第12話:港町アルヴァラ3

 翌朝、目覚めるとシオンが宿の設備でお茶を淹れていて、俺が起きたことに気付いて挨拶をする。

「あっ。おはようございます」

「おはようございます」


 他の二人はまだ寝ているようで、微かに寝息が聞こえてくる。

「お茶飲みますか?」

「いただこうかな」

 窓の外を見ると朝の爽やかな日差しが街を照らしている。八時か九時くらいだろうか。頬に触れるとヒゲは伸びていないし、なんならお肌すべすべだ。昨日のセーレの前髪の件もあったし、外見はキャラメイクされたもので固定されているのかもしれない。


「結構寝ちゃったなぁ……」

「会社に遅刻するわけでもありませんし、ゆっくりでいいと思います」

「シオンさんも社会人?」

「はい」

「まぁ、このゲームは始める前から金かかるから、だいたい社会人だよなぁ」

「そうでしょうねぇ。私も本体買うの迷いましたけど、友だちがやってたから思い切ってやってみよーって思って」

 専用のマシンの値段が高く、学生はあまりいない。モカは学生だが家族がすぐに飽きたのを譲ってもらったそうだ。

「あー、もしかしたらリアルではお寝坊してるんですかねぇ……。はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 お茶を受け取ると、紅茶の香りがする。


「どうなっちゃうんだろーっていうのはあるんですけど、今のこれ、なんか合宿とか旅行来たみたいで少し面白いですねぇ」

 シオンの言葉に頷く。

「確かに。海見えるし観光としてはなかなかいいですね」

 爽やかな午前の日差しが差し込む窓から、外を見れば海面がキラキラと輝いていて、その上をカモメが飛んでいる。

 話していると、セーレがもぞもぞとして起き上がる。

「ん……おはようございます……」

 セーレは手櫛で乱れた髪を直しながら、眠そうに挨拶をする。モカではないが、セーレの様子に人間らしさを感じて少しほっとする。


「セーレさんもお茶飲みますか?」

「はい、いただきます」

 そう言いながら、ベッドから出てシオンの元に歩いて行く。

「お茶は、どういったシステムですか?」

「あははっ、これは普通に淹れるだけですよ」

「なるほど……」

「はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 お茶を淹れるスペースのすぐ傍のソファに、セーレとシオンが腰掛ける。並んで座っていると種族が同じなので、兄妹に見えなくもない。


「今日は、サティハラに向かうとして、先に朝食とか用意した方がいいですよね。携帯食もいるかな……」

 食べなくても死なない気はするものの、昨日はクレープだけで過ごしたからか今はお腹が空いている。

「そうですね、昨日より移動距離長めですし」

 セーレの言葉にマップを開く。

「四時間か、五時間くらいかかりそうだなぁ。移動しっぱなしも疲れそうだから、どこかで休憩できるといいけど」

「す、すみません。私のために」

「ああ、カーリスに向かおうかって話していたから進行方向的には通り道だし、大丈夫ですよ」

「はい……」



「しかし……」

 皆でのんびりしていてもモカが起きる気配がない。

「おーい、モカ―。そろそろ起きろー」

 返事がないので、仕方なくモカのベッドまで行って布団をはぎ取る。

「起きろ」

「う、うーん……あと三十分……」

 そこはせめて五分だろう。

「起きないとセーレさんが怒るぞー」

「……はうぁ!?」

 モカが飛び起きる。

「オレを目覚ましにしないでください」

「とりあえず朝飯というかブランチと言うか、食べにいこーって話してたんだけど」

「食べる食べる」

「皆さん何が好きです?」

「ボクは麺類が好きっす。あとチーズとかクリーム系の好きっすね」

「オレは肉が好きです」

「私は魚介かな……」

「うーん、割れたな」

 強いて言えば肉が好きだが、まぁ俺はなんでもいい。

「港町ですし、オレは魚介でいいですよ」

「シーフードパスタとかでもいいっすねぇ」

 というわけで、なんとなく行き先が決まる。



 テラス席のあるカフェで朝食をいただく。

「一晩寝て起きたら何かあるかなーって思ったっすけど、何もないっすねぇ」

「そうだな。身体に変化もない……というか、ヒゲすら伸びないからな……」

「あー。ヒゲ剃らなくていいのは楽っすよね」

「ひ……ひげ……」

 シオンがショックを受けた表情で、モカを見て呟く。確かに、見た目が可愛い女の子の口から発せられると違和感バリバリの発言である。


「わ、私もメイクしなくていいのは楽ですねぇ」

「毎朝メイクって大変そうっすよねぇ。ボクはもー、リアルでも脱毛しちゃいたいっす。レオさん、リアル戻れたら一緒にエステ通わないっすか?」

「一人で行ってくれ。そういえば、サティハラどうやって行きます?」

 道は一つなのだが、ぐるっと狩場を迂回する形になっているのを思い出して、話を切り出す。

「狩場突っ切った方が近いっすけどねぇ……」

 狩場はそこそこ敵が多いエリアで、レベル70前後の狩場だ。今のレベルなら気にするほどでもないと言いたいところだが、それは以前までの話だ。

「それほど戦闘が発生するとも思えませんし、オレが全部倒しますよ」

「セーレさん、いっけめーん」

 モカが茶化すのを気にもせずにセーレはスープに口をつける。

「でも、シオンさんが危険かもしれませんね」

「シオンさんはレベルいくつ?」

「24です……」

 襲われたら即死だろう。


「迂回した方がよさそうっすね」

「すみません……」

「俺らも戦闘したいわけじゃないし、大丈夫ですよ」

「そうそう。やっぱ怖いっすもん。あ、そういえば皆で馬車使うのどうっすかね? ずーっと馬はきついなぁって」

「昨日より距離あるもんな」

「そうですね。乗れる馬車があれば、そうしましょう」

「はい、私はそもそも馬ないですし……」



 携帯食を買って馬車の乗り場に向かうと、ちょうど幌馬車に四人乗れるということで、それで向かうことにした。

「オートで行けるのはらくちんっすね~」

 カタカタと音を鳴らしながら向かう馬車の中でモカが言う。

「でも、座り心地はイマイチだな……」

「クッションとかあれば……あっ、家具の製作でクッションとか座布団あった気がするっす。レシピないんで作れないっすけど……」

「俺は製作スキルあまり上げてないからなぁ……」

「わ、私はもちろん全然……」

 ということで、視線がセーレに集中する。

「オレは……錬金以外は必要最低限しか上げていないので作れませんよ」

 錬金では主にPOT類が作れる。

「なるほど」

「あっ、タオルのレシピ拾ったのありますけど……」

 シオンがおずおずと申し出る。

「ないよりは……いいかも?」

「それはそうですが、素材を持ち歩いている人はいらっしゃるのですか?」

 基本的に素材は邪魔になるので倉庫に預けるものだ。

「解・散!」



 一時間ほどガタガタと馬車に揺られたところで、馬車が止まる。

「あれ? まだ着かないっすよね?」

 マップを開いても、道の途中だ。

「おーい、旅人さんたち」

 馬車の前にいる馭者が話しかけてくるので、返事をする。

「何かありましたか?」

「いやー。橋が落ちてて、申し訳ないけどここまでだ。お代は返すよ。アルヴァラ戻るなら、このまま乗っていってくれて構わないが、どうするね」

「えーっと、どうしようか」

「うーん、ここ通れないなら海路で行って、そこから川登って……っすかね。だいぶ回り道なっちゃうっすね。海は海でレイド出ることもあるし……」

「では、狩場突っ切りますか?」

「それは……」

 ちらりとシオンを見る。


「つ、突っ切りましょう!」

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