第10話:港町アルヴァラ1
馬を走らせていると、右手側の木が少なくなり海が見えてくる。微かに塩の香りもする。
「おー、海」
なかなかいい風景ではあったが、馬に乗っていると声が通り辛く自然と無口になり、たまに一言二言喋る程度で皆無言になる。不安が大きく風景を楽しむ気分でもない。
「あれ、前方に人がいるっすよ。何かに追いかけられてる……?」
モカの声に頭を上げると遠くに動く人影と、何か大きなものが見える。
「この辺の低レベルレイドだな」
大きな蛇のような姿のレイドはバジリスクという名前だったはずだ。プレイヤーらしき人物を追いかけている。
そのまま走り去ることもできるが、さすがにそれは後味が悪い。逃げているということは、低レベルプレイヤーか、立ち向かうことができないのだろう。
レイドに追われているプレイヤーの横まで行って、馬から降りる。
「シールドストライク!」
一発いれるとバジリスクは追いかけるのをやめて、こちらに牙を剥く。
上半身を持ち上げてこちらに向かってくる姿は、正直恐ろしいが、ダメージを受けないと信じて盾でガードする。
鈍い衝撃はあったが、痛みはない。
「アサルトラッシュ」
同じく馬から降りたセーレが突進してきて、バジリスクに攻撃する。
「アーマーブレイク、デッドリーストライク」
大剣がバジリスクの鱗をやすやすと切り裂いて、頭が落ちていく。
ドスンと頭部が地面に落ちて砂埃が舞い上がる。そして、バジリスクは動かなくなった。
「はや」
少し遅れてきたモカが馬から降りて呟く。
「あ、ありがとうございました~」
追われていた人物がよろよろと近寄ってくる。
長い薄紫色の髪を後ろで結んでいるヴァンピールの少女で、赤紫色の瞳には薄っすらと涙が滲んでいる。セーレと同じく目の瞳孔は縦になっている。装備を見る限りは初心者のようだ。
「怪我ないっすか?」
「背中にちょっと……」
「ディヴァインヒール!」
「あ。痛くなくなった。ありがとうございます」
「一人ですか?」
「はい。近くでソロしてて、なんかゲームおかしくなっちゃったから、街行こうと思ったらひっかけちゃって……」
「ボクたちも街行くから一緒にどうっすか?」
「お願いします。あ、でも馬なくて……」
「ボクの馬はちょっと小さいから、レオさんかセーレさん一緒に乗せれそうっすか?」
「オレの馬、二人乗りスキルついていたはずなのでいけると思いますよ」
そう言って、セーレがまだ近くにいた馬に乗る。
「どうぞ」
セーレが微笑んで少女に手を伸ばす。初めてセーレの笑顔を見たが、笑うと雰囲気が柔らかくなる。
「え、あ、はい……。よろしくお願いします」
少女は恥ずかしそうに手を伸ばして、セーレの前に引き上げられる。
「ちょっと、レオさん。あれ天然っすか」
モカが小声でひそひそと話しかけてくる。
「何が?」
「いや、わかんないならいいっす」
「え、何。安心させようと笑ったのかなーって思ったけど」
「もーいいっすー! 行くっすー!」
なんの話だったのだろうか。首を捻りつつ俺も馬に跨る。
「皆さん、お強いんですね」
「えーっと、そちらの後ろに座っているお兄さんは、超絶強いっすよ」
「確かにすごかったです。あ、私の名前はシオンです」
「ボクはモカっす」
「俺はレオンハルトです」
「セーレです」
「先ほどは、本当にありがとうございました。周りに誰もいなくて……痛いし、怖かったし……、ぐすっ……」
「あ、あわわわわ。もう、大丈夫っすよ」
「はい、泣くつもりじゃ……ごめんなさい」
「お、俺もあんなのに追いかけられたら怖いし。無事でよかった」
泣いている女性の対処がわからずにモカと二人でオロオロする。
「手持ちにハンカチないので……オレのマントでよければ使いますか?」
そう言って、セーレが世界に一つしかない超ウルトラレアなマントを片手で手繰り寄せてシオンに差し出す。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
しばらく無言で馬を走らせていると、シオンは落ち着いたのか再び口を開く。
「皆さんは、ご友人なんですか?」
「ギルメンっす。シオンさんはギルド入ってるっすか?」
「ええと。入ってないんですけど、友だちのとこ入れてもらう予定はあって……、連絡どうしたらいいかわからなくて」
「そうっすよねぇ。連絡取れないの困るっすよね。うちのギルドの人たちもどうしてるのかなぁ」
「直前に離席とかログアウトしてたよーな」
「いるとしたらギルドハウスでしょうかね」
ギルドハウスのあるカーリスは、ここからだとかなりの距離で、馬を走らせても何日かかるかわからない。
「シオンさんの友だちのギルドハウスはどこっすか?」
「サティハラです。そこ行ったら、入れてもらう約束で……」
アルヴァラの一つ先の中規模な都市だ。
「そんなに遠くないっすけど……、今だと行くのは時間かかりそうっすね。途中に敵多いとこあるし」
「はい……。あ、でも馬車あるはずだし、それ使えば移動楽かも」
「一人だと不安じゃないかな。俺たちで送る? この状況で馬車出てるかどうかわからないし」
「それがいいっすね。セーレさんもいいっすか?」
「ええ。でも、アルヴァラで情報仕入れてからにしたいです」
「はい。大丈夫です。私もどうなっているか知りたいですし」
「じゃあ、アルヴァラの後にサティハラということで。しかし、遠いな……」
マップを見ると折り返しは過ぎていたが、まだまだ遠い。
「徒歩だったら日が暮れてました……」
シオンの言葉に空を見上げると、確かに陽が傾き始めていた。
ひたすら馬を走らせて港町アルヴァラに到着する。アルヴァラは起伏の激しい土地で、白い建物が階段のように建ち並んでいて、下層は海岸と船着き場になっていて、平時なら釣りをしているプレイヤーが多いが、今は釣りをしているプレイヤーは見当たらない。
「結構広いから手分けして情報収集するか?」
「そうですね。マップ見れば合流は容易いですし」
「えっ、一人は不安っす」
「あ、私も……できたらどなたかと一緒がいいです」
「んじゃ、二手に分かれるか。俺とモカ、セーレさんとシオンさんでいいかな?」
特に異論はないらしく、皆頷く。
「一応パーティーにお誘いしておきますね」
セーレがシオンをパーティーに加入させ、全員の位置がマップに表示される。
「じゃあ、俺たちは下の方のエリアで、セーレさんたちは上の方お願いします。合流は中腹にある広場で」
坂道を下ると潮風の匂いが濃くなり、波の音がよく聞こえる。
波止場に続く道を歩いて行くと、干物を加えた猫が目の前を横切っていく。
「うお……」
「うわ、リアルっすね」
「そうだな……ゲームにはいなかったよな」
「そうっすねぇ。それにしても、セーレさん、ちゃんとシオンさんの面倒見れるっすかね?」
「お前は、セーレさんをなんだと思ってるんだ」
「えー、今日会話した印象だと、ちょっと怖いっす。なんか基本無表情で人間味薄そうだし、戦闘に躊躇なさすぎだし、自分の手斬ったのはびっくりしたっすよ」
「うーん。なんだろ、色々調べたい性分なんじゃないかな。ちょっとずれてる気はしないでもないけど……」
「ちょっとじゃないと思……あっ。ラッコ」
モカの指さした方を見ると、波止場にラッコの姿のNPCがいた。ゲーム中で話しかけても「キュキュキューン」のようなことしか言わないが、なぜだかクエストは受けられるラッコだ。可愛くて人気のラッコの周りには、プレイヤーが集まって頭を撫でたりしている。
「こんにちはー」
話しかけるとラッコを撫でていたプレイヤー数名が振り返る。
「こんにちはー」
「今のゲームの状態わかる人いますか?」
「うーん、他の人も色々調べてるみたいだけどあんまり。あ、でも死んでも生き返るらしいよ。おぼれた人が言ってた」
「死んでる最中意識だけあって水面をひたすら眺めてて、それからしばらくしたら街の中に移動して生き返ったって。時間はニ十分か……三十分かわからないけど。すぐってことはないみたい」
「へー……」
モカが覇気のない返事をする。
「それから、痛覚あるから戦闘はやめた方がいいってさ」
あとは知っている情報だったので、礼を言って立ち去る。
「生き返るのは安心っちゃ安心すけど、痛いのは嫌っすね……。死ぬ程の痛みとか嫌っす……」
「そうだな……。移動するなら安全なところを通るのがいいってことか」
いくつかのグループに話しかけてみるが、誰に聞いても似たり寄ったりな情報ばかりだ。
その時に、雑談している集団の話が耳に入る。
「竜討伐したのと関係あんのかなー。なんか願いがどうこう言ってなかったっけ」
「運営アナウンス、あんまり聞いてなかったからわかんないな」
「でも、ゲームの中に入れるってどんなだよな」
「なー。まぁでも、ずっとゲームしてたらさすがに家族が気づいてくれるだろうし、そしたら強制的にログアウトできるかも」
「えー、うち一人暮らしなんだけど。やっちゃん、住所教えておくからログアウトできたら俺のとこきてよ」
「いや、無理だって。お前んとこ福岡だろー?」
「あはは。じゃあ、通報して」
などと言った会話が聞こえてくる。
「そういえば……」
討伐時の皆の会話を思い出す。
「確かに、ゲームの中入りたい~みたいなことで盛り上がったっすよね……。ボクもそれはしたいなーって思ったっすけど……」
「ああ。俺もちょっと思ったけど……、さすがにこれは……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます