第二章 世界変容

第9話:困惑

「何これ、ゲームの中……っすか?」


 まさしく、モカが呟いた言葉通りだった。

 自宅とは違った木の香りがしてきて、身体に触れればその感覚がある。家の壁を叩けば音が返ってくる。


「ゆ、夢?」

 討伐が長丁場で疲れたとは言え、一瞬で寝るほどでもなかった。

 モカはうーんと考え込んでいる。ゲームのキャラクターには実装されていない表情だ。

 セーレも、少し困ったように首を傾げている。


「ウィンドウどこいったっすかね……」

 そうだ。そういえばゲームの情報を表示するものが見当たらない。

「えーっと……」

 いつもデバイスを操作するように手を動かしてみるが、何も出ては来ない。

「……Open Status Window」

 セーレが小声で言ってから、目をぱちくりさせる。それから腕を上げて、見えない何かを触っている。

「出たっすか?」

「ええ」

 俺も試してみると、確かにステータスのウィンドウが出てくる。閉じるボタンを押すと消える。


「うーん、コマンドリストとかないですかね」

 セーレがぶつぶつと何かを試していて、また手を上にあげてなにかをポチポチとして、セーレの周辺にぶわっとバフのエフェクトが広がる。どうやらスキルを使ったらしい。

 その様子を見て、モカが声を上げる。

「ディヴァインヒール! なんちゃって……」

 するとセーレに光が降り注ぐ。

「うわ、使えた」

「へーっ。ファランクス!」

 スキル名を言うと、俺と他の二人に防御のエフェクトがかかる。

「……ヴェンジェンス」

 セーレが控えめに囁くと、やはりスキルが発動する。

「恥ずかしいですね。これ」

「えっ、楽しくないっすか?」

「うーん、俺は……ちょっと恥ずかしいかな」

「まぁ、それはそれとして……。ログアウト方法がわかりませんし、ヘルプやGMコールも今のところ見当たりませんね」

「外出てみるっすか?」

「そうだな」


 家の扉を開けて、外に踏み出せば風が頬を撫でて、緑の香りがする。木々の隙間からは小鳥の囀りがして、遠くから牛の鳴き声が聞こえてくる。

「うわー、なんか視界が……。元と身長違うからっすかね、少し歩きにくいっす」

 そういえば、キャラクターメイキングの時に身長の設定があったが、どう設定したかは覚えていない。デフォルトか少し上下した程度だろう。

「うーん、俺はあんまり違和感ないな」

「レオさんは、リアル身長いくつなんすか?」

「178」

「この野郎っす」

「なんで」

「セーレさんは?」

「リアルですか? ゲームですか?」

「どっちも」

「ゲームは記憶にありません。リアルは174だったと思いますけど……、リアルの情報必要ですか?」

 セーレがどことなく面倒くさそうに答える。

「二人そろって170超えとは許すまじ。でも、セーレさん、めっちゃキャラメイクこだわってそうなのに覚えてないんすか?」

「デフォルト少しいじった程度で始めましたので、記憶にありません」

「その顔はデフォルトじゃな……って、スキャン使いました?」

 モカが愕然とした表情でセーレを見上げている。

「ああ。それ、使わなくてもキャラメイクできたんですか」

「はぁ~~。なんで、そんなでイケメンがこんな廃人に育ったんすか……。ゲームしてないで外出ろっていうか……そりゃ、マリンさんもコスに誘うっすよね……」

「モカ、その辺にしておこうか」

「はいっす」


 改めて、周囲に視線を移すと掲示板が見える。

「掲示板あるから、あそこ行ってみよう」

 なだらかな坂を下って、村の中央にある広場の掲示板へと向かう。

「あー、ちょっと歩幅が……まつっすー」

 モカがちょこちょこと走ってくる。モカはリアルより小さい印象で、セーレの身長は俺より気持ち低い程度だ。種族がヴァンピールであるセーレの顔を見ると、赤い目の瞳孔は縦になっていて、やはりリアルと違う世界だなと思う。

「何か?」

 俺の視線に気づいたセーレが、こちらを見ずに聞いてくる。

「ええっと、その目……違和感ないですか?」

「目?」

「瞳孔が縦になってるので」

「そうなんですか? まぁ、特に違和感はないですね」

 どうやらセーレは、本当にキャラメイクは適当にすませたようで、自キャラの特徴もあまり把握していないようだ。

「オレとしては、目より歯の方が気になります」

「歯って?」

 セーレがこちらを向いて、口を開けて指さす。そこには、人間の物よりやや長めの犬歯が生えている。

「なるほど」


 掲示板にたどり着くと、日本語でも英語でもない見たことのない架空の言語で案内が書かれているが、自然と読める。しかし、それは朝市の案内であったり、行事の案内であったりで、ほしい情報は書かれていない。

 そこへ村人が通りかかる。

「あら、旅人さん。こんにちは」

「こんにちは、システムウィンドウの出し方わかりませんか?」

「しすてむ……? さぁ、わからないわ」

「じゃあ、ログアウト方法とかわからないっすか……?」

「ろぐ……? 旅人さんが使う言葉かしら? ごめんなさいね、知らないわ」

「じゃー……、今日が何日かわかります?」

「今日は4月22日よ」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、お気をつけて。良い旅を」

 そう言うと村人は去っていく。

「うーん……」

 会話がちょっとできるNPC。そんな感じだった。


「こんにちは、プレイヤーの人ですか?」

 掲示板の前で唸っていると、見知らぬヒューマンの男女から声がかかる。

「はい」

「状況わかります?」

「いや、俺たちもよく……なんかログアウトできないみたいで……」

「ですよね」

 少し話してみたが手に入れられた情報は、テレポーターが消えていたという程度だった。こちらからはウィンドウの出し方と、スキルは口に出せば発動するという情報だけ返して、再び三人で思案する。


「ここでは人が少ないので情報が集まりそうもないですね。大きい街まで移動しましょうか」

 セーレの提案に頷く。

「はい。この近辺だとアルヴァラがいいかな。えーっと、マップ……。オープン マップ……?」

 俺の言葉に、ウィンドウが浮かび上がる。

 マップには周辺地図と現在地が表示されていて、リステルの南の方に港町アルヴァラと記された街がある。交易をしているユーザーや、釣りを楽しむユーザーで初期から現在までそこそこ賑わっている街だ。東門から出るのが早いだろうと歩き始めると、村から足を踏み出したところで、セーレが立ち止まる。

「どうかしました?」

「はい。少々確かめたいことが」

 そういうと背中に担いでいた大剣に手を伸ばして、大剣を右手に持って刃を左手に当てる。

 察しがついて、モカが目を背ける。

 セーレが剣を引くと、左の手のひらがグローブごと切れて、赤い血が滴って落ちていく。セーレはその様子をじっくり眺めている。

「痛み……、ある?」

 表情が変わらないので痛みはないのかとも思ったが、セーレの答えは違った。


「はい」


 見ているとセーレの傷口は徐々に塞がっていき、グローブも元の形状に戻っていく。血の痕跡はどこにも残らない。

「何があるかわかりません。少し戦闘に慣れておいたほうがいいかもしれませんね」

 そう言ってセーレは、敵がいるであろう方向に歩いて行く。

「えっ、ちょっと……」

 モカが困惑して立ち止まる。

「オレがそうしたいだけですので、付き合わなくても結構ですよ」

「えーっと、俺も行くわ」

 少し悩んだが、セーレに付いて行くことにした。突然何かに襲われたら対処できないよりは、ある程度心構えはしておきたい。

「ひ、一人にしないでほしいっす~!」


 結局モカもついてくる。牧草地帯を少し進むと、大きな蜂のモンスターが飛んでいる。名前は、そのまんまジャイアント・ビーだったような気がする。低レベルモンスターなので、強くはないはずだ。

 ただ、造形がとてもリアルで、現実のものと遜色ない。それが、ブブブと耳障りな音を立てて不規則に飛び回っている。


 セーレが剣を振り下ろすと、蜂は真っ二つになって地面に落ちる。

 俺も剣で攻撃してみると、敵に当たった鈍い感触がして、蜂が地面に落ちて死骸がしばらくの間地面の上に残る。

「ジャ、ジャスティスショット」

 少し言うのが恥ずかしいが、遠距離攻撃を口にすると俺の手が勝手に光の矢を放って、蜂に当たる。

 セーレがウィンドウを操作しているような仕草をしていたが、しばらくして首を振る。

「戦闘中に操作するのは、現実的ではありませんね」

 そう言って、敵の群れの中に歩いて行く。

「カルネージ」

 大剣が黒い軌跡を描いて周囲を切り裂き、蜂がパタパタと落ちていく。

「う、う~~」

 モカが唸っている。

「どうした?」

「いや、なんか……。でかくてキモいっすけど生き物に攻撃するのは、なんか嫌っすね……」

「そうだなぁ……。これが、可愛い動物とか、人型だったりしたら嫌だな」

「人型……ですか。PvPも発生する可能性がありますね。注意しましょう」

「怖いこと言わないでほしいっすぅううう」

「レオさん、オレにスキル何か使ってみてください」

「え、ええっ……。さすがにそれは嫌なんですけど」

「ダメージないものでいいので」


「お、おう。セイクリッドチェーン」


 セーレの方を向いて使おうとするが発動しない。

 対象を引き寄せて敵対心を上げるスキルだが、もしかしてレジストされたのだろうか。しかし、エフェクトも出なかった。


「プレイヤーには当たらないようにできているのか……それとも、ギルドメンバーだからですかね」

「じゃあ、セーレさんが剣を振り回しても俺には当たらない……といいな」

「素手で叩いてみます?」

「えー……。はい、軽くお願いします。軽く、で」

 その言葉に、ひとまずドアをノックするように軽く、コンと鎧に手が当たる。さすがに何事もない。

 次に片足を引いて構えたセーレが、先ほどより勢いをつけて殴りかかってくる。

 鈍い音がして、痛みはなかったが衝撃で後退ってしまう。

「んー、特に痛くはないかな? でももうちょっと強く殴られたらダメージ発生するかも」

「そうですか。殴れるということは攻撃できそうですし……。剣を使う時は巻き込まないように注意します。しかし、鎧を殴ると少々痛いですね」

 と、あまり痛くはなさそうな表情で、セーレが右手を擦っている。

「うん、まぁ……鉄……? か謎の素材だしな」

「ホワイトヒール」

 モカがセーレにヒールをする。

「ありがとうございます」

「HP見えないからヒールのタイミングわからないっすね……。今の減ってたのかな……」

 ステータスウィンドウを開けば自分のHPはわかるが、他人のものはわからない。

「そもそもHPを参考にヒールをしていたら動けないかもしれないな……」

「それもそうっすねぇ。でも見えないのは不安っす。パーティー組めないのかな」

「ゲーム内のコマンドでしたら、Invite」

「何もおこらないなぁ」

「……Invite Party」

「お」

 やけに流暢な発音でセーレがパーティー勧誘の言葉を口にすると、ぴょこんと目の前にウィンドウがでてきたのでOKを押す。

「えっ、パーティーいけたっすか? ボクもボクも」

「Invite Party」

 セーレがモカの方に向けて言うと、やはりウィンドウが出たようで操作している。

「よーし、これで……これで?」

 モカが首を傾げる。

「情報なんもないっすよ~!?」

「そうですね……。表示させる方法はあるかもしれませんが……」

「あっ、マップにはメンバーの位置でてる」

 マップには自分とパーティーメンバーのアイコンが重なるようにして表示されている。

「まぁ、ひとまず街行った方がよさそうだな」

「そうっすね」

「では、敵を倒しながら行きましょう」

「いや、それは嫌っす。さっさと馬とかで……馬……」


 インベントリを開くと馬を呼ぶ道具があるので二回タップする。

 すると、どこからともなく俺が使用していた栗毛の馬が走ってくる。

「お、おー」

 でも、乗れるのか?

俺には乗馬経験などない。

 他の二人も馬を呼び出したようで、最上級の鞍がついた黒い艶やかな馬と、可愛らしい鞍が乗った白い小柄な馬が走ってくる。

 セーレは傍らにきた黒い馬に躊躇いなく飛び乗って跨る。

「普通に乗れますね」

「セーレさん、適応力高くないっすか? よいしょっ。あ、乗れる」

 その言葉に、俺も試してみるが、鞍から吊り下がっている馬具に片足をかけると、すいっと乗ることができた。馬の走らせ方もなんとなくで、目的の方向へと進む。感覚的には自転車にでも乗っているような感じだ。

「へへっ、ちょっと楽しいっすね」

 そう言って馬を道なりに走らせるが……。


「遠くないっすか……」

 十分ほど馬を走らせているがマップの位置を見ると、あまり進んでいない。普段なら馬で五分かかるかどうかの距離なのだが。

「縮尺が変わったってことか……?」

「うげぇ……」

 周囲の風景は森の中の街道。通常のゲームの時より周囲の木々は多種多様なものになっており、時折花の香りなども漂ってくる。空を見上げれば、鳥が飛んでいく。


「なんか、リアルみたいだな……」


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