やったー、ベッドだー!」

 部屋に入るとモカがベッドにダイブする。

「んー、鎧脱ぎたいけど、どうやって脱ぐんだ……」

「インベントリから外せばよいのでは?」

 セーレの提案に従ってウィンドウから外してみると、ゲーム内では『裸』と呼ばれる衣装が現れる。裸とは言うが、別に裸ではなくヒューマンだとノースリーブの白いシャツに、ひざ丈のカーキ色のズボンになる。


「おー、なんか軽くなった気がする~」

「裸かぁ……裸はなんか嫌っす」

 モカが呟く。

「そうですね。防御力が下がりますし」

「うーん、やっぱセーレさんはセーレさんっすねぇ」

 モカの言葉を気にした様子もなくセーレは何かを操作している。

「オレはこれで」

 そう言うと、セーレの服が夏に販売されていた浴衣のスキンになる。

「あっ、スキンかー。いいっすね」

 モカもパジャマスキンを身に着ける。過去のイベントで手に入ったものなので、入手難易度は低い。俺もそれにしよう。と、インベントリを操作して設定をする。

「いいなぁ……。私、スキン持っていない」

 シオンが悲しそうに言う。

「一度ドロップか製作で入手したことある装備もスキンに設定できるっすよ」

「あっ。そうなんだ。じゃあ……えっと」

「装備長押しで設定出るっす」

「ありがとうございます」

 しばらくして、シオンもシンプルな白いローブに着替える。

「おっ、いいっすねぇ。ファンタジー部屋着って感じ」

「えへへ……」


「あれ、セーレさん何してるんですか……?」

 セーレが右手にナイフを持って眺めている。人物が人物なだけに少々怖い光景だ。

「ああ、前髪が邪魔で……」

 確かにセーレの前髪は少し長めで邪魔になるかもしれない。セーレが左手で前髪を掴んで右手のナイフで切ろうとすると、モカとシオンが悲鳴を上げる。

「だ、ダメっすよ!」

「うん。切っちゃだめです」

「ダメージはないと思いますけど……」

「そうじゃないっすよ、せっかくのイケメンが……」

「はぁ……。オレのビジュアルなんてどうでもいいでしょう」

 そう言うとセーレがバッサリとナイフで髪を切って、前髪パッツンになる。

「あー……」

 前髪パッツンでもそれはそれで綺麗な顔をしているが、俺でさえ少し残念な気持ちになる。

 しかし、落胆した気持ちでセーレを眺めていると、数秒後にぴょんとセーレの前髪が元の長さに戻る。

「自然回復ですかね……」

 セーレは残念そうな顔をしたが、俺たちはほっとした。


「そういえば」

 ふと思い出して、部屋の内部の扉を開けて見ればトイレと風呂があった。そこだけ妙に現代だ。今のところトイレに用はなさそうだが、風呂はよいものだ。

「お風呂あるみたいだけれど、誰か入ります?」

「ボク入りたいっすー!」

「あ、私も」

「オレも後で入りたいです」

「じゃあ、適当に順番に……って服脱げるのか……?」

 わりとどうでもいいような、よくないようなことを思いつつ、言い出しっぺが確認してくるように言われて、風呂に放り込まれる。風呂にはすでにお湯が入っていて、触ればいい湯加減だ。シャワー付きで、ボディソープやシャンプーもあり設備は整っている。

 日中に気付いたことであるが、汚れても一定時間たつと汚れは消えていっていたので、風呂には入らなくても平気なのだろうが、それはそれだ。

「で、えー……」

 色々と探って出した答えは。


「裸になってから脱ぐと裸になれる」


「なんの呪文っすか」

「装備を解除した状態から、さらに脱ぐ」

「なる、ほど……? じゃー、次シオンさん疲れてると思うし、どうぞっす」

「ありがとうございます。ではお先に~」

 と、シオンがお風呂に入って行ってしばらく後、モカが口を開く。

「いやー。同じ部屋で女の子が風呂に入ってるって、なんか緊張するっすね」

「お前も今、女の子だろう」

「それは、そ……って、ボク……自分の裸見ていいんっすかね……?」

 と、モカが自らの身体をじっと見つめている。

「自分の身体だからいいんじゃないか。誰も傷つかない」

「そ、そっすよねー……。で、でもなんか恥ずかしいっすね……」


 モカがベッドの上にあった枕を抱きしめて、そのまま転がったかと思えば、ばっと起き上がる。

「そういえば、セーレさん!」

「はい?」

 部屋にあるソファに腰掛けていたセーレが首を傾げる。

「女の子と仲良くなるコツとかあるんっすか?」

 モカの質問に、セーレは少し面倒くさそうな表情を浮かべる。

「シオンさんとすぐ仲良くなってたじゃないっすか。だからなんかあるのかなーって」

「そうですね……。そういう対象として見なければよいのではないでしょうか」

 ため息をつきながら、セーレが答える。口調には若干棘が感じられる。

「どういうことっす?」

 モカは首を傾げているが、なんとなく言いたいことはわかった。

「そういう目的でくる男は嫌われるからやめとけってことじゃないかな」

「うーん……?」

「モカ、モカ」

 モカに手招きする。

「何っす?」

 俺のベッドに移動してきたモカが耳を寄せてくる。

「あの人、たぶんそういう話題は地雷。やめたほうがいい」

「むぅ……?」

「いや、不機嫌そうだから。やめた方がいいって」

「そ、そうっすか。なんか、過去に苦労したんすかね……イケメンだし……」



「お風呂ありがとうございました~」

 シオンが風呂場から出てくる。

「はーい。セーレさん、先入るっすか?」

「スキル強化してるので、後でいいですよ」

「じゃー、先入るっすー」

 モカが風呂場に消えると、セーレがソファから立ち上がって、こちらにくる。

「先ほどはすみません」

「え」

 頭を下げるセーレの行動に驚いて顔を見ると、少しばつの悪そうな顔で前髪をいじっている。

「フォローしていただいて……」

「ああ、さっきのはモカも悪いと思うから、気にしないでください」

「はい……」

 モカはセーレのことを人間味が薄いなどと言っていたが、そんなこともなさそうだ。愛想がもう少しよければなとは思うが。

「何かあったんですか?」

 シオンがきょとんとしてこちらを見ている。

「あー。大丈夫。モカがちょっと空気読まなかっただけだから」

「ああ、モカさん。良くも悪くも正直そうですよね~。でも、そこが可愛い感じなので憎めないですけど」

 と、シオンが笑う。

「シオンさんいい人ですね」

「えへへ。皆さんもいい人で、助けていただいて感謝しています!」

 周囲に花が咲きそうな満面の笑顔をシオンが浮かべる。癒しだ。


「上がったっすー」

 モカが出てきて、交代でセーレが入っていく。

「レオさーん」

「うん?」

「セーレさん怒ってた……?」

「なんだ、気にしてたのか。怒ってはなかったけど、まぁ……以後気を付けるように」

「うっす」


「ふあぁ……」

 シオンが欠伸をして、はっとした表情で口を押える。

「眠いなら先に寝てください」

「す、すみません。では、お先に……」

「ボクもお風呂入ったら一気に眠気が……」

 部屋の照明を操作する場所を見ると、段階調整ができたので、少しだけ灯りを残して他は消しておく。

 全員先に寝てしまってはセーレに申し訳ないかな。と思い、スキルウィンドウを開いて、普段略称でしか呼んでいないスキルの正式名称などを改めて確認する。

 しかし、会話がなくなって一人になると急に不安になってくる。

 いつログアウトできるのか。リアルはどうなっているのか。ある意味不死の世界とは言え、もし何かしらと戦うことになったら痛みに耐えて戦うことができるのか。耐えられずに、仲間に無様な姿を晒すことになるかもしれない。


 もやもやと考えているとセーレが風呂から出てきて、ちらりと他の二人の様子を見る。

「お休みになられましたか」

「はい」

 お互い小声で会話する。

「レオさんも先に寝ていただいてよかったのに」

「誰もいないと寂しいかなーって……。あと考え事してたら不安になって……」

「不安?」

 セーレが首を傾げる。この人はこの状況を不安に思わないのだろうか。

「リアルのこととか……こっちで何かあったら、盾だし皆を守らないといけないなーとか」

「このような状態です。盾だからと言って、そこまで責任を持つ必要はないと思いますよ。なんだったらオレがレオさんをお守りいたしましょうか」

 セーレが微かに微笑む。

「盾の仕事取らないでください」

「まぁ、無理なさらず」

 セーレの表情と言葉に気持ちが少し楽になる。

 普段からもうちょっと笑えばいいのに。

 それから、おやすみの挨拶をして横になると、思ったより早くに眠気がきてすぐに眠りに落ちた。

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